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ポスト・フェイクフェイリヤ  作者: 夢山 暮葉
第二章:その運命が絡むまで
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十四日目:ジンセ・ゲートン


 翌朝。普段より数段強い二度寝の誘惑を振り払って、定刻通りの起床を果たしたカクアは、まず着替えをし始めながら、昨日放棄した思考の続きを開始していた。

 まず、今回の遠征の事。これは大失敗だったと考えるべきだろう。見張り場所の落とし物を発見出来た事は大きいが、損害も甚大であった。三人分の装備や大量の弾薬、体力や気力までもを浪費してしまったのだし。

 暫くは何か大きな事を行うのは無理だろう。割と精神力は強い方だと自負するカクアでも、大分精神を抉られてしまった。


(本当に、アレは参った……)


 次に、ジンセとポホの事。昨日はノリで連れてきてしまったが、もしかするとこれはまずかったやもしれない。もしこのまま居座られてしまったら、ただでさえ赤字な資源事情が、更に悪化してしまう。

 学生時代のジンセは、他人の家に図々しく居座るような常識知らずではなかったと記憶しているが、姿が様変わりしてしまったように、人格にも変化を来しているかもしれない。ましてや、今は非常事態下である。

 結局、昨日はペルヒェは目覚めずじまいだったし、もしかしたらこの独断専行を咎められるやもしれない。彼女の心情的に、カクアが追い出されてしまう事は無いだろうが。


(だってあいつ、おれの事を……)


 それから、レイの事。彼女は努めて常並を装っていたが、しかし尋常でなく疲弊しているのは間違い無いようであった。

 今、“いどのす”はどうしようもなくパワーが足りない状態である、と聞かされた覚えが有る。そんな状態でレイが無茶を通せば、その反動が何処に行くか──それはきっと“いどのす”であり、レイ自身だ。

 多分、彼女はカクアたちの為に、最後の切り札を切ったのだ。それは恐らく嘱望であり、カクアたちこそ鍵であると断じた故の行動なのだろう。


(彼女は、託したんだ)


 半ば天啓のように、彼の脳裏にそんな文章が浮かんだ。雷を受けたような衝撃と共に、彼は唐突に理解する。──己が使命を。

 直接そう言われたわけではない。だが、そう思われている事は明らかだ。実際に決断されたわけなのだから、これは応えねばなるまい。これまで費やされたものの為にも、これから費やされるであろうものの為にも。

 誰も彼もが死んでしまった中、僥倖に僥倖が重なり今まで繋がれてきた命。その使い方を、やっと見つけられた気がした。


「……目下は、ジンセたちの事かね……」


 着替え終わったカクアは、ぶつぶつとそんな事を呟きながら部屋を出た。さて、ペルヒェやレハゼムの様子は如何だろうか。




 朝食を摂った後、カクアは目覚めていたペルヒェに呼ばれて、会議室に訪れていた。部屋には彼と彼女と、それからレハゼムだけが居る。


「ちょっと、内緒の話をね……」


 そう言うペルヒェの顔色は、再会したばかりのように青くなっていた。復活してしまった不安定さに、カクアは内心冷や汗をかく。


「まず、いろいろごめんね……迂闊に踏み込んだり、挙句倒れちゃったり……迷惑、かけちゃったね……」

「いいや、気にしなくて良い、こうして生きているわけだし。こっちこそ、独断専行してしまったしな」

「ん……色々言いたいけど、とりあえず……あたしが寝てる間、色々やってくれて、ありがと……この謝意は、本当……」


 そこまでは、やや歪んではいるが笑顔での言葉だった。だが、すぐにそれも消えてしまう。


「でもね……彼らの事……命の恩人だ、って事は分かった……でもね、思う所が有るんだ……」


 朝食の場で、ジンセたちの事については粗方説明しておいてある。さて、彼女は何が気に入らなかったか、とカクアは構えた。


「……あたしが、ドロイドを創った人で……それで色々有った、ってのは話した、よね。その関連で、嫌な思いをさせられたんだ……ジンセ・ゲートンには……」

「ま……マジか」


 微妙な気持ちはさせてしまっているだろうな、とは思っていたが、まさか個人名を覚えている程に嫌な相手だったとは。ジンセは一体何をやらかしたのだろうか。


「直接、面と向かっては、会った事無かったんだけど……アイツ、ドロイドは生まれるべきじゃなかった、って……だから、苦手……」


 彼女の説明は端的だったが、実際はもっと酷い言葉で塗り固められて投げつけられたのだろう。加害者の方は気にも留めず、もしかしたら覚えていないやもしれないが、被害者側は忘れられないものだ。


