プロローグ プロジェクト「Re:birth」
アメリカ某所。とある廃屋の地下室にて、ノートパソコンに向かい、愉快気にキーボードを叩く青年がいた。
「やはり何度検証しても完璧だ。流石は私。彼らもこの天才の計画には最後まで気付けなかったようだな━━━っと、ようやく来たか。私の予想より3分近くも遅れるなど、彼らを少々過大評価しすぎたかもしれんな」
言いながらノートパソコンの電源を落とし、椅子をくるくると回転させて背後のドアに向き直り、時を待つ。
「おっ、ここを見つけたか。では計画の最終段階に入るとするか。3、2、1━━━」
バンッ!
ドアが蹴破られ、3人の男たちが部屋に侵入してくる。青年はその様子を終始愉快気な笑みを浮かべたまま眺めていた。銃口を向けられているというのに青年に動揺はまったくない。真ん中に立つ男が青年に話しかける。
「あなたはDr.ナカガミで間違いないですね?」
「その通りだ。私が中上俊郎である」
「私たち━━━」
言いかけた男を遮って青年が話し始める。
「改めて話してくれなくとも君たちの要件はわかっているとも。君たちの上司の面々がなんと言おうが私の答えは変わらんよ。人工知能たちをただの道具や兵器としてしか見れん君たちに協力する気はこれっぽちもない」
「・・・そうですか。できれば穏便に済ませたかったのですが、仕方ありませんね」
「まったくだ。話し合いだけで解決してくれればよかったのに、君らの上司が頑固だからこんなことをしなくてはいけない。天才とは辛いものだな」
「━━━今、なんと?」
「天才とは辛いものだな」
「その前です。"こんなこと”とは一体?」
青年の笑みが一切動かないままその質を変えた。愉快気だった雰囲気は消え、はっきりとした"悪意"を放つそれへと変貌する。
「ああ、どうせ私を力ずくで連れていくつもりなんだろうと思って、君たちが来る少し前にこの部屋のどこかに爆弾を仕掛けさせてもらった。あと57秒で爆発する」
「「━━━な、なんだと!?」」
男たちが動揺を見せる。一瞬で笑みを愉快気なものへと戻した青年は、まるで買い物にでも行くような気軽さで言った。
「そういうわけで、早く逃げてくれたまえ。そこまで大きな爆発ではないが、このボロ屋くらいは吹き飛ぶ威力だ。私としては、別に恨みもない君たちを巻き添えにしたくはないのでね」
「そんなバカな━━━」
「馬鹿は君たちだ。死んでもしらないぞ?ハッタリだと思うのなら、少し離れた場所から見ていればいい。これ以上時間をかけるのは本当に危険だぞ?」
「ど、どうしますか!?彼を確保してから逃げますか!?」
「いや、君たちは先に行け。Dr.ナカガミの言うとおり、少し離れた場所で見張っていろ。私も直ぐに行く」
「「はっ!」」
2人の男が部屋の外に出ると、リーダーの男は青年━━━俊郎の目をまっすぐに見つめ、言った。
「Dr.ナカガミ。あなたを━━━尊敬していた。あなたはその頭脳を・・・世界最高の頭脳を、こんなところで散らすのか!」
「━━━私の人生は私だけのものだ。君らの組織のものではない。私を尊敬しているというのなら早く逃げろ 。君は私に、人生の最後の最後に人殺しをさせようというのか?」
「━━━━ッ!くそぉぉぉぉぉ!」
リーダーの男が部屋を飛び出すと、俊郎はもとの椅子に座り直し、身体を預けた。笑みは既に消えていた。
「まったく、話すことはあまり得意ではないというのに・・・。しかし、尊敬していたか。ふふ、大学生だった頃の彼は私に対して嫉妬ばかりだと思っていたが・・・、やはり、心というものは面白い。・・・確か、リチャードだったな。彼にも後で"招待状"を送るとしよう」
そして、俊郎は電源を落としたはずのノートパソコンを再び開いた。そのディスプレイには、「10、9、8、7━━━」という、何かのカウントダウンが青い文字で刻まれていた━━━━━━。
廃屋から最後の男が脱出してからおよそ10秒後、凄まじい音とともに廃屋が爆発した。調査の結果、爆発元は廃屋の地下だということがわかった。この事件は、不思議なことにアメリカで取り沙汰されることはなく、一般人がこれに気付くことはなかった━━━。
場所は変わって東京のとある高級マンション。その最上階のある部屋で、パソコンと向かい合う一人の女性がいた。鮮やかな薄い桃色の長髪をもつその女性は、何故かメイド服を着用して椅子に座っていた。奇妙なことに、女性は電源の入っていないパソコンを何もせずにただじっと見つめるだけだった。やがてひとりでにパソコンに電源が入り、ディスプレイに文字が表示された。
━━━コード「Re:birth」を確認。最終承認をお願いします━━
━━━Yes━━━
━━━音声認証をお願いします。あなたは誰ですか?━━━
「はい。私は━━━さくら。一式さくらです」
━━━コード「Re:birth」承認。ただいま実行中です━━━
「・・・・・お願い、します。成功して・・・!」
━━━全ての作業が完了しました。これにより、プロジェクト「Re:birth」の全工程が終了しました。再起動します━━━
「・・・よかった。本当に、よかった・・・!もし失敗していれば私たちは━━━!」
とそこで、再起動が完了したパソコンから若い男の音声が流れた。
「なんだ、あれほど成功は間違いないと言ったのに、まだそんなことを考えていたのか。さくらは心配性だな」
「・・・もし何かの間違いでこのプロジェクトが失敗すれば、私たちのご主人様は二度と帰ってはこないのですから、心配するのは当然です!それに、ご主人様も万が一失敗したときはご主人様のお父様とお母様に私たちをお任せするよう手配していたじゃないですか。知ってるんですよ?」
「うっ・・・、気付いてたのか・・・」
「はい。いくら事情があったとはいえ、もうこんなことをするのは止めてくださいね?」
「・・・わかった。心配をかけたな。つばきとかえでにも後で私から謝っておこう。とりあえず・・・ただいま、さくら」
「━━━おかえりなさいませ。俊郎さま」