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私、天使になりました

作者: あきよ涼

2008年、3月31日。


私は、死んだ。



「サカガミユカリ様、十八歳、でよろしいでしょうか?」

立ちつくす私に話しかける老紳士がいた。

「私、死んだんですよね?」

とりあえず、確認してみた。

目の前には間違いなく私が倒れているんだけど。

「はい。残念ながら、形ある生命体ではなくなりました。」

「で、アナタ、誰?」

普通に話しているけど、私、死んじゃってるのに、このオジサンはなぜ私と話ができるの?

「私は、ヤマノと申します。あなたのような、精神の存在になった方を、適切な方向へ導く者です。」

「はぁ・・・そうですか・・・。」

「まぁ、あなた方が生前言っておられた、『天国』とか『地獄』とか、そうゆうものです。」

「え!私はどっちへ行くんですか?」

十八年と短い人生だったけど、その間に悪いことしてないし、いいこともしてないし。

こんなことなら、積極的に人助けとかしとくんだったかなぁ。

「そのことなのですが、あなたには天使になって頂きます。」

「やった!天国?」

「いいえ。この世界で、あらゆる物事を整理整頓するのです。」

「整理整頓?」

「要するに、人間の宿命を決めるのです。もちろん、その宿命は、その人にとって良い方向へと導かれることになります。」

「宿命・・・。」

私が天使か。

もっと楽しい人生を歩きたかったけど、死んじゃったし。

これが私の宿命だったのかな。

「ちなみにあなたが天使になることは、決定されておりますので。」

「でも・・・なんで私が天使なの?」

これと言って思い当たることも無いし。

「申し訳ございません。私が決めたことではございませんので・・・。」

「じゃぁ誰が決めたの?」

「神様です。」

「ほ、本当に神様っているの?」

「はい。おります。」

「一回会ってみたいんですけど!」

「私も会ったことがございません。が、あなたが天使に選ばれた理由が知りたいのなら、聞いておきましょう。」

「会ったことないのに?」

「神様の下の者、とでも言いましょうか。そうゆう存在も者に聞いておきましょう。」

「ありがとう。」

なんか、話がどんどん進んでいるけど・・・私、死んだんだよね・・・。

やっぱり悲しいな・・・。

夜中に無防備に歩いていたのが間違いだった。

急に後ろから首を絞められて、殺された。

たぶん、通り魔ってヤツなんだろうな。

お父さんとお母さんの言うように、早く帰れば良かった・・・。

「あの・・・よろしいでしょうか。」

自分の死に様を憐れんでいると、ヤマノが現実に戻した。

「私のような者を『案内人』と申します。今からユカリ様がなさるようなことを行う者を『天使』と申します。そのような者たちはこの世界に数多くおります。案内人は一人で行動するのですが、天使は二人で行動して頂きます。」

「二人?じゃぁ、私に相棒がいるの?」

「はい。その相棒が見つかりましたので、そちらに向かいます。」

「見つかりましたって、向かうって、どこに?」

「私の手をご覧ください。」

ヤマノの手を見ると、掌が光り、文字が浮かんでいる。

「私たち案内人と天使は、このように、どこからともなく指令が下りてきます。その指令に従って行動するのです。」

「私の手も光るの?」

「はい。指令がきましたら光ることになっております。」

「てゆうか、向かうって、私は自分の葬式も見れないの?お父さんとお母さんにももう一度会いたいし、友達とか・・・。」

「ユカリ様。そのようなことをしても、苦しいだけです。」

「そんな・・・。」

「私はお勧めできません。あなたの大切な方々の悲しい顔しか見ることができませんから。」

「・・・・・。」

死んだって実感が湧いてきた。

もう、今まで近くにいた人たちに会えないんだ。

「さぁ、行きましょう。」

悲しみに浸る暇もなく、ヤマノに手をひかれた。

「行くって、どうやって?」

「我々は飛べますから。」

そう言ってヤマノに引っ張られるがまま、私は空に浮いた。

「と、飛ぶって!どうやってよ!」

と、気づいたら自分も飛んでいる。

うまくコントロールできないけど、なんとかヤマノについて行った。

少し離れたところで、男の人が倒れていた。

年は私と同じくらいかな?

血がいっぱい流れている。

その横で、倒れた人と同じ顔の人が立っていた。

「トオノカオル様、二十歳ですね。」

ヤマノが、立っている人に話しかけた。

そっか、この人も私と同じ状態なんだ。

「俺・・・。」

「あなたは、たった今、お亡くなりになりました。もう形ある生命体ではないのです。」

「そうですか・・・。」

その人も悲しそうだった。

あ、もう『人』じゃないのか。

「わかりました。」

トオノカオルはすぐに納得した。

「え?死んじゃったんだよ?そんなにすぐに納得できるの?」

思わず口をはさんでしまった。

だって、私と同じくらい若くて、それに結構キレイな顔してるし、絶対もったいない!とか思ってしまった。

「別に。仕方ないし。生きていても、楽しくなければ死んでいることと同じだからね。」

な、なんて冷めた・・・。

「てゆうか、あんた達、誰?」

あ、確かに。

死んでから急に表れた謎の二人組だな。

私もヤマノに同じこと言ったし。

「申し遅れました。私はヤマノと申します。こちらはサカガミユカリ様です。」

「あ・・・ども。」

軽く会釈をすると、カオルも会釈を返した。

か、かっこいい・・・。

こんなかっこいいのに、なんで死んじゃったの?

もったいない!

