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ポスト・フェイクフェイリヤ  作者: 夢山 暮葉
第一章:最初の七日間
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六日目:レクシス・エヒュレプ-甲


 日を跨げば、随分と気分は楽になっていた。悲しみは全く消えちゃいないが、何もかもが厚い幕の向こうに有るような感覚は無くなっていた。

 どんなに理不尽な出来事が降り掛かっても、時間は流れ続ける。死なない限り、人生は続く。休息の最中それを思い出し、彼はどうにか心を立て直したのだ。


「昨日は情けない所を見せたな。すまなかった」


 帰路につく前に、乾パンと果物の缶詰で腹ごしらえをしながら、カクアは昨日の件を謝罪する。ペルヒェは乾パンをミルクで流し込みながら、こくりと頷く事でそれに応えた。

 しかし、こんな遠くまでやって来たのに、物質的な収穫は殆ど得られなかった。父の腕時計は使えたやもしれなかったが、持って行く気にはなれず、亡骸と共に埋めてしまったし。

 多少実家の廃墟から物資は掘り起こしたが、これ以上ここを荒らしてしまうと、ここを縄張りにしている奴らを怒らせてしまいかねない。見つからないうちにすたこらさっさとトンズラするに限るだろう。


「……本当に、悲しいね。本当に……」


 そう呟くペルヒェの視線の先には、昨日作った二つの墓標が有る。当事者たるカクアと同じくらい、彼女も気を滅入らせているようだった。


「あのね、カクア……」


 不意に、ペルヒェが何か言いたげにこちらに振り向く。何だ、と言わんばかりにカクアが首を傾げると、彼女はぱくぱくと口を動かしながら、どんどんと顔を青ざめさせていった。


「…………い、や……ごめんね……」


 今にも気を失いそうなくらいに顔色を蒼白にした後、やっとといったふうに彼女は言葉を紡ぎ出した。それきり、肩を震えさせながら黙り込んでしまう。

 はて、一体何を言おうとしたのか。何かを隠しているふうであるが、この態度を見ては踏み込める程、彼は不神経ではない。下手な事を言えば、特大地雷を踏み抜いてしまうだろう。

 ただ。


「あんたが謝る必要は無いだろ。……誰も悪くない、誰も悪くないんだ」


 ペルヒェは何も悪くない。両親も、カクアも、その他の全ても、悪くはない。悪かったのは、運だけだ。ただただ、運が悪かったのだ──彼はそう語る。だが彼女の顔色が復活する事は無く、何か返事を発する事も無かった。

 一体どんな隠し事を抱えているのか。訝しく思いながらも、カクアは一足先に食事を終え、出発の準備を始める。




 微妙に気まずい空気のまま、来た道を辿ってシェルターを目指す。あの威嚇射撃をして来た一団を警戒し、別の道を通る事も選択肢に上がったが、迷子になる可能性が高いので止めておいた。

 また、ペルヒェの魔法で空間転移し帰還するという方法も、一応有るには有る。だがそれは最後の手段だ。

 空間転移魔法は、技術は確立され日常にも交通機関として使われる程になっているが、個人が発動するには魔力負担が大き過ぎる。そしてペルヒェは頭脳は天才的だが、魔法に関しては平均的エルフでしかない。つまり、魔法による帰還は不可能ではないが、数週間再起不能になる覚悟でやる必要が有るのだ。


(それにはまだ早い……)


 来るまでに辿った道程は、しっかりと覚えている。その途中が塞がれていたり、再びここいらの主に見つかったりしなければ、今日中に帰り着けるだろう。どうかトラブルが起きませんようにと祈りながら、カクアは車を走らせる。

 カクアの魔力を燃料に動くエンジンの音と、凸凹の地面を踏む音に混じって、何かの叫びのような音が遠くから響く。この叫び、外に居ると時々聞こえて来るのだが、一体何なのだろうか。

 根城のシェルター周辺よりも、その声はハッキリと大きく捉えられる。風の鳴く音にも聞こえるそれは、進むにつれて間隔が狭まり、またどんどん明瞭になっていっている気がした。

 ……いや、気の所為ではない。実際にそうなっている。ただのノイズ程度だった筈が、いつの間にかBGM程になっていた。


「……なぁ、ペルヒェ」

「うん……どうしよう、かな……」


 ペルヒェの方もそれに気付いていたらしく、カクアの声掛けに阿吽の呼吸で応じた。時間が経ったお陰か、出発前に見せたあの不安定さは鳴りを潜めている。


「進むか、それとも待ってみるか、だが」

「……進んだ方が、良いかな……待っても、好転する、とは……限らない」

「むう……そうだな」


 未知の存在に遭遇するやもしれない場所へ突っ込むのは、少々恐ろしい。が、待っていたとしても向こうからやってくるやもしれない。なら、さっさと危険地帯を抜けてしまう方が良いだろう。

 カクアは一つ深呼吸をすると、ぐっとアクセルを踏み込んだ。その傍ら、ペルヒェがロジバンをぶつぶつと唱え始める。内容を聞き取るに、どうやら防御魔法を何重にも展開しているようだった。


