四十五日目:JITRO-Y
イレアの社を引き払い、シェルターに行動の中心を戻して、今日で五日になる。立地的には、魔物も出ないし、多くの研究施設が原型を留めて残っているイレアの社は魅力的だが、いかんせん周辺住人からの風当たりが厳しいのが難だった。
故に、カクアたちはシェルターに戻る事を決断した。安全性では社に遥かに劣るが、大事な物を盗まれたり寝首を掻かれたりする心配が無い方が良いと判断したのだ。
だが、ジンセたちはあの場に残った。カクアとしても、ペルヒェの精神の安寧の為、彼はシェルターに来させないようにするつもりだったが、それ以前に彼の方から言い出したのだ。
曰く、「なんたかんだといっても、ここは安全だから」との事だった。シェルターに来たいと言わなかったのは、ペルヒェの嫌悪を慮っての事でもあるのかもしれない。
「では、第……何回だっけ……まぁ、良いや……世界樹冬眠計画会議……開始、します」
さて、今カクアたちは、一昨日ドロイドの研究所を探しに遠征を開始して、無事に確保して帰って来た所で、今後の方針の確認の為に、会議室に集まっていた。カクアにペルヒェにレハゼムに、今日はレイの姿も有る。そして、半ばごっこ遊びじみたペルヒェの言葉を合図に、まずカクアが手元のメモ帳を開いた。
「では、おれから。
現在の時点で行える、計画の本筋に関わる行程は、人工知能『P』のエアルト到達を以て、ほぼ全て完了された。残りは計画の番人の件と、おれたちでは直接関わる事の出来ない行程だけだ。
だが、間接的に達成をサポートする事は出来る。ので、少しでも成功率を高める為に、おれたちに打てる手を今から考えてゆこう」
カクアは始めに今回の議題を提示する。既にルラサーバーの仕様の変更という案は有るが、他にやれる事だってまだまだ存在している筈だ。
自分たちには、未だ多くの時間が残されている。この滅亡後の世界はどこまでも険しいが、生きているからにはやらなければならない。その誓いを、カクアは何度も繰り返して胸中にて呟いた。
「とはいえ、おれ的には魔法の奴以外は思いつかないんだよな……だから、皆の意見が聞きたいんだが」
カクア一人では想像力に限界が有るが、ペルヒェたちならば何か名案を考え出してくれるやもしれない。そんな期待に満ちた彼の視線に、女三人はそれぞれ考え込む。
「ん……ちょっと、考える」
「……正直、私には何も。話のスケールが大き過ぎて」
流石に、急には何も出ないか。カクアは頷き、皆の考えが纏まるのを待った。そうしていると、不意にレイが声を上げる。
「ちょっと良いかな?」
「何か?」
「ん。不確定事項なのだけど、もしかすると1000年後の未来にも魔物が跋扈している可能性が有るんだよね。環境に適応出来ずに死んでゆく奴らばっかみたいだけど、あの地下街のキノコみたいな例も居るし。
もし1000年後のウィナンシェが、異界生物どもの巣窟になってたら、我々がやっつける予定だけど……この辺、最適化の余地が有ると思う」
魔物の繁栄を予防するなり、“いどのす”の手による殲滅を捗らせるなり出来れば、望んだ結果に到る確率が上がる。ふむ、とカクアは考え始めた。
だが彼の思考が纏まるより早く、ペルヒェが口を開いた。彼女はこう述べる。
「……カクア、前……人口が減ってるの、なんとかし得る、って言った奴……覚えてる……?」
「ん、ああ。あの件と何か関わりが有るのか?」
「うん……」
そこで彼女は一旦言葉を切り、息継ぎを挟んだ。そして続ける。
「新しいドロイドを、作るんだ……もっと人間に近い……いいや、人間そのものと言える、ドロイドを……」
「……具体的には?」
「現行の、II型は……寿命が短いし、何より、造られなければ産まれない……製造施設が、全て壊れて無くなれば……そのまま、絶滅してしまう。
だから、それらの問題点を、解消した……長生きで、生殖なりで子々孫々へと繋ぐ事が出来て、いざという時には、“いどのす”の尖兵にも出来る……そんな人造種族を、作るんだ」
