二十五日目:要石を目指して-乙
道を越え廃墟を越え、いよいよカクアたちはイレアの社周辺に到着した。シェルターの在る辺りとここでは、ゲートまでの距離はそう変わらない筈だが、ここら辺にはあまり被害が出ていないようだった。
建物は殆どが原型を留めている。これなら、計画の番人や魔法システムの事も、恙無く行えるだろう。他国との連携も絶望的な今、イーアイレア最高峰の先端機器の数々が生きていたのは大きい。
魔物の出没も少ないのか、武器も何も持っていない生き残りの子供たちが、数人程外で遊んでたりしているのさえ目撃した。物質的な余裕はそれ程無いようで、服が酷く汚れていたりしたが。
「こんなに近くに、こんな天国みたいな所が有ったなんてね……盲点……」
近くとはいっても、こんな研究区画になんて、真相の究明や事態の解決でも目的にしていない限り、訪れようとは思わないだろう。ペルヒェは元々は惰性で生存していたのだし、ここの事を知らなくても無理は無い。
当の社に到る道は狭く、また瓦礫に塞がれてしまっているので、適当な所に車を隠して徒歩で進む。……徒歩なら問題無く踏破出来る程度の道だが、両腕どころか片足さえ無いレアは大丈夫なのだろうか、と思って彼女の方を見る。
すると、彼女は器用にけんけんしたり這いずったりして、カクアたちの歩くスピードに余裕で着いて来ていた。表情も涼しいままだし、少し、いやかなりシュールだが、平気そうである。
さて、雑草の生えた道を通り抜け、カクアたちは社の前に着いた。古び、塗料が所々剥げてしまっている奇妙な形の門を抜ければ、これまた年季の入った木造建築の神殿が眼前に現れる。
「こりゃまた、随分と古めかしいな……」
「大体、1000年くらい前から在るしね。しっかし、何度見ても仰々しい」
金ピカだったり荘厳な装飾が施されているわけではないが、並々ならぬ存在感をこの建物は発している。やはり、本物の神のようなものを祀っているからだろうか。
神や宗教には興味の無いカクアだが、それでもこの社には何か感じるものが有った。そんな事を考えながら見上げていると、やがて神殿の中からジンセと、ここに居着いている人たちの代表らしい一人の初老のヒューマンの姿が現れた。恐らくポホは、何処かで遊んでいるなりしているのだろう。
レアの姿にぎょっとしながらも、彼らはこちらに歩いて来る。カクアたちもそれに歩み寄った。
「やあっと来たか、カクアよ。待ってたぞ」
「ああ、遅れてすまない。……そっちの人は?」
「ここの神官で、ここいらの取り纏め役をしております、イェリと申します。あなた方の計画に、協力させてもらう事になりました故、よろしくお願い致します」
神官というには服装がラフだったが、多分イメージに合うような仰々しい衣装は、儀礼の時にしか身に着けないのだろう。どうやらカクアたちを待つ間に、ジンセがここの先住人たちに話を通しておいてくれたようだ。
「とはいっても、我々には力を貸す事は出来ませぬ。ただ、邪魔をしないので精一杯ですから」
しかし続いた言葉には、社周辺の住民が余所者の排除等をやらかさないよう抑える事しか出来ない、という趣旨が言外に含まれていた。同時に、カクアたちに対する胡散臭げな視線にも気付いた。
まぁ、彼らの協力は元々期待していなかったし、彼らにしてみれば眉唾としか思えないだろう再生計画に携わる事なんて、やれなくて当然だ。カクアは特に何も顔に浮かべず返す。
「分かりました。それだけで、十二分有り難いです」
これだけ疑っているというのに、それでも邪魔をさせないようにしてくれるのだ。それ以上を望んだらバチが当たってしまうだろう。
理解なんてされなくとも構わない。後ろ指を指されて笑われようが、やる事は変わらない。既に彼は決めたのだから。
「じゃ、ジンセ、早速話を始めよう。まずは、それぞれの情報の共有からだ」
ジンセたちだって、ここで待機していた間に色々新情報を得ただろうし、こちらにも魔法システムの件が有る。イェリに導かれて、彼らは神殿の奥、神樹イレアの在る場所へと向かいがてら話を始めた。
奥まった、普段は人の出入りも殆ど無いのであろうがしかし埃が積もっていたりはしない、神体の安置されている中庭。イェリに案内されてきたカクアたちはその回廊に立ち、各々の思いでそれを眺めていた。
