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ポスト・フェイクフェイリヤ  作者: 夢山 暮葉
第三章:ただ、只管に努力せよ
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二十二日目:イレア-乙


挿絵(By みてみん)


「まず、これを」


 単純な図形と、ロジバンの単語による簡素な説明が書かれたメモを、レイは机の中央に差し出す。それを指し示しつつ、彼女は説明を始めた。


「最初に、安全にエネルギーを引き込む事が出来ると思われる異界を探し、そこに“いどのす”の断片を送り込む。その断片はこちらに残すもう一つの断片と同期させて、何時でもパッセージが繋げられるようにする」

「どうやってその異界を探すんだ?」

「それには、わたしたちを使う」


 確か、彼女たちはもう満足に能力を振るえない程に弱っているのではなかっただろうか。カクアが首を傾げる最中、レアが説明を引き継ぐ。


「ワタシたちはトても弱ってイる。ので、そノままじゃ運命予測なンて出来やしナい。ダから、人類の力を借りル。

 その昔、人類はイレアの神樹ヲ使って、自前ノ魔力で簡易の未来視を行ってイたんだ。その手法を使エば、我々は殆ど消耗せズに、適した異世界の検索ガ行える」


 そう言えば、そんな伝説が子供向けの昔話の本とかに有ったような気がする。お伽噺だと思っていたが、どうやら割と真実に近い話だったようだ。イレアの社が今日まで残っていたのも、そんな曰く等が有ったからなのやもしれない。


「……そんなモノ、有るなんて……初耳、なんだけど」

「心配せずドも、このワタシたちのお墨付きノやり方ダ。まぁ、効率ハ最悪だケど、“魔神”の子が居れば問題無イ」


 “魔神”の子、という単語に、ペルヒェが耳をぴくりとさせた。その言葉から、ジンセも協力しているという事実に思い至ったのだ。それでも必死そうに無表情を取り繕う彼女の、微細な変化を感じ取り、今度はレイが首を傾げる。


「何か、引っ掛かる事が?」

「やっぱり……ジンセ・ゲートンと、パ・ポホも協力してるんだね」

「そうだよ。異界と接続してどうこうするチャートだから、時空間への干渉について造詣の深い彼は不可欠」

「……うん、分かった……」


 なら我慢する、という言外の意思を、カクアは読み取った。嫌なものは嫌なのだろうが、だからといって自分がジンセの代用になれるわけでもない、とペルヒェも分かっているのだ。……せめて何とか気を利かせて、ペルヒェとジンセの接触は最低限になるようにしよう、とカクアは密かに決意する。

 そんなペルヒェの様子を神妙に眺めながら、レイは図を指し示しながら次の手順について説明し始めた。


「話、続けるね。そうして道を繋げられたら、次は向こうで活動するこちらの手先を送り込む。

 送り込む存在については、わたしたちは今の所、確固とした肉体を持たない人工知能を想定している。それで、異界の生命体と精神を交換するんだ」


 そして、と彼女は図形の上に指を走らせる。


「送り込む精神には、『その世界で最も我々にとって有用なエネルギー資源を探し、適した形にして適時ウィナンシェに届ける』と命じておく。そこから先どうなるかは、繋がった世界次第だね。

 そして首尾良くエネルギーがこちらに届いたら、それを使って我々がこの世界を再生する。……とまぁ、言うだけなら至極単純な計画だ」


 壮大な単語が頻出しているが、要するに『足りない物を余所から持って来る』といった具合の全貌である。話を聞くだけだと割と簡単そうに思えたが、すぐにそれはレアの補足に打ち砕かれた。


「ケど、恐ラくこの計画ニは、物凄い時間がカかる」

「そりゃまた、どうして」

「送られテ来るモノがそのままそっクりのエネルギーではナく、その素だった場合、今の我々デは消化出来ないンだ。だからせメて、時空断裂が自然回復すルまでは待ちタい」

「……アレ、自然に治るの……?」

「原因ノゲートを全て破壊シて、我々が食い止めつツ時間が経てバ、やがて歪ミは元に戻る。そウすれば我々のリソースにも余裕ガ出来るから、現状よりハやれる事が多くナる。必要なノは、大体1000年くらイかな」