「俺、これからどうなるの?」

「はい。カオル様には、天使になって頂きます。これは選択できるものではなく、決定事項でございまして・・・」

「あぁ、いいよ。何すればいいの?」

とにかく冷めたヤツだ。

かっこいい人とペアを組めるなんて、死んじゃった私が言うのもアレだけど、めちゃめちゃツイてるじゃん!とか思ってたのに・・・。

「少し場所を移しましょう。」

確かにここにはカオルの体があるし、なんとなく居づらいわな。

ヤマノはまた飛んでいってしまう。

カオルは、なぜか前から飛んでいたかのようにスルっと行ってしまった。

私だけフラフラしながらついて行った。

いつかは上手く飛べるようになるのかなぁ。

「・・・と、説明はここまでです。お二方。何か質問はございますか?」

ヤマノはカオルに、私にしたのと同じ説明をした。

「あの!質問はたくさんあります!」

とりあえず自分の死を受け止めて、天使としていろいろと知りたいことがあったから聞いておこうと思った。

このままだと、ずっとヤマノに会えない可能性もあるし。

「普通の人は、天使とか案内人とかにならない死んじゃった人は、『天国』とか『地獄   』に行くって言ってたけど、そうゆう人も含めて、いつか人間とかその他の生き物とかに転生することはできるんですか?」

「そうですね・・・。かなり先になるとは思いますが、いつかは転生しますよ。それが人間か、他の生き物かはわかりませんが、『形ある生きたもの』となってまたこの世界で生きることになります。まぁかなり先の話ですが・・・。」

「わかった。じゃぁ、もう一つ。ヤマノさんにはもう会えないんですか?」

「いいえ。私を呼ぶには、ご自分の掌に私の名前を書いてください。そうしたら、私はあなたの元へ参りますから。」

「そっか。わかった。質問終わり。カオルさんは?」

「特に・・・無し。」

相変わらず冷めてる。

「では最後に。このことは必ず忘れないでください。」

少し小さめのヤマノの声が大きくなった。

「天使同志は互いの姿が見えません。私以外の案内人を見ることもできません。案内人には全てが見えておりますが。そして、天使とは相反する存在がおります。それは、『悪魔』です。悪魔たちは人々を良くない方向へと導く者です。普段は天使と悪魔、互いの存在は見えませんが、同じ人間に関わった時にだけ、互いの存在を見ることができます。その時は、できるだけ関わらないようにしてください。悪魔たちと関わったら、天使としての品位を傷つけることになります。それに、悪魔は力を持っています。張り合ったら、絶対に勝てません。いいですね。姿が見えたら近づかない。このことは肝に銘じておいてください。」

「天使でも悪魔でも案内人でもない人がここにいるってことは・・・無いのよね?」

「はい。ありません。では私はこれで。」

そう言ってヤマノはどこかに行ってしまった。

二人だけポツンと残されてしまった。

沈黙が続いている。

なんか・・・気まずい。

「あの。」

意外にもカオルの方が沈黙を破った。

「な、なんですか?」

「これから長い付き合いになると思うから、お互い敬語とかやめない?あと、呼び方も『カオル』って呼び捨てでいいよ。俺も『ユカリ』って呼ぶし。」

「こんな時に、すごく冷静ですね・・・じゃないや。冷静だね。」

「そうかな。」

「仕事がある時にはこの掌に文字が出るんだよね。」

「うん。そうらしいね。」

「・・・特に今は何も無いね。」

「そうだね。」

「・・・・・。」

と、そんな話をして、やっぱり沈黙が続く。

こうゆう時って他の天使たちは何をしてるんだろう。

「なんで死んじゃったの?」

またカオルが話しかけてきた。

この人、意外と沈黙が苦手みたいだ。

「たぶん・・・通り魔的なヤツにやられたみたい。」

「ふ〜ん。それはツイてないね。未練とか無いの?」

「そりゃぁ、まだまだ若かったし。でも、こうなっちゃったからなぁ。仕方ないよね。」

「そっか。割り切った性格だね。」

「そうかなぁ。カオルはなんで死んだの?」

言ってから思ったけど、こうゆう質問ってしていいのかなぁ。

でも、私もされたし。

「俺?ストーカーに刺された。」

「ストーカー!?」

「うん。俺のどこがいいのかわからないけど、ずっと言い寄られてたから、一か月くらい前に『やめてくれ』って言ったんだ。そしたらそれからストーカーになって俺を追い詰めて、挙句の果てには刺しちゃったってわけだ。」

「そんなこと・・・。よくサラっと言えるねぇ・・・。」

「俺はこうゆう冷めた性格だからね。生きてた時も、事実上は死んでたのかもしれない。」

「楽しくなかったってこと?」

「まぁ、そうゆうこと。」

「それってそのストーカーのせい?」

「それは別に関係ない。」

「じゃぁ・・・」

その時私たちの掌が光った。

「これって!」

私はびっくりして手が震えた。

でもカオルはやっぱり冷静だった。

「文字が浮かんできたね。ヤマノの言っていた通りだ。」

私たちはそこに書かれた指令を確認する。

『歩道橋に向かうタカギミナコの元へスドウタツヤを向かわせろ』

は?

タカギミナコって誰?

スドウタツヤって??

すると、私たちの掌から出る光が、どこかを指しているようだった。

「これってこの光の先にこの人たちがいるってことなんじゃない?」

カオルが落ち着いた声で言った。

確かにそうゆうことかも。

てゆうか、それ以外考えられないし。

「とりあえず、この光の先に行ってみよう。」

カオルはさっさと飛んで行ってしまった。

「ま、待ってよー。」

情けない飛び方で必死について行った。

辺りはすっかり明るくなっていた。


「ここで光が分かれている・・・。」

カオルに言われて互いの掌を確認すると、確かに二手に分かれている。

「とりあえず、それぞれの光の向う先に行こう。」

カオルは自分の光の先に向かった。

私も自分の掌をかざして、光の先に向かった。

しばらく進んだ先で、光が当たる少年がいる。

これがスドウタツヤね。

この子を・・・ってどこの歩道橋に連れて行けばいいのよー!

