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ポスト・フェイクフェイリヤ  作者: 夢山 暮葉
第二章:その運命が絡むまで
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十三日目:パ・ポホ-甲


 カクアは薄汚れた階段を駆け上る。現状、彼の背後に続くペルヒェとレハゼム以外の気配は感じられないが、念のため足音は出来る限り潜めている。とはいえカクアもペルヒェも素人であるから、その努力の効果の程はたかが知れているが。

 その点でいえば、レハゼムは腐っても軍用ドロイドだ。身体の効率の良い使い方というのを熟知している。製造過程で書き込まれた知識という物は、長年平穏に暮らしていても、そうそう剥がれ落ちる物ではないらしい。

 さて、階段を上り終えると、そこには古びた扉だけが有った。屋上に続くそれの隙間から吹き込む風が、重装備と運動ですっかり熱くなってしまった身体を、少しだけ涼ませてくれた。

 今彼らは、ベリド地下繁華街の見張りと思しき人々が屯していた場所のチェックに来ている。彼らに一体何が有ったかのか、手掛かりが残っているかもしれないからだ。彼らの身に起きた異変の片鱗でも分かれば、色々と捗るのだが。

 数拍程息を整えた後、カクアは慎重にドアノブに手を伸ばし、捻ってみる。だが鍵が掛かっているようで、ガチリと硬い感触が返って来た。彼は肩を竦め、首を振ってみせる。


「流石に用心深いようで」


 他の者に使わせない為に、戸締まりは徹底してあるのだろう。ガスマスクにくぐもる声で、カクアは呟いた。

 そして徐に扉に耳を寄せ、その向こうの音を拾おうとしてみる。殆ど風の音しか聞こえない。人の気配は感じられないし、多分大丈夫だろう、と彼は信じてペルヒェに目配せした。

 すると彼女は短く呪文を唱え、カクアに肉体強化を施す。それを受け取った彼は、数歩分扉から離れると、助走をつけて全力の蹴りをお見舞いした。

 元々経年劣化で脆弱になっていた蝶番が砕け、ドアは弱々しく外へ倒れる。衝撃でビリビリする脚を下ろしながら、カクアは扉の外を見渡した。


「……何も居ない、な」


 人も、獣も、それ以外の何かも、動物の類いは何もない。設営されっぱなしのテントや、物資が詰め込まれている箱なんかから、生活感は感じ取れるが、それだけだ。

 カクアたちは屋上に出て、テント等が有る所に近づく。どうやら、本当に誰も居ないようだ。テントや箱の中を見ても、誰かがこっそり潜んでいたりはしなかった。


「本当に、誰も居ない、なんて……ラッキー」


 早速、ペルヒェが辺りから使えそうな物資を探し始める。カクアは一瞬良心の呵責を感じたが、すぐにそれに加わった。今まで散々廃墟を漁ってきたのだ、今更この程度の火事場泥棒が出来ない理屈は無い。

 ドライフルーツや乾パンといった、日持ちのする食べ物。未開封のボトル入りの水や、包帯や薬の揃った古い救急箱なんかも有る。銃とその弾薬から、ハンマーやバールといった近接武器に出来そうな物まで、よりどりみどりだ。


「……凄いですね。見張りにまでこんなに大盤振る舞いだなんて、ベリドには本当に余裕が有るのですね」

「ああ。美味しい収穫だ。流石に、今全部持って帰るのは無理だろうが」

「ええ。それだけが残念です」


 心底悔しそうに、レハゼムが肩を落とした。人手が足りないし、車のスペースも心もとない。今回はこの場所を覚えておいて、後でゆっくり回収しに来るのが賢明だろう。

 この分だと、他の見張り場所も有望である。全部を回収すれば、それだけで引っ越しに踏み切るのに十分な量の物資になるやもしれない。カクアはペルヒェの方に声を掛ける。


「しかし、どうする。本当に地下街の方にも足を伸ばすか?」


 否、の返答を期待した問い。正直、彼はもうこれで十分ではないかと思っている。これ以上リスクを冒す必要も無いし、このままホクホクと帰るのも十二分にアリだ。だがペルヒェは、テントの中を探りながら是と返す。


