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第四話 相手が男子でも、遠慮をしない。

昨晩の件で頭を悩ませる獅子雄。

そんな獅子雄と一緒に、出雲と亜紗妃は学校帰りのショッピングへ行く。

 学校帰りに妹達の買い物へ付き合わされる兄は、世の中にどれほどの数がいるのだるか。

 昨日の事件で、二人とも朝から不機嫌だったというのに…今はクレープで機嫌が良い。

 しかし…竜子さんが言っていた言葉が、いまだに気になっている。

 授業中も、弁当を食べているときもずっと、頭の中で考え続けていた。

 学校で習った事など全然覚えていない上に、誰と何を話したのかまでも思い出せない。


「お兄さん?大丈夫ですか?ずっとボーッとしてますけど」


 ベンチに座り込む俺を心配そうな顔をしながら、覗き込んでくる亜紗妃ちゃん。

 まるで小さい子がやるような、鼻の上に生クリームを付けている顔で。


「もしかして亜紗妃ちゃんに見とれてた?私的にはありだと思うんだけど?このクレープ超美味しい!」

「私なんか、お兄さんに合わないよ。背も小さいし…胸も無いし…どんくさいし…」


 自分で言っておいて、どんどん落ち込んでいく亜紗妃ちゃん。

 別に背が小さいとか気にすることじゃない、胸に関しては仕方ないのだが…まず性別の事を考えるべきだろ。

 だが…俺も顔がヤクザだからなぁ…なんか気が重くなってきた。


「え?お兄までテンション下がってる?亜紗妃ちゃんって可愛いから大丈夫だって!お兄を見てみなよ?背があっても別に良いわけでもないよ?胸だって私も…ハァ…巨乳なんて滅べば良いのに」


 三人揃ってテンションが下がり、楽しかった雰囲気も無くなっていた。

 なんだよ…この空気は一体。

 周りから思いっきり浮いてるじゃないか…落ち込んだ顔をしながら、クレープを食べるなよ。

 頭抱えてる俺が言えた事でもないのだが、周りの空気を悪くしてしまってる気もする。

 ここは場所を移動すべきなのだろう…だが正直、座っていたい。


「なんか視線が痛い。私、服とか新しい下着欲しい!お兄、たまには服選んでよ!一緒に亜紗妃ちゃんも選んで貰わない?男の意見も聞きたいしね」

「そうだね。私も、お兄さんの意見を聞いてみたい、お願いします!」


 お願いしますと言われても、俺の意見なんて参考になるのか?

 まだ出雲の方なら、ずっと見てきてるから分るが、亜紗妃ちゃんの方が問題だ。

 ロリータ系の服って、普通に売っているのか?

 普段、女性服売り場なんて行かないからな…全然分らない。

 二人の目が凄いキラキラ輝いてるから、気分転換には丁度良いのだろうが…俺のセンスを期待しないでくれ!

 どの服を着ても…ただの休日中ヤクザとかにしか見えなくなる俺だぞ?

 センスがあるのか、あるいはセンスのセの字もないのかもしれない。

 だからそこまで期待をしないでくれ!プレッシャーが凄い!


「私のお気に入りのお店、ここ真っ直ぐ言った所にあるから!結構ゴスロリとかも揃ってるからさ、亜紗妃ちゃんにも絶対に似合うよ!」

「ここの近くにゴスロリを扱ってる店があるの?私、ゴスロリ着てみたい!」


 子どものようににはしゃぎ出す二人を見て、これなら大丈夫だろうと立ち上がろうとした時だった。


「お兄、これ全部食べて良いから!早く行こ!あそこの店長いるかなぁ?店長に亜紗妃ちゃん紹介してあげたいんだよね!」


 出雲からクレープを無理矢理渡され、二人は走り去って行った。

 ただでさえ俺、自分のクレープを食べてるってのに、そこへ二人分を渡されたわけだ。

 俺が注文したのはシンプルにカスタードだけのだが、二人が注文していたのは、ハチミツやらの甘い物が沢山入った長ったらしい名前の商品。

 よくもまぁこんなのを食べられると思ったが、二口くらいで終わってるな。

 もしかして…予想以上に甘くて、食べるのをやめたのか?

