十五日目:迫り来る終息
翌日、ジンセとポホの出発を見送った後、カクアたちは予定通りに、ベリド地下街周辺の見張り場所の遺品の回収に向かった。
ここの主が居なくなってからそこそこ経つし、他の奴らに既に漁られている可能性も懸念されたが、杞憂に終わった。件の場所は一昨日見た時と一切変わらない姿で、カクアたちを迎え入れた。
「……誰も気付かなかったんかね」
ここら辺を通る者がカクアたちだけだったのか、居ても気付かなかったのか。そんな彼の言葉に、ペルヒェがこう返す。
「……そろそろ、時間が経って……前有ったコミュニティも、いくらかは、壊滅して……だから、これらも残っていた……もしかすると、ちょっと遠い所のも、残ってるかもね……」
「こんなに早くに潰れるんかね」
「あたしのシェルター、みたいな……ちゃんとした拠点が、無いと……運良く最初の災厄を、抜けられても……飢えとか、魔物とかに、病死も……」
その言葉で、ああ、とカクアは納得した。ペルヒェのシェルターが充実していたから時々忘れかけてしまうが、今彼らが生きる世界は滅亡後の世界なのだ。
食べ物も飲み水にも常に気を配らねばならないし、ただの風邪でも悪化すれば命に関わる。その上、常識では捉えられない魔物なんかも存在しているのだ。
「……この世界には、どれくらい人が残っているんかね」
首尾よくレイの計画が遂行されたとして、それが効果を示し復興が始まるまで、果たして十分な数の人類は残るのだろうか。交通機関も壊滅しているし、もう既に絶滅するしかない所まで来てしまっているのではないか。そんな懸念が脳裏を過った。
荷物運びの為に連れて来たドロイドたちに指示を出しながら、ペルヒェがその台詞に微妙そうな顔をする。彼女の頭で考えても、いまいち希望的観測が見出せなかったのだろう。
「何にせよ、今は目の前の事、こなそ……」
「ああ。そうだな」
今、そのはっきりとした答を出す事は出来ない。それに、出来たとしてもどうしようもないし、どうもしない。
(おれはもう決めたんだ)
例え人類の行く末が穏やかな絶滅しかないのだとしても、カクアはこの世界の為に命を費やすと決めたのだ。それにウィナンシェに住まう生命は、何も人間だけではないのだから。
人類が滅んだ後、再生した世界で次世代の支配者が闊歩する遠い未来。きっとそれも悪くはないのだろう。立ち会いたいとは思わないが。
(さて。今日帰ったら、レイが色々話してくれるだろう)
出る時にはまだ眠ったままだった彼女の言葉を思い出す。あの言いぶりからして、ジンセの出現により、彼女の計画に何らかの進展が有ったとみて良いのだろう。
ややこしい人間関係に関しては頭が重くなるが、衝突しないように上手く事を運べるよう努力しよう。何にせよ一歩前に進める事を嬉しく思いながら、カクアは重そうな荷物を率先して運び始めた。
カクアたちの輸送能力では、一度に見張り場所一つの遺品を運ぶのが限界だった。それだけ、残されていた物資は多かったのだ。荷物を積めるだけ積んだ車で、帰路をのんびり辿りながら、カクアは今後の事を考える。
「そういや、地下街のキノコについてだが」
「うん……何?」
ふと思いついたのは、あの恐怖の魔界キノコについての事だ。思い出すだけでも震えるくらいだが、何らかの対策を考えておかねばなるまい。
「今の所は地下に押し込められてるみたいだが、もしかすると何処かから地上に進出して来る可能性も有るだろ? その場合どうするよ」
「……そうだね。ある程度、火には強いみたい、だけど……強酸とか使えば、殲滅出来るでしょ……用意は、しておこう……」
あの戦闘の最中でも、ペルヒェは相手に何が効いていたかしっかり捉えていたようだ。もしかすると、あの時の色々な魔法の乱舞は、後の殲滅作戦の為に何に弱いかを探る物でもあったのやもしれない。
しかしそれでも地下街全ての菌糸を滅ぼすのは骨が折れるだろうが、いつかはやらなければなるまい。あんな危険な存在を、いつまでも放置するわけにはいかないからだ。……そんな事をする余裕が何時出来るかは、分からないが。
「明日も、特に何もなければ見張り場所の回収かね」
「ん、そうする……」
それで、会話はふつりと途切れる。連絡事項が無くなったからだ。暫しの間、沈黙が流れる。
こうして静かになると、外の音も良く聞こえるようになる。何となく耳を傾けると、初めてこの廃墟の中に出た時よりも、音の種類が減っているような気がした。
きっとそれだけ、生きていた者たちが死んでいっているのだ。さっきペルヒェが言っていたように、生き残りのうち弱い者が淘汰され始めているのの他にも、この世界の環境に適応出来ない魔物が自滅していっているのも有るだろう。
「……もし、それなりに大規模な、ドロイド製造施設が、残っていれば」
ふと、ペルヒェが口を開いた。カクアがちらりと目配せすると、目を閉じ考えを巡らす彼女の横顔が映った。
