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ポスト・フェイクフェイリヤ  作者: 夢山 暮葉
第三章:ただ、只管に努力せよ
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五十六日目:千年の別れ


 ジトロの精神が完成してからは、カクアたちは専らこの先生き延びるのに必要な資源の収集に明け暮れていた。以前は、レイの限界が訪れるより早く一定の所ま で計画を進めねばならないと、とにかくそれだけにほぼ全てのリソースを割り当てていたから、食糧等の蓄えが恐ろしい程に減ってしまっていたのだ。

 また、ジトロが新たなシェルターの住人となった辺りから、レイは眠って過ごす事が増えた。本当に限界がすぐそこにまで迫っているらしく、丸一日以上眠り続けるのも珍しくなくなった。何とか活動が出来る時には外に繰り出し、単独で資源集めをしてくれているが。

 そんな具合で11日が経った、黒曜の月16日。今日の方針を決める、普段であれば短く終わる会議の場に、ここ数日眠っていたレイが起き出して現れた。かなり弱りきった様子の彼女は、地図を広げて話をしていたカクアたちに対しこう言う。


「いよいよこの時が来た。……今日が活動限界だ」


 突然告げられた言葉に、少々理解が遅れ、カクアは硬直してしまう。彼が復帰するより先に、ペルヒェが神妙な表情になり、頷いた。


「そっか……会えなくなる、んだね……何すれば、良いかな……?」

「……よく分からないな。考えていなかった。挨拶はしなければ、くらいにしか」


 そこまで会話が進んだ辺りで、カクアは漸く我に返った。今日を以て彼女は消滅し、もう二度と邂逅する事は出来ないという事実を理解した彼は、慌ててこう言う。


「な、なら、ちょっと確認したい事が有るんだ。1000年間、ジトロを何処で待機させるかなんだが」


 真っ先に出て来たのが、次にレイが起きた時に訊こうと思っていた事であった。そんなカクアの言葉に、彼女はなんだかきょとんとしつつも頷く。


「きみは本当に熱心だね。分かった、聞こう」

「……大丈夫なの、時間……」

「少しくらいなら」


 心配するペルヒェに、レイはそう答えた。恐らくギリギリなのであろう時間を使わせるのは少し心苦しいが、ここで訊かなければ永遠に訊ねられなくなってしまうし、カクアは続ける。


「新しいドロイド──III型だっけか。彼らの発祥の地を、ここから遠く離れた場所にするのは難しいだろう?」

「まぁ、そうだね……他の所に、ちゃんと施設残ってれば、不可能じゃないけど……」

「それでだ。万が一、万が一の話だが……エアルト人類や、それと同じような魔物がこの世界にやって来て、何処かから計画を知って、阻止しようってなった場合、ジトロの居場所がイーアイレアだとまずいと思うんだよ」


 もしもジトロが破壊されてしまったら、世界樹冬眠計画の成功率はがくんと下がる。それを避ける為には、彼女をなるだけ安全な所に置くのが一番だ。

 イーアイレアには、恐らく後世にも証拠が残り過ぎてしまう。隠滅は図るつもりだけれど、ドロイドの人口比率が高くなる等の証はどう足掻いても残るだろう。だから、他の何処か遠くに送った方が良い──カクアのそんな意思を悟り、皆は頷いた。


「それは私も思いますね。重要なものを一箇所に集中させるのは愚策でしょう」


 もちろんジトロ自身にも、搭載出来る限りの自衛能力を与える予定だが、除ける憂いは除いてしまいたい。というわけで、ジトロをイーアイレアの外に送るのは満場一致で決定された。


「……それで……何処に行かせるか、とか……案、有るの?」

「ああ。おれの考えとしては、ユガタルファが良いと思うんだ」

「何故に、ユガタルファ……?」

「理由として一番大きいのは、あそこには世界樹信仰が深く根付いてるからだな」


 ユガタルファ大陸には、独特の土着信仰が有る。曰く、彼の地こそが最初に“いどのす”が根付いた所で、最も神の恵みを受ける地である、という伝説が伝えられているのだ。

 その真偽の程は定かでないが、そういう考えが生活の中に染み込んでいる所であるというのが重要である。彼らに事情を話し、ジトロの事を隠し守って欲しいと要請すれば、それこそ使命感に燃えて守ろうとしてくれるのではないか、とカクアは自分の考えを述べた。


「話すのは、おれたちが“いどのす”を復活させる手伝いをしている事と、ジトロがその鍵である事くらいだがな。流石に全部話すと、面倒になりそうだし」


 利用出来るものなら、とことん利用するのが方針だ。別に世界樹信仰はユガタルファにしか無いわけではないが、一番代表的なのだ。少々遠いが、同じ星の上なのだから、問題は無い。


「……うん、良いと思うよ、“いどのす”的にも。それでお願いするよ」

「了解。もし他にもっと良い所が見つかれば、そっちになるやもしれんが」

「そうなっても構わない。ジトロの居場所は、我々自体には何の影響も及ぼさないから」


 そうして最後に確認したかった事項を、無事確認出来た所で、カクアは少し安堵して胸を撫で下ろした。そんな彼の様子を見、レイはこくりと頷いた後、目を閉じて暫し沈黙する。

