第三話 腐女子達にしか見えない。
竜子と龍子の喧嘩に巻き込まれ、寝不足になっていた獅子雄。
そんな彼の元には、朝早くから二人の訪問者が来ていた。
昨晩の姉達による喧嘩は深夜二時にまで及ぶ、とても大きな物へと発展した。
俺だけでなく両親までもが動く程の大喧嘩は、最終的には決着まで行かず、無理矢理引きはがす事で強制的に終わらせる事が出来た。
二人のおかげでこっちは寝不足だ…出雲の方は爆睡していたみたいだが。
あの後もしばらくは、竜子さんの部屋から激しい音がしてたから、相当暴れていたに違いない。
両親の怒鳴り声が、二階の寝室まで聞こえてきたからな。
「…にい!お兄!起きないとお兄の持ってる外人ばっかりのエロ本!全部ガチムチ系のBL同人誌にすり替えるからね!?」
俺のエロ本を…同人誌とすり替えるだと?
それもガチムチ系のBLだと?絶対に嫌だ!
なんで俺が本所持している事を知ってるんだ!?しかも内容も全部バレてる!?
「亜紗妃ちゃん、本棚の中にある図鑑全部出して。その本棚の裏に板が一枚挟んであるから、中身全部出しちゃって」
「なんだか悪い気もするけど…良いのかな?」
聞こえてくる会話に嫌な予感を覚え、思いっきり目を見開くと、俺の上には出雲が乗っかっていた。
一体コイツは人の上に乗っかって、何を始めるつもりなのだろうか?
横の方を向くと戸惑いながらも、一生懸命に俺が集めた魚類の資料を本棚から下ろしてる亜紗妃ちゃんがいた。
魚の資料本ってそこまで厚くはないが、一冊が普通に二千円とか超えてくる物が多いんだよな。
だからあまり乱暴に扱われたくはないのだが…問題なさそうだ。
「今って何時だ?…頭痛ぇ。昨日回し蹴りされたからか…」
「えっとね、六時ちょっと前!てか後ろ回し蹴りされたってマジ!?この目の痣ってその時のヤツ!?喧嘩痕みたいでウケる!」
「わわ、私!冷やす物探して来ます!」
人の上で爆笑する出雲と、慌てて部屋を飛び出して行く亜紗妃ちゃん。
この差は一体なんなんだ?全然反応が違い過ぎる。
あと六時前に人の部屋に突撃してくるなよ…亜紗妃ちゃんも来るのが早すぎだ。
何時から家に来てるんだ?
それとさっきから痛い!出雲が笑いながら腹を叩いてくるからめっちゃ痛い!
よくよく考えたら、後ろ回し蹴りじゃなくて、ただの回し蹴りだ!
「にしてもさぁ、お兄ってば顔に似合わず…プッ!外国人が好きなんだね?亜紗妃ちゃんって、見た目外国人だから好みだったりして」
普通に女の子だったらの話なら、そりゃ結構ストライクだろうよ。
だけどなぁ…俺は同性愛者じゃないんだ。
龍子姉さんの同人活動を手伝ったりもしているが、ちゃんと報酬として給料を貰ってる。
恥ずかしい話なのだが…あの本も、龍子姉さんが報酬でくれてる物だ。
元々はポーズの資料として購入して、使い終わったあとの処分として、俺に渡してきたのが始まり。
それ以来は報酬に給料と同時に渡されるようになった。
「亜紗妃ちゃんって…実は誰とも付き合った事がないんだって。お兄が初彼になったらどうなのさ?男でしょ?」
「お前の趣味を押しつけるな。俺がお前に女と付き合えって言ったら、その通りに付き合えるのか?」
質問に対して急に目が泳ぎ始める出雲に向けて、俺は冷たい視線を送っていた。
自分で言っておいて、言われたら言われたで無理だと理解してるんだろうな。
ため息をつきながら目元を軽く目元を押さてると、ベッドの中に違和感を感じ始めた。
それはモゾモゾと凄い勢いでこちらに近づいて来たと思えば、顔の寸前で止った。
布団の中のにいる物体の正体は、ふざけている出雲だった。
出雲はまるでチンアナゴの如く布団から飛び出し、顎目掛けて強烈な頭突きをかましてきた。
「痛ッ!お兄の顔面鈍器!可愛い妹の頭が馬鹿になったらどうしてくれんの!?」
「それはこっちのセリフだ石頭!そのうちおでこが腫れ上がって、フラワーホーンみたいになったらどうするんだ!?」
涙目で頭を抑えてるけどな…こっちの方が比較にならないほど痛いんだぞ!?
