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4. ご一行様、朝食の時間です

 一晩ぐっすり眠った朝は、快晴だった。


 着の身着のままで召喚された和人は、制服のままで寝るわけにもいかず、仕方なくTシャツとトランクスというほぼ下着のままで一晩過ごした。

 それでも肌寒くて眠れないということもなく、スッキリと朝を迎えることが出来た。


 しっかりと睡眠がとれたのは、召喚された生徒たちの中でもかなり稀だ。

 それは、元の世界で祖父に誘拐の如く各地を引きずり回された結果の神経の図太さと、白い空間で過ごしまくった結果による。

 すでに心の準備が出来ていた和人にとっては、祖父との日々に比べれば、まだ想定の範囲。


 まだ一日目の他の生徒達のほとんどは、眠れぬ夜を過ごしていたが、和人はいつもどおり日の出と同じくらいに起きた。

 部屋の時計は朝の六時前。


 元の世界と同じ一日=二十四時間とはいえ、この時間がこの世界の人達にとって早いのか遅いのか、その感覚が全くわからない。

 そこまでは訊いてなかった。


 とりあえず、上はTシャツのままズボンだけ穿くと、日課の走り込みをはじめることにした。

 しかし、どの辺りを走っていいものかすらも分からず、建物の周りを回っただけで早々に断念してしまった。


 これも日課の道場の雑巾がけ……はする場所もないので、どうしたものかと一階の食堂を覗いてみると、すでにメイドたちが働いていて朝食の仕込みを始めていた。

 喉が乾いていたし、ちょうどいい。


「朝早くからスミマセン。何か飲み物をいただけますか?」

 年齢も近く話しやすそうな人を探すと、綺麗な栗色の髪をアップに纏めた、色白の美人を見つけ声をかけた。


 声をかけられたメイドは、最初はちょっと驚いたようだが、人畜無害を絵に描いたような和人の顔はここでも有効らしく、直ぐに警戒を解いてくれた。


「畏まりました。ゆ……」

「勇者様」と言いかけて言葉に詰まる。

 和人たち全員が【勇者】ではないことが知らされているのだろう。


「残念ですが、僕は【勇者】ではありません」

 正直に答えるしかない。

「呼び方が分からないということでしたら、和人と呼んでください」

 初対面には丁寧に。だが、踏み込める相手には一気に!という、祖父の茶飲み友達相手に磨いた接待スキルは、ここでも通用するようだ。


「ありがとうございます。カズト様」

「いえ、様はいらないんだけど……」

「そういう訳には参りません。カズト様方は、この国が無理やり呼び出してしまったお客様ですから」

「わかりました。では、宜しくお願いします」と、右手を差し出す。

 その手を、メイドは黙って見つめていた。

 と、ここで和人は気がついた。


「あっ、もしかして握手とかって習慣なかったり、変な意味があったりします?」

 まさか婚約の証とかはないと願うが、そんなことはなかったようだ。

「いえ、メイドにこのように接していただく方は、いままでいらっしゃいませんでしたから驚いてしまって。

 私はセーラと申します。宜しくお願いいたします」


 そしてようやく、和人の手をとった。

 その所々硬くなった皮膚を、和人は懐かしい感触だと思った。


 飲み物以外にも、既に朝食がとれるということだったので、さっさと済ませてしまうことにした。

 正直、気心の知れた何人かのクラスメイト以外は苦手なので、出直して一緒に食事ということにならなくて助かった。

 きっと昨日の今日で荒れてるいだろうし……。朝から憂鬱な気分にはなりたくない。


 朝食は厚めにスライスしたハムと野菜。豆のスープにハードタイプの焼きたてパン。

 昨日の夕食もそうだったが、余計な味はなく、けれど旨味を感じる料理は結構口に合った。


 そうだ、と思い、食後の紅茶を貰いながらセーラに

「スミマセン、お城の兵士さんや魔法使いの方が訓練をしているところを、見せてもらっても構いませんか?」

 と、訊ねてみる。

「えっ……?」

 セーラの顔が曇る。これはアレだろうか?


