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から傘小僧木乃伊になるって話

作者: 風連

オモチャの傘には、女の子用に、ドレスの貴婦人が犬を連れた絵柄が描かれ、男の子用には、少年剣士と悪役の忍者が描かれていた。

20センチ程の小さな傘で、雨天でも晴天でも、何の役にもたたなかったが、オモチャというのは、そんなものである。

付喪神つくもがみが、長い裾をゾロゾロと引きづり、火事場泥棒のごとく、ゴミ屋敷を物色していたのも、何かの縁。

チョイとあやかしになるには、月日が足りない2本のオモチャの傘が、ピョンピョンと跳ねて、ついてきた。

ついて来たものは、シッシッと追い払うのも面倒で、付喪神は無視して、ゾロゾロと裾を引きずって先を歩いて行った。

色あせ、あちこち破れ、骨も折れたオモチャの傘2本は、頑張ってついて行った。

短い間だったが、2本はよく遊んでもらっていた。

女の子は、貴婦人の真似をして、傘を肩にかかげて、シャナリシャナリ歩いたし、男の子は、正義の剣士に成り切って、傘でチャンバラしたりしていたが、遊びはどうあれ、毎日遊んでくれていた。

そんな思いが、あやかしとしての命が宿るのに、力が少し足りないまま、動き始めてしまったのだ。

付喪神は、やれやれと、頭を振った。

半人前のあやかしもどきを、連れていつまでも、ゴミ屋敷をウロチョロするのも、やる気が抜ける。

それに、ここは物の歴史が見た目より若った。

昔は物を溜め込み、しまいこむのは、先祖代々の言いつけみたいなものだったが、今は雑だ。

やみくもに物を貯めている。

立派な蔵も、あるにはあるが、こんなゴミ屋敷に埋もれて身動きの取れないのを助けに出ていたのだが、ここは又酷かった。

いくら月日のたった物に魂が宿るにしても、本当のゴミなら、ピクリともしない。

人の手で愛用されればこそ、その力も湧く。

裾をサッとひるがえすと、缶ビール千個、ビニール袋にビニール袋を詰め込んだもの千個を蹴って、付喪神は、フワリと浮き、月も無い夜のしじまの中にとろけて行った。

2本の傘は、その裾に絡まって、一緒にとけていった。

フライパンやら自転車やらが、あおられてガラガラと音をなして、ゴミの山を崩して行った。

底にあった、古い卓上コンロから、ポッと火が上がった。

上の方なら、今朝の雨に濡れていたが、コンロのそばは、残念ながら乾いていたので、小さな火は、側のプラスチックの箱から、煙をおこした。

ブスブスと、火はくぐもり、煙はいぶした臭いを辺りに撒き散らしていたが、いかんせんゴミ屋敷だったのが、悪かった。

半日かけて、遂に炎は、外に出た。

消防車がついたときには、消火というより、延焼えんしょうをくいとめる事を優先しなければならないほどだったが、隣と裏の二軒が半焼、その横が壁を焦がしていた。

ゴミ屋敷はえも言われない臭いを撒き散らしながら、水と煙の中に朽ちて行ったのだった。

そんな事は知らないオモチャの傘達は、腐った臭いのしない、竹林の奥の屋敷に、付喪神に連れられて、やってきていた。

2本はもう立っている事が出来ず、屋敷の入り口の段すら登れず、パタパタと倒れた。

付喪神は、から傘を呼んだ。

傘には傘だろう。

江戸三百年、歳を重ねたから傘が、やってきた。

長い舌で、2本をベロリとからめ取り、片齒の下駄を鳴らしながら、屋敷の奥に運んだ。

二階の奥の部屋にから傘小僧かさこぞうが、いた。

相変わらず、傘直しの趣味に没頭している。

から傘も時々、雨よけに、柿の渋を塗ってもらっていたのだ。

その前に傘を落とすと、から傘は、サッサといなくなってしまった。

から傘小僧は、頭にひっついたから傘を半開きで乗せている。

これが無くては、から傘小僧は、ただの小僧になってしまうのだ。

傘を拾うと、1本1本、広げてやった。

縁日の子供用傘だ。

よくもまあ、こんなに長い間、生き残っていたものだ。

から傘小僧は、傷んでる骨組みをたいそう優しく、直し始めた。

棚から薄い和紙を取り出し、水のりを、練って破れのひどい所を裏打ちする。

細い短冊を作り、補強もしてやった。

あとは、乾いてから、絵をなぞり、色を足せば、まあまあ傘らしくなるだろう。

から傘小僧が、2本をコツコツ直してる間に、あのゴミ屋敷が燃えた事がわかった。

「人死には出なかったが、あそこは更地になったそうだよ。」

金継きんつぎした大皿が、噂話を持って来ていた。

金継した大皿は、アゴで、2本の傘をさして、コロリと転げた。

「傘は火事じゃ助からないから、良かったさな、ここに来られて。」

「ええ、ええ。

もうじき、なおりますし。」

大皿はまた、コロリと転げた。

あやかしなので、グニュリと立つ。

「話は出来そうかい。」

から傘小僧は傘をかしげた。

