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ポスト・フェイクフェイリヤ  作者: 夢山 暮葉
第一章:最初の七日間
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四日目:II-E4-2675TZ


 翌日。空き部屋に運び込ばれた白髪の女は、どうにか小康状態まで持ち直したようだ。昨日より随分まともになった顔色で、彼女は昏々と眠り続けている。そんな女の様子を見守りながら、カクアたちは今日のブリーフィングを行っていた。


「今日は……休み、ね。あたし、もう、疲れた……」


 元々白い肌を更に青白くさせたペルヒェが、項垂れてそう言う。白髪の女をここまで回復させるのに、魔法を使ったり旧式の処置もしたりと、一番活躍したのは彼女だ。一番疲れているのも彼女だろう。

 だが、だからといって何もしないのも勿体無い。故にカクアはこんな提案を投げかけた。


「分かった。だが、おれが一人で出るのは駄目か?」

「ん……なら、レハゼムも、一緒に……」


 流石に彼一人では危険過ぎるか。地図は有るが、以前とは地形も大きく変わっているし、下手すれば迷子になってしまいかねない。

 だが、昨日帰って来てからはレハゼムも相当駆けずり回っていた。大丈夫なのだろうか、と思って彼女の方を見るが、レハゼムは涼しそうな顔で頷いていた。流石は高級ドロイド、頑丈である。


「私は魔法はあまり使えませんし、戦いも苦手ですが……比較的安全な地帯であれば問題は無いでしょう」

「とか、言ってる、けど……彼女、結構、戦える、よ……」

「……一般向けのE4って、戦闘能力オミットされてるんじゃなかったか?」

「レハゼム、は……正規の、だから……」


 一定以上の戦闘力を持つドロイドは、その流通が著しく制限されている。だから一般人は滅多な事では手に入れられない筈なのだが、どうやらペルヒェには入手ルートが有ったらしい。


「他の子、は……ヤと、ワと、アフを……連れてって……」

「了解しました。それではカクア殿、準備を始めましょう」

「うむ。……その人の事、頼んだ」


 カクアは白髪の女の方を視線で示してそう言う。そしてペルヒェが頷くのを認めると、レハゼムに追随して部屋を出た。




 レハゼム含め、四人ものドロイドに囲まれて、カクアは車を駆る。そして今日の目的地に着いた所で一人を残して降り、探索を始めた。

 ここは所謂繁華街の跡地だ。今にも倒れそうなくらいに傾き朽ちた建物がひしめく中を、頭上に注意しながら歩き進む。昨日訪れた辺りよりは形の残っている建物が多いようだが、その中身の殆どは漁り尽くされた後であるらしい。


「……カクア殿は」

「うぉっ、なっ、何だ?」


 不意に沈黙を破られ、カクアは間抜けな声を上げてしまった。こんな所で、急に話しかけられるとは思っていなかったのだ。レハゼムはそれにも動じず、淡々と続きを述べる。


「以前のここに来た事は有るのですか」

「えーっと……まぁ、有ったな。あんたは無いのか」

「マスターはこういう所には赴かない人種ですし、……ドロイドが一人でこんな所に現れると、色々と不都合でしたから」


 その声音に、一欠片の憎悪のようなものが混じっていたような気がして、カクアは心の中で身震いをする。それは一応カクアには向けられていなかったようだが、どうにも居心地が悪くなった。

 こういう所は、得てして悪い人間の溜まり場である。そんな所に被差別身分の者がノコノコ現れれば、どんな事になるか誰でも分かるだろう。実際、野良ドロイドの惨殺事件が社会問題になったりもしていた。

 微妙に気まずい空気のまま、彼らは大通りを外れ、ギリギリ道としての原型を保っている狭い路地の方へ入ってゆく。あの大通りに面する所には、もう殆ど何も残っていないのだそうだ。


(……コイツは、一体どういう事情で、ペルヒェん所に居るんだろうな)


 レハゼム側の事情も、ペルヒェの思う所も、カクアには全く分からない。旧友たるペルヒェはまだしも、レハゼムとはまだ数日の付き合いしか無いのだから。

 と、そんな事を考えていると、道を形成する壁がかなりまともに残っている所に差し掛かった。薄暗い影の中、破れたり焦げたりした古いポスターが、ぱらぱらと風に揺れている。