根元から二股に分かれた幹が、螺旋状に絡まり合った、千の歳月を感じさせる古木。花や葉は無く、淡い燐光を纏う樹皮が梢まで露になっている。大樹といっても差し支えない程の大きさを誇っているが、しかし枝先は何処か頼りなくしなっており、レイたちと同様に傷付き弱っているのだろうと察する事が出来た。
(しっかし、綺麗なもんだ……)
恐らく、これまで多くの祈りを受け止め、動乱する歴史を見てきたのだろう、その姿。人に傷付けられ、死に直面しても尚、人類と手を取り合わんとするレイたちの本体は、成る程彼女たちと似通った雰囲気を纏っていた。
そんな事を思いながら、カクアはここに来るまでに聞いた話を整理する。まず、ジンセ側から得られた情報としては二つ。ここの住人たちは世界の再生なんて信じていないし、そんな事にかまけてテリトリーを荒らすカクアたちを敵視している事。それから、神樹の方は人々に荒らされたりする事も無く、健在である事だ。
前者に関しては、面倒だが想定の範疇だ。生きている間に完遂しないであろう計画なんて、精々その程度の反応が限界だろう。
だが別に仔細は無い。さっきイェリが妨害は阻止してくれると言っていたし、最悪邪魔して来る奴らを皆殺しにしてしまえば良いし。
そして後者。レイとレアが何も言わないから大丈夫だとは思っていたが、実際に無事を確認出来て安心した。神樹が無ければ、足掻きようが無くなってしまうのだから。
「それじゃアまず、異界トのパッセージを確保する用の破片ヲ作ろうかネ」
「うん。そうしよう」
人間たちがそれぞれ思考に耽っている最中、レイとレアが身軽に回廊の手すりを乗り越え、大樹の前に立った。それを見たイェリが焦って神樹イレアに触れようとする彼女たちを止めようとするが、彼が声を発する間も無く、レイが結構太い枝をバキリと手折ってしまった。
「あっ、ちょっ、何やってるんですかアナタ!!」
「何って、折ったんだけど、枝を」
「そ、それ、大事な物なんですよ!? 多分、ここが比較的安全なのも、それのお陰だと思いますし……!」
ジンセはレイたちの事を話してなかったのか、それとも信じていないのか。顔を赤くしたり青くしたり忙しいイェリを、しかし二人は完全に無視しつつ、枝の加工をし始めた。
まず、折られた枝が光り輝いた。そして輪郭が崩れ、枝の形は失われ光の球のようなものとなる。球は二つに分裂し、やがて正確無比な立方体の形をとると、纏っていた光が消滅し、水晶のように透明な結晶が現れた。
「これでよし。これなら、異世界に送り込んでも壊れはしない筈」
レイたちはまた軽々と手すりを乗り越え、こちらに戻って来ると、カクアに二つの立方体を手渡した。素手で掴んでも指紋さえ付かない、光の加減次第では完全に透明になってしまいそうなキューブを、カクアはしげしげと眺める。
「じゃ、次に行くか。良い感じの異世界を探す為の準備だっけか」
「ああ。それに関しては、僕たちが進めている。もう大体は出来上がっているから、安心していてくれ」
回廊のそこかしこに転がっている機材の数々は、それの関連か。話を聞く限り作業は順調に進んでいるようだし、安心して任せて良いだろう。ちらりとペルヒェの方に目をやりつつ、カクアはこう返す。
「となれば、おれたちは余計な事はしない方が良いかね。なら、さっきも言った、魔法システムの改変と計画の番人の作成に暫く注力しよう」
「そうだな、その方が効率が良いだろう。……ああ、レイさんたちは出来れば、僕らを手伝ってくれると助かるのだけど」
「元からそのつもりだよ。でも、レアの方は他にやる事が有るから、残るのはわたしだけになるけど」
「了解だ」
よしよし、これなら上手くペルヒェとジンセを別作業に分けられそうだ。不自然にならずに話を運べて良かった、と内心胸を撫で下ろす。
「じゃ、おれたちは今日の所は動かずともやれる事をやって、明日から必要な物の探索とかを開始するかね」
「ああ。そういや、地図とか持ってるか? この辺りの現在の地形とか、教えてやれるぜ」
「頼むよ。……ペルヒェ、あんたは先に休んでていいぞ、疲れただろ」
「ん、そうさせてもらう、ね。……神官さん、あたしたちって、ここに滞在出来る……?」
「あ、はい。空き部屋は用意してあります。案内しますね」
計画に関する情報の共有は先ほどやったが、まだその他の細かい所の提供し合いは済んでいない。ペルヒェがイェリに連れられて退出するのを見送りながら、カクアは手荷物の中から地図を取り出し、ジンセに手渡した。
