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ポスト・フェイクフェイリヤ  作者: 夢山 暮葉
第一章:最初の七日間
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五日目:カクア・スクォウ


 翌日。カクアの実家行きの行程は、速やかに開始された。

 遠征メンバーは、ペルヒェとカクアの二名のみ。残りは皆シェルターに置いて来た。もしかしたら何日も帰れない状態になるやもしれないし、いつもドロイドを乗せてる分のスペースにも物資を詰め込んでおいたのだ。

 交通インフラが完全な状態であれば、一時間も掛からない距離。だが今となっては、一日掛けても辿り着けるか分からない道程。最短ルートの道が通れればそれなりに楽だが、目的地に到る道が悉く全滅している可能性さえある。

 その時は諦めるか、それとも足を徒歩に変更してでも目指そうか。そんな事を考えながら、カクアは車の運転を続ける。三日も連続でやっていると、流石に慣れてきた。元々、運転は不得意ではなかったし。

 連日の治療により、左手も物を大雑把に握る程度なら出来るように戻った。おかげで色々と捗る。まだ力を込め過ぎると痛くなったりするが。


「……ち、ここも駄目か」


 地図を頼りに進み、通れなくなっていた所にはバツ印を付けたりしながら、先へ通じる道を探して奮闘する。だが懸念された通り道路はボロボロで、中々思うように進めない。

 かれこれ四時間くらい悪戦苦闘している。それだけ続くと、気力も体力も魔力にも底が見え始めてきた。出来れば、今日中に到着したい所なのだが。


「次……五分くらい、真っ直ぐ、戻って……そこら辺で、右折……」

「ん」


 額の汗を拭った後、彼はUターンする。次の道こそは通れる状態であってくれ、と祈りながら、少し溜め息を吐いた。

 最初の内は完全装備を決めていたが、今は殆ど外してしまっている。蒸れるし重いし、車内だからそれ程危険も無いだろうと、カクアはヘルメットだけだ。

 現状、他の生存者の類いとは出くわしていない。巨大な爪痕や人の背丈程も有る羽根のような物はちょくちょく見掛けるが、それだけだ。いや、それらも十分恐ろしいのだが。

 爪痕までなら、珍しいひび割れだと思う事も出来ただろう。だが、あんなに大きな羽根を持つ生き物なんて、見た事も聞いた事も無い。作り物にしてはあちこちに沢山有り過ぎるし、もしかしたら本当に──。


(……未知の怪物の実在くらいは、覚悟しておくか)


 順調に常識が削がれてきている。焦げた羽根を轢き潰しながら、ペルヒェに指示された通りの場所で右折した。

 と、その瞬間爆発音がし、眼前に煙幕が展開された。突然の事に硬直していると、追撃のように魔法弾が周辺の地面に着弾する。


「あっ、あっばばばばばばっ!?」

「おちちちっちちつつついててててて、あああわてててて」

「あんたが一番落ち着け!! どうすればいい!?」

「ひ、ひっひっふー、ふっひっひー……こ、このまま、抜けて……多分これ、ただの威嚇、だから……」

「お、おう!」


 ここに残ってる資源は渡さないぞ、といった具合の威嚇射撃なのだろうか。アクセルを深く踏み、煙幕から脱出しようと試みる。同時に、ペルヒェが簡易の防御魔法を展開させた。

 いくらか魔法弾が車体を掠ったが、ある程度走るとやがて攻撃は止んだ。たっぷり数分駆け抜けた後、道の端っこに寄せて停まる。カクアはハンドルに寄りかかって、はぁはぁと乱れた息を整えた。


「こ……び、ビックリした」


 『怖かった』と言いかけて、慌てて言い換えた。相手に殺す気は無かったようだが、もし中っていたらと考えると寒気がする。きっと、少なくとも痛い目には遭っていただろう。


「運、悪かった、ね……見つかっちゃう、なんて……さっさとこの地帯、抜けたい……」

「……さっきの奴らにコンタクトを試みて、ここいらの道を教えてもらう、ってのは?」

「やめた方が、良い。話し合いに、持ち込めるか、分からない……目的の道を、把握してるかも、分からない……」


 まぁ、威嚇とはいえ、ちょっと通りがかっただけの彼らに問答無用で攻撃をぶち込んで来た奴らなのだ。まともに話せるかどうか分からないし、情報を求めれば見返りに色々吹っ掛けられそうだし、やめておくのが賢明だろう。