II型ドロイドが抱える、人間と比較して劣っている所を、軒並み解決してしまおうというのか。彼女の言葉を咀嚼したカクアは、目を丸くしながら返す。
「まず、そんな事が出来るのか?」
「理論は、何十年も前に、考えた物……アレソレ有って、お蔵入りしてた、けど……昨日見つけた、あの施設が、有れば……今からでも……。
尖兵にするのは、ルラにタネを仕込む……そして、計画の番人に鍵を与えて、必要に応じて、その精神を支配する……そんな感じの、構想……」
一通りの説明を聞き、カクアは唸った。彼女が可能であると言うのならば、可能なのだろう。何せ、ペルヒェはドロイドの生みの親なのだ。
だが、と、彼は次なる疑問を投げかける。
「……ドロイドたちを尖兵にすれば、彼らを酷い目に遭わす事になるんじゃないか。あんた的に、それは許容出来るのか」
彼女は、ドロイドの事を大切に思っている。彼らが粗末に扱われるのを憂いていたし、手の届く範囲で大事にしようとしている。そんな彼女の口から、先ほどのような言葉が出るとは思っていなくて、カクアは驚いたのだ。
知らない内に心境の変化が有ったのか、それとも彼には想像もつかないような考えが有るのか。さっきからずっと固まっているレハゼムと、驚愕するカクアの視線を受けながら、ペルヒェはこう返答した。
「……全部、カクアが、責任を負ってくれるんでしょ……?」
そう口にしながら、彼女はその青ざめた顔をカクアに向けた。引きつった笑みを浮かべて彼の方を見つめるペルヒェに、カクアは少し考え、やがてこくりと頷く。
「ああ、そうだな。あんたにそうさせるように頼んだのは、おれだ」
そして軽く微笑み、彼はただペルヒェの言葉を肯定した。確かにこの前、カクアは全ての責を背負うと言ったのだし、前言を撤回するなんて情け無い事は出来ない。
そんな彼の揺るがぬ態度を見、ペルヒェは安堵したように頷いた。彼女はそのまま、更に自分の考えを述べてゆく。
「けど、今の状況じゃ、すぐに大量に産み出す事は、無理……資材足りない……あたしたちが死ぬまで、頑張ったとして……どのくらいの人数、出来るか……。
いっそ……ヒューマンやエルフとの混血も、可能になるよう、しようか……そうすれば、世界中に広がれる……」
中空を見つめ、あれこれと考えを広げてゆくペルヒェ。どんどんと自分の世界に没入する彼女に、カクアは歯止めの一言を投げかけた。
「その事を考えるのも良いが、優先順位を間違えないでくれよ」
「……うん、そうだ……番人の事、ね……一先ず、中身が出来上がったから、見てもらうんだった……」
「あ、出来てたんだ?」
「つい、一昨日にね……ぼーっとしてて、忘れかけてた……」
まだ出来てないだろうと思い、先ほどの如く議長面をして話を進めてしまっていたが、もう見せられる程の完成度に至っていたのか。ノウハウの蓄積が有る状態で、あくまで魂の代わりたる人工知能だけだとはいえ、やはり速い。
であれば、議題は変更だ。丁度キリの良い所だし、カクアは話を切り替える事にする。
「なら、今からでも見せてくれよ。レイにも話させるんなら、早い方が良いだろし」
「ん。その方が有り難いね」
「おっけー……準備、するから、手伝ってくれる……?」
「もちろんだ」
カクアはメモを閉じ、ペルヒェの要請に頷いて立ち上がる。それに続き、レハゼムもレイもそれぞれ動き出した。
以前、アリアケから話を聞いた時の如く、今回は目の代わりにカメラなんかも使って、番人となるドロイドに搭載される予定の知性との対話を試みる。会議室の皆の注目が集う中、ペルヒェは自分のパソコンを操作し、やがてうんと頷きカクアたちの方に振り向いた。
「これで良し、話せるよ……彼女、JITRO-Yって名前で……ジトロ、って呼んであげてね……」
そう言い、彼女は画面を示す。画面中央部に表示されているウィンドウには、『……?』というテキストが浮かび上がっていた。
