第五話 過去と未来は同じとは限らない。
亜紗妃が見たという美少年が、獅子雄であるのかを確かめる為に、写真を探す獅子雄と出雲。
これが切っ掛けで、今日も騒々しい事態へと発展していく。
最近の俺は学校帰りに…妹達以外と帰った記憶がない。
正確には教室内で、友人達にも若干避けられている気がする。
一体なんでこんな状況になっているのか分らないが、避けられている感じがしてならない。
以前なら出雲とかの連絡先を交換して欲しいとか言われていたのに、最近だと誰も聞いてすらこない。
今日も同じで、妹達と一緒に家へ帰ってきた。
そして亜紗妃ちゃんと約束をしていた写真を確認する為に、我が家へと寄って貰ったのだが、アルバムが出てこない。
「また考え事してる。お兄、手を休めないで探してよ!アルバムなんてあんまり出さないのに!もうなんでこんな使ってない濾過器とかばっかりなの!?ちゃんと捨ててよ!」
「全部使えるから取ってあるんだよ。使えなくなっても、類似品や共通パーツで改造とかしてる所を見た事あるだろ」
我が家のアルバムは、殆ど物置にしまってある。
家族があまり写真を見ないと言うのが理由だが、一度物置に入れると出すのがやたら面倒臭い。
店の方で使っていた物も一緒に片付けてしまうから、押し入れの中へ次々と新しい物で溢れていく。
そうなると古い物は奥へと押し込まれる訳だから、アルバムはずっと奥で眠っている状態だ。
「別にお兄の写真を見ても面白くないよね?今と昔って、大して変わらない気がするんだけど?」
「俺もそれは同感なんだけどな…どうも亜紗妃ちゃんの言っていることも嘘とは思えないんだ。今日だって楽しみにして帰って来たみたいだし、期待を裏切るってのもどうかと思えてさ」
昨日写真を見せると約束をしているから、ちゃんと守らないとダメだ。
今、亜紗妃ちゃんは竜子さんとケーキを食べてる。
珍しくケーキを買ってきたなと思えば、自分と出雲と亜紗妃ちゃんの分だけで、やはり俺や龍子姉さんの分は買わなかったらしい。
ケーキを買ってきている時点で察して居たが、寂しくも思える。
「あった!てか段ボールに超埃被ってるんだけど!?何年放置してたの!?てか私、このアルバム事態を触るの初めてかも」
そういや俺自身も、家のアルバムに触るのは始めてかもしれない。
埃で咳き込む出雲を連れ出した後、俺は物置で埃を落としながら、アルバムを運びだした。
想像を遙かに超える量の埃を目の当たりに下から、マスクを取りに行って来たのが正解だった。
押し入れから持ってきたアルバムを確認しつつ、それらしい写真が入った物だけを手にし、リビングへ運ぶ。
リビングの方では亜紗妃ちゃんにデレている竜子さんが居たが、もし可愛がっている相手が男子だと知ったら、どういう反応をするのだろう。
思いっきり怒り出すのか、あるいはいつものように可愛がるのか…または気絶するのか。
にしても…二人が仲直りして貰えて本当によかった。
昨日の事件の後で…両親が介入した事で表面では仲直りする事にはなった。
だが出雲が少しだけ…竜子さんに毒舌的な面を見せるようになったのが、心残りだが。
「それっぽいのだけ集めてみたんだけど、この中に亜紗妃ちゃんが見たって美少年居る?私の記憶だと、居ないと思うんだけど」
出雲がアルバムを渡し、ゆっくりと亜紗妃ちゃんが中を確認している。
しばらく眺めていると笑い始めたり、驚いた顔を見せ始めた。
「うわぁ懐かしい!?これ出雲と始めて会った時の写真じゃん!?この頃の出雲って、凄い怖がりでアタシの後ろに隠れてたんだよね」
「いや、隠れてないし。どうみてもお兄の足にしがみついてるじゃん?竜子姉…病院行く?」
本気の目で心配する出雲と、その対応にショックを受ける竜子さん。
そんな二人のやりとりの間に、亜紗妃ちゃんが一枚の写真を手に持ちながら、こちらと見比べ始めていた。
疑いの眼差しをこちらへと向けているが、一体なんの写真と見比べているのだろうか?