「そうか。なら、普通に進もう。……しかし、ここは何処だ?」

「……多分、地図だと、この辺。そんなに遠くには、来ていない……」


 随分長い間逃走したような気がしていたが、実際の所はそうでもなかったようだ。運良く残っていた特徴的な看板を頼りに、現在位置を確かめた。


「よし、じゃああっち通れそうだし、行ってみるか。……帰り、ここ通れるかね」

「もし、また見つかったら……怖い、ね……」


 次にあの辺りを通っているのを見られたら、今度は本気で攻撃してくるだろう。そう思うと、少々身震いがした。

 だがしかし、今回まろび出た先に有った道は、結構遠くまで通れそうな気配がする。今度こそ目的地に辿り着けますようにと願いながら、カクアは再び車を動かし始めた。




 時折運転手を交代したりしながら、カクアたちは日が暮れるまで車を走らせ続けた。その結果、漸く目的地の周辺にまで迫れた。

 この住宅街もまた、殆どが瓦礫の山と化している。僅かに残った表札等と、自身の記憶を頼りに、カクアは自らの実家を探す。


(ここを真っ直ぐ……で、あそこで左に曲がって、右側の二件目が……)


 目的地が近づくにつれて、だんだんと到着が恐ろしくなってくる。現実と直面するのが、怖い。

 だが彼はその感情をねじ伏せ、無駄な程の集中力を発揮しながら、ひたすらに目的地を目指す。……やがて、到着した。


「……!!」


 窓の外には、延々と続く瓦礫の平野だけが広がっている。それだけで気絶しそうになったが、どうにか持ち直し、彼はゴーグルやマスクを装備し直した。


「ペルヒェは待っていてくれ。まず、おれ一人で行く」

「……分かった、よ」


 完全装備に戻った後、カクアは車を降りる。そして瓦礫の山の一つに駆け寄ると、その様相を確認した。

 屋根の色。拉げた窓枠の形。砕けた家具の欠片。それらが次々と記憶と合致してゆく。──間違いなく、ここはカクアの両親が住んでいた家だった物だ。


「……あ、あ、ああ……」


 瓦礫の山に手をかけ、どうか何も見つからないでくれ、と祈りながら退かし始める。だが流石に素の状態では動かせなくて困っていると、背後からペルヒェの小さな声が聞こえて、強化魔法が飛んで来た。


「さ、サンキュ!」


 一応そう応じておいたが、もう彼女が何を言っているのかも捉えられなかった。瓦礫を遮二無二ひっくり返し、割れた食器や破れたクッション等を見つけ、ここが実家である事の確信を更に重ねてゆく。

 きっとここには誰も居ない。父も母もエルフとしてはまだ若いのだ、逃げ遅れる筈が無い。二人ともちゃんと逃げて、何処かのコミュニティに身を寄せて生き延びていてくれている筈だ──だがその希望は、淡くも打ち砕かれる。

 倒れた壁の大きな破片をどうにか退かし、その辺に投げやった後、彼は目の当たりにした。乾いた血痕と、潰れた腐肉を。


「ひっ……ぐ」


 細かったであろう、左腕だ。運良く原型の残っている手の薬指には、古びた銀色の指輪が着けられている。母が父にプレゼントされたという、彼女の思い出の品だ。

 そのすぐ近くに、カクアと同じくらいに大きな右手が転がっている。腐りかけの手首には、父がいつかの誕生日に母に貰ったらしい腕時計が着けられていた。壊れてもその都度修理に出して、大切に使っていた一品だ。

