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血縁

「綾辻君。お願いがあるのだけれども」

「お断りします」


 場所は再び図書館。雪人は新しくついた序列第一位の騎士――――――ガイルさんのすぐ横で、再びパラパラと本の冊子をめくり続けてはや三日。大体召喚されてから一週間が過ぎたであろう頃合いに尋ねてきた委員長風女子、香林の言葉を内容も聞かずに一刀両断した。


 いや、内容は予想がついている。どうせあのことだろうと辺りをつけて、ため息と共に口を開く。


「どうせ自分たちにも杖術を教えてほしいといったところだろう? だが残念ながらあれは攻撃型アタッカーの魔導士には向かないんだ。というわけで諦めてくれ」


 雪人と翔也の決闘騒ぎの後、日輪は本格的に雪人に杖術を習いに来るようになった。

 普通、八百長した結果とはいえ、負けた雪人のところに日輪が杖術を教わりに来るという事はあり得ないと思っていたのだが、あの決闘が終わった後に、日輪と翔也の一対一の戦いで、見事日輪が油断していた翔也から剣を取り落させることに成功したらしく、その後も日輪は雪人に杖術を教わりに来るようになった。

 

 それを聞いて、まるで外出を認めないお父さんと門限を伸ばそうとする娘のようなことやってるな、と雪人は感じたが、何も言わなかった。もしそうだとしたら、自分が日輪の彼氏的ポジションになってしまい、そんなことを言った日には何を言われるかわかったもんじゃない。


 勿論、雪人は日輪にただで杖術を教えているわけでもない。しっかりと魔法の検証に付き合ってもらっている。


 大方、香林たちはそんな風に実力をつけていく日輪のことを見て、自分たちも杖術を習いたいといったところだろう。


 雪人が実際に、攻撃型魔導士アタッカーには杖術が必要ないというと、目に見えて動揺する。


「そんなこと言わないで杖術の一つや二つを私たちに教えてくれてもいいじゃない。どうせ神宮司さんには教えているんでしょう?」

「少なくともBは俺に教えてもらう対価をちゃんと払っているから教えているんであって、俺は慈善事業をしているんじゃない。それに何より人の必死に身に着けた技術を、教えても減らないからいいじゃないかとか言ってくる奴に教えることは無い。帰れ」

「そ、それは……」


 取り敢えず正論で相手を言い負かしておく。自分はあと一週間もすれば城を出ていくことも決まり、時間がないということが分かっているというのに、絡んでくる相手を構う暇は無い。


「俺はこの城からあと一週間もすれば出ていくんだ。そのために知識を蓄えていくのに時間がないという事さえあれ、余っているという事は無い。分かったら図書室に用もない人間がここに来るんじゃない」

「お、同じ異世界人じゃない! そのよしみで助けようとは――――――」

「全く思わない」


 取り付く島も無しという雪人の態度を見て、さすがにこれ以上何か言っても無駄だと判断すると思ったのに、香林はまだそこにとどまったままだ。

 プルプルと震えているのは視線をくれもしない雪人に怒りを感じているからだろうか?

 すると震えたまま、彼女は語気荒くこちらに叫んでくる。


「ああそう! 貴方はそう言う薄情な人間でしたね! それならいいですよ。こっちはこっちで好きにやらせてもらいます! 冬音ちゃんにもそう言っておくわ!!」

「何?」


 突然出てきた妹の名前に疑問の声を上げる雪人。そんな様子を見て、頼まれてもいないのにペラペラ話し出す香林。


「彼女が貴方が兄だから話したいという事を聞いてここに誘いに来たのに、貴方は自分の青春のことばかり気にしているようだったと伝えておこうじゃない! 最も私は、彼女の心配を無に帰すような最低の兄だったということを伝える気は――――――」


 ペラペラ話している香林の言葉を右から左に聞き流し、何故妹が自分に会いたいと思っているのかについて考え込んでみる雪人。


 はっきり言って雪人は自分の妹との関係が良好とはいえない。というか関係自体が存在しない。血縁関係はあるはずだが、家の中でも学校でも話したり、声をかけたりしたことは一度もない。