気になる気もするが、別にそこまで子供の頃と変わってはいない気がするのだが。
「この少年です…私が見た美少年は、この少年なんです!」
亜紗妃ちゃんが見せて来た写真は、小学校に入学したての時に撮った、紛れもない俺の写真だった。
ただ俺が小学校の校門で、記念撮影をした時の写真。
今よりは断然若いから違うようにも見えるかもしれないが…まだ多少ヤクザ感はなりを潜めていた頃か。
学校でも普通に友人はいた頃で、翌年には出雲が入学してきた。
だが別に自分の写真を見ても、美少年とか思えないんだけどな?
出雲も首を傾げてるから、同意見なのだろう。
「これって誰が見ても別人ですよね⁉︎お兄さんの顔に何があったんですか⁉︎教えてください!このイケメンからどうして変わってしまったんですか⁉︎」
結構傷つく事を言われてるような気もするけど、過去の自分をイケメンと言われるのも悪くはない…複雑だけども。
「やっぱり、予想はしてたけど…この頃の獅子雄だったかぁ。まだ可愛げがあった頃だけど、なんでこんなヤクザになったのやら」
「ねぇ、ナチュラルに煙草吸おうとしないで、約束してたでしょ?吸うなら自分の部屋にしてよ」
竜子さんから煙草の箱を取り上げた出雲は、遠くのゴミ箱へと綺麗にシュートを決めた。
思わず拍手をしてしまったが、その間に涙目で煙草を回収しに行く竜子さん。
俺の記憶が正しければ、出雲がゴミ箱に投げた煙草は結構高い品だったはず。
以前動画で紹介動画をたまたま見た事があるが、その時に確か1箱で野口さん二人は、確実に財布から出動する金額だったはず。
しかも俺に自慢してきたから相当良い物だと言う事は分る。
それを平然とゴミ箱に投げ捨てる出雲は凄いが、先ほどから亜紗妃ちゃんがこちらに急接近してきてる。
片手に写真を持ちながら、こちらを疑いの眼差しで見つめてくる。
近くで見つめられると…かなり照れくさくなってくるな。
「お兄さんって…この美少年と本当に同一人物なんですか?どこか怪我とか、他には喧嘩とかしたりしませんでした?」
「怪我は普段手ぐらいにしかしないよ、喧嘩は元々したことないから。たまにサンドバックにされる事はあるけど」
「言っちゃうとお兄はお人好しだけど、喧嘩はかなり弱いと思うよ。あと実際にこの写真に写ってるのって、本当にお兄だしね」
どうしても亜紗妃ちゃんは信用出来ないのか、他の写真も取り出しながら見比べ始める。
いつ見ても美少女にしか見えないから、やっぱり見つめられたりすると恥ずかしい。
ただあの風呂事件を思い出すと…なんとか理性は保てている。
彼は生物学上男なんだ、俺と同じ性別なんだと。
「お兄さんは自覚が無かったとしても、出雲ちゃんやお姉さんは気づかないんですか?明かに違いますよ?たぬきうどんと、きつねうどんくらい違いますよ?」
何その例え方?要は中身は同じ男だけど、完全に見た目が違うと言いたいの?
ちょっとややこしい気がするんだけど?
「簡単に言うと、生ビールと発泡酒くらい違うって事でしょ?アタシは昔から顔が変わってくの見てたから知ってるけど、原因が不明なんだよね」
「その例えが一番分らない。まず私達、未成年だからビール飲めないし」
「と、とにかく違い過ぎるんです!でも皆は嘘ついてないように見えるし…私…私、何が真実なのか」
婚ラインしたせいか、ついに亜紗妃ちゃんは泣きはじめてしまい、俺達三人はどうしたら良いのか戸惑うしかなかった。
写真を握ったままで泣き続ける亜紗妃ちゃんの隣に、出雲が静かに座り、背中をさすり始めた。
竜子さんは慌てながら、車のキーを手に取り出かけてしまい、俺は唖然と見送ることしか出来ない。
逃げ出したのか、あるいは何かを思いついて買いに行ったのか分らない。
俺も何か慰めたりしたらいいのだろうが、どう声を掛けたらいいのだろうか。
実質原因は俺にあるのだろう…間違い無く俺が原因だ。