「うん……異常事態の正体を、見極めたい……放置してれば、こっちにもとばっちり、来る奴だったら……嫌だから……」


 その言い分も尤もだ。現状カクアたちには害を及ぼしていないようだが、例えば未知の疫病が流行っている、なんて状態だったら、早く対処せねばとんでもない事になってしまう。


「そうか。なら、予定通りに行こう」

「けど、その前に……良いもの、見つけた……」


 そう言いながら、ペルヒェはテントの中から出て来る。その両手には、通信機と思しき物と小さなメモ帳が握られていた。


「多分、地下街の方との、連絡手段……何か、分かるかも……」


 彼女は通信機をカクアに手渡す。見れば、これはかなり古いタイプの機械だ。ここに有るという事は使われていたという事なのだろうが、今も動いているのが不思議な程の代物である。

 ずっしりと重たいいそれをくるくると回し、スイッチと思しき物を見つけてオンにする。すると、「ザーッ」というノイズがスピーカーから溢れ出してきた。この機械はまだ生きているようだ。


「おーい、誰か聞いているかー?」


 試しに話しかけてみる。だが、うんともすんとも応答が無い。向こう側の機械が切られてるか壊れているかしてるのか、単にオペレーターが居ないだけか。軽く叩いてみたりもするが、やはり変化は無い。


「壊れてるんかね。何にせよ駄目そうだ……ペルヒェ、メモはどうだ」

「ん……ちょっとだけど、手掛かりっぽいの……」


 掌サイズのメモの、使われているうち一番新しいページを、彼女は開いてみせる。するとそこには、雑な文字の走り書きが幾つか残されていた。


『琥珀の月・29日

 本部がヤバイ? 粉がどうとか 要・重装備 フィルターの替え多めに 別行動 先遣隊からの連絡が一日途絶えたら居残りも救援に』


 四日前の日付と、何らかの連絡を受けてのメモ書きを見て、カクアは考え込む。果たして、これを見た自分たちはどう行動すれば良いのか、と。

 まず、ここに居た見張り班は、本部──恐らく、地下街の事をそう呼んでいるのだ──からの異変を知らせる連絡を受け取った。それを受けた彼らは、何人かをここに残して地下街の方へと向かったのだ。

 だが一日経っても、先に向かった者たちからの連絡は返って来なかった。だからこのメモ書きに従って、残った者も本部へ行ったのだ。そして、今まで帰っていない。


「大分……ヤバそう?」

「何らかの異界生物でしょうか。どんな脅威なのかは、全く分かりませんが……」


 本部の異変に関して、メモには『粉』としか手掛かりが書かれていない。要領を得ない説明だったのか、それともただめんどくさかったのか。

 ウィナンシェにおける粉を出しそうな自然物といえば、花やキノコの類いであるが、相手は異界生物だ。粉を出す怪物なんてのが出てきたっておかしくない。


「……ますます、見極めなくちゃ、ね。手荷物に、ガスマスクのフィルターの替え、多めに……ここにも残っている、かしら……」


 カクアたちの使っているマスクは、防毒と防塵機能を兼ね備えている代物だ。余程細かい粒子の毒の粉なんてまき散らされてなければ、多分大丈夫だと思われる。粉に関してだけは、だが。

 正直、カクアは帰りたかった。現に未帰還者が出ている所に、誰が好き好んで赴くというのか。様子を見るだけなら、とペルヒェは思っているようだが、危うきには近寄らないのが一番安全である。


「……嫌な予感がするな」

「うん、本当に……」


 近づきたくない、と思っているカクアも、確かめねば、と語るペルヒェも、その一点だけは意見が一致しているようだ。その先の考えも揃っていればな、と思っていると、積み重ねられた物資の箱を探っていたレハゼムが声を上げる。


