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訓練

 面倒なことは向こうから舞い込んでくるもので。


「はぁ……めんどくさい。なあ、事実を知ってもどうしてもやめる気はないか?」

「ふざけるな!! お前が日輪に暴力を振るった。それが事実で真実だろう!!」

「……これだから馬鹿は面倒だ……」

「今なんて言った!!」


 そんなヒーロー気取り大寺の五月蠅い言葉を完全無視し、のろのろと指定された場所に動いていく雪人。その姿にやる気などは皆無であり、持っている木刀も今にも地面を引きずりそうだ。


 訓練場の一角。そこの周りよりも開けた場所で最初に勇者になることを選んだ大寺と最初に勇者を拒絶した雪人がお互いに武器を持って対峙する。

 大寺は戦意を漲らせ、雪人は完全脱力して、向かい合う姿は実に対照的であった。

 そもそも何故こんな事態に雪人が巻き込まれたのかというとそれは少々時間をさかのぼること三十分前。 

 食堂での雪人たち三人の会話が原因だった。


















「一体、綾辻君は魔法についてどこまで理解しているの?」

「大体基本四系統上位二系統の属性に関する論文は一通り読みこなす程度には理解しているぞ」


 王宮内食堂。王宮に仕える多くの兵士や衛士達が自分たちの配給を受け取り、また、足りないものは追加を自分の給金から払ったりして食事を増やしたりして混雑しているそんな食堂。雪人も日に三度の食事ではここのお世話になっており、大抵はここで食事三人分から五人分を食べていることで食堂利用者の中では今や一躍有名人だ。


 彼の鍛えた身体についている筋肉の維持のためには仕方のない量なのだが、はた目からは彼の細身の体には筋肉がついているようには見えない。鍛えているのが体の外だけではないことと着やせする性質だったことも相まって、周りからは細身なのに大量に食う怪物であるとの認識を受けている。


 そんなこんなでただでさえ注目を集める人物であった雪人が、勇者となった異世界人の神宮司と一緒に食事なんてすれば目立つことこの上ない。

 今も魔法についての会話をしていく二人を横目に盗み見て配膳を運んでいく兵士がいたくらいだ。


 最も、そんな注目の視線で動じる繊細さは雪人にはなく、というよりも自分の現在の興味の向かう方向である魔法に意識をとられすぎていて気づくことは無く、ここ最近の日常で注目を浴びることに慣れた神宮司のほうも表情に何らかの感情を出すことは無い。若干一名、妙に集まる嫉妬と殺気の視線に冷や汗をたらしている騎士もいるにはいたが。

 というわけで周りに遠慮せず神宮司に自由に魔法について質問していく雪人。その様子を見るとどことなく親しい人たちの会話にも見えなくもない。


「水の魔法はどういった感じで発動する感覚があるんだ? 例えば水を魔法で発生させるとき、周りの水蒸気を集めているのか、それとも魔力自体を水に変換してるのか、そこらへんはどうなってるんだ?」

「んー。どっちもやろうと思えばできなくはないですね。でもどちらかというと魔力を水に変換する方が王道というかそのあとに行使する魔法の効果が発現しやすいので、複雑な魔法になってくると魔力から変換した水を使います」

「という事は単純に水滴を飛ばしたりする攻撃に関しては周りから水を集めて使うのか?」

「そっちの方が魔力のコストパフォーマンス的には楽ですね。まあ、そんな風に使うときは技量もそこまで必要じゃないことが多いですし、魔力を変換した水を使うことに慣れている人は単純な攻撃でも変換した魔力の方が発動が早いことが多いですので、全部魔力を変換した水を使う人もいます」

「じゃあ、疲労回復とかの血液に作用して効果をもたらす、元から媒体のある魔法に関してはどのくらいの苦労度があるんだ?」

「う~ん。まちまちですね。その人がどのくらいの魔力を持っているかという事とこっちの魔法を受け入れてくれているかという事が関係してきますね。大体は魔力の多い人や魔法を受け入れてくれてない人には強い抵抗感があります」

「じゃあ……」


 会話の内容は、雪人が資料を読んで推測していた魔法の感覚のことについて質問していくという形式で進んでいく。全く色気の欠片もない健全な会話であるが、この光景を見て独り身の兵士たちはうらやましさに殺気を放ち始める者もいる。