 1000年。気の遠くなる数字だ。どう逆立ちしても、カクアたちは再生した世界を拝めない事になる。

 まぁ、だからといって、彼のやる気が殺げる事は無い。例え成果をこの目で見る事が叶わないのであろうと、彼はやらねばならないのだから。

 しかし、問題は有る。カクアは口を開いた。


「そこまで時間が掛かるとなると、おれたち途中で死んじまうよな。子孫に伝えるとしても、色々抜け落ちてくだろうし……」

「ああ、そこガ悩みどこロなんだヨなぁ。一々我々が出テ来る余裕も無いシ……」


 どのくらい人類の力が必要なのかはまだ分からないが、最初の段階だけで済むわけではない筈だ。いくら長命なエルフといっても限界は有るし、カクアは額に手を当てる。

 と、そうしていると、ペルヒェが徐に言葉を発した。


「あの……頑張れば、あたしなら……1000年以上保つ、計画の番人……用意出来る」

「本当?」

「うん……I型ドロイド、って知ってる……? プロトタイプの、ドロイドなんだけど……」


 現在存在するドロイドの殆どを占めるのが、量産化されたドロイドであるII型であるのだが、IIというからにはIも有る。ドロイド開発の黎明期に製作された、試作型の人造人間たち──それがI型ドロイドだ。

 極々初期の文字通り機械人間に人工知能を搭載したような物から、殆ど人間と同じレベルにまで作り込まれたII型の前身に当たる者まで、現状II型に分類されないドロイドは皆I型という事になっている。それを使ってどうするのか、と会議メンバーの注目がペルヒェに集中した。


