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無能

 研究員たちのヒステリックな叫びの後、王の間は一気に騒がしくなった。


 と言っても生徒側ではなく国王側の方の人物たちが一斉に騒ぎ始めたからだ。

 何やら「無能だと!?」とか「王宮を汚しおって、処罰をくれてやる!」といった過激な拒絶反応から「異世界人だというのにどういうことだ」「水晶の破損ではないのか」といった疑問を持った反応まで。


 実に多様な反応に、しかし雪人はさしたる興味を持たず、狭苦しい測定器の奥から出てくる。


 開放感あふれる王の間にもどる雪人に、数々の敵意と困惑の入り混じった視線が突き刺さる。一難去ってまた一難、というか一難自体去っていなかったな、等と呑気な感想を抱いて、これからどうしようかと、なにやら困惑の表情を浮かべる国王の方を向く。


「そういえばお名前を伺っていなかったな異世界人殿。お名前を教えていただきたい」

「綾辻雪人と申し上げる」


 堂々と名前を告げる雪人に王は「それでは雪人殿……」と重々しく口を開きだす。


 何も語らずとも、この状況で自分の立場を理解できない雪人でもない。取り敢えず、あの宮廷人たちの反応から予測できる事柄をすべて集約。自分が最低限必要なことを考えだし「ちょっと待ってくれ」と手で王様を制した。疑念の表情で言葉を止める王様に、雪人は自分の話すべきことを組み立てていく。


「まず第一にさっきの水晶の反応は、俺には全く魔法の適性がない、という事でいいのでしょうか?」

「あ、ああ。今まさにそれを言おうとしていた。正確には魔力が存在しないという事だが」


 雪人の最初の確認に国王はコクコクと頷く。王としても異世界人が魔法の適性がないという状況は予想していなかったのか、反応も先ほどまでと比べ少々おかしい。雪人としてはその肯定は、魔力がないという事以外は予想通りのものだったので特に意外感はない。


 次に話すことはこれか……と雪人は話を最後まで組み立てていく。


「では次に聞きたいのですが……過去に異世界人が後天的に魔法を使えるようになったという事例はあるのですか?」

「いや……。私の知る限りなかったはずだ。そうだな、フェルート」


 国王は雪人の質問に対し、改めて研究員に確認して正確な情報を雪人に伝えようとしてくる。その態度にはこちらを気遣う色が見てとれたがそんなことに興味は無い。

 フェルートと呼ばれた研究員は、何やら慌ただしい様子で資料のようなものをめくった後に言葉を返してくる。


「は、はい。しかし、今しがたの測定で出た雪人様の身体能力値はそのお歳の人物としては異常なほど高く……もしやそれが関係するかもしれないのですが」


 機械測定の時に出てきた資料のようなものを片手に質問してくる。それをみて雪人は自分の身体能力とやらを勝手に測定されたことに舌打ちを打ちたくなったが、それは心の中だけにとどめておいた。

 案の定というべきか、国王も方もその話に興味を持ってしまう。


「む。という事だが雪人殿。詳しい話を教えてもらえるだろうか?」

「別に不思議な話でもありませんよ。俺は幼少の頃から体を鍛えていただけであり、その影響がこちらでも出ているだけでしょう。俺自身がこちらの世界に来てから特に体が動かしやすかったり、万能感を感じているわけでもないですしね。ちょっとそこの研究者さんにお尋ねしたいのですが……こちらの世界にいる騎士の能力値とかと比べても、自分の身体能力は異常に高いでしょうか?」

「いえ……そういうわけでは」


 特に焦った様子もなく詳細を微妙に誤魔化した雪人の回答に、研究員の方も同意せざるを得ない。

 思った通りに事が運んだので再び国王の方に向き合って会話を再開する。


「となると自分には異世界に渡ったという経歴はあれど、高次元の力の補正という恩恵は効いていないという認識で正しいでしょうか?」

「あ、ああ」


 国王の方も研究者と同じく残念そうだったが、雪人が遠慮することでもない。

 むしろここからが彼の本領発揮だ。


「まあそんなことはどうでもいいのです。国王様」

「は?」

「この世界では魔法に適性の無い”無能”は排斥されているのかもしれませんが……俺の世界では魔法もなく、魔力もないということが普通です。別に手足か何かを失ったわけでもない以上、自分が落ち込む必要はありません。ところで王様。残念なことに貴方の言ったような特別な力は俺には全くありません。この状況ではいくらなんでも魔王討伐という依頼は受けることができないでしょう。だからこの世界の最低限の知識を得た後は、他の勇者や貴族に騎士、魔導士の戦いの邪魔にならないように早々にこの城から出ていこうと考えますが、了承してもらえるでしょうか?」


