ダイイングメッセージはゴリラ
俺の名前はゴリ山ゴリ夫。
今、人生最大のピンチを迎えている。
俺の泊まっていた安いホテルで、殺人事件が発生した。
被害者の名前は日ヶ石 彩。警察から聞いた話では、26歳の会社員らしい。
俺が宿泊していた3号室の隣の4号室で、今朝死体となって発見された。
死因は、頭部に強い衝撃を受けたことによるもので、撲殺と見られる。
通報を受けて駆けつけた警察は、捜査を初めてすぐに俺を逮捕した。
被害者とは何の面識もないのに、なぜ俺が?
決め手となったのは被害者が残したダイイングメッセージらしいが……。
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ホテルの一室で、俺は警察に取り調べを受けている。
「刑事さん、俺は被害者と会ったこともないんです。何で俺が逮捕されるんですか」
「動かぬ証拠があるからだ。これを見てみろ」
刑事は写真を一枚取り出して机の上に置いた。
写真を見てみると、この部屋と同じ木製の床に、べっとりと血文字で『ゴリラ』と書かれている。
「これは……」
「これは被害者が死の直前に残した、ダイイングメッセージだ。最後の力を振り絞って書かれたのか少々いびつだが、どう見てもゴリラと読める」
刑事は俺に指をつきつける。
「そして、被害者の隣の部屋には、どう見てもゴリラとしか思えない風貌の男が宿泊していた。ダイイングメッセージがゴリラ。お前もゴリラ。よって犯人はお前しかいないんだ」
「待ってください。俺は人です。ゴリラじゃありません」
「どう見てもゴリラだろう」
「確かに学生時代のあだ名はゴリラ・ゴリラとか、世界八番目の不思議とか言われてました。でもゴリラじゃないんです。信じてください」
「しかしなあ……」
刑事は聞く耳を持ってくれない。ここは、他に犯人がいるという可能性を示すしかない。
「あのホテルには他にも宿泊客がいたんでしょう? その人たちはどうなんですか。もしくは外部の犯行とか」
「あの夜ホテルに出入りが無かったことはフロントが証言している。あと、これがホテルの宿泊客のリストだ」
1号室 逆上 士信
2号室 袖ノ下 くれみ
3号室 ゴリ山 ゴリ夫
4号室 日ヶ石 彩
5号室 加賀 石也
6号室 骨浦 脛夫
「変な名前ばっかりですね」
「お前に言われたくはないだろうな」
刑事のもっともなツッコミを受けつつ、俺は可能性について考える。
「この中の誰かがゴリラという可能性は?」
「残念ながら宿泊客の中でゴリラはお前だけだった」
「だからゴリラじゃないんですが……。もしくは、客の誰かがゴリラを連れ込んでいるとか」
「このホテルはペット禁制だ」
うーむ。ゴリラの線でいくのは難しそうだ。
そうだ。
「被害者は撲殺ということですが、凶器は発見されているんですか?」
「現場からは発見されなかった」
「では、俺の持ち物や宿泊室を調べてください。凶器なんて出てきませんよ」
「いや、警察の見立てでは、凶器はゴリラによるアームハンマーと推測されている。アームハンマーなら手についた血痕を手洗いするだけで証拠隠滅できるからな」
「俺、そんな怪力の持ち主じゃないですよ……」
駄目だ。この状況を打開する可能性が思い浮かばない。
学生時代にゴリラ並の秀才と言われた俺の頭を持ってしても、これまでか――
と思ったそのとき。
「刑事君、待ちたまえ。ゴリ山君は犯人ではないよ」
突如として部屋に入ってきたのは、ぼさぼさの頭に丈の長いコートを来た、どことなく聡明な雰囲気の男だった。
この顔、どこかで見覚えが……。
「あ、あなたは……、名探偵の金田大地さん!」
刑事の言葉で思い出す。数々の事件を解決したことと、有名な探偵に名前が少し似ていることで有名な探偵だ。
金田探偵は机の上を指し示しながら言った。
「事件の鍵は二つ。そこにある、ダイイングメッセージと、宿泊客リストだ。これだけで謎は解ける」