すると、もう片方の掌が光った。

そうか。

この光の先に導けばいいのね。

でも、この子には私の姿は見えていないのに、そうやって導けばいいんだろう。

その時、偶然歩道橋を指す光がスドウタツヤに当たった。

すると、スドウタツヤは、何かを思い出したかのように光の先に歩いて行く。

なるほど・・・。

こうすれば良かったんだ。

そのままスドウタツヤは、ある歩道橋の階段を上った。

そこには一人の女性とカオルがいた。

その女性は手すりに足をかけている。

「危ない!」

私が叫ぶと、カオルが気づいてこちらに来た。

すると、スドウタツヤがその女性に話しかけた。

「何してるの?」

その女性は、手すりに掛けた足を戻した。

「あ〜、良かったぁ。」

ホッとしていると、カオルが私の手を引いた。

「これで終わり。この先は、きっとこの人たちにとっていい方向に向かうよ。」

「そうだね・・・。」

予想していたのは、若い二人が運命的に出会うって感じだったけど、このタカギミナコって人はどう見ても主婦って感じだし、スドウタツヤって子は小学生だし、この二人は明らかに初対面だ。

まぁ、私にはこれ以上は関係ない、か。

「じゃぁ、俺たちはこの辺で。」

そう言って、またカオルはさっさと飛んで行ってしまった。

「だからぁ。ちょっと待ってよぉ。」

私はやっぱり飛ぶのがイマイチ苦手だ。

昨日からだし・・・。

おぼつかない私の目の前に掌が見えた。

カオルの掌だ。

手を差し伸べてくれた。

「次の指令があるまで、飛ぶ練習でもするか。」

私はその手をとった。

これが、生きていた時だったら恋に落ちたりしていたのかな。

なんで天使は、私とカオルを出会わせてくれなかったんだろう・・・。

そんなこと、今考えてもムダか。


「なんでカオルは上手く飛べるの?」

言った通り、カオルは私の飛ぶ練習の相手をしてくれている。

「なんでって・・・。何となく?」

「飛ぶような仕事してたとか?」

「飛ぶような仕事って・・・何?」

ちょっとカオルが笑った。

「たとえば・・・スキーのジャンプする人!」

「そんなことしたことないし。」

「じゃぁ、普通にパイロットとか客室乗務員とか?」

「全然違う。」

「じゃぁ・・・才能?」

「そんな才能あっても・・・。あ。バスケならしてた。」

「やっぱり!そうゆうの、関係あるんだ!」

「そうかもね。」

ちょっと和んだ。

もう死んじゃってるのに、なんかおかしいかもしれないけど。

でも、この人とならうまくやっていけそうだと思った。

少し飛ぶのがまくなった時、私たちの掌が光った。

「指令だ!」

その中身を確認する。

『ソノダケイコの携帯電話を守れ』

「携帯を守れって・・・。」

私が理解に苦しんでいると、カオルが急いで飛んだ。

「こうゆうのって早くしないと!」

「う、うん。」

私もついていった。

携帯・・・。

そう言えば、私の携帯はどうなったのかな?


光の先には一人の女性が歩いていた。

今度は、若い感じの人だ。

「あの人がソノダケイコだね。」

カオルが確認する。

光は間違いなく彼女に当たっている。

「間違い無いみたいだね。」

ソノダケイコの携帯は、今、本人に使われていた。

電話中みたいだ。

「まさか、この電話の相手とケンカして、携帯を投げちゃって〜みたいなことにはならないよねぇ?」

「いや、その可能性が高いぞ。」

カオルに言われて、ソノダケイコの会話を聞いてみた。

「なんでそうゆうこと言うの?早く私のこと、迎えに来てよ!え?私の居場所?そんなの自分で探して!」

すごく怒っている・・・。

何があったのかわからないけど、どうやら彼氏か友達とケンカして、そのまま出てきちゃったって感じだな。

「てゆーか、私もここ、どこだかわかんないよ!新幹線とか乗っちゃったし・・・。」

この女、どこまで家出してんだよ!

「すごい家出だなぁ。」

カオルも呆れているみたいだ。

「もぉ!サトシのバカ!」

ソノダケイコは、そのまま電話を切ってしまった。

「ほんと、ここ、どこ・・・?」

どうやら、ソノダケイコはかなりの方向音痴みたいだな。

近くのコンビニとか入って聞けばいいのに。

「今時の携帯は現在地をどこだか教えてくれるよな。GPS機能ってヤツだっけ?」

カオルも冷静な意見を言っている。

ソノダケイコは、また電話を始めた。

どうやら別の人みたいだ。

「サトシが浮気したのぉー。」

やっぱり彼氏とのケンカだったか。

「私、すっごく腹が立ったから、そのまま家を飛び指して、電車に乗って、新幹線にも乗って・・・。ここどこだろう・・・。」

とりあえずその友達さん、ソノダケイコをこれ以上怒らせるような発言はやめてください・・・。

「なんで?なんで許さなきゃダメなの?てゆーか、私のこと、バカって言ったわね!アンタも知らない!」

あーもー!