 自分の発言は国王にとっても渡りに船だろう。雪人はそう考えた。先ほどの約束が効いている限り、王様は他の生徒たちの前では、例え雪人が無能と分かったとしても、自分のことを合法的に処理をできない。


 だが、ここで自分が知識を蓄えた後にすぐにでも出ていくと言えば、あちらはこちらを短期間で処分することが確定するし、こちらも一人好き勝手に生きていくことができる。もしもここで相手方がこちらを無能という理由で排斥しようと思っても、どうせすぐにこの城を離れるのだ。わざわざ絡むメリットもない。


 もしかしたら暗殺などをされて、自分の死を魔族の仕業と偽られる可能性もあったが、そんなことを考えていても今の自分の無能という不利な立場は変わらない。というよりもむしろ先ほどの貴族の処刑発言を聞く限り、自分が最短でこの城を出ようと思っていることを伝えておいた方が、命の危険が減りそうだったのだ。

 

 少なくとも、こちらの暗殺を知らないままでは凌ぎ切れる自信もなかった。


 というかそもそも先ほどの会話がなければ、自分は今頃、全くの知識を持たずに戦時中のこの国へとこの城を出ていくことになっていただろう。そんな不条理がまかり通りそうだと感じるほどには周りからの視線は痛い。


「しかしそれは――――――」


 それでも抵抗したのは国王に残された良心だったのか、はたまた他の生徒たちの手前、引き留めておこうと思ったのか。


 それでも雪人は止まる気は無い。本当は時間をかけて自分の判断を熟考したという事にしてそれでもと断るつもりだったのが、無能と判断され戦力外になったのだ。


 異世界という想像とは違った人生へと急展開を起こしてしまった自分の運命だったが、それもそれで自分の人生である。この状況はいきなり日本という環境から誘拐されたに等しいが、逆に考えれば、あと数週間我慢すれば自分は自由な世界に解き放たれる環境に開放されたという事でもある。勿論自由に旅したい。


 今の雪人には日本よりも安全ではないという問題は、さしたる障害にもなる気がしない。必要なら強くなっていけばいい。彼が生きていく上で半生をそうしたように。


「別に明日明後日にでも出ていくというわけではありません。自分に必要な知識を教えてもらったら出ていきます、いや誰かの手を煩わせる必要もありませんね。こっちの世界の常識についての資料を見せてもらえるだけでも構いません。自分は戦争時の状況というものを知りませんが、戦力にならない無能に構う余裕はないはずです。だったら最初の約束分、異世界から無理に召喚したという謝罪を受けてすぐに出ていきます。自分でも魔王の討伐の力になれる気はしないですしね」


 雪人の冷静な分析に国王もだんだんとその意見の有用性が分かってきたのだろう。もしかするとこちらの意思が固いことが伝わっただけかもしれないが、結構な時間悩んだ仕草をした後に、ためらった様子で


「……それで本当にいいのか?」

 

 と聞いてきた。まあ十中八九演技だと思ったが、「ええ」と雪人が即答すると、


「……ではもし気が変わったらその時は言ってくれ。この場はそういうことにしておこう」

 

 国王はそれだけ言って適性検査の終了を告げた。


 こうしてイレギュラーばかりの適性検査は終わった。

 だがそこには、無能というだけでこちらを殺そうとしている狂気の種が含まれていたことにこの段階で雪人が気づくことはできなかった。



















 パラパラと本のページをめくっていく。

 その速度は一秒一ページというようなほとんどの人には読むことはできないと思われる速さだったがそれでも雪人はきっちりと内容を把握していく。


 場所は王宮内の図書館。彼はあの能力適正検査のあった後、王様によって各個人に準備された個室に行くことはせず、ひたすら知識を蓄えるために図書館にこもりきりになった。

 図書館に入ることができたのは、王様との交渉の末、監視用の騎士をつけてもらうことを条件に、図書館の本を読む権利を貰い受けたからだ。


 それから必要な知識を身に着けたいという名目でおよそ三日間図書館の中に籠りっぱなしで本を読み続け、速読を利用した読書法で今や五百四十冊の本の内容を頭に入れている。


 この世界の情勢や戦力構成を見る限り、中世のファンタジーだという最初の確信はあながち間違いでもなさそうである。戦力の基本単位は騎士団で、この世界の強弱は保有する魔力や魔法の適性で大まかに決まるらしい。なんと戦力の内には冒険者という職業もあったが、そちらは完全に動きの予想のつかない戦力として考えられているようだった。

 そしてやっぱり、こちらにはいろいろと都合の悪い情報を隠しているようだ。


 ちなみに、この国では、魔法の適性の無い「色無し」の立場は基本的に奴隷身分が大半だった。一部では傭兵職についている色無しもいたが魔法適性と魔力の両方の無い「無能」は幼児期に死亡率が高いことや、周囲の人間が間引いたりすることで恐ろしく数が少なかった。 