 それは雪人の隣という美少女しんぐうじを見れる特等席に座っているナシアスにも向けられていたので彼の冷や汗は留まるところを知らない。

 彼の鬼教官に与えられる針の筵に匹敵するような居心地の悪さに場所を変えようとしたいところだが、生憎と彼は四人掛けの机に用意されたソファーの奥の方に座っていて、雪人が動こうとしないと席を立つこともできない。


 その雪人は今は自分の知識のすり合わせのための確認に興味津々で、こちらの訴えかけるような視線に気付く様子はない。

 自分はこのままでは数多くの兵士の恨みを買ってしまう。ならばせめてこの勇者を見ることができたという幸運を最大限利用しよう。そう意気込んで彼が視線を前に戻した時だった。


 唐突に通路と机を隔てた壁の向こうから彼の肩に腕が回される。

 がっちりと掴まれた肩には痛いほどの力が込められており、首の方も若干絞められてきている。

 ナシアスは彼を掴んだ個の剛腕の持ち主に嫌というほど身に覚えがあった。


「随分とうらやましい環境だなぁ。ナシアスくぅぅん。そんな風にたるんでいる君にはこの後の訓練コースをプレゼントしてあげようじゃないか」

「きょ、教官!」


 そう、誰あろうナシアスを鍛えてくれている鬼教官。戦場にて雄々しく戦う姿はまさに鬼、その剛腕による大剣の一撃は大岩を割るというほどの威力を誇ると言われ、”剛刃ごうじん”の二つ名で他の国や冒険者にも知られている実力者。


 本人は普段はいたって気さくな面倒見のいいオッチャンなのだが、ここ三日の訓練に出てないことと異世界人二人に囲まれているという状況がうらやましく見えたのか、かけられた力は尋常ではない。


 メキメキと悲鳴を上げ始めた肩の骨を自覚し、必死にタップしてギブアップを伝えるナシアス。

 その必死なやり取りが雪人と日輪の意識をこちらに向けることに成功する。


「あれ、昨日会った教官じゃないですか! ですがナシアスをいじめくんだったら外の訓練場でやってください。ここは食堂ですよ」

「おい!? 雪人!?」

「おお! ワリイワリイ。こいつは話に参加していないようだったから借りていこうとここで捕まえてたんだが、邪魔したようだな。じゃあナシアス。久しぶりに気持ちのいい訓練に行こうじゃないか!」

「ひぃぃぃぃ!!?」


 よいしょっとという掛け声と一緒にナシアスを強引に持ち上げ、壁の向こうに引きずっていく鬼教官。

 勿論雪人は止めはしない。流石に新任騎士をいつまでも拘束しているのは不可能だと彼も考えていたし、そろそろ彼も訓練に参加する必要があるだろうという気遣いだ。決して怨みではない。


「えっと……? 止めなくてよかったんですか?」

「面倒」


 そう告げて省みることもしない雪人の様子にあきれたような仕草を見せる日輪。もう一度どこまで話したかを思い出そうとする雪人の前で、「あ!」と日輪が声を上げる。

 疑念を持った雪人が尋ねると「武術を習っていたという事ですが杖術は使えるのでしょうか?」と聞かれたので肯定しておく。別に隠すほどの必要性は目の前の少女に感じなかった。すると、「私に杖術を教えてもらえないでしょうか?」と頼み込まれてしまった。


 それを聞いて雪人は嫌そうに首を掻く。


「はあ? なんで俺が教えにゃならん。ほかにもいい教官とかいそうなもんだろう? そっちで習えよ」

「いえそれがですね。この世界の人は魔法使いは接近戦を習得するという概念がないそうで誰も杖術を習得していなかったんですよ」

「じゃあそれでいいじゃないか。わざわざ俺に杖術を習う必要も無い。お前は回復職なんだろう?」

「はい。ですがこの先魔王と戦うときには絶対に接近戦の技術は必要になってくると思うんです」


 言っていることは正論だ。今後冒険において接近戦ができないというのは大きなリスクになるだろう。

 しかし、


「仮にお前に俺が杖術を教えても、魔法のあるこっちの世界では魔法込みの動きがある武術が主流だろう? だったら純粋に筋肉の動きのみに頼るあっちの動き方を習っても意味がないだろう。俺みたいに魔力が全くないってんならともかく」