「亜紗妃ちゃん、確かにお兄の顔は昔に比べて大分変わったと思うよ?でも中身はいつだって同じお兄だから。昔から変わらない位に喧嘩弱くて、だけど私が悩んでたらいつでも相談に乗ってくれるんだよ?だから…だから…」
まるで釣られるかのように出雲まで泣き出してしまい、非常に困った事態になってしまった。
二人でお互いに抱き合いながら、号泣状態になってしまっている。
今、この状態を両親に見られたりしたら絶対に、俺が怒られることは間違いない。
妹と妹の友人を泣かせる馬鹿兄として、最悪のレッテルを張られてしまう。
少し足りない頭で考えてもみたのだが、やはりどうしたものだろうか。
泣けることならこっちも泣きたい気分だ。
頭を抱えながら悩んでいると、後ろからそっと手が伸び、テーブルの上に一枚の紙が置かれた。
それは一目見てBL作品だと分る絵が描かれており、作画を見て直ぐに誰が書いているのか分ってしまった。
「龍子姉さん…いきなりどうしたんですか?いつもは部屋に込もってるのに」
「ファンと妹の悲しむ声が聞こえて来たから…正しくは、トイレで大きいのをした帰りにリビングをのぞいてみたら、地獄絵図になりかけてたから部屋で練習に描いたのを持ってきた」
最初の方は尊敬が出来るような事を言っていたのに、中間地点でいらない報告をされた。
あとBLの絵で二人が泣き止むわけが…泣き止んで釘付けになっている。
二人で抱き合いながら泣いていたのに、まだ目には涙がほんの少し溜ったままでも、しっかりと絵を見つめている。
「獅子雄君、二人を私の部屋に連れて来てくれる?もうそろそろ良いと思うから…私の方も、色々とヤバいから」
俺は龍子姉さんの優しさと同時に、もうすぐ新作を描かないと仲間から怒られる事態になるという必死さを、察してしまった。
半分が泣いてる二人への慰め、もう半分は俺を含めて同人作業への駆り出しと言う事だ。
これはこれでまた、非常にマズイ事態になってきてしまった。
ただでさえ二人はかなりのBL好きで、俺にまで若干強制しようとしてきてる。
そこへ俺が龍子姉さんの同人誌の作業を手伝っているなんて知られたら…完全に同士と勘違いされてしまう。
これ以上悪化されるのはとても困るのだが、二人はもう行くき満々で、俺の腕を引っ張ってる状態。
結局は三人で龍子姉さんの部屋へと行くことになった。
「これが…これが龍先生の作業部屋。私…感動してます…ここでなら死んでも良いです!」
「まさか、本当に龍先生だったんだ…いまだに信じられない。お兄、私の頬叩いて!これ夢かもしれないから!」
「死なないで…あと暴力沙汰も起こさないで…ここ私の寝室でもあるから。ああ、机の上にある原稿用紙を勝手に触らないで、まだベタ塗りとかしてないから」
憧れの人が部屋に招待してくれるのは嬉しいだろうが、限度って物があるだろうに。
出雲はベッドに転がったり、棚にあるソフト漁り出したりしてる。
対して亜紗妃ちゃんは原稿を読み出したり、道具を手に取って確認をしてる。
まさかここまでやられるとは思って居なかったであろう龍子姉さんは、もう少し涙目の状態でこちらへと訴え掛けてくる。
俺は部屋に入る直前に止めてはみたが、二人には届いていない上に、肝心の龍子姉さんが気を良くしてしまったからな。
「し、獅子雄君…二人は、私のファンと言っていたけど、いつからなの?」
「さぁ…俺も出雲が龍子姉さんのファンってのは最近知ったんですけど…詳しい事までは。亜紗妃ちゃんの方は最近転校してきた子で、既にファンだったらしいですけどね」
気がつくと二人は机の前に移動しており、途中になっていたであろうゲーム画面を見始めた。
画面には明かに二人には早すぎるであろうシーンで止っており、それを両手で顔を隠しながら、キャーキャーと声を上げている。
まるで子どもがふざけてやるかのような行動だが、この二人は本心なのか、またはふざけてなのかが分らない。