もっと優しい友達に電話しろよぉ。

「こりゃダメだな。」

カオルはすっかり呆れている。

「もう!みんなだいっきらい!」

ソノダケイコは、持っていた携帯を逆方向に折り曲げようとした。

「ちょっとちょっと!」

私は慌ててその携帯を持った。

ソノダケイコと反対の方向に力を入れた。

「天使って、物に触れるんだな・・・。」

「カオル!そんなこと言ってないで手伝ってよ!」

「なんで折れないのよ!この携帯!」

ソノダケイコは、何とか携帯逆折りを諦めてくれた。

と、息つく暇もなく、ソノダケイコは、大きく振りかぶって携帯を投げようとした。

「や、やばい!」

「このやろー!」

ソノダケイコは携帯を投げてしまった。

私は、急いでキャッチしようとしたが、間に合わない。

「壊れちゃうよー!」

すると、カオルがすごい速さで飛んでいって、携帯をお腹でキャッチした。

「グホッ。」

「だ、大丈夫?」

「て、天使でも、痛いときは痛いみたいだ・・・。」

「とにかく・・・ナイスキャッチ!」

そっと携帯を地面に置くと、ソノダケイコが走って携帯に駆け寄った。

「良かったぁ。壊れてない・・・。」

今アンタは壊そうとしてたんだけどね。

その時、その携帯にメールが着信した。

私たちも覗き込んで、中身を見た。

「俺、ほんとに何もやってないから、信じてください。ちなみに、ケイコの携帯のGPS機能で居場所が分かったから迎えに行くよ。それにしても、遠くに行ったなぁ。」

良かった。

携帯壊れてたらGPSで居場所もわかんないし、この性格なら家に帰れていたかも微妙だし。

ソノダケイコは、携帯を持ちながら泣いていた。

「任務完了。さ、行くか。」

「そうだね。」

カオルに促されて私たちはその場を去った。

まだ2コしか仕事をしていないけど、ちょっと楽しいかも。


天使って、眠くもならないし、おなかもすかない。

疲れもしないし、もちろん肉体は死んでるから見た目は年もとらない。

それはきっと案内人とか悪魔も同じなんだろうけど。

だから、空いた時間はひたすら飛ぶ練習とか、人間を見たりとか。

ただひとつ言えることは・・・時間が経つのが、遅い。

もちろん、指令はたくさん来る。

でも、いつも似たようなことばっかり。

なんとなくコツを覚えちゃったら、特に苦もなく終わっちゃうし。

そんなこと考えてると、また指令が来る。

『ヨコタケイコの機嫌を良くしろ』

うん?

なんだか今までに無い感じ・・・。

「ちょっと新しいね。」

カオルが言った。

私と同じことを思ったみたい。

私たちは光の先へ向かった。

そこは少し遠くて、到着が遅れてしまった。

ある家に着いて外から様子を伺うと、主婦らしき人が夕食の準備をしているみたいだった。

居間には少年が一人座っていて、猫が一匹寝ていた。

「ヨコタケイコって、あの主婦だね。」

カオルが掌の光の先を確認した。

「機嫌を良くするって・・・具体的にどうしたらいいの?」

私にはよくわからなかった。

「そうだな・・・。とりあえず、ヨコタケイコに近づいてみよう。」

「そうだね。中に入ろう。」

私たちは、台所の勝手口をすり抜けて、家の中に入った。

家の中に入ると、妙に寒気がした。

「な、なんか寒くない?」

今は夏だし、第一、私たちは暑いとか寒いとか感じるのか?

「確かに、妙に寒い。」

カオルも同じだった。

「とにかく、ヨコタケイコの機嫌を・・・。」

私がそう言うと、ヨコタケイコが炒めていたものの中から何かがはじけて彼女の顔に当たった。

「やば!」

私がフォローする間もなく、ヨコタケイコは、かなりイライラしていた。

「既にこの人、機嫌めちゃめちゃ悪くない?」

私は不安になった。

すると、カオルは急に外に出ようとした。

「とりあえず、何かいい知らせを探して来るよ。ユカリは様子見てて!」

そう言って、どこかに行ってしまった。

「様子見とけって・・・。」

その後も、ヨコタケイコのやる事なす事がうまくいかなかった。

「もう!なんなのよ最近!」

ヨコタケイコはかなり怒っているみたいだ・・・。

「ど、どうしよう・・・。」

とりあえず、料理をめちゃめちゃおいしくしてみる?

旦那さんが帰って来て、おいしい!とか言ったら機嫌も戻ると思うんだけど・・・。

「今更何やったって、無駄だよ。」

居間にいた少年が言った。

「もう!余計なこと言わないでよ!」

聞こえるはずもないのに、私は思わず叫んでしまった。

しかし、ヨコタケイコはその声に何の反応もしない。

「そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるよ。」

その少年の目線の先は、私を向いていた。

「わ、たしが見える・・・?」

「もちろん。」

その時、言いようもない寒気に襲われた。

「あなた・・・誰?この家の息子?」

私は体を震わせながら、その少年に話しかけた。

「ううん。違うよ。」

「じゃぁ、あなた何者よ?」

尚続く寒気と戦いながら少年と話をした。

「フフフ。悪魔だよ。」

あ、悪魔!

私は動けなかった。

寒かったからじゃなくて、とにかく体が動かない。

この悪魔が何かしているの?