 時折、遠くからこちらのことを無言で見ているときもあったが冬音が一体何を考えているのかは見当もつかなかった。


 そんな妹がこちらと話しておきたい? いったい何を考えているのかさっぱり雪人には見当もつかない。 


 もしそれがどうでもいいことなら何の問題もないが、今後の彼の自由に関係してくるのならば対応しておかないといけない。


 ついでにここらで血縁関係をすっきり清算しておくのもいいだろう。


「丁度今は訓練場にいるみたいだな……。よし、さっさと行くか」

「あ、こら待ちなさい!」


 窓の外を見て、妹の姿を確認した雪人はまだまだ話していた香林をほっといて、訓練場に走って向かった。

 ガイルさんはついてこれたのに、香林の方はついてくることはできず、後ろから何か叫んでいたが、二人はまったく止まる気配を見せなかった。


 

















 雪人は訓練場の端っこの木の後ろで、目立たないように冬音の様子を窺っていた。


 別に物陰に隠れてハアハア言ってる変態ではない。単に、こちらに絡んでくる兵士が訓練場には多いからだ。


 雪人としては決闘で負けといたし、そこまで目の仇にされるような事にはなっていないと思ったのだが、やはり決闘で翔也相手にああいう戦い方は不味かったようで、ここに来る途中何回も兵士に絡まれかけた。


 ガイルさんの方は、我関せずといった様子でこちらの助けを求める視線に答えてくれないし、暴れるわけにもいかないので、適当に逃げまくって兵士を撒いておいた。


 普通に身軽な布の服を着ている自分に、見るからに重量のある鎧を着たガイルさんが息も切らせず、眉も動かさずについてこれたのは流石というべきだろう。鎧も性能がいいのか、動くたびに跳ねるパーツというものもなく、信じられないほど静かに雪人についてきた。


 身体を見る限り、全身に筋肉の鎧をまとっている重量級の騎士なのだが、動きは見た目に反して驚くほど滑らかである。その気になれば、木の枝の先にでも乗れそうな身軽さと速さだった。


 そして、そんな超人のようなガイルさんは丁度木の下の茂みのところに身を隠していた。彼の巨体では、木の陰に隠れることはできなかったからだ。 

 ただし、考えてみるとガイルさんはここの兵士にも尊敬されている騎士である。雪人と違って隠れる必要も無い。


「ガイルさん……あなたがそんなところに潜む必要は無いんですよ」


「……」


 雪人が取り敢えず聞いてみたのだが、彼はまったく口を開かない。無口なんだろうか。自分には真似できそうもないが、ガイルさんは無駄に言葉を発しない人のようだ。

 

 というか耳を鍛えているはずの雪人の耳にすら呼吸の音が聞こえない。いったいどうやって呼吸しているのか。もし彼が潜んだら、自分では気配を辿れそうもない。

 達人とひたすら黙って何もしないで近くにいるというのはとても苦痛である。主に、神経の安らぐ隙が無い。


 早く訓練終わってくれないだろうか。そうしないと自分はここから逃げられない。

 雪人は久しぶりに居心地の悪い空間というのを体験していた。


















 ようやく冬音の訓練が終わった時、雪人はあまりの安堵に膝をつきそうになった。何となくガイルさんは雪人の師匠と雰囲気がとても似ているので、どうしても自分が修行に付き合わされていたころを思い出して、身体が緊張にこわばってしまったのだ。見ると、結構あちこちの筋肉が硬直している。

 

 訓練を終えた生徒たちは、幾人かの水の適性をもった魔導士たちに疲労回復型の魔法リフレッシュをかけてもらっている。確か理屈としては、水の魔力で筋肉中の疲労物質の身に攻撃を当てるということだったはずだ。自分の修業の時もそんな便利なものほしかったなあ、という自分から見ても下らない事を考えながら、話があるという自分の妹――――――冬音の姿をキョロキョロとあたりを見回して探してみる。


