むかし男ありけり
初めまして、こんにちは花見駅と申します。
少し変わった(と思ってる)作品だと思うので良かったら是非。
1話が短いので、暇つぶしがてらにでも読んでください。
むかし、男ありけり。そんな語り出しではじまる物語が昔あったらしい。
一人の男の恋模様。恋愛譚。恋に生きた男。その話。
そんな物が昔の人の心も、今の人の心を掴んで離さなかったのだろう。
そんなものと比べるのは烏滸がましいけれど、このお話は僕の物語。そして彼女の物語でもある。忘れられない夏の思い出。たとえ蝉の声が聞こえなくなったとしても、色あせることなく輝き続けるのだと思う。
冒頭で触れた、かの人物は恋に生きた。けれど彼女は恋に死んだんだろう。
まず何から話そうか、やはり出会いから話すべきだろう。僕と彼女の付き合いは長いと言える。
幼稚園からの知り合い。いわゆる幼馴染。幼稚園の木の柱に自分の背の位置がわかるように黒のペンで印をつけ、比べっこなんかもしたりした。
それが、小学生、中学生と年齢を重ねてくるとそれに反比例するように僕と彼女の関わりは少なくなっていた。
小学生の時の彼女は、元気いっぱいで天真爛漫な可愛らしいかったし、中学生にもなると可憐で優美になっていてどこか近寄りがたいところがあった。特に目立たない僕のような人間からすれば。
クラスヒエラルキー。スクールカースト。そういったものがあった訳では無いけれど。そんなものがあるなら彼女は頂点で、僕は底辺。
そんなことはお構い無しに、彼女は僕に昔と変わらず接してくれていたけれど、僕はどこか素っ気ない態度をとっていたんだと思う。
僕は周りを気にして生きていた。彼女と僕が関わるのをよくは思っていない人は少なくなかった。
僕のそういう態度を気づいてか、彼女は僕に関わらなくなった。
それから交流があったわけではないが、彼女と僕は同じ高校に進学した。同じ環境で育つと思考も似てくるのだろうと思った。
もちろん、そこでも彼女は人気者。僕は教室の端の方で読書をしていた。ようするに、僕に友達はいなかったのである。
人気者の彼女を僕は遠くから見ているだけでよかった。本当にそれだけでとても幸せな気持ちになれた。
ときどき目が合うと、彼女は昔のように僕に微笑みをくれた。
そのたびに僕は目をそらした。それが僕の日常であって、楽しみでもあった。
そんな日常、楽しみは音もなく崩れ落ちた。
高校二年の夏休みがはじまったばかり、七月の中旬。天真爛漫だった、美しかった彼女はこの世から去ってしまった。
交通事故だった。はね飛ばされた彼女の傍らにはミモザの花束があった。誰かに渡すつもりだったのだろう。
僕は泣いた。ただひたすらに泣いた。彼女のことを想って泣いた。素っ気ない態度をとっていた自分に怒りを覚えた。
周りなど気にせず生きていればこんな後悔しなくて済んだかもしれなかったのに。
そして遅すぎるがようやく僕は彼女が好きだったということに気づいた。
もはや世界のどこにも彼女はいないのに。僕はこれから彼女のいない世界で生きていかなければならないのだ。
とてもつらかった。本当に。
その苦しみを壊してくれたのも彼女だった。
僕には親がいない。僕の小さいときに二人は亡くなっている。以来祖父母に育てられてきた。
そんな僕の心の支えであった彼女の死は予想を遥かに超えて僕の心を侵食し破壊した。
その日。僕は死のうと思ったんだ。セミがうるさく鳴いていた。あるいは泣いていたのかもしれない。
とても美しい緑色した森を抜け、崖の前まできた。断崖絶壁その言葉がふさわしい。落ちたらまず助からない。
けれど、僕に未練なんてなかった。死ぬということに恐怖もなかった。
一歩。崖に足を踏み入れようとしたそのとき。
「何してるの?蒼くん?」
聞き覚えのある、僕の大好きな声と共に彼女は僕の前に現れた。
初めて書いたので、ご意見など頂けると嬉しいです。