 そうなのだ。こちらにいて一日で気づいたことに、こちらとあちらの世界の戦い方の明確な違いというのがあったのだ。あちらの世界には存在しない魔法という技術が存在していることで、あっちの戦い方がこっちの世界では一部通用しないようになってしまっている。


 具体的には魔力をうまく循環させた攻撃の受け流しや、小技の魔法を使用した牽制や相手の態勢を崩すテクニックなど。はっきり言って魔物とも戦うことを前提にした戦い方もあるので、前の世界で雪人が身に着けた技術でどこまで戦えるかは正直微妙なところだ。

 そこらへんのすり合わせや新しい戦い方も考えてはいるが、今のところ全くの未知数である。


「そうなんですが、普通回復役というのが戦闘するときって魔力が尽きた時じゃないですか。だったら逆に魔力なしでも動けるようにしといて損はないんじゃないかと」

「言ってることは分からんくもない。だが俺にメリットがないし、俺には時間もない」


 確かにそう言われるとそんな感じもするがこの後雪人は図書館に本を読みに行きたいのだ。時間を無駄にできない以上、こんなところで面倒な手ほどきなどはしたくない。


「じゃ、じゃあ私の魔法を実際に研究するというのはどうでしょう? 本から得た知識のみではなくて実地で確認した方が良いことも多いと思うんです」


 お願いします、と頭を下げてくる日輪。正直断ってもいいが美少女に頭を下げさせるという行為のせいで周りから非難の視線が集中したことを敏感に察知する雪人。

 このまま教えないと突っぱねて受ける非難の数と、自分に向かう無能のレッテルからの排斥を考えて、しばらくの間メリットデメリットを考えてみたらどうしようもないという解答に突き当たった。

 ここまで目立ってしまった時点で、どちらも雪人にとっては悪手である。

 ならばまだ、魔法について学べるというメリットの多い選択を選ぶのもいいだろう。


「……手加減はしないからな」

「はい! よろしくお願いします!」


 そんな感じで雪人は杖術指南を承諾した。















 そうして食堂から出た二人は訓練場の方に向かった。


 途中、すれ違う兵士たちに何度見かされたり、杖術に使う杖をもらいに行くときに怪訝そうな表情もされたが、無視である。恐らく無能の自分が、一体何のために魔法の発動媒体として必要な杖を使用するのかと疑問に思われたのだろうが、親切に教える義理もない。この世界に杖術を新たに広めたいわけでもないので使用用途は黙っておいた。雪人としても対価なしには情報は教えたくは無かったのだ。


 訓練が承諾されたことに喜びを感じているのか上機嫌で歩く日輪の隣で、借りた杖の重心の位置や握りやすさなどを確認していく雪人。杖と言っても見た目は棍のようなシンプルな短い棒を借りたので、そこまで扱いにくいというわけでもなく、むしろ単純故に初心者でもそれなりに形になりそうだった。


 日輪の話を適当に流しながら、自分の武器となる棒の癖と身体の動きを確認していく雪人。道行く人の中には彼の只者ならない棒捌きに目を見張り、訓練場の方に歩いていると悟るや否や、何人かはそっちの方に方向転換していた。


 そうして雑談しながらついた訓練場の端っこで、雪人と日輪は杖を構えて向き合った。


 ちょうど片腕を伸ばしきったような長さの杖を身体の前方に両端をもって構える姿。その構えはこの世界では見慣れないもので、そこに首をかしげる面々がいたが、彼らは訓練が始まってすぐに、構えが戦いに備えているものだと理解した。


「突きが遅い。重さも足りない。もっと地面をしっかりと足でつかめ」

「ぐっ、はい!」


 日輪が繰り出していく棒の先端を向けた突きを、両端を持った短い棒を回転させることで突きの軌道を逸らし、身体の各所に回転して威力の増した杖を叩き付けていく。

 動きの悪いところをそうやって矯正し、自分の杖の扱い方をどうやっているのかを見せていく。

 杖術に関しては雪人はそれが専門というわけではないが、彼も師匠から最初に教えられたことがある。


――――――杖は、一番万能の使い方ができる。


 言葉で聞いたときは、杖をどう扱うかについてはそれのみしか教えてもらうことは無かったが、師匠との戦いの中で師匠の技の使い方を盗むうちにその言葉の意味がだいぶ分かってきた。