「生身のドロイドでは、あたしの技術では、100年以上動かし続けるのは、どうやっても無理……でも、機械の身体なら、理論上は……1000年以上、動かせる……」

「おれの感覚だと、機械より生身のが長持ちするイメージなんだが」

「確かに、そう……けど、機械のが、保守点検しやすいんだ……生身の身体、って、物凄く複雑だから……。

 自己メンテナンスの機能をつけて、必要最低限の稼動に限らせれば……いける。どう、“いどのす”の二人の見解は……」


 ペルヒェはレイたちに話を振る。彼女たちはそれぞれ考える素振りを見せた後、こくりと二人同時に頷いた。


「良いと思う。少なくとも、子孫やらに任せるよりは」

「だネ。良し、それデいこう」

「オーケイ……とはいえ、今のままじゃ、製作は無理……最低でも、ある程度大規模な、ドロイドの製造施設、押さえないと」


 このシェルターには、ドロイドのメンテナンスの為の設備は有るが、作る施設は流石に無い。I型ドロイドを製作するとなれば、尚更本格的な機器が必要になるだろう。


「ふーむ……順調にいったとして、完成までにはどれくらい掛かる?」

「……数年は、見て欲しいかな。流石のあたしでも、1000年保つ身体の製作は、時間が掛かる……」

「そっか。となると、わたしたちはその子には会えないかな」

「……会いたいの?」

「まぁ、出来れば一目でも相見えておきたいかな」


 そう言うレイの表情に、単純な感傷等の色は無い。恐らく、その計画の番人たるドロイドに自分というモチベーションを与えられたら良いな、程度に考えているのだろう。

 果たして、ペルヒェはそれを読み取ったのかどうか。彼女は少し考えてから、こう言う。


「少し工夫すれば、不可能ではない……」

「どうやるの?」

「まず、先にドロイドに搭載する知能を作る……これは比較的早く出来る……あなたたちは、その子に会う。

 そして、頑丈なI型の身体が完成したら、その子を移植する……そうすれば、あなたたちと会った記憶を持った子が、番人となる……」

「成る程ね。じゃあ、出来るならそうして」


 何だか少しまどろっこしいが、レイたちがそれを望むなら、その方が良いだろう。ペルヒェはうんと頷いた。


「じゃあ、今日から、早速製作に取りかかるね……異界に向かわせる子も、並行して……」

「お願いするよ。それで、用意が出来次第イレアの社に赴いて、先にそこに行った子と協力して事を進めて欲しい。……現段階で話すべき事は、これで大体話し終えたかな」


 その『先に行った子』とは、多分ジンセたちの事だ。恐らく、彼は接続する異界を探す手立てを用意しているのだろう。カクアは頷いた。


「ああ。おれたちがやるのは、異世界との接続の事と、計画の番人の製作、その二つで良いんだな?」

「そウなるね。よろシく頼むヨ」


 その後は、ペルヒェが製作する人工知能に組み込むべき仕様について話し合ったり、イレアの社までの安全なルートを教えてもらったりした。そして一通り煮詰め終えた所で、会議は解散と相成った。




 会議が終わった後、カクアは自室でメモ帳を前に、あれこれと考え事をしていた。

 ドロイドや人工知能に関しては、エキスパートであるペルヒェや、彼は完全に門外漢だ。故に、今その制作作業に関わっても、精々お茶入れ係くらいにしかなれない。

 それでは手持ち無沙汰にも過ぎるので、彼は自分にやれる事をこっそりと考え始めていた。それは、魔法の更なる汎用化。人類の絶滅を回避する為に、彼が出来るたった一つの事である。

 現在のルラの魔法サーバーは、魔法補助機材とそれに付随するアカウントが無ければ、その殆どの機能が利用出来ない仕様だ。だが現状、新たに機材を作る工場も、アカウントを管理する機関も、正常な稼働が望めない有り様である。

 このまま時が経ち、機材が寿命を迎えアカウント保有者が死ねば、魔法は50年前以前の物に逆戻りしてしまう。再び、選ばれた者の特権と化してしまうのだ。

 ……今の人類には、魔法が必要だ。こんな世界を生き抜く為には、誰にでも使える魔法が不可欠なのだ。人々が環境に適応するよりも早く、魔法が消えてしまってはならない。

 故にカクアは、アカウントや機材無しでも魔法が使えるようになるよう、ゲストアカウント向けの機能を、通常では考えられない程にまで拡張する事を企てる。魔法補助システムの根底に関わる部分であるから、本来であれば直接ルラまで赴いて弄らねばならない所だが、なんとかしようは有る。

 イレアの社は、様々な分野の研究施設が建ち並ぶ所に在る。中にはカクアの勤めていた魔法の研究所も有るし、そこに有るサーバー操作設備が生きていれば、設定の変更の糸口が掴めるだろう。


(不正を働くのは心が痛むが、今はそんな事言ってる場合じゃないしな)


 もしかしたら無駄な足掻きやもしれない。だが、可能性は増やしておきたい。本来の目的が疎かにならない程度に、打てる手は打っておこう。

 ──魔法が誰にでも使える様になれば、ただでさえ無政府状態なのに更に治安が悪化するやもしれない。増幅器も兼ねる機材が無ければ魔法の威力は著しく下がるだろうが、何時しか人類はそれすら克服するかもしれない。逆効果に、なる可能性もあるのだ。

 魔法が無ければ、魔物に対処する事も病気や怪我を治す事も出来ず、今よりも更に死人が増えるだろう。だが、魔法が本当に誰にでも使えるようになれば、人間同士の争いで死ぬ者が増えてしまう筈だ。……さて、どちらがよりマシなのだろうか。


(まぁ……多分、こっちの方が正しい筈だ)


 そう自分に言い聞かせながら、カクアは手を動かす。どうせ選択の最終的な結果なんて彼には分からないのだから、自分を信じていくしかない。

 願わくば、この選択が最善手であらんことを。そう祈りつつ、やがて彼は考えを一通り書き出し終えた。

 次は何をしようか。恐らく、イレアの社には相当の期間滞在する事になるだろうし、その為の準備でもしておこうか。そう思い、カクアはメモ帳を閉じ立ち上がった。

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