「マスター、未使用のフィルターが見つかりました」

「ありがと、レハゼム……うん、これだけ有れば、足しになるね……」


 着々と準備は進んでいる。いくら嫌でも、カクアだけサボるわけにはいかないだろう。彼は観念し、空いている箱に今回持ち帰る物を詰め込み始めた。




 乾いた風に、長い左の鬢の髪が揺れる。この世界本来の流れではない、あの時空の断裂から流れ込む風が混じっていて、気持ちが悪い。

 口を一文字に引き結び、金色の隻眼を険しげにしながら、レイは傾いたビルの上から辺りを見渡していた。こうして崩れた世界を見る度、彼女は泣きたい気持ちになる。

 だが、慟哭している暇も、感傷に浸る余裕も、今は無い。そんな事をしている時間が有ったら、少しでも手を進めなければならない。そんな強迫観念めいた想いが、彼女を支配していた。


(早く……早く、状況を好転させなければ……)


 憔悴が、じわじわと冷静さを削り取ってゆく。彼女はそれを自覚していたが、止める事は出来なかった。

 徐に靴で人工の石の表面を叩き、ぐぐっと身を屈める。そして両脚に思いっきり力を込めると、ひゅっと天高く飛び上がった。

 ややもすれば空を飛んでいるかのように、彼女は風を切り放物線を描いて宙を駆ける。やがて再び地面に接近すると、それを蹴って再び飛び上がり、更に空中を進んだ。

 こんな飛び方をするより、普通に空中浮遊なりで飛行した方がスマートではある。だが重力に逆らうだけでも、そこそこのリソースを喰われるのだ。今はそんな事に割く事さえ惜しい。


「途絶えさせるわけには……絶対に、絶対に、絶対に……」


 何度も何度も、呪文を唱えるように、彼女は呟く。そんな事をしても状況は変わらないが、昂る心を鎮める事は出来た。

 だが次の瞬間、彼女は心臓が鷲掴みにされるような錯覚を味わった。肋骨の隙間から臓器をずるずると引きずり出されるような感触がして、意味も分からず悲鳴を上げる。


「ひ、イッ……」


 突然の事にバランスを崩し、そのまま大地に激突しそうになるが、どうにか立て直した。やや危うげに着地した後、彼女はごろりと転び俯せに倒れる。


「……何」


 鼻っ面を擦りながら、彼女は起き上がる。そして間もなく、先ほど感じた濃密な悪寒の正体を理解した。

 ここから西の方角。一見変わった物は何も無いと思われる場所に、死の因縁が幾重にも幾重にも集い取り巻く地点が有ったのだ。今のレイの目にも分かる程に、濃厚に。

 暫くその辺りを見つめ続けて、そして彼女は更に絶望する。カクアたちが今日赴くと言っていた、ベリド地下繁華街──死の予感の密集点が、丁度それの所在地と重なっている事に気付いて。


「あああ」


 腑抜けた声を漏らした。一瞬シェルターに向かう事を考えたが、すぐに思い直す。とうに彼らは出発してしまっている筈だ。連絡手段も、完備されてるとは限らない。

 行くと言っていた地下街の出入り口辺りで待ち伏せするか? いや、それは駄目だ。危険と分かっている所に何の手立ても無く近づくのは怖いし、既に彼らが中に行ってしまっている可能性も有る。

 ならばまだ地下街に入ってない事を信じて彼らを捜すか? 否、それも不可能だ。こんなにだだっ広い廃都から、たった一つの砂粒のような彼らを見つけ出す事なぞ、超常の力でも無ければ出来やしないだろう。……超常の力を使わなければ。


(どうしよう、かな)


 レイには選択肢が有る。運命予測能力のフル稼動という切り札を切るか、そうせずに彼らを見捨てるか。一応、この身を省みず地下街に直行するというのも無くはないが、これは考えの外に置いておいた方が良い。

 さて、前者を選べば、ほぼ間違いなくカクアたちを生き延びさせる事が出来るだろう。だが恐らく、彼女はもう二度と因果を見れなくなる。肉体も衰弱し、少なくとも先ほどやっていたような常識はずれの飛行なんか出来なくなるだろう。そこまでのリスクを負ってまで助ける価値は、果たして彼らに有るのだろうか。