 まぁ、それだけだ。気を留める価値の有るものではない──と思っていたが、ある一つの色褪せた張り紙に、彼は目を奪われた。

 微笑む美女や美男が、でかでかと映し出されているポスター。文字の殆どは汚れて読めないが、辛うじて『E4』という文字列が認められる。値段を表すと思しき数列に、『遂に登場!! 最新型高級ドロイド!!』『永遠に変わらない友』『高機能・学習能力』とかいう煽り文句──その全貌を見、怖気を覚えた。

 数年前に鳴り物入りで一般向けにリリースされたドロイド、E4シリーズ。これはそれの販促ポスターだ。それだけなら巷に溢れるよく有る張り紙に過ぎないが、その周囲にびっしりと書き込まれた落書きが異常だったのだ。


『何が永遠だ』『私は捨てられた』『我慢したのに』『殴られても怒鳴られても』『死ね』『捨てるくらいなら買うな』『最新じゃなくなった』『苦しい』『おなかすいた』『時代遅れ』『嫌だ』『友達』『どうして』『永遠』『野良?』『私はドロイド』『死ね死ね死ね』『私は生きている』『まだ生きている?』『レクシスのくそったれ』『どうして生まれたの』『帰りたい』『ここじゃないどこか』『何?』『私は』『生命』『何処』『私』『被造物』『空腹』『痛い』『死にたくない』『怖い』


 ……捨てられたドロイドの怨嗟と絶望が、ところせましと綴られている。途中まではチョークか何かで書かれていたが、『レクシスのくそったれ』辺りから血文字になっていた。

 レクシスというのは、確かドロイドの開発者の名前だったか。希代の天才、独力で人造生命を作り上げた神域の者──最近はめっきり名前を聞く事も無くなったが。自らの創造主を罵倒したくなるくらい、酷い目に遭ったのか。

 思わず足を止め読み入ってしまっていたカクアは、ふとそのポスターの辺りの地面に、カラフルなコードの断片が散らばっている事に気付いた。その正体に思い至り、彼は口元を覆う。


「ここは……」

「野良ドロイドの溜まり場だったのでしょう。……こんなポスターが目印だなんて、悪趣味にも程が有りますが」


 見て分かる程に顔をしかめながら、レハゼムはコードの断片を拾い集める。そして道の脇に積み、小さな瓦礫を組み合わせて即席の墓標のような物を作り上げると、短く黙祷を捧げた。それに倣い、カクアも黙祷する。


「……文字の読めない同胞も多いのです。捨てられた私たちは、何処にも行けない……」


 やがてレハゼムはそう呟き、再び歩き始めた。カクアもその後に続く。


「少し、身の上話をしましょうか、相互理解を深める為に。ああ、私が一方的に喋りたいだけなので、貴方は話さなくて結構ですよ」


 歩くスピードは変えぬまま、彼女はそんな事を言い始めた。壁が残っている地帯が終わり、彼らは再び高い陽に照らされる。


「私は、とある国の軍隊に注文されて製造されたそうです。ですが納品される前に、F-αシリーズが発表されて……旧いのは要らない、と、土壇場で予約をキャンセルされたのだそうです」


 ペルヒェと違い、彼女は割と己を『製品』として捉えているようだった。何でもない事のように、闇に包まれた生い立ちを、淡々と、彼女は語る。


「オーダーメイドのドロイドは、他には売れない。個人情報や機密なんかも入っているから。……私と同様に造られた者の殆どは、破棄されました。

 知っています? 不要品のドロイドの破棄の仕方。毒ガスで殺して、死体はそのままゴミと一緒に埋め立てられるんですよ。埋葬なんて言える代物じゃありません。文字通り、投棄です」


 レハゼムの声音に明確な憤りが混じる。製造過程で不良品と判断されたドロイドの他、正式な手続きを踏んで廃棄された者や、捕獲された野良ドロイドの処理方法が、確かそんな具合だったか。

 また、ドロイドが次々と捨てられる事へのせめてもの抑止力としてか、正式な廃棄にはかなりの金と時間がかかるようになっているが、それ故に不法投棄が絶えず野良ドロイドが問題になっている。罪の意識が無くとも、惨い死に方をしてほしくないからと“逃がす”者も居るが、どっちがマシなのか。


「ですが私は生かされました。マスターが無理矢理私を購入したから、殺されずに済みました。私だけは、生き延びました。

 ……今回も、私だけが助かった。その時運良くマスターの側に居たから。また会おうと約束した子も、これから仲良くなるだろうと思った子も、もう二度と……」


 何故出会ったばかりのカクアに、こんな内心まで暴露するのか。それは、きっとペルヒェには打ち明けられないからだ。ペルヒェに言えば、恐らく彼女は必要以上に自分を責めてしまうだろうから。