俺がいる側でも平然とやる龍子姉さんだから、画面については気にしていない様子だが、かなり部屋が荒らされた気もしないこともない。
主に散らかしていたのは出雲で、亜紗妃ちゃんは取り出したらそっと元の位置に戻していた。
つまりは部屋が汚れている理由の一つは出雲が散らかした事と、部屋の主が掃除事態をあまりしないことが原因である。
お菓子を食べた袋はそのまま放置の上で、飲み物も飲んだ後は完全に放置。
たまにペッドボトルの中に、黄色っぽい生暖かい水が入ってる事もある。
だから漁られても、俺には酷く荒らされた様には見えてこない。
「え?これマジ!?龍子姉ってば、超激レアのゲーム持ってんじゃん!?私これやって見たかったんだけど、ネットで高くなってて買えなかったんだよね!ラッキー!」
「こっちのも今凄く高いゲームだよ…それも限定版と通常版が全部三個ずつある。これも、今じゃプレミア価格が付いてるのに…綺麗に保管されてる」
目を輝かせながら品定めする出雲と、貴重らしいゲームに興奮する亜紗妃ちゃん。
てか龍子姉さん…同じゲームを六本も買っていたのか。
「どうやったらこれだけ集められるんですか!?私、これも先月出たばかりなのに買えなかったんです!」
「わ、私の友達が…お店で働いてるから…在庫予約して貰ってるから」
「それってズルじゃん!私達はまだ年齢的にお店で買えない上に、ネットで買おうとしても高くてお小遣いで買うと、他の物が買えなくなるから…お願い、私達にもやらせて?」
相手を攻撃しつつの、妹という立場を利用してのお願い攻撃を繰り出す出雲。
対して亜紗妃ちゃんは上目使いでの、何も言わずに瞳をうるうるとさせる攻撃。
だが相手は竜子さんじゃなくて龍子姉さんだ。
例え双子でも、性格が真逆だからこう言う攻撃には耐えられるかもしれない。
「う…獅子雄君、助けて。二人の視線が可愛すぎて辛い…だけど、お姉さんとして年齢的には…だけどやらせてあげたい…じゃあ、私の余裕があるときに」
やはり双子だ…同じく可愛い子へは弱いか。
「だけどその代わりに…私の一時間プレイしたら、私のお手伝いを一時間すること。もしこれが竜子にバレたりしたら…私…もう同人誌とか描けなくなるかも」
「だ、だだ大丈夫!私達、結構龍子姉の作品読んでるから!なんだったら私の部屋に来てみる!?同人誌だって沢山持ってるし!ネタが切れたら、お兄と亜紗妃ちゃんでなんとかなるから!」
最後の方で普通に、俺と亜紗妃ちゃんを巻き込んだ発言をしてなかったか?
ネタが切れたら俺達を使えと、確かに言っていたよな?
もう龍子姉さんの顔がポカンとしてる。
妹が何を言っているのか全然分らないと言った感じで、もう困った感じでどう対応しようと考えている顔だ。
亜紗妃ちゃんは一見美少女だが、性別は正真正銘に男だからな。
出雲の中では一応BLとして完成はしているのだろう。
しかも龍子姉さんの作品って、半分の確立でイケメン同士か、男と女装を描くからな。
作業を手伝っているときも、一瞬ただのエロ漫画を読まされてる気分になるが、作業していくうちに心が無になっていく。
そうでもしてないと作業が出来ない上に、俺の方がおかしくなりそうになる。
だが龍子姉さんのバイト代も良いし…一応はバイト代と一緒にお世話になる本までくれるからな。
「出雲ちゃん、それってどういう意味?二人は付き合ってるの?私が描いてるのはBLだけど」
「もう龍子姉だから言っちゃうけど、亜紗妃ちゃんはこう見えて男なの!男の娘です!こんなに可愛い子が男の娘以外ありえないでしょ!?」
いやいや!普通にあり得る話だからな!
テレビとかに出てるアイドルとか女優を敵に回す発言、お前外で絶対にするなよ!?
あと龍子姉さん!?確認する為だからって人のスカートを捲るな!
亜紗妃ちゃんが恥ずかしがって、顔を覆ってるぞ!?
あと出雲も一緒になってのぞくんじゃない!学校で気まずい空気になる事もあるんだぞ!?