 これって確か、俺の買ったやつの倍の金額くらいしてたはずなんだが、食べないともったいないよな?

 本当は人の食べたクレープを食べるのには、抵抗感がある。

 たとえ妹が食べた物でも…俺は口を付けた物を食べる気になれない性格をしてる。

 そしてだ…柱の陰からこっそりとこちらを覗く影がある。

 顔を赤くする亜紗妃ちゃんと、妙にイラッとくるニヤニヤ顔の出雲。

 食べるのを期待している様子だ。


「変な期待を持つなって…つか服を見に行ったんじゃなかったのか?」


 ゆっくりと腰を上げ、柱に隠れている二人に近づいた。

 無言でクレープを二人に返すも、受け取りを拒否した挙げ句に、後ずさりまでされた。

 もしかして…このクレープは、そこまで甘かったのか?

 もう絶対に食べたくない、そんな物をこちらに近づけるな的な顔までして…どうするんだよ?


「食べていいよ?何?私達が気にすると思ってる?大丈夫だから、気にしないってば。美味しいから、ほらパクッといってみ」

「美味しいならお前が食べたらどうだ?自分で食べたいから注文したんだろ?だったらきちんと食べろ」


 クレープを返すと、涙目でお互いを見合わせた後に、一気に頬張りながら食べ始めた。

 反応からして、相当甘いらしい…俺が食べなくてよかった。

 どっちにしろ食べる気なんてないから良いが、見ていて可哀想になってきた。

 だけどこれも自業自得ってヤツなのだが…俺も本当に甘いな。

 口直しの缶コーヒーを買ってやるなんて。


「あのクレープ、二度と買わない。なんか胸焼けしそう」

「気持ち悪いよ…あんなの食べたら、また太っちゃう」

「自分達で選んだんだろ?なら食べないとダメだろ?それに出雲も知ってるだろ?俺は誰かが口を付けたのは食えないって」


 忘れていたと言わんばかりの顔で、こちらを見てくる出雲。

 俺はため息をつきながら、買い物をするのか質問をしてみると、本当に近くに服屋があるらしい。

 普段は他の友人や、竜子さんと服を買いに行っていたらしい。

 そして服の代金を竜子さんに出して貰ってるのか聞くと、黙秘しはじめた。

 まだ高校一年だから良としてもだ…竜子さんに払わせていたのか。


「お前なぁ…母さん達に頼むならまだしも、姉に払わせてたって」

「仕方ないじゃん!竜子姉ってば、私が見てた服を勝手に買って来ちゃうんだから!おかげで服には困らないけど…最近タンスがいっぱいなんだよね」

「竜子お姉さんって、出雲ちゃんが大好きなんだね。なんだか羨ましい」


 ほんの一瞬だけ、亜紗妃ちゃんが暗い顔を見せたが、直ぐに笑顔に戻った。

 俺はあえて見なかったことにした。

 本人も気づいてはいるのだろうが、指摘をするような発言は、しない方が良いだろうと思ったからだ。

 もしかすると、知られたくないことなのかもしれない。

 俺だって知られたくないことは沢山ある…もうバレていたけどな。

 笑顔を見せられるくらいだから…きっとそこまで深刻なことではないんだろう。


「あ、あそこのお店!やった!新作出てるよ!?二人とも見て、似合う?あ、これも可愛い!」


 次々と服を手に取り、自分に合わせて行く出雲だが、どの服もかなり個性的な物ばかり。

 胸の辺りに目玉のプリントがあり、腹部の辺りが口になってるデザイン。

 俺の隣で見てる亜紗妃ちゃんも、若干引いてる気がする、絶対に引いてる。

 だとしても…出雲の行動は止まることはない。

 そしてただただ唖然として居た亜紗妃ちゃんを連れ去り、ゴスロリ服を合わせて行く。

 そして可愛いと判断した物から、俺の方へ渡していくんだが…誰が代金を出すのやら。

 無論俺は出す気なんてないし、金がないなら諦めさせる気でいる。


「お兄見てよ!亜紗妃ちゃん、まるで人形みたいじゃない?早速試着してみてよ!ほらほら!」

「え?え?待って、私まだそれ着るって言ってな」


 試着室に服と一緒に押し込まれる亜紗妃ちゃんと、新たな服を探しに行く出雲。

 女性物の服屋にヤクザ一人を放置、お願いだからやめてくれないか!?