「少し若いと、付喪神様が言っておられたらしく、手助けが入用かと。」

乾くのを待ってる2本の傘は、ジッとしている。

「まあまあ、急ぐこたァない。

また、来るわ。」

ゴロゴロ転がって、敷居をグニュッと歪んで越えて、大皿は何処かへ帰って行った。

から傘小僧は、ためす違えず傘を見ながら、自分の仕事に満足していた。

傘のあやかしは少ない。

たいてい破れ傘で、妖力が、溜まる前に朽ちてしまう。

から傘お化けが破れてるのがよくわかる。

日常品として、壊れやすいのだ。

かと言って、コウモリ傘には何故か魂は宿らないし、ましてやビニール傘のあやかしは、生まれても来ない。

こんな小さな傘だが、手塩にかけて作られ、子供達が大事に遊んだのがわかり、傘小僧は、思わずニヤニヤしてしまうのだった。

道具を片付け、床を掃除していると、付喪神が、ゾロリと現れた。

傘の修繕しゅうぜんを見に来たのだ。

「どうかな。」

「はい。

後は乾くのを待ってます。」

「歳は四、五十って、とこなのだがな。」

から傘小僧は頷いた。

「多分、2本で一人前なんでしょう。

その歳の若さだと。」

付喪神も、ゆっくり頷いた。

「それにしても、この歳で頑張ってついて来たものだ。

あそこが焼けたのも運命だな。

あそこじゃあ、わしが助けるものもない。

これらだけだったのだよ。」

から傘小僧は、貴婦人の絵を指差した。

「ご覧ください。

顔も姿も印刷なんですが、眼だけは人の手で描かれてました。

こちらの少年剣士も、同様でした。」

傘の直しで、気づいたのだ。

「そうか、そうか。」

付喪神は眼を細めて、ニコニコした。

「では、頼むぞ。」

満足した付喪神は、長い裾から透けだし、何処いずこともなく消えていった。

「お忙しいお方なのに、お前達が心配だったんだなあ。」

から傘小僧は、掃除の続きをしてから、床についた。

あやかしの屋敷に昼も夜も無く、ぼんやりした明かりと薄っすらした霧の中の時間を漂っている。

寝るも起きるも、そのあやかし次第だったので、から傘小僧が寝てる間にも、ろくろっ首やら、油なめやら、片手片目なんかが、オモチャの傘を、覗きに来ていた。

もちろん、から傘お化けも、下駄の音を立てないようにコッソリ見に来ていた。

妖気の強いお屋敷の中だったが、2本の傘は中々起きなかった。

から傘小僧が、手持ちの竹の部分を直してやろうと思いたったのは、1年後だった。

たかだか1年。

あやかしの世界では、ほんの昨日である。

庭に出て、良さげな細竹を切り、割って細く皮を、裂いていく。

水と火で、曲げる物を、プーッと息を吹きかけるだけで、曲げていき、持ち手にクルクルと巻いていった。

元々竹を曲げて持ち手を作ってあるのだが、

竹の皮を巻いてやると、重しが出来た感じだ。

傘はようやく、あやかしの眼を開いた。

足りない分を、竹の皮の妖気が、助けたのだろう。

「ここは、何処なの。」

貴婦人の絵が聞いた。

あつしくんは、何処。」

少年剣士が聞く。

「やあ、眼と口が開いたんだね。」

から傘小僧は、2本が、こちらを見られるように向きをかえてやった。

付喪神様について来た事、あのゴミ屋敷が焼けた事、自分が直した事などを教えてあげた。

「それに、もう子供達はいないよ。

生きていてもお爺ちゃんとお婆ちゃんなんだよ、」

オモチャの傘達は、悲しそうだったが、そもそもあやかしに涙は無いので、泣く事はなかった。

月日のたったのを感じただけだった。

「生きているのでしょうか。」

貴婦人の絵が聞いてきた。

「さあ、わからないな。

それでも昨今、人も長生きだから。」

から傘小僧の時代には、若死にが多かった。

流行病でバタバタ死んだものだ。

飢饉も何度となくあったし。

実際、から傘小僧も、そんな1人で、傘と共に妖怪のはしくれになったのだった。

それでも、遊んでくれた子供達が確かに、今の時代なら生きてる事もあるだろう。

「待ってな。

誰かに聞いてあげるよ。

君たちはまだ、動くだけの力はないだろうしね。」

優しいから傘小僧は、草履ぞうりの端をペタペタいわし、屋敷の中を物知りの道鏡どうきょうを探しに行った。

壁をヌメヌメ歩く、黒ナメクジがあの扉だよと、教えてくれた。

黒ナメクジの後は、金粉が現れ、壁に唐草の紋様をつけていたが、みるみる消えていくのだ。

相変わらず、綺麗だなと、から傘小僧は感心していた。

扉を開けると、ムワッと煙が充満していて、思わずむせてしまった。

道鏡は、諸説ある奈良時代の政治家で、僧侶だったが、天皇になろうとしたとか、その頃の天皇の愛人だったとか、中々面白い逸話の人物で、そのままなら、あの世にスンナリといったはずが、邪念じゃねんが多かったらしく、自分の袈裟けさに取り付いて、もがいていたところを、付喪神様に助けられここに落ち着いていたのだった。

