第10話 消毒師の像
消毒者の像は、周囲海に囲まれた孤島、それも、エビルマウンテン級の山々に囲まれた場所にぽつりと立っている病院の――――地下にあった。
その地下ダンジョンは、9999階というとてつもない深さを誇り、一度潜って生還した冒険者は、0.00000何パーセントだとか。
私たちパーティーは、そんな、超高難易度ダンジョンに挑んでいた。
このダンジョンには、魔法無効化結界がはられていることもあり、私は魔法が使えない。なので、暗黒面の熟練度が上がったとはいえ、ちょっとしんどいかなと思った私は、仲間を求めた。
地下20階。
すでに、ダンジョンに潜って、1時間経過していた。
この分だと、最下層の消毒師の像にたどりつくまでに、えっと・・・一か月ほどかかってしまう。一応言っておく。私は計算が苦手なのではない、休憩などをこみしてかかる時間を述べたのだ。もちろん、下層ほどモンスターが強くなることも計算に入れている。
以前このダンジョンに潜った時は、最下層にたどり着くまで、半年かかった。
あのころよりも、私たちは、速いペースで潜っていた。
地下400階。
100、200、300などの区切りのよい階数にはボスモンスターがいる。今まで戦ってきたボスモンスターは――――――、
下着泥棒覆面骸骨、引きこもり巨大角ブタ、ストレスMAX憐れな猛牛とどれも強敵だったが、400階のボスモンスターは、ゴーレム級の巨体をしたモンスターパラレントだった。
モンスターパラレントは、茶褐色の肌をしていた。
一方の手には巨大な棍棒。他方の手には、何故か冒険者カードを持っていた。
エプロンを身に着けており、髪はパーマがかったぼさぼさ頭。
顔は、鬼の形相をしたゴブリンといった感じだった。
「フ~~~~フ~~~~~」
息を荒げている。
「気をつけて!! こいつはとんでもなくヤバイ奴よ」
私の掛け声に、ライン、ロイ、ピエールの三人は構える。
「ワダジノコドモハデキルゴダ!!」
何を言っているのかわからなかった。
意味不明なことを口走っている。
相当、知能指数が低いらしい。
以前、このダンジョンに潜った時は、このような心底ヤバイモンスターはいなかった。
時と共に、ダンジョンも成長しているのだ。
「ワダジノゴドモナンダカラ、ゼンゼイノオシエカタガバルインダ!!」
モンスターパラレントとは、体から蒸気をふき出していた。
「これは・・・ヤバイッ――――――――!!!!」
私は危険を察知するのが、一瞬遅かった。
それが致命的だった。
ドス黒い光が、モンスターパラレントから放たれた。
自爆。
それも、己の内に溜まった、自分勝手な妄想で膨らませた、淀み切った特大の怒りを外部に解き放ったのだ。
モンスターパラレントは木っ端みじんになると同時、
とてつもない大爆発に私たちは巻き込まれた。
床が砕け、ダンジョンが崩れてゆく。
私は死んだと思った。
だが、その時、なんと、
私を守ろうと、
仲間たちが―――それも全員が私の壁となったいたのだ。
浮遊感が私を襲った。
私は地中深くに降下していた。
彼らはモンスターパラレントの大爆発だけでなく、その後の私をも守ろうとしていた。
三人が、私を優しく抱きしめていた。
涙が、らしくも流れ出た。
まだ、私にも美しい心が残っていたんだ。
「ここは・・・」
目を覚ました時、私は見覚えがある場所で倒れていた。
仲間の三人は、私の下敷きとなる形で、息絶えていた。
どのように、息絶えていたかというと、それを描写すると、金、やっつけ仕事、責任転嫁ぐらいしか興味のない、定型文をプチプチと送るのがお仕事の残念なゴミクズ集団から、文句と言う名のお手紙をもらうのでやめておいた。
(久しぶりです・・・メリクリ)
部屋の空気は淀んでいた。
魔法石の淡い光がその石部屋を照らし出していた。
天井を見上げると、ぽっかりと穴が開いていた。
私は、そこから落ちて来たのだろう。
穴の先は何も見えなかった。
「ええ、久しぶりね」
部屋の中心に置かれている消毒師の像に、私は話しかける。
場違いのように、金色に輝く女性の像が私に語り掛けてきていた。
像は、病院のナースそのままだった。両腕には救急箱を抱いていた。
(・・・来てしまったのですね)
「ええ、新たな職業に転職しようと思って、消毒師の上位職業にね」
(本当に良いのですか?)
「ええ、いいわよ。強くなれるのでしょ? 私、お金と同じくらい、強さには興味があるの。それに、気になるのよね、消毒師の上位職に転職したことで使える特殊魔法について」
(転職し、あなたが求める魔法を使えば、多くの時を失います。あなたが最も心に引っかかっている時に戻ってしまうのです。それでもいいのですか?)
「意味が分からないわ。それに、時が戻れる? それって、最高じゃない。なんで、それを躊躇しないといけないの?」
(さらに、転職には痛みを伴います。鼻の穴からリンゴを出すことが『ああ、いい感じの痛みだったわ』と思えるくらいの激痛が)
「大丈夫よ、痛みには強いから。だって、私は女ですもの」
(なら、仕方がありませんね)
消毒師の像は輝き始めた。
同時、私も輝き出す。
何? この温かな、木漏れ日のような光は?
瞬間、とんでもない、激痛が、私を襲った。
とんでもない絶叫をあげていたと思う。
その、痛みは、私が経験したどんな痛みよりもすごかった。
私は、1000回の失神と、1000回の失禁を繰り返し、
その痛みから解放された時には、数か月が過ぎていた。
「くか、ガガガガガガ・・・や、やばすぎ―――――」
私の外見は何も変わってはおらず、幼女のままだった。
だが、力がみなぎっていた。
そして、ある魔法を憶えていた。
それは――――
「なによ。覚えた魔法が《タイムスリップ》ですって!! 魔法名、ダサすぎ!!」
突如、魔法が発動した。
「うへ、な、なんで・・・」
魔法には詠唱と、踊りを必要とする。それなのに、魔法名を言っただけで、魔法が発動してしまった。どうやら、それらのクソ面倒臭い手続きを省いて魔法が使えるようになったらしい。
瞬間、私の薬指にはめていたアレルとの婚約指輪が、淡い光を放ち、砕け散った。
「あっ・・・私の婚約指輪が・・・」
私はふと思い出す。
魔王と戦ったあの絶体絶命のピンチ。
私はアレルたちを救うために、消毒師のみが使える特殊魔法――――ラブ・ドゥースを使った。それによって、私は年齢を失った。
もしや、このタイムスリップなる魔法は、私の大切なもの代償とすることで、発動する魔法なのだろうか。
突然、周りの景色がグニャリと歪んだ。
静寂が一瞬だけ、佇み、
次の瞬間には、私は見覚えのある場所に立っていた。
そこは、魔王との最終決戦をした――――『魔王の間』だった
そして、
私の目の前には、暗黒のローブをまとった獣人族の王――――魔王が立っていたのだ。