 店内結構ガラガラだけども、一人だけで放置されるのはキツすぎる!


「お、お兄さん…ちょっと、助けてください。中に入ってきて貰えますか?」


 えっと…つまり、試着室に入って手伝えということか?

 これは本人が了承してるからいいんんだよな?てか男同士だから問題ないよな?

 深呼吸をした後に、俺は試着室のカーテンを開けて中へ入った。

 中の方では、涙目で背中のボタンへ手を伸ばしている亜紗妃ちゃんがこちらを見てくる。

 俺を呼んだ理由というのは、ボタンが留められないと言う事だったようだ。

 一生懸命に背中のボタンへ手を伸ばしているのが分るが、どうしても距離が届いていない。

 多分一人で着れる様に出来て居るのだろうが、言うのは失礼だが本人の体が硬いのか、腕の長さが足りていないように見える。

 にしてもだ…めちゃくちゃ似合ってるのが分る。

 なんで男なのに…こんなに可愛いと思えてしまうんだよ…反則だろ。


「どうしてもボタンが…手が届かないんです。前ボタンなら簡単なんですけど…後ろのボタンは苦手で、お願いしてもいいですか?」

「それくらいならおやすいご用だよ。これで大丈夫?問題ないなら出るけど」


 俺が試着室を出ようとした時、そっと手を掴まれた。


「昨日の、昨日のお姉さんの事でお話がしたです。だから、少し待ってください…私、ずっと気になってたんです」


 昨日の話…それが直ぐに竜子さんの発言の事だと分った。

 今までの行動を覆すような発言には、俺自身も驚いていたことだ。

 だが妹の友人まで悩ませるまで、発展していたなんて。

 ところでだ…試着室に籠もって話すというのは、かなり違うような気がするのだが。

 それも亜紗妃ちゃんは見た目からして、完全に女の子そのもの。

 そこへヤクザ男と二人っきりで、試着室に長い時間籠もるっていうのは、色々な意味からしてマズイ状況だ。

 外の状況も気になるが、亜紗妃ちゃんもしっかりと手を握ってて、放してくれそうにない。


「その話は、あとでゆっくりと話さないか?だから今は、外へ出させて欲しいんだが」

「外に出てしまうと、出雲ちゃんがいてお話が途切れちゃうと思います。だからこうして、二人っきりの時に話した方がいいと思いました」


 亜紗妃ちゃんの言いたい事は分る、出雲が居たら必ず話が拗れるだろう。

 俺も話しが拗れると面倒なのは同じなのだが、せめて時と場合を考えてほしい。

 学校とか別の場所はなかったのか?

 考えている間にも、どうしてか亜紗妃ちゃんの目には涙が溜り始めている。

 ちょっと泣き虫過ぎる気がするんだけども?