 彼らは、レイの目論見の鍵となり得る存在である。話を聞くに、ペルヒェはドロイドに造詣の深い人物であるようだし、カクアも魔法学の権威と呼ばれる程だったらしい。しかもレイに対して優しいし、よく話を聞いてくれる。

 けれども、それだけだ。決定的ではない。彼女の思い描く世界再生における、最も重要な鍵ではない。


(必要なのは、制御下での異界との接続……)


 この惑星が今最も必要としているもの、それは、圧倒的な量のエネルギーだ。それさえ有れば、何もかもを崩壊以前に戻す事だって出来る。

 だが、そんな物はこの世界の何処にも無い。ウィナンシェそのものを砕き潰して変換すれば相当量のリソースになるやもしれないが、それでは本末転倒だ。故に、それは別の世界から引っ張って来る必要が有る。

 しかし、今この世に自然に存在している時空裂では、必要な物を持って来るのは無理だ。アレは今のレイたちには制御出来ない代物である。辛うじてどんな世界に繋がっているのかくらいは薄ら分かるが、何かを選んで引き込む事なぞ不可能だ。

 だから、制御の出来る異界とのコネクションが必要だ。けれど崩壊前ならいざ知らず、今の彼女たちにはそれすら実現出来ない。故に、知識の有る人間との連携が必要不可欠となる。


(確かに、あの人間たちは役に立つかもしれない。けど、ただそれだけの奴の為に、命を懸ける価値は……)


 今の彼女は、彼女一人だけのものではない。同胞たちの希望を託されている。もしこれが悪手だったら、仲間たちに対して立つ瀬が無い。

 だが、もしかしたらカクアたちは替えが利かない人物であるやもしれない。この先彼女の求める知識を持つ人間を見つけられても、対話が出来なければ意味が無い。けれども彼らが居れば、間に立ってくれるかもしれない。

 悩み葛藤する彼女の脳裏に、ふとレアの台詞が浮かぶ。世界が破綻を迎えたあの夜、レイにかけてくれた言葉が。


『レイの好きにすレば良い。どっちにセよ、ワタシたちにとッては一世一代の大博打ナんだ』


 ああ、そうだ。何を選んでも、どうせ確実ではないのだ。なら、やりたいと思う方を選べば良い。

 カクアもペルヒェもレハゼムも、あんなに彼女に良くしてくれた。その恩を忘れるなぞ、有ってはならない事である。今こそ報いる時だ。


『レア』

『分かっテる。やリたいヨうにやれバ良い』

『うん。負担、そっちにも行くかも。覚悟して』


 半身に話しかけた後、レイは一つ深呼吸をして、神経を研ぎ澄ます。そして頭の中のスイッチを入れ、限定的に運命予測能力をフル稼働にさせた。

 そして素早く目的の因果を探る。──カクアたちを生き延びさせる為の、最善の手を。


(……見えた)


 数秒程俯瞰した結果、彼女は掴んだ。すぐに能力をオフにし、示された方向へと駆け出す。反動がじわじわと彼女の身と魂を蝕み始めたが、それを努めて無視してひたすら進んだ。


「──カクア! ペルヒェ! レハゼム!!」


 思いっきり声を張り上げ、目的の人物の名を呼ばわる。決死さを孕んだその叫びに、不意に知らない声が応答した。


「……誰だ?」


 レイは素早くその声の方向に振り返る。すると、そこには大人と幼児の二人組が居て、警戒を隠さず辺りを見回していた。違う、と血の気の引くような思いを味わいつつも、一先ず接触を試みてみる。


「ここだ!」


 二人組に対し声を掛けながら、彼女はそちらに駆け寄る。すると、彼らのうち大人の方がこちらを振り返り、彼女の姿を見て瞠目した。


「き、君、腕が……!」

「これは元々だ。それよりきみ、ここら辺で、オレンジ髪に青メッシュのエルフや、緑色の髪のエルフを見掛けなかった?」

「見掛けてはいない、が……さっきも呼んでたみたいだが、君はカクア・スクォウの知り合いなのか?」


 橙色のニット帽を被った、中年のヒューマンと思しき男は、カクアのフルネームを口にする。その台詞に、レイは幽かな希望を見出した。

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