中々物知りで、くだけた人柄が、あやかしらしいのだった。

最近覚えたデカいキセルで、るし火と、モクモクと煙を吐きながら、討論していたのだ。

「あれ、けむたあ〜。」

から傘小僧は、駆け寄って窓を開けた。

そこから、四角い煙が、ボコんと出て行った。

道鏡の袈裟がカラカラと笑った。

吊るし火は、赤から青に、青から黄色に色変わりしながら、ただよっていたが、キセルは離さない。

「目がシバシバします。」

ゲホゲホとまだむせながら、から傘小僧は、袈裟の脇に腰をおろした。

「なんぞ、用かな。

この歳になって、キセルを覚えてな。」

道鏡の袈裟が高笑いをする。

から傘小僧は、オモチャの傘達の事を話した。

「人の世では、中々大変だぞ。

ましてや、起きたばかり。

人の姿をさせるのも、水気がいるしな。

あやかしは、カラカラに干からびておるし。

に、してもじゃ、人の寿命は、いくばもないか。」

流石の道鏡も、うーむと唸った。

「付喪神様なれば、人の世との行き来も、かような思いもくんではくれようが。」

「そうなんですが。

お手を煩わせる事は。」

吊るし火も頷く。

「豆腐は、どうかな。

あれなら、水気があるだろう。

人の世で動ける身体を、なんとか膨らましてくれるや、しれぞ。」

「ああ、豆腐小僧さんですか。

あの大事なお盆の上の豆腐の水気を、分けてもらうのですね。」

から傘小僧は、道鏡と吊るし火にお礼をして、豆腐小僧を探しに出た。

庭の畑のそばに、小屋があり、そこにいるはずだったが、姿が見えない。

ススキの穂が、一斉に西を指し、山に山菜を採りに行ったのを教えてくれた。

「下見て歩けば、小僧さんに追いつけるよ。

そら、豆腐の水がたれてるだろう。」

道に染み込む事なく、豆腐の水が玉になって、道に点々と転がっていた。

お礼を言って、ススキの穂を後に、から傘小僧は、豆腐小僧の後を追った。

玉は、コロコロと楽しそうに道に転がっていて、踏まないように注意しながら歩いたので、思ったより時間がかかった。

あやかしにも色々あるが、えてして水の妖怪は、気性が荒く、頼み事などは聞いてくれそうもないのが、多い。

濡れ女や海牛うみうしなんかとは、そもそも面識もないし、付喪神の管轄外の化け物なのだ。

未だに、人を水に誘い込んだり、騙したりしてるやからだったのだ。

そんな事を思い出し、から傘小僧は思わず身震いをするのだった。

ゆるい坂道が急になり、よいしょよいしょと、上がって行くと、ポッカリ開けた場所に来た。

覗き込むと、いつものお屋敷が、小さく見えた。

ふわふわしたにしきの反物が、屋根に寝転がっていた。

あんなとこにいたのかと、笑ってしまった。

ポキポキと何かを折る音がした。

そちらにクマ笹をよけて歩いて行くと、お盆に器用に豆腐を乗せて、豆腐小僧が、ワラビを片手で折っていた。

山菜の強い匂いが辺りに漂っている。

「もし。

豆腐小僧さん。」

脅かさないように、そっと声をかけた。

ワラビ採りを手伝いながら、事の仔細をお願いした。

「から傘小僧さん、それはまず、2本を、1本にしてからでしょうね。」