「分った、分ったからここで泣くのはやめよう?出雲も、今ならまだ戻っても来ないだろうから」


 なんとか泣かれてしまうことは阻止出来たが、これはこれで話難い状況だ。

 俺はまず、竜子さんの考えている事が分らない事を話した。

 今日も学校で色々と考え得てみた結果としては、まぁ姉としての義務を果たそうとしていたと、俺は考えてみたわけだ。

 対して亜紗妃ちゃんの考えとしては、ツンデレがどうとか言っていたが、それはないだろうと思う。

 実際に口に出してしまうほどに、竜子さんのツンデレ疑惑はあり得ない。


「ツンデレじゃないとすると…もしかして、男子が好きな子を苛めちゃうあれの、逆パターンじゃないですか?」

「それもないかな、むしろ竜子さんは普段から何を考えているのか分らないから…難しい所だ」


 頭を抱えて考えて見たが、やっぱり分らない。

 今までだって理不尽に攻撃を受けてきたが、あの行動には何かしら理由はあったようだ。


「あ、もしかして!お姉さんって、お兄さん事が好きなんだけど、だけども普通に接するのは恥ずかしいと言う理由からとかじゃないですか?姉弟による禁断の愛とか」


 禁断の愛とか言ってるけど、俺達は血が繋がってないから別に問題と言えば問題無いが…戸籍上は道なんだろう。

 亜紗妃ちゃんの目が輝きだした事で、俺は出雲がもしかして説明していないのかと、疑い始めていた。

 出雲(あいつ)の事だから普通にあり得る、逆に伝えていたら褒めてやる。

 まずは亜紗妃ちゃんの誤解を解こうと思うのだが、見るからに自分の世界に行ってる。

 自分の頬を抑えながら、頭を左右に振りまくってる。

 狭い場所でそういうことをされると、ツインテールがこちらへ攻撃してくるんだけど、それには自我でもあるのかな?

 地味に痛痒いから困った…もう掴んでいいか?


「一回落ち着こうか?さっきから思考がおかしな方向へ走ってるよ?」

「でも考えれば考える程に…納得が出来るんです。お姉さんはお兄さんも心配していた…それよりも知りたいことがあるんです!私の記憶だと、初めてあのお店に行ったとき、美少年が居たはずなんです!」


 話が急に方向転換し過ぎじゃないか!?何美少年って!?

 まず家の店に美少年なんていないんだけど?記憶を美化してませんかね?

 店に来る客っていうのは基本的には、大人ばかりだが、子どももたまには来る。

 亜紗妃ちゃんから聞いた話だと、店の屋上に行った聞いていたが、屋上は昔から金魚のトロ船しかおいていない。

 家族以外に勝手に行く事は出来ないはず。

 つまり…それが出来るのは家族以外にはありえないということだ。


「最初はお兄さんがそうかと思って居たんですが…全然違うんです!あの美少年とお兄さんが、全然別人なんです!チ○ルチョコとゴデ○バチョコレートぐらい違うんです!」


 微妙な例えを出してきたけど、地味に傷つく内容だ!


「お兄さんって、もしかして昔はイケメンだったりしませんでしたか!?ヤクザの映画に出てる人も昔はイケメンだったって話がありますよね!?お兄さんもきっとそのパターンですよね!?」

「え?いや、俺にはそこら辺の事は分らないが…今度家で写真見てみる?」


 俺の提案に激しく頷いたのを確認して、俺は試着室を出ようとした時だった。

 再び引き止められた、というより背中にくっついて来たと言う方が、正しいかもしれない。


「いつも思いますが…お兄さんは本当に優し過ぎる人ですよね。お姉さんが言っていた心配と言う言葉の意味は…この気持ちなのかもしれないです…あと、ボタン外すの手伝ってもらっていいですか?」


 優しすぎるか…この顔だから、人には出来るだけ怖がられないようにしてるつもりだったんだがな。

 元は龍子姉さんも以前に言っていたか…俺は優しすぎる面があるから気を付けろと。

 いつかその優しさにつけ込む人がいるからって。


「ん?このボタン、結構固いな」


 留めた時は簡単だったボタンに苦戦しながら、なんとか外した時だった。

 突然カーテンが開けられ、満面の笑みを浮かべながら大量の服を持った出雲が、こちらを見ていた。

 丁度俺が亜紗妃ちゃんのボタンを外したタイミングで、カーテンを開けて来たから、お互いに固まってしまう。

 この光景を見た妹は、何を思うのだろうか?