「人口の減少……歯止めをかけうる」
「ドロイドを増やすってのか?」
「間違っては無いけど、多分違う……もっと凄いやり方……理論は有るんだ……」
そう言いながら、彼女はこちらに白目がちな目を向け、口角をぎいっと上げた。しかし、その表情もすぐに消える。
「まぁ、十分な時間と、機材と、資材……揃わないと、あたしでも無理……現実的になったら、詳しく話す……」
「ブツは探さなくて良いのか?」
「んー……見張り場所巡りに、一段落着いたら……視野に入れよう……」
「それもそうだな。分かった」
そんな話をしている間に、後少しでシェルターに着くという所まで来ていた。丁度良い所で話を打ち切り、カクアはただ前に意識を集中させた。
シェルターに帰還し、荷物を降ろして倉庫に入れた後、どう足掻いても二回目の外出は無理な時間である事を確認して、カクアたちは休憩に入った。
まだ夕方ではないが、もう一度見張り場所まで往復したら、日が沈みきってしまうだろう。現状、カクアたちを付け狙う存在は居ないが、それでも夜中に外をうろつくのは可能な限り避けたいのだ。
自室に引っ込み、一時間程ごろごろして身体を休める。まだまだエルフとしては壮年といっても差し支えない程度の年齢だが、日々の重労働による消耗が少しずつ積み重なってきている気がした。
それなりに体力の有るカクアでもこうなのだ。殆ど完全なインドア派だったらしいペルヒェの疲労は、もっと重いだろう。心無しか痩せた──否、窶れてきたような気もするし。
自分たちのタイムリミットも、着々と近づいているのやもしれない。そう思って何だか空恐ろしい気持ちになった所で、不意に部屋の扉がノックされる音を捉えた。
「誰だ?」
「あたし……今、良い?」
「ああ。何か有ったのか?」
少し焦りを纏ったペルヒェの声に、カクアは扉の方に向かいドアを開ける。すると、駆け足で来たらしく息を上がらせた彼女の姿が目に入った。
「……レイが、ずっと寝っぱなしなの。起きた痕跡も、外へ出たのを見た子も居なくて……多分、昨日から、ずっと……」
帰って来た時にも出て来なかったから、てっきり外出中なのだと思っていたが、どうやら違ったらしい。驚くカクアの手を、ペルヒェが取って引っ張る。
「治療とかは試したのか?」
「うん……でも、肉体に変調は無くて、至って健康……いや、目とか腕とかアレなんだけど……」
カクアは半ば引き摺られるようにして、レイの部屋への道を辿る。彼女が意識を取り戻さなければ、昨日話すと言っていた重要そうな事が聞けないではないか。
寝ようとする彼女を無理に引き留めてでも聞いておくべきだったか、そもそもジンセたちからあらましだけでも聞き出しておくべきだったか、と後悔の念が浮かぶ。だが過ぎた事を考えてもどうしようもない、とすぐに打ち切った。
さて、数十秒も歩けばレイの部屋の前に辿り着く。半開きになっている扉からは、寝台に横たわる彼女の姿と、レハゼムの難しそうな横顔が覗いていた。
「レハゼム、容態……」
「変わりありません。良くも悪くも」
深刻そうに言葉を交わす二人を横目に、カクアは枕元に寄る。そして、レイの様子を窺った。
見れば、彼女はただ静かに眠っていた。苦しそうなふうも無く、何処か安らかそうな表情さえ浮かべて。
「……これ、普通に寝過ぎてるだけじゃないか?」
「でも、丸一日寝っぱなしなんて……」
「疲れてる時なら有り得なくもない。おれ、そんな具合の寝過ぎで遅刻した事有るし」
夜就寝して目が覚めると次の日の夜だった、なんて事もやらかした覚えが有るカクアとしては、レイのこの状態もそのパターンに思えてならない。何にせよ特に具合悪そうにもしていない以上、楽観視しても良いと彼は考える。
そんな彼の言葉に、ペルヒェは少し眉根をしかめた後、納得顔になってうんうんと頷いた。
「起こす魔法も、効かなかったのは、気になるけど……ここで雁首揃えていても、仕方ない、か。うん……ここは、待とう……」
魔法が効かなかったという話は少し引っ掛かるが、人間には効く魔法もレイには無意味だという可能性も有る。枕元で騒いでいたってどうしようもないし、普段通りに戻るのが一番良いだろう。
「……それもそうですね」
理解はしたようだが、険しげな表情のままレハゼムは部屋を出て行った。次いで、ペルヒェも退室する。
残されたカクアは、一瞬だけレイの寝顔に視線をやった後、二人に倣って出て行った。そして次は何をしようかと考えつつ、一先ず自分の部屋へと向かって歩き出す。
レイのようにぶっ倒れてしまっては無様だし、ここは今後に備えて十全な休息をとっておくべきだろうか。これ以上予定を狂わせるのは避けたいし。
だが、精々翌日か翌々日には起きるだろう、というカクアの予想を裏切り。
希望が見えて安堵したのか、積み重ねられた疲弊と傷が祟ったか。
レイは、何日も何日も眠り続けた。さながら、冬眠のように。