「カクア……ヘルメットとか、着けて……」

「両手塞がってるんだが」

「あたしが、手伝う……」


 重いので外していた装備を、ペルヒェの手を借りて装着する。そうして二人ともフル装備に戻った所で、ふとカクアはねっとりと絡み付く不気味な視線を感じ取った。


「おい、左──」


 その不快感の源を伝えようとしたが、言い終える間もなく、左側の形の残っているビルの亡骸から、まず十数人の人影が飛び出して来た。

 突然車の前に飛び出して来た彼らに、カクアは慌てて急ブレーキを踏む。刹那、轟音が轟いた。

 壁が砕け、ビルが崩れる。そしてその土煙の中から、巨大な影がまろび出る。全身に炎を纏った、馬鹿でかい鳥のような姿の化け物が。

 大きさは二階建ての家屋くらいだろうか。普通の肉体と炎の身体が斑に入り混じっているような姿で、炎の中からは黒い骨格が見え隠れしていた。

 目玉と思しき白く濁った球体は八つもあり、翼は常識的に一対だが、脚は全部で六本も有る。──まさに、“魔物”としか喩えようの無い姿であった。


「なっ……!!」

「カクアッ、進んで!!」

「わ、分かった!」


 とにかく、この場は突っ切らなければ。先ほど飛び出して来た人たちが窓を叩いて来たが、カクアはそれを無視する。前方にまとわりつく者をはね飛ばして、鳥の横を走り抜けた。


「う、うわあああっ!! 頼む、待ってくれぇ!!」

「謝るッ!! 昨日撃った事は謝るからぁ!!」


 背後から彼らの悲痛な絶叫と、魔物の凄まじい咆哮が響く。その音色を聞き、彼は悟った。あの化け物こそ、時々聞こえた謎の叫びの主──そして、巨大な羽根や爪痕の正体であると。


「おいドロイドども、奴を止めろ!!」


 そんな言葉が鼓膜を叩く。ちらりとサイドミラー越しに後ろ側の様子を見ると、彼らが引き連れているドロイドを囮に逃げ出そうとしている場面が目に入った。


「ぃ……いや、だ」

「クズが、逆らうなっ! テメーらを有効活用してやろうってんだよ!!」

「ドロイドは人間様の為に生まれて、そして死ぬんだッ!!」


 特にドロイド愛護派でもないカクアでも、耳を塞ぎたくなる台詞の数々が飛び交う。彼らにはものを大事に扱うという発想が無いのだろうか。ペルヒェが言葉にならない悪態を漏らす。


「や……だ……」

「了解しました。了解しました。了解しました。了解しました。了解しました」

「あ、あうあ、あうー」


 背中を突き動かされ、四人のドロイドが化け物の前に立たされる。その肉壁を盾に、残りのヒューマンたちがさっさと逃げ出そうとするが、その前にドロイドたちが動いた。


「──野郎ども! 反乱の時間だ!!」


 ドロイドたちの内、最も小さな姿をした者が、そう叫んだ。すると同時に四人がヒューマンどもに追い縋り、足を払い地面に蹴り倒し足止めしてしまう。全員を転ばせた事を確認すると、ドロイドたちは一気に駆け出した。


「な、何をするッ!? このクズどもっ……!」

「さぁ逃げろっ、世界の果てまでも!! 俺たちはこれで自由だっ……自由なんだ!! アーッハッハッハッハッハッハ、ヒィーッフッヒャッハッハァーッ!!」


 けたたましい狂喜の笑い声と共に、ドロイドたちは全力疾走でその場から姿を消していった。残ったヒューマンたちが慌てて体勢を立て直すが、もう既に遅い。

 鳥の化け物が狂乱の叫びを上げ、燃え盛る身体で人の群れの中に突入する。ヒューマンたちが潰され焼かれるその瞬間、カクアは目を瞑った。おぞましく凄まじい断末魔が鳴り響く。

 そして再び目を開けると、黒こげの人間だったモノたちと、何処かへと去ってゆく魔物の姿が捉えられた。一先ずは助かったらしいという事実に、彼は心からの安堵の溜め息を吐いた。


「……ちょっと、前……!」

「え?」


 ペルヒェの切羽詰まった声に、カクアは視線を前方に戻す。すると、来る時には間違いなく通れる状態だった筈の道が、倒壊した建物に塞がれてしまっているのが目に入った。


「……オイオイ、嘘だろ?」


 さぁっと頭から血が引く中、彼は一先ず車を止める。瓦礫の山、というより、瓦礫の壁、とでもいうべき程のその障害物に、カクアは呆気にとられた。これでは帰れない。苦労して見つけたルートだったのに。

 その隣で素早く地図を取り出したペルヒェは、通れる可能性の有る別ルートを検索した後、がくりと項垂れた。芳しくない結果だったらしい。


「まずい、ね……とても……」

「どういう具合にまずい?」

「ここの道が、通れないと、なると……あそこも、駄目で……あっちも、駄目だから……そっちの……さっき、魔物が逃げてった、方……行くしか……」


 彼女に説明されたその事実に、さしものカクアも乾いた笑いを浮かべる事しか出来なかった。一瞬、目の前の瓦礫を乗り越えられないだろうか、と考えたが、無理そうだな、という感想しか出て来なかった。


「空間転移で帰るか?」

「……もう少し、粘れないかな……」


 こちらの問いかけに、ペルヒェはおずおずといった様子で答える。限界に近い全力を出すというのは、どんな事であるにせよ疲れる事であるし、可能な限り避けたいのだろう。

 高負荷の魔法の辛さを彼は知らないが、筋肉痛みたいなものだと思えば良いだろうか。カクアは頷き、Uターンをすると、通れる望みのある道の方へと走り出した。


「OK、なら、祈っていてくれ」


 あの化け物と出くわさない事と、首尾よく抜ける道が見つかる事を。遠くない所から聞こえるあの叫びを耳に捉えながら、カクアはぶるりと身体を震わせた。

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