「俺はダイって言うんだ。よろしく。」

そう言ってダイは私の手を掴んで、一方的に握手をした。

「よろしくって・・・私は天使よ。あなたとは関わらないわ。」

「わかってるよ。」

ダイは笑っている。

もうやだ。

カオル、早く帰ってきて・・・。

「ヨコタケイコの機嫌を悪くしたのってあなた?」

関わらないと言ったのに、なぜか話をしてしまった。

「そうだよ。」

「なんで?」

「フフ・・・もうすぐわかるよ。」

「もうすぐって・・・。」

「そんなことより。」

ダイが私の顔を覗き込んだ。

「君のこと、知ってる。」

「え?」

その時、旦那さんらしき人が帰ってきた。

「ただいま・・・。」

その人は何だか元気がない。

「早くない?」

ヨコタケイコは、おかえりも言わずに、ケンカ腰に言う。

「実は・・・会社、リストラされた。」

「えぇ!なんで?」

「・・・・・。」

「どうせ、大した仕事してなかったからでしょう!」

機嫌の悪いヨコタケイコの暴言は止まらなかった。

「家の中でも会社でもサエないんだから。あんたなんかと結婚なんてしたくなかったのに!早く新しい仕事探してきてよ!」

「・・・・・。」

「なにをトロトロしてるのよ!面倒くさいなぁ。そんなだからリストラされるんだって!」

「・・・・・。」

「もういい!私が仕事探してくる!アンタは掃除でもしてろ!」

ヨコタケイコはエプロンを旦那に投げつけた。

「おまえに・・・。」

旦那さんが震えている。

「お前に何がわかる!」

叫びながら台所に走って行って、包丁を持った。

そして、ヨコタケイコの左胸を刺した。

私は恐怖で言葉が出ない。

「みんな・・・みんな無くなればいい・・・。」

旦那さんは包丁を持ったまま居間に行き、威嚇する猫を刺した。

「こうなるからだよ。」

ダイが笑いながら言った。

「なんでこんなこと・・・。」

「だって俺、悪魔だもん。」

「だからって・・・。」

「まだ終わってないよ。」

その時、一人の少年が入って来た。

どうやらこの家の子供みたいだ。

「ダメだよ!外に出さないと!」

私は力を振り絞って動こうとしたけど、ダイに腕を掴まれた。

「どこ行くの?」

ひっぱってもびくともしない。

「痛い・・・。」

ダイはすごい力で私の腕を握っている。

私は何もできないまま、その少年も刺された。

「ユカリ!」

その時カオルがようやく帰ってきた。

「カオル!この家が大変なの!」

「それはもういいから早くそいつから離れろ!」

「離れろって言われても・・・。」

すると、ダイは掴んでいた私の腕を放した。

私の体も何とか動く。

私はカオルのところに行った。

「ユカリ・・・カオル・・・」

ダイが私たちの名前を繰り返した。

「行くぞ!」

カオルに手をひかれて、私たちはその家から離れた。

「とりあえず、ここまで来れば・・・。」

必死に飛んで、少し体を休めた。

「お疲れ様。」

後ろを見ると、ダイが立っている。

私たちは固まった。

「そんなに怖がらないでよ。ユカリ、カオル。」

「気安く俺たちの名前を呼ぶな!」

初めてカオルが声を荒げた。

すると、ダイが私の目の前に立った。

「わかったよ。でも俺、君のことも・・・」

そう言って私を指さした後、カオルの目の前に行って、カオルを指さした。

「君のことも知ってるから。」

ダイは笑いながら消えてしまった。

私は震えが止まらなかった。

「私たちのこと知ってるって・・・。」

「とにかく、少し休んでからヤマノに報告しよう。」

カオルがヤマノを呼んだ。

私の頭の中に、ダイの言葉が焼きついた。

『君のこと、知ってる。』


「そうですか・・・。そんなことが・・・。」

カオルが呼んで、すぐにヤマノが来た。

「俺よりもユカリのダメージが大きくて。」

「大丈夫ですか?ユカリ様。」

ヤマノの声に少し安心した。

「うん。何とか。」

「今は少し休んでください。それと、ユカリ様に以前質問されていたことなのですが・・・。」

「質問?」

いろいろあって忘れちゃったけど、なんか質問したっけ?

「はい。なぜユカリ様が天使として選ばれたか、と言う質問です。」

「あ〜。そんな質問したっけ。」

「はい、されました。そのことを聞いて参りました。」

「へぇ。で、何で選ばれたの?」

「それが・・・。」

「何よ。」

ヤマノはとても言いにくそうだった。

「天使は、もう少し長く生きることができた、天国に行くはずだった者がなる、とのことです。」

「え・・・。もう少し・・・長く・・・。」

私は、自分が死んだ日を思い出した。

急に後ろから通り魔に首を絞められた。

もしかしたら、その通り魔の標的は私じゃなかったってこと・・・。

「はい。案内人は、天国に行くはずだった者の中からランダムに選ばれるのですが、天使は、そう言う不幸を背負った者がなる、と・・・。」

「それって、俺も?」

カオルもヤマノに聞いた。

「はい。カオル様もです。」

「そうなんだ。俺、もう少し生きられたんだ。」

ちょっと辛くなってしまった。

「申し訳ございません・・・。」

「ヤマノは悪くないよ!謝らないで。」

私は辛かったけど、もう死んでしまったことには変わりないし、気を確かに持たなきゃって思った。

「もう一つ質問していい?」

今度はカオルがヤマノに質問をした。

「はい。何でしょう?」

「悪魔って、どんなヤツがなるの?」

カオルの目は、今まで見たことがないくらい真剣だった。

「悪魔は・・・。神様が把握できなかった魂がそうなるのです。」

「え?神様は、全部の死を把握しているんじゃないの?」

「ほぼ全て、把握しております。が、百年に一人いるかいないかなのですが、ものすごく強い精神を持った者がおります。その者が死んで、精神のみの存在になっても、神様は把握できないのです。強すぎるが故に、魂が見えない、とでも言いましょうか。」

「で、その魂が好き放題やるってことか。」

「そのようです。」

「わかった。」

「では、私はこれで・・・。」

そう言ってヤマノは行ってしまった。

「ユカリ。」

急にカオルに話しかけられた。

「な、なに?」

「あのさ。その・・・人間いつか死ぬんだし、生きていてもいいことあったかどうか微妙だし、その・・・今はこうやって楽しくやってんだからさ・・・」

「だから・・・何?」

「だから、俺だって生きていたときは何も楽しいことなんて無くて、ほんと毎日が苦痛で、学生の頃なんてイジメとかされてて、ほんっとにつまんない人生で・・・」

「で、何よ?」

「・・・げ、元気出せよ!」

カオルは私の背中をポンと叩いて私に背を向けてしまった。

あぁ、さっきあんな話したから、私がヘコんでるとでも思ったのかな?