ワラビを抱えて、並んで歩きながら、2人の小僧さんは、話し合っていた。

「傘を合わせるんですか。」

そうそうと、豆腐小僧が頷いた。

「洗濯婆さんのたらいがあるでしょう。

あれなら、2本が1本に混ざるはず。

それからですね、人型に沿わせるのは。」

豆腐小僧に頭を下げて、ワラビをわたすと、から傘小僧は、オモチャの傘の元に急いだ。

オモチャの傘達に、異存はなかった。

それほど、元の持ち主に会いたかったのだ。

洗濯婆さんのたらいは、中々デカく、傘を入れても、かなり余っていた。

たらいから、しわくちゃな婆さんの手がニョリニョリと、伸びてきて、2本の傘をグニグニと、混ぜ出すと、アレヨアレヨと、傘が混ざって、1本になっていった。

片側に貴婦人の絵、もう片側に少年剣士の絵が、残った。

子犬と悪者忍者は、全部印刷だったので、トロけて消えてしまったのは少々残念だった。

傘は一回り大きくなり、ピョンピョンと、跳ねながら、移動出来るようになった。

ワラビのアク抜きをしている豆腐小僧の小屋に、から傘小僧とオモチャの傘は、やってきた。

「それそれ、それなら、傘でも、どうにかなるもんです。」

ニコニコしながら、お盆の豆腐をペタペタと両手で打ち始めた。

まるで、うどんをこねるみたいに、みるみる人型が、現れたが、途中で止まってしまった。

「やれ、水気が足りない。

それ、その傘は2本が1本。

チョイと、水気をもらえますかい。」

指さされて、から傘小僧は、びっくらこいた。

「えっ、えっ、搾り取れますか。

あまり水っぽくないんですが。」

「量より質が肝心なのです。」

豆腐小僧の豆腐が、ニョニョニョ〜〜と伸びて、から傘小僧の頬っぺたについた。

「から傘小僧さんは、半年もすりゃあ、また膨らみますからね。」

豆腐は、貴婦人と少年剣士が、混ざったので、宝塚の男役のような出来上がりになった。

もちろん、傘をかかげていたが、絵が抜けて、つるんとした無地の緑の傘があらわれたのだった。

「やれやれ、どうですか。

豆腐で例えれば、一丁半ってとこです。」

オモチャの傘は、2人に丁寧にお辞儀をし、早速遊んでくれた子供達を、探す旅に出ることになった。

何せ、あやかしには、腐るほど時があるが、探してる子供達はとうに年寄りになってるのだから。

見送るから傘小僧は、しなびて傘の持ち手より細くペラペラになっていた。

付喪神は、それを見て、労をねぎらってくれたのが、から傘小僧は、嬉しかった。

豆腐小僧に言われて、頑張って水気の多いものを食べてはみたが、元に戻るまでにやはり、半年がかかった。

あの傘達は、まだ帰ってこない。

ふっくら元に戻ったが、から傘小僧には、から傘木乃伊って言うあだ名が付いていた。

時が止まったようなあやかしでも、色々あるんだなあ、と、改めて思うから傘小僧だった。

相変わらず、傘のあやかしは少ない。

それでも、傘の修繕の腕前を磨く、から傘小僧であった。


今は、ここまで。




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