 何だろう、とカクアたちが思っていると、やがて彼女のすぐ隣の空間が揺らぎ、その歪曲からレアの姿がまろび出て来た。唐突な出現に驚く三人に、彼女たちはこう言う。


「それじゃあ、今生の別れを惜しもうか」

「これガ、最後にナってしマうのだから」


 そう、これが正真正銘最後だ。次にレイたちが現世に出る事が出来るのは計画が進んだ後で、それは遠い遠い未来の事なのだから。


「……そうだな。何言えば良いか、本当、おれにも分からんけどよ」


 そう長い付き合いではなかったが、この二ヶ月弱はとても濃密な期間であった。ここ最近のあらすじは、きっと死ぬまで忘れないだろう。

 満身創痍のレイを救助し、世界の再生の可能性を聞いて、遠征したり魔物に殺されかけたり。地下街にて万事休すとなった時に、レイが切り札を使って助けてくれた時は、本当に有り難かった。


「……きみたちに出会えた事は、多分物凄い僥倖だったのだと思う。最後の最後で、幸運の女神は我々に微笑んでくれた」

「それは、こっちとしても同じ気分だな。あんたらのお陰で、おれたちは希望を見出せたんだから」


 今カクアが前を見て生きていられるのは、偏に狂信する事の出来る目標が有るお陰だ。レイとの邂逅が無ければ、今頃カクアも無為に資源を食い潰し、そして死ぬ者たちの仲間入りを果たしていただろう。

 レイは柔和な表情を浮かべて続ける。優しげな感情の伴われた人間離れした造形の顔は、誰でも思わず見とれてしまうような神妙さを纏っていた。


「カクア。きみの熱意は、とても心強い。わたしたちが消えても、きみが生き続けてくれるから、わたしは安心出来る。あれこれと緩衝なんかもしてくれたから、順調に手筈を進める事が出来た。

 ペルヒェ。きみの頭脳は、我々の計画に必要不可欠だった。惜しみない協力をありがとう。それから、わたしのこの身体を治してくれた事にも、感謝している。

 レハゼム。なんだかんだで、きみにも本当に助けられた。わたしが眠る部屋をいつも綺麗にしてくれていたのは、きみだろう。黙々とわたしたちを助けてくれたきみに、どれだけ救われた事か」


 彼女は朗々とした声音で、一人一人に丁寧に謝意を述べてゆく。そして彼女が存分に礼を語り終えた所で、レアの方が口を開いた。


「後デ、出来ればジンセたちにモ伝えテおいてクれ。ワタシたちは感謝シている、と」

「承ろう」


 次に会えるのが何時になるか分からないが、会えたなら忘れずに伝えておこう。カクアが力強く頷くと、レイは次に静かに成り行きを見守っていたジトロへと視線を向けた。


「最後に、ジトロ。良いかな」

『……?』

「さっきも言ったけど、いよいよわたしが顕現してるのも限界だ。こっから先は人類だけでやってもらう事になるけど……大丈夫?」


 レイ的には、ジトロも人類にカテゴライズされるらしい。返答を考えているのか、沈黙を続ける彼女の代わりに、カクアが返す。


「問題無い、信頼してくれ。……おれには1000年後を見届ける事は出来ないから、レイ、代わりにしっかり見ておいてくれ」


 再生後の世界を見るのは、カクアたちには逆立ちしても出来ない。ジトロだって不確かだ。だがレイたちが、友人である彼女たちが見てくれるのであれば、そこにやりがいも生まれるだろう。


「任せて。その為にも、ジトロ、頑張ってね」

『分かった。』


 抑揚の無い機械音声が、レイの声に対しそう答えた。それを聞き、彼女はうんと頷く。


「これで話す事は終わったかな。はぁ……流石に少し、寂しいな。いつまでもずるずると引き摺ってしまいそうだ」


 如何にも人間らしく肩を竦めてみせながら、彼女は困ったように頭を掻いた。そうやって、暫く名残惜しそうにカクアたちの姿を眺めた後、やがて覚悟を決めたように目を閉じる。


「……うん。さよならだ、皆。もう会う事が無いというのが、本当に残念だ……」


 その言葉を紡いだ直後、レイの姿がすうっと透け始めた。境界線が曖昧になり、色彩すらも空気に解けて、やがて見えなくなってしまう。あまりにも呆気無く消滅した彼女に続いて、レアの方も消えてゆく。


「じゃアね、人類。可能でアったなら、もっと平和ナ時代に友となリたかったネ」


 最後の最後に、そんな心残りを口にしながら、彼女も消滅してしまった。跡には、何も残らなかった。

 暫し、カクアたちは喪失の余韻に耽る。この期に及んで見せたレイの微笑みが、何時までも脳裏に焼きつき離れなかった。

 そうして何分か経った辺りで、カクアはハッと我を取り戻す。“いどのす”との共同作業はこれにて終了してしまったが、カクアたちの戦いはまだ終わってはいないのだ。


「さて、ペルヒェ。今日やる事を決めようぜ。おれたちは、まだまだこれからなんだから」

「……ん、そだね。あたしの考えとしては、今日はこの辺に行こうかな、って……」


 彼の言葉に正気付いたペルヒェは、レイたちの居た辺りから地図の方に視線を移し、その上に指を滑らせる。それにつられてレハゼムも現実に引き戻されて、交わされる会話に耳を傾け始めた。

 これからも生きて、計画を進める為の算段を立ててゆく。何時しかレイのその瞳に、再生した世界が映される事を夢見ながら。

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