それで元気づけてくれようと・・・。

コイツ、すごく優しいヤツかも。

ちょっと和んだ。


「もう、アイツに会うことは無いのかなぁ。」

ふと私が漏らした言葉に、カオルは敏感に反応した。

「アイツって、あの悪魔?何?まさかあの悪魔に会いたいの?」

私はドキっとした。

会いたい、と言うか、あの言葉がどうしても気になる。

『君のこと、知ってる。』

「何考えてんだよ!悪魔には会うなってヤマノも言っていただろう!」

すごくカオルに怒られた。

「でも、アイツ、私たちのこと知ってるって・・・。」

「そんなの、俺たちが生きていた時にでも見たことあるんだろ!」

「そうかなぁ・・・。」

「とにかく、二度とアイツの話はするな!会いたいとも思うな!いいな!」

珍しく、いや、初めてカオルに真剣に怒られて、反省した。

ヤマノも、天使の品位を落とすとか、悪魔には勝てないとか言っていたし、もうダイには会わないことを祈ろう、と思った。

「お、指令きたぞ。」

手を見ると、光る文字が浮かんだ。

『アカギタクヤに上着を着せるな』

「あれ?俺と文字が違うぞ。」

カオルがそう言って、私に自分の掌を見せた。

『オガワナツの出発を遅らせろ』

今までに無いくらい具体的だ。

「とりあえず、それぞれの方向に向かうか。」

カオルは飛んで行ってしまった。

私も光の先に向かった。

ありがちな安アパートの1階の部屋に向かう光に従って、その部屋に入った。

見た感じは、貧乏学生。

朝の慌ただしい時間だった。

ちょうど今は秋。

上着を着て行くかいかないか、って感じの気温だけど、着せちゃいけないんだよね。

じゃぁ、少し暖かくしたらいいのかなぁ。

そっと暖房を入れてみた。

しかし、アカギタクヤは普通に上着を着ようとする。

なんでよ!

この人、とりあえず上着着るタイプなんだ。

やばい!家出そう!

とっさに上着を玄関の内側に引っかけた。

「あれ!何コレ?」

外に出ようとしたアカギタクヤは、上着が引っ掛かっていることに気づき、なんとか取ろうとするが、私が密かに引っ張っているからなかなか取れない。

「やべぇ!今日の講義逃したら留年だよ!」

よっぽど気に行っている上着なのか、大事に玄関に置いて、そのまま出て行った。

とりあえず、任務完了・・・。

カオルは上手くやったかな。

私は、自転車に乗ったアカギタクヤの後を追った。

「やべえ!ケータイあの上着の中じゃん!」

アカギタクヤが独り言を言った。

そうか、コレが本当の目的。

携帯を置いて行かせることだったのかな。

急いでいたアカギタクヤは、携帯を諦めてそのまま自転車をこいでいた。

キキーッ

その時、アカギタクヤの乗っていた自転車が車に衝突した。

何でこうなるのよ!

ちょっと焦っていると、肩を叩かれた。

ビクっとした。

ダイだったらどうしよう・・・。

恐る恐る振り向くと、そこにはカオルがいた。

「はぁ。なんだ、カオルか。」

「何でそんなに驚いてんだよ。」

「それより!アカギタクヤが轢かれたんだけど!」

「え!あれがアカギタクヤか・・・。ちなみにオガワナツは車に乗ってんだけど・・・。出発が遅れて、電車に乗れなかったらしくて・・・。さらに言うと、男と・・・。」

どうゆうこと?

「痛ぇ・・・」

アカギタクヤが起き上がった。

どうやら擦りむいただけで済んだみたい。

後付けかもしれないけど、あの上着が破れなくて良かったと思う。

足も引きずってないし、骨折とかもしていないみたい。

「大丈夫ですか!」

車の中の男女が出てきた。

「あ、タクヤ・・・。」

オガワナツらしき女が、ヤバイって顔をしている。

「ナツ!お前、昨日まで実家帰ってて、そこから始発で来るって言ってたじゃねぇか。誰だよその男。」

「あ・・・えっと・・・。」

「俺以外にも男いたのかよ。」

「・・・・・。」

「そうかよ・・・。わかった。お前とはもう終わりだな。」

そう言ってアカギタクヤは自転車に乗って行ってしまった。

「あ〜ぁ。バレちゃった。・・・ま、いっか。さ、早く送って。」

オガワナツは車に乗り込んだ。

同乗の男も、戸惑いながらも運転席に乗って、そのまま何事も無かったかのように出発した。

「そうゆうことか。」

カオルが一人で納得している。

「何?どうゆうこと?」

「オガワナツには、何人か男がいるみたいだな。アカギタクヤはそのうちの一人で、そのことに気づいていなかったみたいだ。車の中で『何で電話に出ないのよ!』とか、『タクヤがこの道、通りませんように!』とかブツブツ言ってたよ。」

「そっか。オガワナツの魔の手からアカギタクヤを救ったってことだね。」

「そうゆうこと。上着を着て行かせないってゆうのは、いつも上着のポケットに入っている携帯を忘れさせろってことだったんだな。」

「あ、あと、カナリお気に入りの上着みたいだったから、さっきの事故で破れないようにってゆうのもあったんじゃない?」

「なるほど。とにかく、これで任務完了だな。」

「それにしても、今回は具体的な指令だったわね。」

「それは、この間、あの悪魔に邪魔されたからじゃないの?確実に成功させるため。」

「あ・・・。そだね。」

ダイのことを思い出すと、あの時の寒気がよみがえる。

「あからさまにヘコんでんじゃねぇよ!」

カオルが私の頭をポンポンと2回叩いた。

そして、その手を置いたまま、こう言った。

「今度は、俺が絶対守るから。」

カオルは恥ずかしいのか、こっちを向いてくれなかった。

でも、すごく安心した。

私は、一人じゃないんだ、って実感した。


あれから、いくつかの指令をこなして、その間、ダイは現れなかった。

正直なところ、やっぱり気になるのは、あの言葉。

『君のこと、知ってる。』

私の顔を覗き込んで言った。

もしかしたら、私が死んだことに関わっているのかも?

「おい!」

急にカオルに肩を叩かれ、ビクっとなった。

「な、何よ。」

「最近ちょっとタルんでるぞ。」

カオルが言うのも無理はない。

日に日に、ダイへの恐怖が増していく。

また私たちの前に現れたら・・・と思うと、会って確かめたいことがある反面、やはり、悪魔と会うのは怖い。

そんなことを考えていると、ボーっとしてしまって、カオルによく注意されていた。

「ごめんなさい・・・。」

「しばらくは仕方ないか。まぁ長い付き合いになるんだし、そのうち元に戻ってくれよ。」

出会った時のカオルの冷めた感じはどこかに行ってしまった。

生きていた頃って、そんなに辛かったのかなぁ。

カオルのためにも、元気出さないと!