「もしかして、まだ自由に出歩くのはマズイとかですか?」

「いえ、お一人でなければ。案内をする者がいれば大丈夫です。

 と言いますのも、城内は入り組んでおりまして、初めての方に口で説明するのは難しいのです。

 しかし防犯上、城内を絵に記すことは禁じられておりますので……」

 なるほど。そういうことなら仕方がない。


「では、もしお時間がとれるようでしたら、セーラさんに案内をお願いしても宜しいですか?」

「私が、ですか?」

「ええ。ここでお話できたのも、何かの縁でしょうから。ご迷惑ですか?」

「いえ、私で宜しければ喜んで」


 という感じで美人メイドの予定を押さえたところで、クラスメイトが来ないうちに部屋へ退散することにする。


 その後、クラスメイトが揃った朝食の時間は、案の定騒ぎになったらしい。

 予想通り。安座間たち【勇者】4人とその仲間がやらかした。


 とにかく「自分は【勇者】だから」と、色々と優遇を求めたらしい。

 朝からよくやるというか、朝だからこそ膨張した欲望に忠実だったのか。


 そもそも自分から【勇者】をやろうなんてのは、本気で他人のために頑張ろうとする人間か、ラノベよろしくハーレムを目指したいかどちらかだろう。

 そして一人を除いたクラスメイトに、前者がいるとは思えなかった。


 メイドたちにアレやコレやを要求して、由香やクラスメイトに取り押さえられたそうだ。

 五人の【勇者】の中で唯一常識を持っている、藤代朱美も頑張ってくれたらしい。

 ショートカットが似合う剣道部の藤代は、勇者召喚と聞いて「求められたのが【勇者】なら、それを選ぶのが筋だろう」という、真っ直ぐな理由で【勇者】となった少女だ。


 同じクラスメイトとして、本当に申し訳ない。

 そしてクラスメイトたちには、逃げてゴメンなさいと言いたかった。

 関わりたくなかったのだから仕方がないと、和人は自分だけで納得した。


 窓を開けていたとはいえ、二階の部屋まで筒抜けの騒ぎが収まってから30分くらいがたち、すっかり静かになったところを見計らって食堂に向かう。


 誰もいないかと思ったが、まだ人かいた。

 おかっぱ頭の【聖人】坂本美弥が、一人で四人掛けテーブルについていた。

 小さな体を丸めて、両手で持ったパンを少しずつ齧る姿は、まるでリスのようだ。


 あまり離れて座るのも、避けているみたいで気が悪いので、隣のテーブルに座りお茶を頼むと、セーラが持ってきてくれた。

 一応クラスメイトなので、安座間たちについて謝っておく。


「クラスのバカどもが、粗相を仕出かしたようで申し訳ありません。

 もし目に余るようでしたら、遠慮なくやっちゃってください」


「カズト様。メイドにそのようなことを言われましても」

「ああ、メイドさんでしたね。そう言えばセーラさんのご都合はどうでしょうか?」

「はい、ランチの仕込みは料理人の仕事になりますので、今から暫くの間は大丈夫です」

「そうですか。それは良かった」


「何でよ!」

 突然、美弥が声を上げる、

「えっ?」

「この人、人拐いの仲間なのよ!」


 顔を向けると、美弥がこっちを睨んでいた。

 気持ちは解らないでもないけれど、彼女に当たるのは筋違いだろう。


「全部セーラさんよりも、もっと上の人間がやったことだよ」

「知ってたじゃない!」

「事後だろ。仮に知ってても、メイドに王様は止められないって」

「今ふらっと来た桐生君とメイドさんが、なんで名前呼び合ってるの? 仲いいの? 仲間なの?」

 ん? なんだか話がすり替わってきてるぞ。


「早朝に一度来て、挨拶して、メシ食って部屋帰って、今また来たとこ。

 っていうか、みんなコミュニケーションとらなさすぎ」

「桐生君がおかしいよ。委員長もだけど、何で普通でいられるのよ。仲良く出来るのよ!」

「そうです。私なんて未だに木暮ですよ」

 突然どこからか少女の声がする。

 やっぱりいたか。


 美弥だけでなくセーラも驚いていることに、世界が変わっても流石だと感心する。

「お竜なんてやだよ。時代劇じゃないし、名前に竜なんてついてないし」

「では洋子と」

「既成事実でっちあげられそうだからイヤです。

 ってか顔見せろよ。皆驚いてるから」


 と、薄暗いテーブルの下を覗くと、ポニーテールにつり目の少女が、猫のように目を光らせて和人を見ていた。

 小柄だが無駄な肉の無い体は、どちらかと言えば黒豹のようだ。


 目が合った小暮と呼ばれた少女は、ニヤリと笑うと

「おわかりでしたか。流石、若様です。

 それに既成事実も何も、私が欲しいのは子種だけですから」

 そう言いながら、和人の足元からすり出てきた。


「若様やめて。あと子種も……いい加減やめろ」

「あの、カズト様はあちらの世界の王族か何かで?」

「王族じゃなくて、やってるのは剣術道場。

 で、こっちが時代劇……昔の主従関係とかに憧れてる門下生……爺さんの弟子の木暮洋子」

「お竜です!」


 和人の説明に、ここだけは譲れないと洋子が食い下がる。


「だから、名前のどこにも竜がないよね」

「いいえ。木暮洋子、暮洋子、ぐりぇよーこ、りゅよーこ、りょーこ、りょー、お竜です」

「何段活用だよ、それ」


「それはともかく、お出かけですか?」

「さらっと流したね……。うん? 特にする事無いから、案内をお願いしたんだ」

「その心は?」

「このままじゃ、鈍る」


「流石、若様。お供します」

「セーラさん、連れが増えるけどいいかな?」

「ええ、構いません」

「ちょっと、私を置いてかないでよ」

「なに? 一緒に来る?」

「そうじゃなくて、話の途中だったでしょう!」


 はっと全員が顔を見合わせた。そして、

「「「ああ(そうだった)」」」

「なんか、もうヤダ……

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