 自由なのだ。杖の使い方は。


 持ち方を変えてしまうだけで刀や槍のように見立てた使い方もできるし、杖を上手く回転させれば相手の攻撃を逸らし、いなし、からめとることも可能。杖を掴まれたとしても両端を持って回転させれば容易く奪い返すこともできるし、何より防御に隙ができにくい。

 大刀を扱う人間と素手でやり合ったこともあるが、その時は相手が刀を振りぬいた後に懐に入り込むことができた。しかし、棒を使った師匠との戦いのときには懐に完全に入り込んだと思っても棒の中央部分で攻撃を受け止められてしまうことがあった。


 つまり、自分の身を守るのに棒術は適性が高く、しかもその後の他の武器の使い方にも通じることが多いという結構万能な戦闘術なのである。


 しかしまあ、この世界では風の魔法とかで回転速度を補助した棒術とかくらいならばありそうな気がするのだが、その辺はどうなのだろうか? 攻撃を半ば反射的に迎撃しながらそんな考えが頭をよぎる雪人。


 そんななかでも杖の攻撃には重さをいれないという配慮は忘れない。もし重さのある攻撃を雪人が打ってしまえば例え魔力の強化が十全にできている状態であろうとも目の前の少女には耐え切れないだろう。


 今でさえ、魔力の強化を容認しているのにも関わらず、軽い攻撃でもよろめくことがあるのだから。


 やっぱり鍛えてない人間が魔力強化してもいきなり超人にはならないな。とうまく体重を崩す様に的確な反撃をいれて次の相手の攻撃を待つ雪人。その姿に油断は無い。


 対する日輪には余裕は見られなかった。いくら男女の差があるとはいえ、魔力で強化した自分だったならばそう簡単にいなされることなどないと思っていた日輪。

 しかし、現実は魔力で強化してさえ筋力で劣り、攻撃をことごとくいなされ続けている事実。


 これが技術の差か――――――と改めて戦闘というものの奥深さを実感する日輪。召喚されて翌日に、戦い方の指南を受けた時とは比べ物にならないほどの実感が押し寄せる。しかし、そんな世界で自分もこれから戦っていく必要があると気を引き締め直して、水の低級魔法”キュア”で疲労を治し、再び打ちかかろうとする日輪。


 しかしその一撃は先ほどまでのように眼前の雪人に受け流されてはもらえなかった。


「――――――っち!」「――――――え!?」


 突然、対峙する二人の間に割り込んできた一本の模擬剣に雪人は舌打ちを、日輪は驚愕の声を上げる。


 このままでは自分に当たるかと思われた模擬剣は雪人が手元にあった杖をまるで生き物のようにうねらせてはじく。無防備になった彼の体に吸い込まれていく自分の杖に思わず目をつぶった日輪だったが、その手には何かを打ったような感触は無い。


 恐る恐る目を開けると、杖の先が完全に雪人の左手に掴まれていた。

 範囲の小さい突きの攻撃をいともあっさり掴まれていたことに驚きの声を上げそうになる日輪だったが、その声は眼前の雪人から放射された恐ろしげな気配に飲み込まされた。

 殺気、というんだろうか? 何とも恐ろしく、足の震えが止まらないその気配の中で、それが自分に向けられたものではなく、乱入者に向けられていることに気付く。

 そちらを見ると雪人の殺気に少々顔を青ざめた翔也が、両手に剣を構えた体勢で立っていた。


「―――――――おい。どういうつもりだ? 勇者様。いきなりこちらに真剣を向けてくるとは」


 地の底から響くような声で威嚇する雪人。対する翔也は青ざめた表情に怒りゆえか多少は血色を取り戻し、自分を叱咤するかのようにこちらに向かって怒声を張り上げてきた。


「お、お前が日輪に暴力を振るっているからだろう! 恥を知れ!」


 こんな妙な勘違いから雪人は勇者と決闘をすることになった。




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