「だから、あまりいい気分じゃない……出来れば、早く居なくなって欲しい……そんな次第……」

「ふむ、分かった。その方向性で行こう」


 カクアにとって旧友との再会は喜ばしいものであったが、それはそれ、これはこれだ。ペルヒェの方が優先順位は上である。

 だがしかし不可解だな、と彼は軽く首を捻った。ドロイドが発表された当初、ジンセはどちらかといえばドロイドを擁護するような事を言っていた記憶が有る。『彼らが不当に搾取されるんじゃないか心配』とか、そんな台詞が記憶の片隅に残っていた。


(まぁ、変化が有ったっつー事だろ)


 何せ、それを言っていた時から30年近く経っているのだ。有る一つの事柄に対する意見が180度変わっていても不思議ではない。


「……ごめんね、気を遣わせて……」

「気にするな。じゃあ、次の議題──今日の予定についてでも」

「ん……今日は休もう、そう思うんだけど……死ぬ程、疲れたし……」

「異議無し。休むのも戦略だ」

「こちらからも異存は有りません」


 満場一致──参加者は三人だけだが──で、今日は休日という事に相成る。明日は地下街周辺の見張り場所跡の回収に回ろう、という事だけ決めて、会議は解散となった。




 さて、何もせずごろごろしているというのもアレだし、倉庫の整頓作業でもしようか、とカクアは廊下を歩く。そうして食堂の前に差し掛かった辺りで、レイとジンセの真剣そうな声が耳に入った。


「──それに、イレアの社は安全だから。もし行くあてが無ければ目指すと良い」

「分かった。貴重な情報、ありがとう。……けど、そんな所が有るんなら、もうとっくに誰かに占拠されてそうだが」

「……その可能性も有りうるか」


 何の話をしているのだろうか、とカクアは食堂にそっと入ってみる。すると、話していた二人とポホが気付いてこちらを向いた。


「よぉ、ジンセ」

「おう。会議は終わったのか?」

「ああ。それより、何の話をしていたんだ?」


 この場で先ほど決まった方針の事を告げようかと思ったが、すぐに言うのは気が引けた。ので、とりあえず世間話から入る事にする。


「その子供の事とか、色々。きみたちに話した、この世界の事情なんかも」

「そりゃまた、随分と踏み込んだ事まで」

「協力したいと言ってくれたから。それに、その子──パ・ポホはとても危うい存在だし」


 感情の籠っていないレイの視線に、ポホはビクッと肩を震わせた。思いっきり怯えられているようだが、レイは意にも介さず続ける。


「ずうっと昔に生まれ、我々に封じられた悪しき神、“魔神アルカディア”の人工的な眷属。とりあえず軽く処置は施したけれど、危険な爆薬で有る事は変わらない。だから、その事を彼らにも周知させた」


 確か、アルファルドに伝わるという神話に、そんな名前が出てきたか。レイがこう説明するという事は、それは恐らく実際に有った出来事が伝承として継がれてきたものなのだろう。


「まぁ、ポホの事を教えてくれたのは有り難いけど……あんま怖がらせないでやってくれないかね……?」

「……それは済まなかった。そのつもりは無かったのだが」


 とか何とか言ってるが、レイの顔に感情が宿る事は無かった。大概、ポホに関しては悪感情しか無くて、それでも場をこじれさせない為に全てを隠しているのだろう。けれども子供の視線からすれば、無表情は十分に怖いに違いない。


「だがしかし、あんたもレイに協力するのか……」


 そうなると、少しここから追い出し難くなる。よしんば出て行ってくれたとしても、今後もレイを通して関わりを持つ事になりそうだし、ペルヒェが嫌な思いをする事になるだろう。