「ほんとだ…ほんの少しだけど…膨らみがある。獅子雄君!作業に取りかかるからベタとトーンお願い!二人は今日のところはありがとう。おかげで良いネタが浮かんできたから、出来上がったら先に読ませてあげる」
「ベタ?龍子姉、もしかしてベタ好きなの!?私もベタ超好きなの!もしかして魚を擬人化したヤツとか描くの!?あれ?なんで同人誌描くのにお兄が必要なの?ねぇなんで!?」
疑問を持ち始めた出雲と亜紗妃ちゃんを部屋から追い出し、俺は急遽、龍子姉さんの作業を手伝う事になった。
この人は突然ネタが浮かんだと言い出すと、他のしていた事を放り出してまで、同人誌作業へと取りかかる。
その時に俺は駆り出されるから、店の方でも仕事の手伝いが終わったら、こっちの方を手伝わされる事は普通になってしまった。
それから長い時間を掛けて、龍子姉さんの作業の手伝いをしていた。
龍子姉さんの部屋から出ると、丁度十一時辺りを回っていた。
結局はずっと作業に追われ、夕飯もその場で取りながらの作業。
本当にいつも思うが…これは俺と龍子姉さん二人でやる作業じゃない。
特に俺にとっては結構メンタルにダメージが来るから、長時間の作業は本当にキツい物がある。
学校が終わって…そのまま帰って来ても家の手伝いか、姉の手伝い。
そんな毎日だったが、最近だと随分と変わってきたものだ。
妹達との買い物やらで、少しは息抜きくらいは…やっぱり出来てないな。
考えてみたら…以前よりもハードになっている気がする。
俺のスケジュールに休息と言う物が、全くないような気がしてきた。
今日は風呂に入って…ベッドに入ろう。
「今日の龍子姉さん、かなり調子良さそうだったな。本物が見れて、頭に刺激が言ってたりしてな…ハァ、当たり前の如くスカートを捲り上げるかよ…ふつう」
本人の前で言う事が出来ない俺は、やはりヘタレなんだろうな。
見た目はいっちょ前にヤクザなんだが、内面が弱いから、どうしても強く言えない。
せっかく湯に浸かって疲れを取ろうとしても、余計に色々な事を考えてしまって逆に疲れてきた。
のぼせる前に風呂を上がるとしよう。
そう思いながら湯船から上がり、脱衣所の扉を開けた時だった。
「あ…へ?これは…?」
「え?…ああ…テメェ…なんで…」
扉の先に居たのは、これから風呂に入ろうとしていたであろうと、素っ裸の竜子さんだった。
お互いに固まった後に、その場にへたり込みながらも、俺は凄い目付きで睨み付けられた。
この瞬間に殺されると察した俺は…静かに扉を閉めた後に、無意識に頭を抱えてしゃがみ込んだ。
殺される、そう脳裏を横切っていく言葉達が、俺を更なる恐怖に染め上げていく。
だがいつまで経っても扉が開いて、蹴りやらが飛んで来ない。
逆に静か過ぎて怖すぎる…もしかして出てきた所を半殺しにする気か?
恐怖のあまり…三十分ほど風呂場に滞在してしまったが、やはり何も起きない。
「りゅ…竜子さん?まだ…外にいらっしゃいますか?居るのでしたら、ドアをノックしてください…すいません!まさかこのタイミングで入って来るとは思ってなくて!」
返事がないので…ゆっくりと扉を開くとそこには竜子さんの姿は無く、あるのは脱ぎちからかされた下着のみ。
多分そのまま服を手に持って、部屋に行ったのだろう…助かった。
今回の件で寿命が二十年ほど縮んだ気がする。
しかし…まさかこの歳になって、竜子さんの裸を見る羽目になるなんて。
ダメだ…しっかりと脳裏に焼き付いてる。
これは恐らく…同人誌の作業による影響で、目と精神が休息を求めてるんだ。
ここずっと疲れたりしてるから…ある意味で目の保養とでも言えるだろう。
だが相手は血が繋がっていないとは言え姉だ、でも血が繋がってないが姉だからギリギリセーフなのか?
いやしかしだ、相手はどちらにしても血が繋がっていない訳だから、色々な意味でアウトな気がする。
これ以上考えたらダメだ!色んな意味で大変な事になってきた!
「急いで部屋に戻るか…誰にも会いませんように」
早足で部屋へと向かう途中、出雲の部屋から笑い声が聞こえて来た。
楽しげに談話しながら、お互いに相当面白い話をしているのだろう。
「それでね…実は相談があるんだけど…私、好きな人が出来たかもしれないの」
「好きな人!?それマジな話!?え!?誰!?うちのクラス!?それか二年か三年の先輩!?まさか大人とか先生とか!?詳しく話して!超聞きたい!」
出雲、めちゃくちゃ食いついてやがる。
だが…亜紗妃ちゃんが好きに人か、誰だか少し気になるな。
しかしこの状態でいるのもマズイ上に、妹達の会話を盗み聞きするのも兄としては最低な行為だ。
このまま見つからないように部屋に行こう…そうだ、俺は何も聞いていない。
「ええ!?亜紗妃ちゃんが好きなのって、お兄なの!?なんで!?チ○コが立派だったから!?それともああいうゴツい系とか好きなの!?」
だから女の子がデカい声で下ネタを叫ぶな!