 するとそんなに遠くない、今の訓練で最も木から遠いところに冬音はいた。一人ポツンと所在なさげに立っている一人の儚げな少女の姿を確認して、それが妹であると分かったのでとりあえずそっちの方に向かう。


 近づいていくと分かることだが、冬音は実に小さい。いや、もしかすると近づかなくても分かっていたことかもしれないが、近づくとその小ささが実によくわかる。

 確か、身長は百三十センチあるかないかとかいうことを両親に報告していたのを聞いた気がする。自分の身長は百七十センチでまだ伸びている成長期なので、一部では小動物のような容姿からマスコット的な扱いを受けている妹が、本当に自分と血がつながっているのか確かめようとしたこともあった。

 なぜか、家にはその証拠書類がなく、調べても分からなかったが。


 それに一度、妹のシンパというか、溺愛者に攻撃を受けたこともあった。

 確かその時は、暴徒と化した女子の数人に刃物を持って追い回されたので、徹底的に報復して天井に吊るしておいた気がする。その所為でさらに自分は孤立したが、自分を去勢しようとしてくる女子に手加減の余地は一切ない。あの時ばかりは男子生徒の言葉にならない同情の視線を受けていたような気もする。


 そんな騒動の種になる妹が一体何の用なのか。警戒しながら雪人は冬音に声をかけた。

 

「よう。そういや委員長からなんか俺に話があるって聞いてきたんだが、一体何だったんだ?」


 そう尋ねた自分の声にたいして緊張の色は無いはずだが、どうだろうか。自分はこの妹と話したことなどほとんどない。主に自分を彼女に近づけなかった両親の存在があったからだが、そんなものを言い訳にしても今の自分が冬音と話しにくい気まずいものがあるのも事実。果たして目の前にいる少女はどのような反応を示すのか、雪人にも予想がつかず、そのことが少々不安で大分面白い。


 雪人の期待の視線の先で、冬音と呼ばれる少女は長い髪を風に揺らして大して緊張した風もなく口を開く。


「兄さんは……兄さんは強いのにどうして魔王を倒そうと思わなかったんですか? 兄さんなら数年すればきっと魔王でも倒せるでしょう?」

「なんだそりゃ?」


 何らかの皮肉でもなく、純粋に疑問に思ったというような口調でこちらに語りかけてきた妹の第一声は雪人の想像の斜め上をいっていた。


「いや……なんでも何も、俺が前に王様に魔王討伐を断る時にその理由を説明したはずだが? 俺が無能だったんだから魔王討伐には参加しないって」

「……兄さんならやろうと思って決めたらできるんじゃないんですか?」

「それはどこの超人の話だ。俺は普通に努力する人間だぞ」


 いったい何を言っているのかこの妹は。そう怪訝に思って胡乱げな視線を向けるが、怯んだりして表情が変わったとかいう様子もない。


 というかさっきから騎士の第一位の人がこっちの話を聞いているんだからそんな話題をしてほしいとか思わないんだが。

  

「話はそれだけなのか? だったら俺はもう行くぞ」


 とりあえずそれだけ告げて図書館の方に戻ろうと、振り返って足を踏み出す雪人。しかし、彼が足を踏み出す前に服の後ろを誰かに掴まれてしまった。

 というか誰かでもない。冬音である。


「なんだ? まだなんかあるのか?」


 振り払うこともできたが、ここで一気にいろいろなしがらみを消しておくには用件はすべて聞いておいた方がいい。そう思って立ち止まる雪人。

 冬音はそんな立ち止まった雪人に倒れ込むようにしてもたれかかってきた。

 いきなり小さな少女にもたれかかられるという驚きで、硬直した雪人。その耳にだけ届くように冬音が小さく囁く。


「―――――――――――――――――――――――ね」


 そのまま冬音は、すぐに体勢を整えて雪人とは逆側に走り去っていく。呆然としたままの雪人。


 ガイルは何も言わず、硬直した雪人の肩をポンポンと叩くだけだった。



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