 そして…連鎖するように亜紗妃ちゃんの来ていた服が、綺麗に脱げ落ちた。

 亜紗妃ちゃんが深呼吸をしようとして手を下げた時に、ボタンが外れた上での事故で、下着姿になってしまった。

 大きな悲鳴があがる中で俺は、無意識にカーテンを勢い良く閉める。


「ごめん!まさかお兄まで中に居るとは思わなくて…てかお兄がなんで一緒にいるの?」

「…手伝って欲しいって言われたんだよ。お前こそ、ちゃんと開ける前に声掛けろよ」


 隣を見てみると、びっくりしてしゃがみ込んだ亜紗妃ちゃんが、涙目でこちらを見上げていた。

 いきなりカーテンを開けられたら、俺だってびっくりする。

 …なんで下着まで全部女性物を着てるんだよ?違和感ないけど。


「ちょっと出雲に説教してくるから、落ち着くまでここで待ってて」


 返事は帰ってこなかったが、そっと頷いたように見えた。

 静かに試着室を出ると、申し訳無さそうにしつつも、期待をしているような顔をした出雲が待っていた。

 力を加減しつつも、頭に一発拳骨を落としたあとに、他の客に迷惑が掛らない場所へ移動する事にした。

 亜紗妃ちゃんには近くのファミレスに入ってるとメールを入れ、騒ぐ出雲を担ぎながあら移動を開始する。

 ファミレスでは適当にドリンクバーと、ポテトを頼みつつ、出雲に説教を始めたのだが。


「だって…早く亜紗妃ちゃんに着せたかったから。でも反省してる…二人のお楽しみを邪魔しちゃったから!」


 俺は無言で出雲の鼻をつまみながら、深いため息をついた。

 反省をしているといいながらの発言に対して、全然反省していないと読み取れた。

 自分の頭に軽く拳を乗せて、下を出してる姿を見ても、誰も反省なんてしてるとは思わない。


「鼻やめて!お願いだから鼻やめて!可愛い妹を苛めないで!」

「イジメじゃない、躾けだ。いい加減に人をおちょくるのをやめたらどうだ?あまりしつこいと、親父達に趣味の事を話すぞ?」


 やはり二人にバレるのは嫌なのか、今度は本当の謝罪をし始めた。

 この感じは本当に謝罪をしていると分るから、開放してやることにしたが、これでも懲りない性格をしてるんだよな。

 変な所が竜子さんに似ているから困るんだよ…同じ事をまた繰り返すから。

 そろそろ許してやろうと思いながら、鼻を離すと亜紗妃ちゃんが来て、俺の隣に座り始めた。

 気持ちは分るんだけどもね…ピッタリと横に座りすぎじゃないのかな?

 もう周りから見たら、勘違いされてもおかしくないぞ?