今から部屋に乗り込んで、頭に一発雷落としてやろうか?
あれ?…出雲の下ネタ発言でちゃんと頭に入ってきてなかったが、気のせいだよな?
「出雲ちゃん!声が大きいよ!」
「ごめんごめん、びっくりしてつい。やば、扉開いてるじゃん、もし竜子姉に聞かれてたら…今、お兄の部屋のドアが閉まったような」
危ねぇ…あと少しで気づかれるところだった。
今日は一体何なんだ?どういった日なんだ?
亜紗妃ちゃんの好きな人を出雲が大声で言ったが、きっと俺の聞き違いだ。
だって今日の俺は凄い疲れてるから…聞き違いをしているだけなんだ。
俺はベッドに潜り込み、そして寝る事にした。
寝る事にしたのだが…全然寝る事が出来ない。
目を瞑るとハッキリと浮かび上がってくるのだ…竜子さんの裸が。
まだタオルとかで隠してくれてるなら良かったんだが、あの人はタオルを肩から掛けていた。
故にありとあらゆる物が全部丸見えで…クソ!なんでこんな事になるんだよ!
俺達は血が繋がってなくても、姉弟なんだぞ?
姉弟だけど…だけど、やっぱり血が繋がっていないからなのか?
もう十年以上は一緒に生活してる、今までもそういう感情なんて無かった。
姉の裸を見て興奮するなんて…ただの変態じゃねぇか!チクショウ!
「やっぱりダメだ…下行って、水でも飲むか」
体をベッドから起こし、部屋を出ようとドアを開けた時だった。
部屋の外には、片手に木刀を持ちながら、もの凄い目付きで睨み付けてくる竜子さんが居た。
この状況での俺は相当青ざめていただろう、鏡で確認をしないでも分る位に。
そんな俺を無言で部屋の中に押し戻し、ドアを締めた瞬間に胸元を掴まれ、思いっきりドアへと押しつけられた。
一瞬にして察する事が出来たのは、己の本能が状況を察知したからだろう。
竜子さんは本気で俺を殺るつもりだ、木刀を持って来てるのが動かぬ証拠だ。
よりにもよって…真っ赤な木刀を持ってきてるから、相当ブチギレてる。
我が家には木刀が三本あり、全てが竜子さんの私物。
怒りの感情によって無意識に木刀を使い分けるから、赤が一番ヤバい…黒なら半殺しで済んだのに。
あと…俺を扉に押しつけてるのは、誰も入れないようにするためだろう。
「待ってください。あれは事故と言いますか…えっと、すみませんでした!貯金全額で許してください!」
「は?それはつまり、アタシの体がお前の貯金全額の価値しか無いって言いたいのか?良い度胸だな…獅子雄、なぁ?」
ヤバい、火に油を注いでしまった。
いつも小遣い寄越せとかのカツアゲ的な事をされてたから、金を要求してくるのかと思っていた。
「テメェの頭の中には、女の裸を見たら金を払うってのが常識なのか?あ?裸見られた女は、金さえ払えば許してくれると思ってんのかよ?おい、答えろクソ獅子」
く、クソ獅子だと?
弟の名前にクソ付けて呼ぶかよ普通?
