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ポスト・フェイクフェイリヤ  作者: 夢山 暮葉
第一章:最初の七日間
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一日目:微睡みの中で


 気が付くと、彼は温かなベッドの中に居た。見た事の無い天井が目に入り、彼は戸惑う。

 ゆっくりと首を回し、自分が寝かされている部屋の風景を把握しようとする。だが視界はまだぼやけていて、碌な事が分からなかった。分かったのは、右腕に何やら点滴が繋がっている事と、この部屋には窓が無いという事くらいだった。

 これ以上外界に意識を向けても、新しい情報は得られなさそうだ。彼は目を閉じ、まず自身の記憶を確認し始める。

 彼の名はカクア・スクォウ、イーアイレア生まれイーアイレア育ちのエルフ、51歳。イーアイレアの国立研究所に勤めていて、主に魔法支援システムの改良なんかをやっていた。

 カクアはエルフなのに魔法が全くと言って良い程使えず、その事をコンプレックスに感じていた。今の仕事を志したのも、システムの改良を進めれば、彼でも魔法が使えるようになるやもしれない、と思っての事だった。


(……それで、どうしてこんな所に居るんだ?)


 いまいち記憶が曖昧だ。物凄く苦しい思いをしていたような気がするが、それが何に由来するものなのか、そもそもそれが現実だったのかも確信を持って断ずる事が出来ない。今自分がここに居る事は、比較的現実だと思えるのだが。

 街角で行き倒れて、病院に搬送されたりしたのだろうか。常識的に考えるとそれが一番濃厚だが、最寄りの病院の病室はこんなだっただろうか。

 いや、仮にそうだとすると、そもそも点滴をされている事自体がおかしい。魔法支援システムが、天然衛星ルラに建設されたサーバーに搭載され、ウィナンシェ上であるならばどこででもその恩恵を受けられるようになった今、治療といえば魔法による物が主流なのだから。

 50年前に魔法が凡人の物となってから、それ以前の医療というものは凄まじい勢いで淘汰され、代用の困難な精神科等の分野以外は、あっという間に衰退してしまった。点滴等といった治療手段も姿を消し、挙句の果てには絆創膏すら過去の遺物と化す程だ。


(色々とおかしいな?)


 何か、尋常ではない事がこの身に降り掛かったのだ。少ない情報からでも、それは断定出来る。

 ならば一体何が起きたのか、記憶の中に残ってはないか──そう思い、彼は左手で額を掻こうと腕を上げようとした。しかしその腕を動かそうとしたその瞬間、激痛が走った。


「あ゛あ゛ッ……!?」


 全く予測していなかった痛みに、彼は枯れた悲鳴を上げた。何か怪我でもしていたっけ、とその腕に目を向ける。記憶に無い病院着のような物の長い袖が、腕の殆どを覆い隠していたが、指先を見る事は出来た。

 有り体に言って、凄惨であった。雑に巻かれた包帯の合間から、焼け溶けて変色した表皮が覗いている。指先の感覚は殆ど死んでおり、動かす事さえままならない。皮膚の引き攣った感じから、左腕全体がこんな具合なのだろう、と予測する事が出来た。


(は、ははは……まじか……)


 何故こんな火傷を負っているのか、何故治療がいちいち旧式なのか。疑問は山のように有るが、説明してくれそうな相手も居ない今、それを解く事は難しそうだ。

 まだ体力も戻りきっていない。自力で起き上がれるようになるまでは、ゆっくり休む他無いだろう。幸い、ここは安全であるようだし。

 しかし、尋常でない事態が起こっている中、カクアの事を救ってくれたのは一体何者なのだろう。彼は一応エリートの類いであり、比較的裕福な方ではあるが、果たして今経済力に意味は有るのだろうか。

 目に入った者を片っ端から拾い上げるタイプの善人なのか、もっとよく分からない論理で動いている者なのか。そんな事を考えている内に、また段々意識が薄らいできた。

 今はこれ以上考えても実入りは無いだろう。そう思って、彼は大人しく意識を手放す。次に目が覚める時には、もう少し動けるようになっているだろうか。




 覚醒と睡眠の狭間に浮かび上がった意識が、誰かの気配を捉える。温かな魔力の流れと浅い微睡みの中、その人たちが話す言葉をぼんやりと捉える。


「……多分、これで、明日には……」

「マスター、そろそろ」

「うん……もう寝ないとね……」


 二人分の女の声であるようだ。彼女たちこそが、カクアを助けてくれた張本人なのだろうか。

 声を上げて彼女たちを引き留め、現在の状況を聞き出したいと思う。だが口を動かす事はおろか、目を開けて相手の姿を拝む事すら出来なかった。


「カクア……ごめんね……おやすみ……」


 彼女たちのうち片方が、声量の安定しない囁きを耳元に吹き込む。その声色には、何処かで聞いたような覚えが有った。


(……この声、は)


 酷く懐かしい、いつの日にかには毎日のように聞いていた声。高めだが不思議と耳に痛くない、彼女の性質を如実に表していたあの声だ。遠く忘却の彼方に置き去りにされていた記憶が、鮮明に蘇って来る。

 だが彼女は、こんなにも大人しそうな喋りをする子だっただろうか。彼女は、もっと快活で溌剌な女王みたいな人だった筈だ。何か変化が有ったのか、それともただの人違いか。


(まぁ、良い……今は、寝よう……)


 彼女たちが去る足音を捉えながら、彼は再び眠りの中へと沈んでゆく。寝過ぎた所為か、少し頭が痛い。

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