 彼は全てを理解した。間に合わなかった事を、両親が居なくなってしまったという事を。


「……そう、か」


 マスクに遮られて腐臭が届かないのは幸運であった。もし届いていたら、本当に吐いてしまっていただろうから。両手を握ったり開いたりしながら、気分を落ち着けようと天を見上げる。


「死んだ、か……」


 きっと、家の中に居れば安全だ、と思っていたのだろう。数年前リフォームしたばかりだから、ちょっとした地震程度なら大丈夫だろう、と。その結果はご覧の有様であるが。


(何故だ)


 良い人たちだった。カクアが落ちこぼれでも愛してくれた、良き両親であった。彼らのお陰で、不自由せずに勉学に励む事が出来た。彼が功績を収めた時には、豪華なパーティーを企画したりしてくれた。幸せな家庭であった。

 二人とも人格者だった。胸を張って生きている人たちだった。何の落ち度も無かった。死んで良い理由なんて、これっぽっちも存在していなかった。……だのに、どうして。

 のんびりとした気性で優しかった母。彼女の作るオムライスが大好きだった。大怪我をして帰って来た時、柔らかに抱き締めて魔法をかけてくれた事を未だに覚えている。

 賢く強く、憧憬の対象であった父。冗談では済まないレベルの虐めを受けた時、その首謀者の親と裁判で戦い、カクアの治療費と慰謝料をぶん取ってくれたあの日の思い出は、まだ色濃く残っている。骨折は痛かったが、あれは随分と溜飲が下がった。

 ぐるぐると、思い出が頭の中で渦巻く。いつの間にか、彼はその場に座り込んでしまっていた。ゴーグルに涙が落ち、視界が汚れる。


「……畜生……どうしてだ……死ぬ必要なんて、全く無かったじゃねぇか……畜生……チクショウ……!!」


 いよいよ感情が抑えきれず、カクアは嗚咽した。きっと怖かっただろう、痛かっただろう、苦しかっただろう。こんな原型の面影すら無い姿になっては、さぞや辛かっただろう。

 嗚咽は何時しか慟哭となる。こんなにもあっさりと、意味も無く、理不尽に死ぬなんて事があってたまるか。ナンセンスにも程が有る。


「夢であってくれよ! ただの悪い夢だろ!? そうなんだろ……!?」


 泣いても叫んでも、目の前の光景が霞と消える事は無い。悪夢のようだが、これは紛れもなく現実なのだ。

 ──この日、彼は漸く本当に理解した。もうあの日々は戻って来ないのだという事を。




 カクアの眼前に、二つの墓標が寄り添うようにして佇んでいる。廃材で作ったそれらの前には、その辺に生えてた小さな花が幾つか供えられていた。

 ペルヒェにも手伝って貰って、彼はやっとの思いで両親の亡骸を掘り起こし、きちんと埋葬直した。その作業ですっかり日が暮れてしまったので、今日はこの辺りで車内泊である。


「……お疲れ、カクア……」

「ああ……」


 遠慮がちに声を掛けてくるペルヒェに、彼は生返事をする。すっかり気が抜けてしまって、現実に思考が戻って来ないのだ。


「そろそろ、車、戻ろ……寒くなる、よ……」

「おう……」


 そう言われると、カクアはふらふらと立ち上がり、幽鬼の如き足取りで歩き始めた。だが足元になぞ一切意識を向けていなかったから、すぐに躓きよろめいた。倒れかけたのを、ペルヒェが素早く支える。


「……家族の、人たち……好き、だった……?」


 彼の身体を寄りかからせ、引き摺るように動き出すペルヒェが、小声でそう問いかけた。カクアは頷く。


「そ、っか……とても、幸せで……とても不幸せだ、ね……」


 優しい声で、彼女はそう返答した。文句も言わずカクアを運ぶ彼女に、今だけは頼る事にする。流石にすぐには立ち直れそうになかったから。

 冷え込んだ空気が体温を奪ってゆく。今は春だというのに、まるで冬のようだ。治り始めた左手の指先がかじかむ。ペルヒェの吐く息が白かった。

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