お前の頭突きがな、顎にもろで入ったんだからな!
結構頭の方もクラクラしてるから、立ち上がるのは危ないだろう。
気がつけば俺はダウンしていた…そして出雲が隙を突いて、くすぐり攻撃を仕掛けてくる。
てかやばい!めちゃくちゃくすぐったい!
「冷やす物もって…これは一体どういう状況ですか?」
「ナイスタイミング!馬鹿お兄に頭攻撃されたら、仕返しするの手伝って!とりあえず適当にくすぐりまくって!」
お前の自業自得だろ!?
「で…でも。分った…ごめんなさい!」
「さぁお兄!許して欲しかったら、今日の学校帰りの買い物に付き合って!拒否するなら、もっと激しくするから!」
亜紗妃ちゃんも加わり、くすぐり攻撃が激しくなる一方で、頭が冷静になり始めていた。
ベッドの上で妹と、妹の友人に悪戯されている俺の状況は、他から見たらどういう感じなのだろうか?
学校ではふざけて「お頭!」とか呼ばれたり、登校したら「お勤めご苦労様です!」とか言われるんだよな。
出雲と兄妹だと知られてからは、家に帰ってきてもひっきりなしにメールが来る。
主な内容は、メアドを教えろだとかだ。
「そろそろキツくなってきてるんじゃないの?ギブアップする?ギブアップしちゃいなよぉ!私達に勝てるわけなくない?てか疲れてきた、喉渇いたから何か飲もう」
「お前等…元気が有り余ってるのは分ったが。今日は学校だが、体力は残ってるか?」
「…どどど、どうしよう!?私達、今日二時限目に体育だよ!?」
二時限目が体育か…俺の方は五時限目が体育だったな
こっちは全然余裕がある、だが二人の方は違う。
朝からふざけてくるから、そういうことになるんだよ。
息切れまで起こしてるから、体力を使ってるのは明白だ…それもかなりバテてるな。
俺もくすぐられすぎて、大分体力を消耗してしまった。
どちらにしろ…六時半には起きるから別に良かったのだが、余計な体力を使わされてしまったな。
蘭鋳には餌だけをやって、土佐錦の水を取り換える事に千年しよう。
餌は親父に頼む、決まりだな…少し早いが始めるか。
「騒ぐのは勝手にしてて良いが、部屋の物を壊すなよ?何か壊したりしたら…そうだな、屋上にある蘭鋳達の水替えを手伝わせるからな」
自分達の失態を嘆く二人には、一切俺の声は届いていない様子だった。
起きる時間がいつもより、早く起こされたわけなのだが、金魚達は朝日を浴びて元気に泳いでる。
我ながら、なかなか良い金魚を育てているものだ。
蘭鋳も土佐錦も、良い個体を作る為には水槽では飼育をしない。
やろうと思えば出来るのだが、本格的に凝ってくると話は別だ。
両方ともが普通の金魚に比べて飼育方法も違えば、姿形も大きく変ってくる。
「今日も元気に泳ぎ回ってるな。白点病も無し、寄生虫にやれてる個体も居なくてよかったよ」
金魚って言うのは、犬や猫の様に触ると言う事は出来ないが、人が来ると寄ってきてくれる。
大きな池にいる錦鯉に餌を与えると、水面がバシャバシャと激しく揺れる。
それは金魚も同じで、一匹だけだとバクバクするだけだが、数が多いと多少水面が激しく揺れ始める。
グッピーでも同じ事は起る、というか昔に経験をした。
出雲と初めてグッピーを増やした時、50匹ほどを1つの小さい水槽で飼育していたら、小さい鯉が餌を要求している様に見えてきた。
ただ…出雲にとっては、ある意味怖かったらしく号泣したという懐かしい思い出。
それ以来はグッピーが苦手になってしまった出雲は、オスだけが長いヒレを持つという特徴のベタの虜になった。
「相変わらず、アンタにそっくりな厳つい顔ばっか。育ての親に似たのかもね」
聞き覚えのある声、そして漂ってくる煙草の臭い。
噎せながらも横を振り返ると、ヤンキー座りをしながら、煙草をふかす竜子さん。
同じく魚を飼っているからなのか、しっかりと片手には携帯灰皿を常備していた。
「珍しい。普段は屋上まで来ないのに」
「あー、なんつうか…流石に昨日はやり過ぎたってか。ああくそっ!顔がいかつすぎるんだよ!オオカミウオみたいな顔しやがって!謝りにくいだろうが!」
なんで逆ギレしてんのこの人!?あと何故にピンポイントでオオカミウオ!?