 他のドロイドにも、彼女の内心を理解した上で受け止められる程知性のある者は居ない。故に、見ず知らずのカクアこそが、本音を吐き出す先としてうってつけだったのだ。

 しかし、カクアには何も声を掛ける事が出来ない。恐らく、レハゼムとて返答を期待していないだろう。下手な慰めは彼女の地雷を踏むだけだ。彼は沈黙を選択し続けた。

 その辺りで、レハゼムが足を止める。そこには、天井や壁の大半が崩れているが、一応建物の輪郭を残っている廃墟が有った。


「ここはまだ未探索だった筈です。行きましょう」

「あ、ああ、分かった」


 一瞬振り向き見えたゴーグルの奥の瞳には、既に感情も浮かんでいない。とうに擦り切れた心から、どうにかこうにか絞り出した物だったのだろう。

 瓦礫の上に昇り、瓦礫の除去をしなくとも拾えそうな物を先に拾い集めてゆく。そんな地味な作業をしながら、ふとカクアは気付いた事を口にした。


「そういえば、死体が少ないのな。ごろごろ転がってそうなもんだけど」


 街がこんなになるような災害が有ったにしては、犠牲者の姿が見えない。瓦礫の下には残っていたりしたが、地上には骨すら殆ど無いのだ。

 瓦礫に埋まらなかった者が全員助かったわけが無いし、よくよく考えればおかしい。この廃墟は、あまりにも綺麗過ぎる。

 あのドロイドの溜まり場にだって、千切れたコードしか残っていなかった。まるで、死体をどうにかして処理している“何か”が居るように。


「……マスターの言う、『魔物』とやらでしょうか」

「ただの野犬の類いって線も有るが……それにしちゃ残骸も無いしな……」


 骨すら残さず人を喰うような存在なんて、まさに魔物としか喩えようが無いだろう。それが実在してもおかしくない証拠を目の当たりにし、カクアは頭を抱える。本当に居るのだろうか。

 何も起きない事を祈りながら、彼は作業を続ける。遠くから、何かの叫びのような音がこだましていた。




 日が傾き始めるまでの数時間、発掘作業を続けた後、そこそこの収穫を抱えて、カクアたちは帰路についた。移動する車の中で、カクアはふと話を始める。


「おれはペルヒェとは同級生だったんだ。話は聞いてるやもしれんが」

「……学友だった、という事は聞いていますが、それ以上は」


 およそ、彼を助けた時に軽く理由を説明されたきりなのだろう。前方に迫る乗り越えられなさそうな障害物を避けながら、彼は言葉を続ける。


「あいつは天才だった。たまたま同じ種族で、たまたま履修科目が被っていて、たまたま隣の席に座ったりしていなければ、多分終始関わり無く終わっただろう。文字通り、違う世界の人間だった。

 寧ろ、おれがペルヒェを目の敵にして嫌っていた可能性さえ有る。……おれは魔法が使えないから」


 自分が『そう』である事を知り絶望したのは、確か六歳の頃だったか。同年代の子供たちが、資格の要らない子供用の魔法装置で、綺麗な光や火花を出して遊んでいるのを、横から見ている事しか出来なかったあの苦い毎日は、今でもどす黒い思い出として胸に刻み込まれている。

 エルフのクセに、ヒューマンにも出来る事が出来ない。子供たちには残酷にからかわれ、大人たちには哀れみの視線を向けられ、そして誰よりも自分が自分を嫌っていたあの日々。それは暗黒時代であり、葬り去られるべき黒歴史である。


「もし、もう少しずつ因果がずれていたら、おれがここに居る事は無かったのだろうな。ペルヒェと関わっていなければ、友人となっていなければ……。

 そういう意味じゃ、おれを真人間に育ててくれた、父さんと母さんの功績は大きいだろうな。一歩足を踏み外してれば、おれみたいな凡人が、ペルヒェという天才と付き合う事は出来なかっただろうし」


 それでもどうにか彼が前向きに生きられたのは、父母が深くカクアを愛してくれていたからだ。自分自身すらも彼を否定する最中、両親だけは彼を肯定してくれたから。

 故に彼は歪んだ劣等感を抱かず、自他ともに認める人格者となれた。だからこそ異次元の天才・ペルヒェとも真っ当に付き合う事が出来たし、魔法学の奇妙な秀才として多くの成果を成し遂げる事も出来た。