名前にクソを付けられてイラッときたものの、俺は何も言い返す事は出来なかった。
答える事の出来ない俺にムカついたのか、突然顔スレスレに拳を繰り出し、部屋に大きい音を響かせた。
すると音に驚いた出雲達が心配して部屋の前に来たが、誤魔化せと言われて、二人に足をぶつけただけだと嘘をついた。
嘘を信じてくれたのか、気を付けるように言われて二人が帰っていく音を聞いた後に、俺はベッドの前で正座をさせられる。
目の前には大股を開きながら、木刀を立てたままで顎を乗せる竜子さんが、こちらを再び睨み始める。
「誰も金を出せなんて言ってるわけじゃない。ケジメを付けろって言ってんだよ分る?アタシは金は貰えるなら貰うけど、それ以上にテメェが金を出すって言ったことが気に入らねぇ」
次の瞬間、突然視界が真っ暗になったと思うと、次に視界に入って来たのは部屋の天井。
頬には激痛が走っているから、殴られたことは間違いないだろう。
まだ木刀で殴られていないだけマシだが、やはり喧嘩馴れしているせいか、最初は理解が出来なかった。
殴るそぶりすら見えなかった上に、全てが一瞬の出来事だったからだ。
立ち上がろうとするとまた胸ぐらを掴まれ、もう片方の頬を拳で殴られた。
口の中から血の味が広がるが、歯が折れていないのは奇跡に感じる。
「良いか、よく聞けこの馬鹿。アタシが今切れてるのはな、お前が勝手にアタシの体に値段を付けようとした事だ…値段を付けるなら自分で付ける、それ以前に自分の体に値段を付けて金取る程、アタシは金に飢えてる訳でもない、分ったか?分ったならもう一度座り直せ」
掴まれていた胸ぐらを離す際に突き飛ばされ、後頭部を本棚にぶつけてしまった。
ぶつかった衝撃で本が沢山落ちてきたが、お構いなしにベッドへ座り直す竜子さんは流石と言うべきか。
自分のペースを一切崩す事なく、相手の挑発に乗りながらも、逆上しながら必ず勝つ。
そんな話を幾多も作ってきたもとヤンキー、金田竜子。
過去に一度だけ負けた事があるそうだが、その日だけは部屋で泣いている声が聞こえてたっけ。
「おい、早く座り直せ。話はまだ終わってねぇんだよ」
「わがっでまずよ。頭うっだんで、少しだけまっでぐだざい」
頭を集中的に攻撃されてしまったせいで、顔が腫れた挙げ句に、口の中まで切れてる。
言葉もまともに喋る事が出来ない。
「まぁ…金発言はこれくらいで許してやる…それよりだ。お前さぁ、アタシの裸を見ただろ?正直の感想を言え、いや!変な意味じゃないぞ!?変な事を言ったらぶっ殺すからな!?」
正直な感想を言えと言われてしまったが、答えによってはどっちにしろ殺される。
だけども…どう答えたらいいんだ?
正直に答えると…興奮しましたとでも言えばいいのか?
確実に木刀でぶん殴られる。
まず正直に感想を言うとなると、男だから仕方がないと思う。
だってまず女性の裸に対しての対し絵なんてあまり無いし…一年ほど前にたまたま出雲のを見たくらいだ。
あの時の出雲…なんで平然と仁王立ちまでしてきたんだ?
「おい、早く答えろ。聞いてるこっちだって恥ずかしいんだから」
顔を赤くして斜めに俯いて照れるのは女性らしいんですけど、木刀で人の顎を持ち上げるのはやめてもらえませんか?
地味に体勢が辛いのと…えげつない程に、木刀が俺の喉仏に直撃してるんです。
しばらくの間、沈黙が続いたが、いつまで経っても放して貰える気配はなかった。
もういっその事、正直に言ってしまおうか。
下手な事を言うより、絶対にマシだ。
「きれいでじだ…はじめでみだので…しょうじぎ、ごうふんじま」
「チェストォォォォォォォォォォラッ!!!」
最後まで言い終える前に、横っ面に蹴りが入った。
今度こそ意識が飛びそうになったが、瞬時に竜子さんに三回目の胸ぐらを掴まれ、そのまま首を揺すられた。
「ききき、綺麗とかふざけんなクソガキ!この変態野郎!アタシ達は姉弟なんだぞ!?アタシはお前を姉の裸に興奮する野郎に鍛えた覚えはねぇんだよ!?ああ!?」
「やっぱり!お兄の部屋が騒がしいから来てみたら、竜子姉!なんでお兄をボコしてるの!?」
「おおお、お兄さんの顔が!?これ以上原型を無くさないでください!」
この日、俺の部屋は変な修羅場と化した。
顔を真っ赤にしながら暴れる姉と、その姉を抑え込もうとする妹に、ボコボコに制裁されたヤクザを心配しながら泣き叫ぶ美少女?
一度リビングで起っていた地獄絵図など、今の状況に比べれば大分マシにすら思えてくる。
部屋の片付けが大変になりそうだが…まず俺の部屋が修羅場に持つかが心配だ。
不慮の事故で風呂場で居合わせてしまった獅子雄と竜子。
竜子の獅子雄に対しての質問に隠された、本当の意味は一体?
次回、獅子雄が風邪?そんな彼を看病するために、可愛い二人のナース(?)が立ち上がる!!