顔がいかつい事は百も承知だが、オオカミウオは結構傷つく。
ヤクザとかなら言われなれてるんだけど、この人は変な所をついてくるな。
いつものように逆ギレをしながら悪態を突いてくる竜子さんは、鉢の中を泳ぐ土佐錦を覗きに行った。
多分…水が殆ど緑色になっているせいで、あまり蘭鋳達を見ても面白くないのかもしれない。
金魚にとっては、この青水と呼ばれている緑色の水はとても良い物だ。
体の発色が良くなる上に、藻が生えるからそれを餌にも出来る。
ここが土佐錦と他の金魚にとっての、飼育環境で大きく違う。
「ところでアンタさ…龍子の部屋でいつも何してるわけ?まさかイズモがああなったのは、お前が原因じゃないだろうな!?」
突如思いっきり襟首を掴まれ、持ち上げられ抵抗する事が出来ない俺。
考えたら俺の体重って、かなりある方なんだが、普通に持ち上げられてる。
地面から足が浮いてるから確実だ。
それよりも、まずは弁解をしないとまずいのではないだろうか?
このままだと、思いっきり殴られる可能性もある。
だが俺が龍子姉さんの部屋で手伝いをしてると話したら…全然予想が出来ない。
普通に殴られるのか、または一生変態野郎と罵られ続けるのか。
「…やっぱ無理、アンタ重すぎ。別にアンタが誰と居ようと私には関係ないけどさ…イズモに変な事だけは教えるなよ」
し、死ぬかと思った。
「つーか、アンタさぁ…イズモと私の仲を取り成してよ。最近避けられ気味って言うか…凄く、冷たい」
「そりゃ大切な物を汚されたら怒るだろ。あの中には亜紗妃ちゃんの所有物もあったらしいから…しかも、龍子姉さんに代わりの品を手に入れて貰うとしたら、昨日のあれだったから」
しかめっ面が一気に青くなり、そして直ぐに真っ白に燃え尽きて行くのを、俺は初めて見た。
まさしく竜子さんの今の姿は、あしたのジ○ーだ。
口に咥えていた煙草はコンクリ-トの上に落ち、同時に携帯灰皿もその横に転がった。
ショックが大きすぎるせいか、新たに口へ運んだ煙草は全てが、逆さになっている。
まだ一本なら分るのだが…どうして、まとめて五本も咥えたのだろう。
手も動揺を隠しきれずに、ガタガタと震えながらマッチを擦ろうとするも、見事に全てを外していく。
「学校あるので行きますけど、間違っても金魚達に吸い殻とか与えないでくれよ?あと出雲達には自分で謝罪をしてくれ」
竜子さんを置いて、俺はシャワーを浴びに家へ戻った。
土佐錦は綺麗な水を好む為に、毎日の水替えは必須。
だから朝に水替えをしていると、かなり汗をかく事になる。
バケツ一杯で10ℓ、ポリタンクだと20ℓ程はあるから、それを両手に何往復もしてる。
おかげで筋トレとかをしなくても、結構筋肉はついてくる。
「やっぱり実感が湧かないな…妹が腐女子って」
姉である龍子さんの時にもかなりびっくりしたが、やっぱりどこかで接点でもあったのだろうか?
いくら考えても思いつかない。
本屋で見かけて…なのか?