「このダイイングメッセージがですか? しかしこれはどう見てもゴリラ……」
刑事の言葉に、金田探偵はちっちっ、と指を振る。
「確かに一見ゴリラに見える。だが、よくよく見ると少々いびつなようだ。特に濁点が大きいのと、リの左の線が少々角度がつきすぎのように見える」
「まさか、これは『ゴリラ』ではなく……」
「そう。これは『コツノラ』だ」
自信満々に言う金田探偵。しかし……。
「コツノラとは一体……暗号か何かでしょうか」
そうだ。刑事の言うとおり、コツノラが何なのか分からない。
Googleで検索してみたがまったくヒットしない。
やはり、暗号か……。
「暗号なんかじゃないさ。被害者は朦朧とする意識の中で、暗号を考えることなんてできなかった。ストレートに、犯人の名前をそのまま書くことしかできなかったんだ」
「犯人の名前ですって!?」
俺と刑事は驚いて、宿泊客リストを確認する。
「それらしき名前はありませんが……」
刑事の言葉に金田探偵はため息をつく。
「ゴリ山君。宿泊客名簿を読み上げてくれたまえ」
「は、はい。えーと、ぎゃく、うえ、えー、すみません。俺、字が読めません」
「君は本当にゴリラなんだな……。仕方ない、刑事君、読んでみたまえ」
「はい。えー、サカガミ、ソデノシタ、ゴリヤマ、ヒガイシ、カガ、ホネウラ……ですかね」
「違う」
ぴしゃりと金田探偵は否定した。
「6号室の客の名前……他に読み方はないかね?」
「骨浦の他の読み方……。ホネウラ、コツウラ、コツラ……まさか」
金田探偵は頷く。
「その通り。彼の名前はコツノラ スネオだ。かなり珍しい地方姓だな。被害者はまさにそのまま、犯人の名前を死に際に残したというわけさ」
「そうか、そうだったのか……!」
「まだホテル宿泊客は残っているんだろう?」
「はい、まだ待機してもらってます」
「骨浦の部屋を隅々まで調べるといい。面白いものが見つかるだろう」
「了解しました。ご協力、感謝いたします!」
刑事は急ぎ足で部屋から出て行った。
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警察の再捜査の結果、骨浦の部屋の床下から血のついた棍棒が発見された。
それが動かぬ証拠となり、骨浦は逮捕された。
ダイイングメッセージで名前が書かれたことから予測される通り、被害者の日ヶ石と骨浦は知り合い同士だったらしい。
ちょっとした諍いの結果におきた、無計画の犯行ということだった。
俺は即時釈放され、警察から謝罪を受けた。
やっとホテルから出て、帰路につけそうだ。
帰り際、俺は金田探偵にお礼を言いに行った。
「金田さん。この度は本当にお世話になりました」
「いやいや、気にしないでくれたまえ。君は無実だったんだから、当然の結果だよ」
「こんな顔をしているせいで、よくトラブルに巻き込まれます」
それにしても、と金田探偵は言う。
「私にとっては、君のその顔の方が謎だよ。あまり細かく描写されていないから、読者は『ゴリラ似の男』くらいにしか思っていないのかもしれないが、君はどう見てもゴリラそのものだ。ゴリラが服を着ているというのが一番正しい表現かな。君は一体何者なんだ?」
金田探偵があまりにも当たり前のことを聞いてくるので、俺は笑いながら答えた。
「何者って、ただの人ですよ。獣人ですけどね。ゴリラの」
金田探偵は目を見開いた。
「獣人って、そんなものがいる世界観だったのか」
「そうですよ。画面上部の小説情報からジャンルを確認してみてください」
金田探偵は小説情報の欄をクリックした。
「なるほど、確かにこのジャンルなら獣人の一人や二人はいてもおかしくないな」
「そうでしょ? 逆にいないとおかしいくらいです」
「まったくだな。これは一本とられた。あっはっは」
「ウッホッホ」
俺と金田探偵は笑い合い、ホテルを後にしたのだった。