「亜紗妃ちゃん、さっきはごめん!本当にごめん!」

「私の方こそ…ちゃんと服を抑えていなかったから」


 同時に泣き始めちゃったけど…俺、置いてけぼりにされてる。

 店員さんも困惑してるが、ポテトを置いてさっさと戻っていった。

 泣きながらポテトを食べる二人、それを見て周りがヒソヒソし始める。

 結構ヤクザが女子高生を泣かせてるとか聞こえるが、俺はヤクザじゃなく、ただの何処にでもいる高校生なんですが。

 しばらくの間、二人が泣きながらもパフェ等を注文して食ベ終わってから、ファミレスを後にすることになった。

 正確には、俺があの空気に耐えられなかっただけという話だが。



 三人で家に帰ってきたものの、俺は直ぐに店の手伝いに狩りだされた。

 最近は家に真っ直ぐ帰らずに買い物等、二人の用事に付き合わされる事が多かったからだ。

 どうもお客から頼まれていた魚を仕入れたらしく、それの水合わせを頼まれた。

 今回仕入れた魚は、ブラックアロワナのベビー。

 アロワナ種での小型であり、体の一部が黒い事で人気がある…竜子さんが喜びそうだな。


「ねぇねぇ、亜紗妃ちゃんが店内を見たいって」

「別に構わないが、足元に気を付けろよ?今日は魚が入って来てるから、ところどころにバケツがあるから転ばないようにな」


 不思議そうな顔で辺りを見回す亜紗妃ちゃんと、水合わせ中の魚たちを覗き込む出雲。

 今回アロワナ以外に仕入れた魚も複数の魚が入って来たから、気になっているんだろう。

 ベタも何匹か入れたと聞いているし、良い個体がいれば小遣いから天引き、持っていくだろうな。


「あ、あの!この青いお魚ってなんですか!?凄く綺麗で…不思議な形をしてます。マンボウの仲間かな?」


 亜紗妃ちゃんが興味を持った魚の名前は、ディスカスと呼ばれるシクリッド。

 縦にした円盤の様な形をした魚で、この魚のブリーダーは結構多い。

 体には独特な模様を持ち、体も比較的大きくなる事から、大きい水槽で飼育する事で有名だ。

 もう一つの理由としては、成長と共に自分の縄張りを持つという、シクリッドの特徴もあるからだ。


「こいつ等はマンボウじゃなくて、ディスカスって名前の魚だよ。もしかして、こういう感じの魚が好き?」

「はい!見ていてとても癒やされます。あの唇も可愛いですし…あの茶色い置物は何ですか?あ、こっちのには何かついてますよ?」


 そういえば親父が、ディスカスのペアが出来たって言っていたな。

 卵を産んだと言うことは…こっちの方の世話もしなくちゃ行けないのか。

 金魚と違ってディスカスは自分で子育てをしてくれるから楽だが、餌になるブラインシュリンプを湧かしておかないと。

 大きくなるにつれて、自分で餌を作る必要があるからな。

 まぁ俺もそうだが、出雲も同じように出来るから、大丈夫か。


「あれは全部卵だよ。ディスカスはあの筒に卵を産み付けて、夫婦で子育てする種類なんだ」

「夫婦ってことは…この二匹は結婚してるんですか!?お互いにオスメスって分るんですか!?」

「でもでもたまに、同じ性別同士でペア作る事あるよね?変なペア作られたって前にパパ達が愚痴ってた」


 突如話に割り込んでくる出雲だが、どこから割り込んでるんだ!?

 いきなり人の股の下をくぐってくるって、小学生みたいな事をするな!

 普通に横を通れば良いものを、リスクを背負いながら通るか?

 一歩間違えれば、俺が後ろ側に倒れ込んで水槽に突っ込む可能性もあるんだぞ?

 言ったとしても…今の二人には何も聞こえてはいないだろうがな。


「ディスカスってね、一度相手を決めたらずっとその相手としか繁殖しない魚なんだよ。私も一回だけ飼いたいって思ったんだけど…飼育するのが面倒くさくてやめちゃった」


 そういえばあったな…一時期飼いたいって大騒ぎして、店の手伝いをしてから言わなくなったことが。


「このお魚って、飼うのが大変なんですか?」

「人それぞれかな。単独で飼育するなら60センチの水槽でも飼えなくもないけど…二匹で飼っても、相性が悪いと喧嘩しちゃうから分けなきゃいけなくなるからね」


 喧嘩という言葉を聞いた途端に、顔が暗くなる二人。

 なんだか今日は、扱い難い日だな。

 それにしても…亜紗妃ちゃんはディスカスが好きなのか。

 少しだけ意外だったな…てっきり、ネオンテトラとかが好きだと思って居たんだが。

 てか亜紗妃ちゃん、ディスカスに凄い執着してる?水槽に顔くっつけてないか?