「……貴方は恵まれていたのですね」

「ああ。間違いなく、おれは恵まれていた。おおよそ、良い半生だったと思うよ」

「であれば、ご両親の安否が気になるのではないでしょうか?」


 言われて、気付いた。確かにそうだ。カクアの両親は未だ健在、別居こそしているが同じ首都マトラに住んでいる。この状況下でも、無事か否かを確認しに行く事は不可能ではない。

 だが、と彼は唾を呑む。この状況下で、果たして彼らが生きている可能性は少しでも有るのだろうか? いや……。


「…………そ、う、だな。今度、ペルヒェに願ってみるか……」


 指先がちりちりと痺れるような錯覚がする中、彼は静かに決意した。どちらにせよ、確認はしなければならない。生きているなら行方を探し、死亡が確認されたら、その時は。


(……親離れはしたつもりだったが)


 彼らは自分より早く老い、早く死ぬ。その事実は了解していた。だが実際に父母が死んだかもしれないという現実に直面すると、全く覚悟の出来ていなかった自分が曝け出された。

 さて、もうすぐシェルターの有るビルの前に到着する。群雲が薄く朱色に染まり始めていた。




「実家……見に、行きたい……?」


 帰って来た後、カクアは白髪の女の部屋に居たペルヒェに、先ほど思いついた事を話した。それを聞くと、彼女は暫し考え込んだ後、うんと頷いてこう返答する。


「良いよ……場所、は……分かる?」

「て、良いのか? 本当に?」


 てっきり断られるか、良くて先延ばしだろうと想定していたから、この答は予想外であった。白髪の女を助けた件も有るし、これ以上無理を聞いてもらうのは難しいと思っていたのだ。

 彼の記憶が正しければ、ペルヒェは徹底的に自分自身の楽しみを追及するタイプだった筈だ。これも彼女の享楽に繋がっているのだろうか、それともその性格すら変わってしまったのか。内心、首を捻る。


「どうせ…………だから、ね……悔いの無い、選択、を……ふ、フヒッ」


 聞こえ難い声で何やら呟いていたが、聞き取れなかった。ちょっと気になるが、まぁどうでもいいだろう。そんな事より、自分の要求が通った事の方が大事だ。


「ありがとう。少しここからだと離れているが、場所は──」


 目的地の住所を大まかに説明する。すると、ペルヒェは軽く首を傾げた。


「ちょっと遠い、ね……以前なら、いざ知らず……今だと、時間、掛かりそう……道、壊れてる、だろうし……他の奴のテリトリー、通るから……」

「……大丈夫だろうか?」

「大した問題は、無い……時間が掛かる、だけ。通るだけ、なら……発見される確率も、低い」


 そこまで言うと、彼女はくるりと首を回し、未だ深い眠りの中に在る白髪の女の方に視線を移した。ペルヒェが休憩がてらちまちま魔法をかけていたのか、傷は大分消えているが、崩れた顔や折れて欠けた歯、千切れた左腕等はそのままのようだ。


「居ない間……あたしと、カクアで、行くとして……レハゼム、多芸だから、この子の看病、くらいなら……。

 うん……それなら、早いうちに……ね、明日にでも、どう?」

「確かに早い方が良いが、本当にそれで大丈夫なのか……?」

「どうせここに居ても、やる事は……遺品漁り、くらい。たまには、遠征……も、悪くない」


 あまりに話が早く、逆に不安になって来てしまう。思い立ってから行動に移すまでが非常に速い所は、学生時代からそれ程変わっていないようで、少し安心したが。


「なら、これからある程度準備をしてしまおうか」

「ん……そうしよ。レハゼム、にも……話すね……」


 早速行動を開始し、たったかと足早に部屋を出て行くペルヒェの後ろ姿を、カクアはやや呆れ気味に見送った。すぐに自分も追おうとして、その前に彼は白髪の女の方を振り返る。

 名も知れぬ彼女は、まともに残っている部分の顔に、苦悶のように見える表情を浮かべて、今日も静かに眠っている。奇妙な事に、彼女が元々着ていた服は、脱がせると同時に消えてしまったらしい。今着ているのは、カクアが最初に目覚めた時に着せられていたのと同じ物だ。


「あんたは、……いや」


 言いかけて、やめる。何を言おうとしたのかもすぐ忘れて、彼は今度こそペルヒェを追い、部屋を退出し静かにドアを閉めた。

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