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ポスト・フェイクフェイリヤ  作者: 夢山 暮葉
第二章:その運命が絡むまで
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十二日目:乾いた風に曝されて


 壊れてきている。

 この惑星に根付く命の総数が、どんどんと減っている。彼女には曖昧にしか分からないが、それでも目に見えて分かる程に。

 憔悴が生じる。早く、疾く成し遂げねば、間に合わなくなってしまう、と。

 どうか彼らが全滅してしまう前に。

 どうかこの世が耐えきれなくなる前に。

 命を、希望ねがいを繋がねば。




 レイとの最初の対話が有ってから、五日間が経過した。シェルターでのカクアの生活が始まってから、これで12日が経つ事となる。

 あの遠征から帰って来てからこれまでは、穏やかな日々であった。大した問題も無く、特に壮大な計画を打ち立てる事も無く、悪く言えば何の収穫も無く。以前入手した魔物の骨を調べてみても、特に何も分からなかったし。

 とはいえ、何の変化も無かったわけではない。朝の支度を終え、さて今日は何をしようかと会議室に向かう最中、その変化の理由たる存在の足音が聞こえてきた。

 ペルヒェとレハゼムと連れ立って廊下を歩いていたカクアは、その音を聞きシェルターの出入り口の方へと目を向ける。すると間もなく、隻腕の女の影が階段を降りて来た。この所の状況の変動の近因、レイだ。

 『甘えさせてもらう』との宣言通り、彼女は時折ここにやって来て、その身体を休めてゆく。あまり手厚いもてなしは出来ていないが、雨風の心配も無く、地面よりずっと柔らかい寝台で休眠出来るというのは、それだけで有り難いのだそうだ。


「こんにちは。元気?」


 無機質な表情のまま、社交辞令的な挨拶をしてくる彼女の背には、大きく膨らんだリュックサックが負われている。ボロボロの、所々に血や泥がこびり付いているそれを、彼女は細い右腕で持ってこちらに差し出して来た。


「ああ。お陰さまでな」


 カクアはそう応答し、リュックを受け取る。男のカクアでも両手で持たねば引き摺ってしまう程、重い。まぁ、それが苦である事は表に出さないが。

 このリュックの中には、レイが廃墟を巡る最中集めたという物資が、ぎゅうぎゅうに詰め込まれている。宿代代わりにと、ここにやって来る度に持ち込んでくれるのだ。


「じゃあ……休む……? いつもの部屋、使って良いよ……」

「そうさせてもらう。あ、けど、きみたちは今から会議か何かかい?」

「当たり、だけど……」

「オーケー。だったら、もし良ければ、わたしも混ぜてもらえないかな。きみたちが今どんな事をしているのか、知りたいんだ」


 苦労しながら、カクアはリュックを運ぶ為に背負う。その様をじっと見つめながら、レイがそんな事を言い出した。ペルヒェが応じる。


「良いけど……どうして……?」

「殆ど、単純な好奇心だよ」


 そう言い、レイは作り物めいた笑顔を浮かべる。その笑みは、喩えるならば良く出来たケーキの模型だろうか。確かに美しいが実が伴われていない。


「好奇心、ねぇ……あたしに、興味……?」

「うん。なんだかんだといっても、わたしは変わった人間が大好きだから」

「……そんなに、変わってるかしら?」

「まぁ、なんか、うん。おれ、倉庫行って来るから」


 突然会議に混ざりたいと言われたのには些か驚いたが、断固拒否する理由も無い。会議室に向かう姦しい三人組を尻目に、カクアはえっほえっほと倉庫へ物資を運び始めた。




 日持ちのする食糧、使える状態の薬剤、いくらでも使いようが有りそうな機械類。レイのリュックの中身を、一先ず大まかなカテゴリごとに分けて整頓する。一先ずそこまで作業を進めた後で、残りは後でやろう、とカクアは踵を返した。

 だがしかし、以前の記憶と照らし合わせてみると、資源はズンドコ目減りしている。まだまだ貯蔵はたんと有るように見えるが、減っていくのを見るのはどうにも気が滅入るモノだ。

 シェルターの奥の方に有る倉庫から、比較的出入り口に近い所に有る会議室までは、そこそこの距離が有る。途中、あくせく動き回るドロイドたちとすれ違ったりしながら、彼は目的の部屋へと進んだ。

 やがて会議室へと辿り着くと、雑談で時間を潰していたらしいペルヒェたちがこちらに振り向いた。ケーキがどうの、服がどうの、といった単語が来るまでに漏れ聞こえていた事から察するに、所謂ガールズトークというものをしていたのだろう。


「ん、カクア……じゃあ、ちゃんとした話、始めようか……」

「ええ、そうしましょう。……絵に描いた餅なんて、虚しいだけです」


 楽しげな話題を出していた割には、何だかレハゼムの表情が暗い。恐らく、もう手に入らないものの話をしていた所為で、現実をまた思い知ってしまったのだろう。


「まぁ、会議と言っても……特に何も起きてなければ、曖昧に『この辺に行く』と決めて……で、実行に移すだけ……」

「そうなんだ」


 遠征の時は、もっとルートを煮詰めたりもしたが、日帰り出来る距離ならそんな具合だ。けど、とペルヒェは逆接する。


「そろそろ……ドカン、と収穫……欲しいよね?」


 先ほど考えていた事を見透かされたようで、カクアは度肝を抜かれた。頷く彼に、彼女は続ける。


「その内、引っ越しを視野に入れる、なら……暫くあたしが動けなくても、何とかなる様……余裕が、欲しい。そうでなくとも、普段の収穫は、消費を上回っている……だから、遠征を、しよう」