考えれば考える程、頭の中がこんがらがってくる!
あと亜紗妃ちゃんが女装をしている理由も、妙に気になる。
別に女装をしていようが本人の自由なのだが…なのだがなぁ。
「お兄の顔は…オオカミウオ…だけども笑うと正面から見る、口を開けたイルカ」
お前もかよ…出雲。
俺は自分の部屋に戻り、ベッドを見て呆れ返っていた。
静かに寝息を立てながら眠る亜紗妃ちゃんに、おやすみなさいと言わんばかりに、俺のベッドでしっかり熟睡する出雲。
見てる限りでは、亜紗妃ちゃんは疲れて寝てしまった感じだ。
出雲の方に関してはしっかりと枕に頭を乗せ、シーツを掛けて眠ってる…コイツわざと寝たな。
あといつの間にか、部屋のあちこちに同人誌が散乱してるんだが。
現在の時間は7時20分だから…朝食を取る時程の余裕はある。
問題は二人を起こしてやるか放置するかだ。
放置したとしても、これは二人の自業自得であり、俺は何も悪くはないはずだ。
だけども…放置したらしたで、出雲から逆恨みされるのも面倒になる。
「二人共、早く起きろ。学校があるだろ?」
「お…お兄の…エッチ、スケッチ、ワンタッチでプッシュ」
ふ、古い…古すぎるぞお前
いったい何の夢をみているのか分らないが、俺が何かをしでかしたようだな。
「少しだけ…悪戯してみるか」
以前聞いた事がある…枕の下に本を入れて眠ると、その夢を見やすくなるって。
試してみようとは思っていたが、家族にバレるのが恥ずかしくて実行したことはなかった。
ずっと試してみたいと思っていたから、丁度良いタイミングで寝てくれている。
まずは出雲に仕掛ける本として…古代魚一種である、ポリプテルス図鑑にしておくか。
まるで蛇の様に長い体を持つポリプテルスの夢は、どんな感じなんだろうな。
想像すると気持ち悪いから、途中で考えるのをやめた。
「うぅ…ま、ま、またから蛇が生えた…違う、これポリプじゃん!?亜紗妃ちゃんの股からポリプがぁぁぁぁぁ!」
悪夢に魘されていたと思えば、起き上がって気絶してしまった。
これは流石にやり過ぎてしまったか…つか恐ろしい夢を見てるな。
今の声で亜紗妃ちゃんも目を覚ましたみたいだ。
「い、出雲ちゃん!?何があったの!?お兄さん!何があったんですか!?」
「気にしなくて大丈夫だよ。昔から悪夢を見ると、こうやって気絶する癖があるんだ」
嘘ではあるが、事実でもある。
実際に目の前で気絶したんだから、間違いないはず。
心配そうに出雲を見る亜紗妃ちゃんを誘導しながら、俺達は部屋を後にした。
これはある意味仕返しでもあるのだよ…くすぐってきた仕返しだ。
兄を本気で怒らせると怖い事を、その身で味わい、しっかりと思い知るがいい!
本日も学校が終わり、至って平和とも言えそうな一日を過ごす事が出来た。
教室内ではかなり五月蠅い連中も多かったが、主に男子連中が騒いでいるだけで、女子からは同情の視線を送られていた。
妹の出雲を見かける事は多いが、話かけるヤツは聞いた事がない。
だが俺の妹という事実が知られてから、連絡手段が見つかったからだろう、他のクラスからも接触してくる者が増えた。
あとはオタク系の連中も接触が増えた、主に亜紗妃ちゃん目当てで。
詳しく言ってしまえば、女子からも亜紗妃ちゃんへの接触を図ろうとしてる者が現れた。
目的までは分らないのだが、下心が少しだけ見えたとだけ言える。
「私とお兄が兄妹って知られてから、今日珍しく男子から接触少なかったよー。この間も靴箱に手紙入ってたのに、今日は一通もなし!捨てるのめんどくてさー、楽チン楽チン」
「毎日凄いよね。だけどお兄さんの力も凄いです!出雲ちゃん、いつも手紙が来て困ってたんですよ」
あの…色々と初耳なんですけどねぇ。
出雲がそこまでモテモテって言うのに、衝撃が隠せずにいるんですが。
だからクラスの連中も、出雲の連絡先を聞きたがってくるのか。
「亜紗妃ちゃん…出雲は、そんなにモテるのか?兄として、最近は色々と心配になってくるんだが」
「はい、出雲ちゃんは男子からは人気が高いですよ。私、転校初日に聞きましたが、一年の美少女四天王?と呼ばれてるらしいです」
美少女四天王だと?なにそれ初めて聞いたぞ。
うちの学校って、そんな連中がいるのかよ。
しかもそこへ妹が含まれてくるとなると…竜子さんが調子に乗りそうな話だな。
だがクラスの男子が五月蠅い理由が、やっと分って良かった。
妹が学校の一年限定での四天王と言う事に驚きだが、よく見たらここどこ!?