 飼いたいというのなら飼育方法を教えてあげたいが…初心者には結構難しいと思うんだよな。

 ましてや最初は設備にお金が掛るから、高校生の小遣いでやるとなってくると…家庭によるだろう。

 大体一月が五千円貰えるとしたら、全部揃えるにしても六ヶ月分くらいは貯めておきたい。

 それならまだ設備と、安い個体なら買える程にはなる。


「ディスカスじゃないけれど、似た様な感じの魚ならいるよ。外見はかなり変わってきちゃうけど…見てみる?」

「ああ、あれがいたね!お兄ってばナイス!亜紗妃ちゃん、ちょっと来て!めちゃくちゃ可愛い魚がいるから!」


 出雲が手を引きながら、連れて行った場所は綺麗にレイアウトされた水槽前。

 親父達が作った水槽の中を泳ぐ魚たちは、いつ見ても優雅に泳いでる。

 お客さんが来る度に見とれる程に綺麗かつ、存在感も非常に大きい。

 家の店にある水槽の中でも、一番大きい物だ。

 大きさだけで2メートルを超えているから、魚たちも悠々と泳ぐことが出来る。


「す…凄い…これが、水槽?お魚って、こうやって綺麗に出来るの?」

「これね、うちのパパとママが作った力作なんだ~。まぁ一年くらいしたら全部リセットしちゃう事になるんだけど」

「そうなってくると…龍子姉さんを除いた、家族総出でやる恒例行事みたいな物だよ。古い土を全部捨てて、新しい土に換えてやるんだ」


 本当に毎年の恒例行事…大掃除レベルの規模だからな、魚にとってはの話だが。


「来た来た!今日って餌上げてないよね?亜紗妃ちゃん、一緒に上げてみよ!お兄、餌ってどこにあるの?」

「餌ならレジの下にないか?前から同じヤツのはずだが」


 餌を片手に持ちながら、満面の笑みで脚立を上る出雲。

 その隣にもう一つある脚立に亜紗妃ちゃんが上り、二人で仲良く餌を与え始めた。

 一斉に二人の元に集まり始める熱帯魚たち。

 その中には、ディスカスと同じシクリッドのエンゼルフィッシュも、餌を食べようと集まる。

 出雲も同じようにエンゼルフィッシュを進めようと、考えていたようだ。

 エンゼルフィッシュなら、安い水槽セットで飼育も可能だが、俺のお下がりの水槽を譲る事も出来る。


「可愛い…お魚って、こんなに可愛いんだ」

「そうそう、特にこのエンゼルフィッシュがもう可愛くて!人の顔を覚えると、ご飯頂戴って催促してくるんだから」


 楽しそうに二人で話をしていると、餌を与え終わったのか脚立を降りようとした時だった。

 水槽内で餌を食べたエンゼルが、水面をヒレで叩いた音がした。

 その時に飛んだ水滴が、綺麗に亜紗妃ちゃんに辺り、驚いた声と同時にこちらへと落ちてきた。

 正しくは飛び上がった拍子に、こちらへと倒れこんできたと言う事だろう。

 幸いな事に、亜紗妃ちゃんはそこまで重くもなく、予想以上に軽くて助かった。

 後ずさりすることもなければ、まるで子どもを抱きかかえたような感じに似ている。


「ちょ、二人共!大丈夫!?」


 心配してくる出雲の問いに、俺は無事だと答えると、亜紗妃ちゃんの方はびっくりして返事が出来ない様子だった。


「よかった…超心臓に悪いんだけど。だけど、怪我なくて本当によかった…お兄、マジでナイスだよ」

「昔から、ソファを使って飛びかかってくるお前の攻撃で馴れてるからな。とりあえず、休ませようか」


 身動きが取れないのか、抱きつかれた状態で家の中へ入ると、竜子さんがリビングで繕いでいた。

 よりにもよってと思っていると、直ぐに気づかれた挙げ句に詰め寄らる。

 もう完全に目がお怒りですよ、お前何しやがったって目をしてますよ。

 今にも殺されそうな雰囲気でもあるが、何も悪い事はしていないから、俺は堂々としていることにする。


「お前、何ヘラヘラした顔してんだよ?亜紗妃に何したって聞いてんだよ?」


 ごめんなさい、やっぱり俺には無理です。


「竜子姉!そこどいてよ!亜紗妃ちゃんを寝かせるんだから!」


 怒りながら竜子さんを追い払う出雲、お前は我が家で最強の存在なのか?

 いや、今はそんな事を考えているよりも、亜紗妃ちゃんを寝かせる事が優先だ。

 俺はゆっくりと亜紗妃ちゃんをソファに下ろすも、手が緩む事はなく、動きすらない。


「あ!亜紗妃ちゃん、完全に気絶してる!お兄にしがみついたまま、器用に気絶してる!」


 気絶してるだと?あまりのびっくりして、飛び上がったと同時に気絶したというのか?

 亜紗妃ちゃんを起こそうにも、起こすこと自体が可哀想で、俺達三人は何もする事が出来なかった。

 それから亜紗妃ちゃんが次に目を覚ましたのは、夜八時を過ぎた後だった。

結局はちゃんと買い物が出来なかった二人に、疲れさせられた獅子雄。

次回、獅子雄の幼き姿の写真が見つかる。

そして…亜紗妃の衝撃的な心情が明かされる!

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