 小さなボードゲームの駒を、机の引き出しから取り出し、ことんと地図の上に置く。彼女が示した場所は、赤文字で『キケン』と注釈された、ベリド地下繁華街の出入り口の、ここから最も近い西方の場所に有る一つだった。

 この辺りで最も多くの人々が逃げ込み、小規模な国家の如き様相を見せるコミュニティ。他の介入を嫌い、徹底的に来訪者を拒絶しているという所。

 近づいて地下街に入ろうとすれば、それだけで撃ち殺されかねないと、重ね重ね釘を刺されていたのだが、どういう風の吹き回しだろう。そんな思いを込めて彼女を見返すと、先ほど置いた駒の周辺にも幾つか目印を置き始めた。


「ここと、ここと、ここ……何人居るかとかは、まちまちだった、けど……通ると、いつも見張りっぽい奴らが、居たんだ」


 そういえば、と彼は思い返す。指し示された辺りを通る際、ペルヒェが廃墟なんかを熱心に見つめている時が有った。その時は何も気に留めていなかったが、きっとこの監視の存在を確かめる為だったのだろう。

 変な所でマヌケだが、やはりペルヒェは希代の天才だ。基本的には抜け目が無い。カクアは感心しながら、話の続きを聞く。


「それで、昨日見た時……その監視が、居なかったんだ……いつもは居たのに……何か、変化が有ったと、見る……」


 監視を出す人手が足りなくなったか、それとももうそんな事をしなくても良いと断じたのか。何にせよ、接近を試みる価値は有る──彼女はそう睨んだのだ。


「とはいえ、危険……殺されてしまうやも……でも、もしベリドの人々とパイプが作れれば……道が広がる、かも……」

「成る程、な……」


 説明されたリスクとリターンを踏まえて、カクアは考え込む。現在、手持ちの中でも余っている資材と、必要な物を交換出来たりすれば、かなり状況は良くなる。

 だが、死ぬかもしれないというリスクは大きい。相手の武装がどの程度なのはは不明だが、単純に相手の方が人数が多いのだ。囲んで撃たれたり殴られたりすれば、どんな重装備をしていてもひとたまりもない。

 殺傷性の高い魔法が使える者は恐らく限られているだろうが、ベリド地下街には本当に沢山の種類の店が有る。使える状態の銃なんかも有るやもしれないし、舐めてかかればあっという間に蹂躙されるだろう。

 それに、何も襲って来るのが人間だとは限らない。燃える鳥の怪物の姿が脳裏を過る。


(警邏が居なくなったのは、もしかしたら……)


 何らかの超常生物が件の地下街を襲撃したから、見張りを出す事が出来なくなっているのやもしれない。その可能性も十分現実的なレベルには有る。

 そしてもしそうだとすると、危険性は青天井に跳ね上がる。あの魔物のように分かりやすい奴ならまだ良いが、例えば実体の無い幽霊のような化け物や、人のような姿をしながらも凶暴な奴だったりすると、とても拙い。


「私は、行った方が良いと思いますけど」


 そんな事を考えていると、不意にレハゼムが口を開いた。神妙な表情で、彼女は続ける。


「もし近づいて駄目だったら、囲まれたりする前に退散すれば良いんです。それが出来るくらいの力は有りますし、首尾よく行った場合のリターンも大きいですし」

「むう……そうだな。おれも、ベリド地下街との接触を試みるのに一票だ」


 カクアはレハゼムに賛同する事にした。危険性は挙げようと思えばいくらでも挙げられるが、実のところそれらは普通にやってても隣り合わせな代物なのだ。レハゼムの発言も、その辺りを踏まえた結論だろう。


「じゃあ、さ……レイ、さん? あなたは、どう思う……?」


 二人の意見を聞いたペルヒェは、黙って成り行きを見守っていたレイの方に話を振ってみせた。唐突な事に、彼女は少し驚いたような色を無表情に滲ませる。


「わ、わたし?」

「そう……どうかな……」

「う、うん。わたしには何とも言えないな。わたしは部外者なのだし、きみたちの行動に口を出す真似は慎まなければならない」


 あくまで自分はただの食客なのだ、という一線を踏み越えない態度。彼女はこちらに好感を持ってはいるようだが、そこまで入れ込もうとも思っていないのだろう。ペルヒェは「そっか」と頷いた。


「じゃあ、そういう事で……今日は用意に専念、しよう。レハゼムは……どうする、付いて来る……?」

「出来れば。留守も、少しくらいなら他の者に任せても問題無いでしょうし」

「分かった……なら、一緒にね……じゃあ、早速行動だ……」


 パンと一つ手を叩き、ペルヒェは駒や地図を片付け始める。それを合図に、今日の会議は解散と相成った。

 さて、まずは先ほど途中で終わらせて来た倉庫整理の続きからやろうか。そう思って、カクアは一番最初に部屋を退出する。すると、何故だかレイが彼を追いかけて来た。


「何だ」

「手伝える事が有るか聞こうと思った。力仕事とかなら役に立てると思うけど」

「……休まなくて良いのか?」

「体力には余裕を持って休みに来ている。きみたちには本当に世話になっているから、少しくらいは恩を返したい」


 腰に片手を当てつつ、彼女は薄く笑みを浮かべる。いつの間にか、歯の欠けた口元を隠す癖が無くなっていた事に、今気付いた。


「なら、少し手伝って貰おうか」

「うん。付いて行けばいいかな」


 カクアは頷き、再び前を見て歩き出す。手伝ってくれるというのなら、素直にその手を借りておこう。地道な治療により、左腕の火傷は大分良くなったが、まだ全快とはいえない状態だし。

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