 だからといって関わるなと言うのもおかしいし、ペルヒェの事情を話すわけにもいかないし。……ここはペルヒェの方に妥協してもらうしかないやもしれない。


「ああ。だから、僕たちは明日には発つ事にした。向かって欲しい場所が有るとの事だから」

「そうなのか?」

「うん。彼らのが適任だと思うから。……カクア、きみたちにも話すべき事が有るけど、今日はもう疲れた。今のわたしは餓死寸前の赤子より弱い。だから、また寝て起きたら……」


 そう言いながら、レイは壁に手を付いて自重を支えつつ部屋を出て行った。彼女の話は気になったが、あんなにふらふらな所にこれ以上の負荷を掛けるような真似は出来なかった。

 どうせなら先ほど話していた事を、カクアたちにも一緒に話してくれれば良かったのだが、体よくジンセたちをここから発たせられるようにしてくれた事に関しては、純粋に感謝する他無い。そう思いながら、彼はレイの背を見送った。


「……そういえば、なんだが」

「ん、何だ?」

「学院を出てからは何やってたんだ? おれは魔法の研究とかしてたんだが」


 そしてこんな問いをぶつけるのは、ドロイドに対する意見が何故変化したのか、少し気になったからだ。ジンセは快く答えてくれる。


「まぁ、仕事としては転移ゲートの事に携わってたな。……やはりと言うべきか、アレが原因だったらしいけど」

「あ、あんたも薄々予測してたりしたんだ」

「とはいえ、僕も下っ端だったからなぁ……全世界のお偉いさんがズブズブに浸かってたものなんて、どうしようもねーわ。ある程度備えはしてたから、今まで生き延びられたけどな。

 けど、実際に異界と繋がってるってのは興味深くも有るわな。僕、趣味で異世界とかの存在についても追っていたから」


 異世界。以前なら、そんなモノを真面目に考察してるのは変態扱いされるようなジャンルであったが、今となってはその知識も有用なのかもしれない。それを見込まれたりしてレイに何か頼まれたのだろうか、と勝手な推測を巡らす。


「にしても、“いどのす”に“魔神アルカディア”かぁ……物語の中の存在と関わる事になるなんて、流石の僕も夢にさえ思わなかったよ。こう、冒険心が疼くね」

「……あんたは昔からそうだよな」


 妙な所でポジティブで、地面から足を離したような事を言い出すのは、学院に居た時と変わらない。件のドロイドの話の時だって、その後すぐに『でもメイドロボとか良いかも』とか言ってたような記憶が有るし。


「……この世界は様変わりしたよな。才能に選ばれた者の特権だった魔法が、今や誰もが使えるインフラの一つと化したのも、その昔は人がやっていた仕事を、機械とドロイドに任せられるようになったのも……」


 そう言いながら、彼は食堂の掃除をしているドロイドに視線を向けた。命じられた通りの仕事を忠実にこなす、地味な見た目の女性の姿をした人造生命を、額に手を当てながら眺める。


「ここに居るドロイドたちは、カクアたちだけでは手の回りきらない事をやっているのだよな」

「ああ。お陰で随分と楽をさせてもらっている」

「……きっと、これが正しい姿なのだよな」


 そういう彼の言葉に棘は無く、ドロイド憎しの感情は一切感じられなかった。彼がペルヒェに向けたという悪意も、そう単純な代物ではないのやもしれない。

 ……ドロイドが普及してから、人材を使い潰すような劣悪な労働は殆ど彼らに任せられるようになったという。だがそれは、そんな仕事しか出来ないような人たちの食い扶持を奪ってしまったという事でもある。

 恐らく、ジンセの言葉の裏にはそんな問題に対する感情が有ったのだろう。だからといって、ペルヒェにぶつけた悪意が許されるわけではないが。


「と、そろそろ僕は荷物作りに入るよ。ポホ、行くぞ」

「はーい」

「そうか。じゃあな」


 部屋を去る彼らの背を、カクアは見送る。然る後、彼は今度こそ倉庫の方へと真っ直ぐ向かっていった。

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