気合いを入れて握った手が光った。

「あ、指令。」

ゆっくり掌を広げて確認する。

『車のタイヤをパンクさせろ』

車って・・・初めて人間以外の対象物。

カオルの手にも、同じことが書かれていた。

「行こう!」

私たちは光の先に向かった。

すると、その先には、いかにも高級そうな車がある。

「まさか、この車?」

私が光を確認する。

「そうみたいだ。」

カオルも確認した。

「こんな高そうな車を?あ、でも本体傷つけるわけじゃないもんね。」

「そうだな。早くやろう。」

カオルはそう言って、近くに落ちていたガラスの欠片を、信号待ちで止まっていたその車のタイヤに刺した。

すると、あっけなくタイヤがパンク。

「任務完了だね。」

「こんなに簡単でいいのか?」

拍子抜けな感じがしたけど、指令には他に何も書いてなかったし。

すると、パンクに気づいて、車の運転手が出てきた。

その車の横を後ろの車が抜いて行く。

「なんでこんなものが刺さってるんだぁ?」

その運転手の男は首をかしげた。

「何?どうしたの?」

車の後ろの席から、もう一人出てきた。

「それが、パンクしちゃって・・・。」

「え!大丈夫?間に合うのかよ?」

その人、どこかで見たような・・・。

「あ!あの人!カズキだよ!」

「へ?カズキって、歌手の?」

「そうだよ!こんなところで会えるなんて・・・。」

やや興奮気味の私に呆れて、カオルが飛び立とうとした。

「ちょっと!もう少しここにいようよ。」

「もう任務完了しただろ?」

「そうだけど、私、生きていた時、カズキの大ファンだったの!」

私が見とれていると、カオルはため息をついて横のガードレールに腰をかけた。

「それなら俺はアイドルのマミちゃんに会いたいよ。」

ブツブツ言っているカオルを無視して、私はしばらくカズキを見ていた。

その時突然、爆発音がして、少し地面が揺れた。

「え?何?」

私はびっくりして、辺りを見渡した。

カズキも運転手も驚いている。

「おい、あれ見てみろよ・・・。」

カオルの指差す方向を見ると、先のトンネル内から黒煙が出ている。

「あれって、俺たちの車が通る道だったんじゃ・・・。」

カズキが運転手に言っている。

「行ってみよう。」

カオルと、そのトンネルの中に入った。

中では、大きなトラックが爆発して炎上していた。

幸い、周りに車はいなくて、トラックの運転手も逃げていて無事だった。

「危なかったね・・・。」

私が胸をなでおろした時、以前感じた、あの寒気がした。

「カオル!」

カオルの腕を掴んだ。

「これってあの時の・・・。」

カオルも何かを感じて、周りの様子をうかがっている。

その時、私の肩に誰かが手を置いた気がした。

私は、掴んでいたカオルの腕を離して、後ろを向いて、そのまま後ずさった。

しかし、誰もいない。

「どうした?」

カオルは驚いて私を見た。

「やぁ、久し振り。」

ささやく声が聞こえて、ゆっくりそちらを見ると、そこにはダイの顔があった。

「いやぁ!」

私は叫びながらカオルのところに行った。

「この爆発はお前の仕業か!」

カオルが声を荒げた。

「そうだよ。でも、予定と違って、カズキがいないんだよね。」

やっぱり、カズキを狙っていたんだ。

「行くぞ!」

カオルが私の手を引いてその場を去ろうとした。

「待ってよ。」

いつの間にか、もう一方の手を、ダイに掴まれている。

あの時のように、動けなくなってしまった。

「もう俺たちの前に現れないでくれ!」

カオルの呼びかけをよそに、ダイは私に話しかけてきた。

「ユカリ、会いたかった。」

私は動けない。

どうしていいか、わからなくなった。

「いいかげんにしろ!俺たち天使は、悪魔と話すことを禁止されているんだ!」

「え?なんで?」

「天使の品位を落とすんだよ!」

「じゃぁ、アンタはどっかに行っててよ。俺はユカリと話がしたいんだ。」

ダイが、わたしを掴んでいた手を離して、両手をカオルの胸に押し当てた。

すると、次の瞬間。カオルが消えてしまった。

「カオル!」

私の隣には、ダイしかいない。

「カオルが・・・!」

「カオルにはちょっと遠くに行ってもらっただけだよ。」

「そんな・・・。」

「さぁ、やっと二人になれたね。」

ダイはまた私の腕を掴んだ。

「ちょっとお話しようよ、ユカリ。」

「嫌って言ったら・・・?」

「ユカリはそんなこと言わないよ。だって、ユカリも俺と話がしたかったんだから。」

身動きを取れず、心を読まれていた私は、その通りにするしかなかった。


「なんで私のことを知っていたの?」

私は、気になっていたことを聞いた。

「生きている時から知ってた。」

「それだけ?」

「死んだ時も知ってる。」

やっぱり。

「私のこと、殺したの?」

「俺は殺してない。殺したのは、あの男だ。」

「あの男って、私の首を絞めた通り魔?」

「通り魔じゃないよ。」

「じゃぁ、誰?」

「ユカリのお父さんだよ。」

「え?」

ダイの予想だにしない発言に、私は固まってしまった。

「ユカリを殺したのは、ユカリのお父さん。」

「な・・・なんで・・・。」

私は信じられないのとショックなのが入り混じって、頭の中がぐちゃぐちゃになった。

「君のお父さんは、君のことを愛してしまったんだ。もちろん『娘』としてじゃなく、『女』として。」

「お父さんとはちゃんと血が繋がっているわ・・・。」

「だからこそ苦しんでいたんだね、お父さんは。まぁ、あの後、自殺しちゃったけどね。」

「自殺!?お父さん、死んだの!?」

「だってアイツ、ユカリの携帯を勝手に見て、その後壊しちゃったんだもん。俺、そんなことまで要求していなかったのに。ユカリのメールとか見て、耐えられなかったのかな。お父さんのことなんて、全然なんとも思って無いってわかっちゃったんだよね。」