なんかメイドとか、コスプレしてる人とか歩いてるんだけど!?
「新刊とか入荷してるかな!?前回来た時、在庫切れでショックだったからなー」
「大丈夫だと思う、一応前の学校の友達から聞いたら、昨日入荷してるの確認したって」
状況が掴めない俺を置いて、テンションを上げていく二人。
このままだと俺は、どこかマズイ所へ連れて行かれるんじゃないだろうか?
二人には前科があるから…警戒をしておくとするか。
あれ?考えてみたら、俺って必要なくね?
しっかりと考えてみたら、まず興味gない俺を連れて行く意味が、思いつかない。
「ふ…二人共?俺、家に帰って良いか?多分俺が居ても楽しくないだろ?」
「私達は別に気にしないけど?お兄ってば、もしかして女子高生二人を連れて歩くのが恥ずかしいとか?照れなくていいじゃん!どうせ私達、欲しいBL漫画が目的だから!」
大声で言う事じゃないだろ、それもドヤ顔で胸を張って言う事か?
周りからの視線が一斉に集まるしで、恥ずかしいでしょうが。
直ぐに俺の顔に気づいて視線を逸らしてきたが、内心はどう思われているのだろう。
女子高生に絡むヤクザ?親子?または…ダメだ!それ以上はアウトだ!
「それにさぁ、お兄ってば学生ヤクザだから~、ボディーガードに丁度良いって言うか?」
「多いんです…この前みたいに、知らない人から話掛けられることが」
「…そういうことは事前に言ってくれないかなぁ…困るんだよ。適当にほいほい着いてきた俺もどうかと思うけどさ」
あとで家に連絡をって、考えてみたら今日は定休日だから大丈夫か。
出雲のやつ、さては店が休みなのを知ってて連れてきたな。
「学校帰りにBL漫画買うって、なんかたまらないよね?スリルあるっていうか、学校の知ってる人に会ったりしないかって」
「別に二人の趣味をとやかく言う気はないんだが…せめて家に帰ってからにしないか?流石に制服を着ていたら」
「大丈夫ですよ。18禁じゃないのを買っているので」
そう言うと、二人は俺の手を引いて店の中へと連れ込んで行った。
本屋とかに行く事はあるが、いつも買うとしたら熱帯魚の本か、気になった漫画くらいだ。
たまにバイクとか車の本を手に取って、眺めてみると言うことも多いが、ここは漫画本とかしかないのな。
まずこの場所事態が、秋葉原なのだろう。
普段から魚以外の事で出かける事と言えば、買い出しくらいだから、来たこと事態が初めてだ。
「あった!本当にあった!これ人気だから毎回三冊確保大変なんだよね!」
「私は観賞用、保存用、読書用、予備用、おかず用の五冊っと」
微笑ましい光景だなぁおかず用!?
さらっと危険な発言が混じっていた様な気がしたんだけども!?
俺も意味までは分るけども!女の子が言うのは流石に…彼女は普通に男子だった。
もうややこしい!この子の扱いが難しい!