カクアとレハゼムは、こぞってそれを覗き込む。すると、丁度カメラにカクアたちの顔が映るよう設置されているらしかった。
「あー、これ、もう認識してるのか?」
「してるしてる、めっちゃしてるよ……変な事、言わないように、ね……」
「うおお、マジか」
この時の為に、『彼女』への挨拶の文言は考えていたのだが、焦りで少し吹き飛んでしまった。すぐに復旧させながら、カクアは無機質なカメラを確と見つめる。
「えー、初めまして、JITRO-Y。これからあんたは世界樹冬眠計画ってのに携わるわけだが、おれはその責任者みたいなもんだ。よろしくな」
明確にカクアがリーダーと自認他認されたわけではないが、『責任者』という表現は的確だろう。彼こそが全ての責を負うと決めたのだから。
さて、そんな彼の言葉に対し、暫しの間を開けた後、ジトロはスピーカーから声を発する事はせず、ただウィンドウにこうテキストを表示させた。
『……。』
反応は、有った。音声も伴われない、沈黙を表す符号だけという寂しいものだったが。ペルヒェがこんなフォローをする。
「彼女は、まだ生まれたての、赤ん坊のような、もの……外界との接触だって、今回が初めて、だから……」
「そうだったのか」
恐らく知識や頭脳に関しては、赤ん坊どころか学院の教授や研究者顔負けのレベルにあるのだろうが、それに宿る自意識が曖昧なのだ。自分とそれ以外の区別が殆ど付いていない状態ならば、先ほどのような返事でも致し方有るまい。
そう思っていると、一歩離れた所から成り行きを見守っていたレイが、ずいっと顔を突き出してきた。角が機材に刺さる事の無い程度の位置で、相も変わらずの無表情で、彼女はこんな事を言い出す。
「カクア、これが?」
恐らく悪意は無いのだろう。だがそれが刺々しく感じられて、カクアはこう返した。
「これ、なんて言ってやんな。立派な一つの人格なんだから」
例え曖昧でも、先ほど反応を示したのだから、ジトロには確かに意識が有る。ここで話した事も、後々まで覚えているかもしれない。故に彼はこういう台詞を吐いたのだ。
それに対し、レイは暫し思案顔になった後、やがて「そだね」と首を縦に振った。そして改めてジトロの方に向き直り、こう言う。
「初めまして、わたしは“いどのす”の代表。長い付き合いになる、よろしく」
変化しない表情のままの言葉を、ジトロはどう思ったか。また間が空いて、次のような反応が返ってくる。
『……よろしく。』
今回はテキストだけではなく、抑揚の無い音声も一緒だった。文脈に沿った返答だったし、ちゃんとこちらの事を認識していたのだ。ペルヒェが満足げな笑みを浮かべる。
「よしよし……じゃあ、彼女は暫くの間、出来るだけこの状態にしておく、から……時々、話しかけてあげて、ね……」
「分かった。ちょくちょく見に来る事にするよ」
その台詞は、ジトロのカメラの方を向いて放った。便乗してか、ずっと静かだったレハゼムも発言する。
「私もそうしましょうかね。……ええと、ジトロ殿、私はII-4-2675TZといいます」
『……はい。わたくし、は、JITRO-Y、です』
少しずつ受け応えが流暢になってゆくジトロの様子を見守りながら、カクアは徐にメモ帳を開き、ペンを取った。そして結構最初の方のページを出して、箇条書きに並べられた計画のうち、『番人』とある所の横にチェック印を付けた。
ふと、話しかける文言を考えて頭を捻るレイの横顔を見る。これで、彼女の心残りは全て解消出来ただろうか。いや、本当ならずっと見ていたいのだろうが。
そんな事を思っていると、不意にレイが佇まいを改めた。その動作に気付き、カクアは彼女の方を見る。
「ねぇ、皆。今言わなきゃ何時言えるか分からないから、言っておく。……本当にありがとう」
そう言い、彼女は丁寧に丁寧にお辞儀をしてみせた。心からの感謝と、親愛に満ちた所作であった。