辺りの地形、住人の中でも比較的カクアたちに友好的な者、その逆な者。そんな、地味だが重要なデータの数々を、何十分かかけてカクアは一通り受け取り終えた。その辺りで、ジンセが切り出す。
「ところでよ、カクア」
「何だい、改まって」
「あのペルヒェって子に、僕何かしたっけ?」
その台詞に、カクアはほんの少しだけ眉根を顰めた。やっぱり、彼女の一方的な嫌悪には気付いていたか。結構露骨だったし、然もありなんといった所だ。
さて、果たしてこれにはどう応じれば褒められるのだろう。正直に話す、なんてのは論外として、一体どんな誤魔化し方をすべきか。
「まぁ、元々ああいう子なんだよ。人見知りする奴だから、あんまり無理に踏み込んだりはしないでやってくれ。言いたい事が有れば、おれが仲介するからさ」
「んんー、そうか……」
変に捻ってもアレだし、無難にやる事にした。今の彼女に人見知りの気が有るのは本当なのだし、別にまるっきり嘘という程ではない。回廊の隅で、彼らの話を聞き続けているレイたちが、釈然としなさそうに首を傾げたが、ジンセは無事それを信じたようで、うんと頷き次に移る。
「もう一つ、魔法システム改変に関してなんだが」
「おう、言ってみろよ」
「何年か前、ナントカって企業が開発して、そのまま流行らなかった、『物質の圧縮変換技術』って、覚えてるか?」
記憶には有る。例えば大荷物の物質レイヤーの一部分を小さなカードなんかのそれに書き換え、可逆性を残したまま運びやすくしたりする技術だったか。他にも、着心地は悪いが頑丈な防具を、頑丈さはそのままに見た目と着心地を改良したり、そんな使い方もされていた筈だ。
いくらでも応用のしようが有る、画期的な技術だと思っていたが、マーケティングが悪かったのか流行せず、一部の運送業者や軍隊が使うのみとなっていたが、さてジンセが今その話を始めたのは一体如何なる意図か。カクアは続きを促すように頷いた。
「それをルラサーバーにぶっ込んで、誰でも何処でも使えるように、とかは出来ないかね」
「その心は?」
「魔法システムの改変の一番の目的って、人々にこの世界を生きてゆく武器を与える事なんだろ? なら、こういうのも有って良いんじゃないか、って思ってさ。
……ああ、けど、無理そうなら別に良いんだ。単なるアイデアの一つと捉えておいてくれ」
ふむ、とカクアは考え込む。その技術の中身がどんなふうになっているのかは全く分からないが、記憶に留めておく価値は有るだろう。優先度は低いが、やれそうだったらやろう。
「そうさね、覚えておこう」
「頼んだわー」
そこで、一時会話が途切れた。ジンセはふと神樹の威容を見上げる。凛と輝く枝に照らされる彼の横顔が、その老いを感じさせて、なんだか悲しくなった。たった数十年でここまで老化してしまうなんて、ヒューマンはなんて儚い種族なのか。
「……ここだけの話、首尾良く異界の検索が始められたとして、目的に沿った世界を発見するまでにどれくらいかかるか、分からないんだ」
はぁ、と肩を落としながら、彼は愚痴るように呟く。
「何年も何十年も、もしかしたら僕たちが死ぬまで見つからないかもしれない。……なぁレイさんよ、そこの所どうなんだ?」
話を振られたレイは、レアと顔を見合わせて、少し難しそうな表情を浮かべこう言う。
「わたしたちの活動限界まで見つからなくとも、別に仔細は無いけど……きみたちの寿命まで駄目で、意志を継ぐ者も現れなかった場合は……諦めるしかなくなる、かな」
成る程、そういう危惧もしなければならない状態か。エルフたるカクアとて、最悪の場合適した世界が見つかるまで生きていないやもしれないのだ。
となると、その場合の為に後継者の育成もする必要が有るか。いや、そうでなくとも、有事に備える為に、カクアたちが死んだ後を担う者は要るだろう。
そうやってカクアが難しく考えていると、レアがそれを打ち払うように、場違いな程に明るい声で言った。
「もしカしタら、たっタ一日で見つかるかもシれなイ。そんなモんだよ、ポシティブにいこウ」
彼女の台詞も、また真実なのだろう。ネガネガと考え勝手に沈むよりは、ある程度楽観して進んだ方が良い。「それもそうだ」とカクアは頷き、軽く笑ってみせた。