「目的の物も手に入れたし、家に帰ろっか。今日はお兄に大切な話があるから」
不適な笑みを浮かべる出雲に、同じように笑う亜紗妃ちゃん。
この場から逃げだそうとする俺の腕を掴んで、真っ直ぐ家へと連れて行かれた。
家の中では、リビングで寛ぐ竜子さんが居たが、出雲は完全無視をする。
同じく出雲ちゃんもあまり関わりたく無い様子で、静かに出雲の後ろを着いて行く。
そして龍子さんは再び、白く燃え尽きていた。
「あーやっと帰って来られた、かーらーのぉー!亜紗妃ちゃんゴー!」
「ごめんなさい!悪気はないんです!ただ、お兄さんには私達の事を知って欲しいだけです!」
あの時と同じパターンだ…初めて会った日と同じ。
出雲の部屋で、背後から拘束をされた挙げ句に、出雲が同人誌を持ってくる。
全く同じ状況だとすると…竜子さんが再び、来ないですよね。
まさか同じ状況を再現してくるなんて、思いもしなかったからな。
あーあ、俺もある意味、ここで人生に終わりを告げるのか。
この場合は…どっちが攻め側に回るのだろう。
「ねぇお兄。私達と一緒に、腐の道へ堕落しようよ?楽しいってば…別に現実でこうしろなんて言わないから」
「そういうことです。現実と二次元を一緒にしちゃダメなんです」
背後からしがみつく亜紗妃ちゃんの力は凄まじく、振り払う事は出来そうになかった。
一応は余所様のお子さんだから、乱暴に扱うのは危険すぎる。
出雲はこちらが大人しくしてると分ると、次々とベッドの下から同人誌を取り出した。
そしてニヤニヤと笑みを浮かべ、目の前で過激なシーンばかりを見せつけ始める。
恐らくは洗脳を考えていたのであろう二人だが、こちらはもう見慣れている。
「ところでさぁ、これって本当にあの人が描いた本なの?竜子姉の双子の人」
出雲の手に握られている同人誌は、龍子姉さんの作品。
どうやら疑っている様子だが、本当の事だ。
「事実だ。二人が尊敬している龍先生っていうのは、俺とお前の姉である、金田龍子本人だよ」
「じゃあ会わせて!本当にあの人が、この龍先生なら会わせて!妹なら会わせてくれてもいいでしょ!?亜紗妃ちゃんも友達だから!」
「お願いします!会わせてください!一度で良いので、お話がしたいんです!私にとって、龍先生は恩人でもあるんです!」
お話がしたいって、まず本人が会いたがらないって。
それに昨日の件があったから、余計に今はそっとしておかないとダメだ。
昨日の姉妹喧嘩を見ていないから、会いたいと言えるんだよ。
部屋に引き籠もるとき、誰にも会いたくないと叫んでから籠もったから、俺もしばらくは様子見しか出来ない状態だ。
会いたいと言われても、本人から会おうというわけでもないから、無理に会わせる事も出来ない。
会わせてやれるなら、会わせてやりたい気もするんだがな。
「龍子姉さんに会いたいのは分ってるが、今は会える様な状態じゃないんだ。あの人が落ち着いた頃に会えないか聞いて見るから、まずは落ち着いてくれないか?」
頬を大きく膨らませながら、無言になり始める二人。
理解をしてくれているのかまでは分らないが、顔からして納得してませんと言うのは、感じ取れる。
なんと言えば分って貰えるのか…俺自身も引き籠もってる理由を詳しくまでは知らない。
知ってる事は、小学校の頃からずっと引き籠もってるくらいだ。
「分った…今日のところは我慢するけど、明日も買い物に付き合うって約束して。あと竜子姉に、夜中に部屋を覗くのやめる様に伝えておいて」
「私も…買い物に付き合って欲しいです。出雲ちゃんと、お兄さんと三人で…もっとお出かけとかしてみたい…なんて、ダメですか?」
俺はため息をつきながらも、二人の要求を飲むことにした。
下手に拗れてふてくされてしまうよりも断然良い。
何よりも、龍子姉さんから遠ざけなければいけない。
大人しい人ほど怒らせると怖いと言うが、龍子姉さんはまるでお手本の様な人だ。
もしこの二人を連れて行ったりしたら、ストレスで更に大変な事になるだろうな。
「決まり!明日はデパートで買い物!女の子の買い物は多いから、お兄はもちろん荷物持ちぃ!イェーイ!パチパチ!」
お前が買い物に行きたいと言い出す事だから、そんなことだろうと思ってたよ。
最近新しい洋服とか欲しいって言っていたからな。
問題があるとしたら、出雲がちゃんと金を持っているかどうか。
漫画本を買う余裕があるのだから、服くらいも帰るだろう。
金が足りないと言い出したら、その場で諦めさせるまでだ。
「出雲ちゃんは、いつも何処で洋服を買ってるの?」
「私?ヘル&キャットってお店で買ってるよ。あの猫耳が着いたパーカーとか、あと机にある骸骨の指輪とかもそこで買ってるの!」
興奮しているのか、テンションが高い出雲。
そして戸惑いながらも、同じく会わせようとする亜紗妃ちゃん。
不思議と二人を見ていると、微笑ましく思えてしまう。
やはり安心感から来るからだろうか?