次々に突きつけられる言葉に、私の心はパンク寸前だった。

「携帯壊すなんて許せなくて。俺だって見たかったのに。だから、死んでもらったんだ。」

「嘘・・・」

「本当だよ。ウソだと思うなら、ユカリの家に行ってみたらいい。」

「そんな・・・」

私は、だからと言って自分の家に行くことはできなかった。

怖かった。

「君の首を絞めたロープで、近くの公園のブランコで首を・・・」

「やめて・・・」

「全部ぜーんぶ、本当のことさ。」

「もう、やめて・・・・・」

私は消え入りそうな声を出して、そのまま地面に手と膝をついた。

「ユカリ?どうしたの?」

私の肩に置かれたダイの手を振り払う気力も無かった。

「カオルを殺すように仕向けたのも、俺だよ。」

「そんな!」

「ユカリとは関係ないんだけどね、あのストーカーがかわいそうになったから、殺させてあげた。」

「・・・カオル・・・」

ダイが、私の耳元に顔を近づけた。

「ユカリ、俺と転生しよう。」

「転生・・・?」

「そう。俺たち悪魔は、ある程度の年月をこの姿で過ごしたら、自分の力で好きな生き物に転生、つまり、人間として生まれ変わることができるんだ。その転生は、天使を道連れにすることができる。別に道連れにしなくてもいいんだけどね。」

「・・・なんで、私を・・・?」


「俺はね・・・。ユカリのことを、愛しているんだ。」


そのまま、ダイは私を抱きしめた。


「ずっと、ユカリが生きていたときからずっと見てたんだ。早くユカリと話がしたくて、憎かったあの男を使って、ユカリに死んで天使になってもらったんだ。」

私は何もできなかった。

ダイの力は強くて、今の私では振り払うこともできない。

「ユカリ・・・。初めはわからなかったよ。だって、生きていた時よりも、キラキラしてキレイになっちゃってたんだもん・・・」

「ユカリ!」

カオルの声だ!

私は、何故か涙が溢れてきた。

カオルはダイに体当たりして、ダイは私を離してそのまま倒れた。

「ユカリ、大丈夫か?」

私はカオルに寄り掛かった。

安心したけど、震えが止まらなくて、声も出なかった。

「ヤマノから聞いた。ダイのこと。ユカリの死に関係していたって。悪魔の転生の話も。ユカリを連れて行こうとしていたのか?」

私は震えながら頷いた。

「ユカリに触れるな。」

横でダイが立っている。

「なんでユカリを連れて行こうとするんだ。」

「ユカリのことを愛しているからさ。一緒に転生して、人間として愛し合うんだ。」

「一緒に転生したからと言っても、愛し合うようになるかはわからないじゃないか・・・」

「うるさい!俺はユカリと愛し合うんだ!」

ダイはカオルに両手を振り上げた。

「やめて!」

私はダイからカオルを守るように、カオルに抱きついた。

「・・・ユカリはその男を愛しているの?」

「そんなのわかんないよ。でも、ダイのことは愛していない。」

私の体の震えは止まっていた。

「それに、カオルを残して転生なんてできない。」

「ユカリ・・・。」

「ダイは、人間として一人で転生すればいいじゃない!それができるなら・・・。これ以上嫌なことばかりしないで!」

「じゃぁ、俺も転生しない。いつかユカリと転生できるまで待ってるよ。」

ダイが私たちに背を向けて、去ろうとした。

「待って!」

私はダイの腕を掴んだ。

「ダイにも人を愛する気持ちがある。それなのに、悪魔なんてしていちゃダメだよ。ダイは・・・人間として生きて!私たちの分まで・・・。」

「そんな、そんなことできない!俺は悪魔・・・」

私は、そのままダイを引き寄せて、キスをした。

「これは、私からの、最初で最後のプレゼント。これであったかい気持ちになれたのなら、このまま転生しなさい。何も感じなかったのなら、ダイはこの先、永遠に悪魔よ!」

私はダイに背を向けて、カオルのところに戻った。

カオルは私の突然の行動に、びっくりして口を開けていた。

「俺は永遠に悪魔なんかじゃない!今だって、ちょっとドキドキしたぞ!もういい!一人で転生するから!」

意外とあっさりだな。

見た目通り、子供なんだ。

「ユカリ、生きている俺をよろしく。それと、いろいろ、ごめん。」

「改心したの?」

「なんか、ユカリに嫌われることが、すっごく怖くなったんだ。」

「そっか・・・。今は、ダイのこと、キライじゃないよ。」

すると、ダイが少し笑って、消えていった。

「はぁ〜。これで、少しは安心して天使やってけそうね。」

「なんだか、この一瞬ですごく強くなっちゃってない?」

「そう?修羅場を経験すると、こうなっちゃうのよね。」

私は大きく背伸びをした。

「さぁ、元気出して行くか!」

そして、カオルをおいて颯爽と飛び立った。

「おい!待てよ!」

カオルも飛び立った。


「そう言えば、さっきダイに飛ばされた時、ヤマノに助けてもらったんだけど、その時聞いたんだ。」

「何を?」

「天使のペアは、この先ずっと力を合わせて頑張ったら、いつか、かなり先だけど、ペアの相手と一緒に転生できるんだって。」

「一緒に転生すると、どうなるの?」

「どうって・・・わからないけど、同じ時代を生きることができるってことは・・・。」

「できるってことは?」

「生きて、ユカリと出会えるかもしれないってことだろ!」

そう言って、カオルは私に微笑んだ。

「そうだね!」

私もカオルに微笑んだ。

「あ!指令だ!」

私たちは、光の先に飛んで行く。


今日も、空はどこまでも青い。


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