妹に心が許せる友人が出来てくれたから、俺の心配事が減ったのかもしれない。
俺は立ち上がり、そっと二人の頭を撫でた。
「どうしたんですか?は、恥ずかしいです」
「きゅ、急に何!?やめてよ!友達が居るときにそういうことをするの!はずかしいじゃん!」
顔を赤くする二人。
大人しく撫でられ続ける亜紗妃ちゃんと、嫌がりつつも抵抗せずに俯く出雲。
気がつけば二人の頭を撫でた後に、少し遠くのケーキやまで走っていた。
途中で理由を考えたりもしたが、思いつく事もなく、ただただケーキを買うと言う事だけに集中していた。
俺自身も竜子さん並に甘い所がある、そこは決して否定をしない。
妹に友人が出来たのなら、大切におもてなしをしなければいけないだろう。
こんなヤクザみたいな顔をした俺を見ても、普通に笑ってくれる。
ある意味で、俺にとっても、気が許せる相手なのかもしれないな。
「お?馬鹿が帰ってきた。その手に持ってるのは、ケーキか!?寄越せ!アタシにお前の分を献上しろ!」
「分ってる。俺の分をあげる代わりに、出雲と亜紗妃ちゃんにキッチリ謝罪をして、和解をしてくれ」
ケーキを取り出しながら、唖然とした顔をこちらへと向けてくる。
謀ったなこの野郎という顔に変わりつつも、しっかりとケーキをつつく龍子さん。
皿にケーキを移した後、俺は上の部屋にいる二人を下に連れて行き、竜子さんの前に座らせた。
この状況で俺は、何故にこの行動へ走ったのか、自分ですら分かってない。
今朝方、竜子さんから言われていた、仲を取り成せという要求を実行している気分だ。
とにかくこの状態だとマズイのではないかと思うが、もう少しやり方があったのかもしれない。
だって空気が凄く気まずい上に、一名が睨み付けてる野に対して、二人が不安げな顔でこちらを見てくる。
「状況が分かんないんだけど…なにこれ?なんで竜子姉とケーキ食べる事になってんの?」
小声で尋問してくる出雲に、和解するように話したものの、腕を軽くつねられた。
「早く和解しておいた方が良いと思ったんだよ。あとあと謝り難くなるだろ?竜子さんの性格を考えてみろ」
「分るけどさ、気まずすぎるんだけど?謝る気なさそうじゃん。お兄を睨んでる時点で反省してないじゃん」
「ここ、怖いです。こっちを凄く睨んできて怖いです、お姉さんは何も何ですか?」
面白くないですよね…ええ、面白くないと思います。
大好きな妹と、可愛いお友達が自分の方へ来ないで、ヤクザ顔の弟の隣に座ってますから。
分りますよ…もちろん分ります。
俺だって出雲が何処の馬の骨とも分らない男の隣に座ってたら、同じような態度になりますとも。
だからお願いしますよ…木刀だけはご勘弁ください。
普通のヤツと黒と赤のどれが言い的な雰囲気を出しながら、チラ見せするのはやめてください。
焦る俺の隣に座る出雲からも木刀が見えている用で、完全に直視を始めていた。
「さっきから見えてる木刀は何?見てる限りだと、悪いと思ってるように見えないんだけど」
「こ…これは、獅子雄が二人に何かしないか見張ってるだけで…別に反省をしてないわけじゃなくて…ええっと、なんで分ってくれなんだよぉ!?」
突然大声で叫びながら、テーブルに伏せ始める竜子さん。
慌て始める亜紗妃ちゃんだが、出雲はいたって冷静でいた。
顔からは慈悲なんて言葉はないと伝わってくる程に、怒っていることは明白だ。
流石に出雲がここまで怒るのは初めて見たが、どことなくその顔は、龍子姉さんの逆鱗状態に似ている。
「竜子姉…なんで私が怒ってるか、分ってないでしょ?別に同人誌を汚したから怒ってるわけじゃない。あとで弁償してもらうからいいとして…お兄に対しての態度、それが許せないの!」
「私も同じです!お姉さんの行動を見ていて、私…いつも気分が悪くなりました!お兄さんは、男なのに女の子の恰好をしてる私を差別とかしないで、接してくれました!」
二人の意見を聞いて、泣き止み始める竜子さんだったが。
「心配だから…心配だからこうして見張ってるんだよ!アタシが獅子雄に強く当たるのも…コイツも心配だからわざと厳しくしてるんだよ!」
リビングが静まりかえる中で、激しい呼吸音だけが響く。
衝撃的すぎる発言に対して、誰も声を発する事は出来ずに、見つめている。
正しくは…見守っていると言う方が正しいのだろう。
次になにが起きるのかまでは…予測不能だからだ。
拳が飛んで来るのか、はたまた木刀を投げつけられるのか。
俺は身構えつつも…何が飛んで来ても、出来るだけ避けないようにしようと思った。
そして…一人がこの沈黙を破った。
「お姉さんも、優しい人なんですね。いつも厳しくしてるのは…心配だから…それはつまり、大切な弟だからって事ですよね?」
この言葉を聞いた瞬間に、竜子さんは首を横に振りながら、そっとリビングを出て行った。
いつもと違うところがあるとするならば、荒々しく去って行く姿ではなく、物静かな感じ。
後を追いかけようと立ち上がった俺の袖を、そっと出雲は掴み、首を横に振った。
力強く握る出雲の手からは震えが伝わり、空いているもう片方の手には、雫が数滴ほど落ちていた。
「今日の所は帰らせてもらいます。ケーキごちそうさまでした…出雲ちゃん、また明日ね」
亜紗妃ちゃんが帰った後…リビングに残っていたのは、とても気まずい空気。
歯を食いしばりながら、涙を堪える出雲に…複雑な気持ちに陥った俺。
竜子さんの横暴なところは今に始まったことじゃない、むしろ昔に比べたら落ち着いた方だ。
昔は何度も偶然を装い階段から落とされた事が数回、喧嘩で技を使う為のサンドバックにされる事なんてザラだ。
何度も両親が間に入り、俺か竜子さんを引き離そうとした事があった。
そのたびに俺は両親にこう言っていた…きっと自分が怒らせる理由を作ったって。
階段から落とされた時にも、自分で落ちたと話したりもしていた。
あれが龍子姉さんの部屋に行く切っ掛けになって、後に仕事も手伝う理由になったんだっけか。
「お兄は許せるの?いくらなんでも…やり過ぎだよ。お兄が心配だから、わざと厳しくしたりしてるって…私からしたら、ただ単に綺麗事を並べてる様にしか感じない」
確かに…綺麗事に聞こえるかもしれない。
いや、誰が聞いたってあれは、綺麗事にしかすぎないだろう。
でもな…多分あの人は、本当のことしか言ってない。
あの人はかなり横暴で乱暴、我が儘で怖い人だけどな…誰かを傷つける程の嘘は言わない人だよ。
初めて会った日から、軽い嘘程度は着くが…重い嘘なんてついた姿を見たことがない。
ただただ…感情の表現が不器用な人なんだと、俺は思ってる。
仲を取り成すどころか、むしろ悪化してしまった出雲と竜子。
そして竜子の獅子雄への横暴な態度の真意を知り、複雑な心境へと立たされた獅子雄。
次回、気分転換に買い物へ行くも、亜紗妃と出雲のテンションは更に加していく!