 本当に交渉しておいてよかったと、雪人が胸をなでおろす。


 引きこもることにした図書館は、今は安全である。数回、貴族や研究者に絡まれたが、本に載っていた「これであなたも話し上手!」という話術を使って華麗にスルー。

 最初は訝しげに監視していた騎士の方は、雪人の読む速度の速さから「本当に内容がわかっているんですか?」と訝し気に聞いてきたことをきっかけに、いくつか常識クイズを行って全問正解することで、仲も縮まった。少なくともお互いに「雪人」「ナイアス」と呼び合うことのできるくらいの仲になった。これも半分は先ほどの本のおかげだろうと雪人は認識していたが。


 何はともあれ。今ではこの図書館は彼にとってそこまで居心地の悪いものではなくなっていた。


 まあ、騎士ナイアスが居なければ自分は風呂もご飯も忘れていた自覚があったので仲を深めておいて損は無かった。


「あの~雪人。そろそろ昼休憩にしましょうよ~」

「悪いナイアス。あとこの分野の本が三冊あるんだ。十五分ほど待ってくれたら終わるからもうちょっと待っててくれ」

「そんなあ」


 そう言って雪人は心なしか先ほどよりも少々はやい速度で「実録、水魔法の魔力の流れと闘気との併用法」という本をパラパラと読んでいく。

 それを見てナイアスは何度目かになるかわからないため息をついた。


「この能力の高さでいったいどこが無能何ですかねえ……自分にはもう無能と色持ちの違いが分かんなくなってきましたよ」


 「色持ち」は魔法の適性の無い「色無し」や、魔力の無い「無能」に対比して呼ばれる、魔力と魔法の適性を持ったこの世界の一般的な人間のことである。


 王宮には無能というだけで排斥して来ようとする過激な存在もいたことが、雪人が積極的に図書館に籠っていた理由の一つだ。


 ただ、ありがたいことに、もともとそういった差別的な思想をそこまで強く持っていなかったナイアスが自分の監視役だったので、こちらを馬鹿にする意図で話しているのではないことは明白だった。なので、こちらとしても怒ることは無い。


「おいおい。俺が、魔法の適性なし、魔力なしのないないづくしな無能ってことは既に分かっているだろう。別にこれくらい努力すれば身につくぞ」

「努力で魔法が使えない人間が魔法を使える自分よりも魔法に詳しくなるとか、はっきり言って理不尽ですよ」

「まあそう言うなよ。無能でさらに自分の魔力がない分だけ周りの魔力の感知能力に優れていたのが要因だし、第一魔法が使えない俺からしたら、今後魔法を使って攻撃された時の為に魔法のことを詳しく知っておいて損はないだろう?」

「その実証の為に自分に魔法を使わせるのは勘弁願いたいところなんですが」

「いいじゃないか。俺についているお蔭で鬼教官の訓練をさぼれてるんだろう?」

「…………いつから知ってました?」

「昨日メシの時にその鬼教官にお前を鍛えるために少々貸してくれないかって打診された時。一応うまく断っておいた。俺のことを監視しながらでも鍛えてましたよとかなんとか」

「雪人!!」

「メシ奢りな」

「……そうだった。君はそう言う奴だった」

「何黄昏れてんだよ」

「仲が良さそうですねえ」

「ん?」


 突然雪人の側方、図書館の入り口方面から聞こえてきた少女の声に「いきなり話しかけてくるのは一体誰だ?」と思ってそちらを向く。

 そこには大寺ハーレム要員Bの神宮司ほにゃららが立っていた。


「今失礼なこと考えませんでしたか?」

「いいや。ちっとも」


 おっとりした見た目に反し、やたらと鋭い直感でこちらの考えを読んできた神宮司。しかし、女の勘の鋭さは師匠でも味わってきていたので、雪人の誤魔化す技術のうまさはもはや神級である。それでも師匠にはなぜかばれることが多いが。


「それでいったい大寺取りまきBがこんなところに何しに来たんだ?」

「あ、ちょっと待ってください。その呼び方には少々不満があります。私のことはちゃんと神宮司か日輪と呼んでください」

「……B。俺とナイアスの崇高な食事の時間を遠ざけるために来たんだったらナシアスとここで戦ってもらうぞ」

「ええ!? どちらかというと綾辻君の呼び方のせいですよね!?」

「知らん。ここでは俺が法だ。俺に従え」

「なんて暴論!」

「全くですね」

「おいナイアス。お前どっちの味方だ。一、食事を早くとるために用事を最速で済ませようとする俺。二、そんな俺の邪魔をするよく分からん少女」

「僕はフェミニストなので二で」

「ちっ、ロリコンめ」

「私はそんなに幼くないですよ!」


 しょっぱなから話が脱線しまくった会話になってしまう。冗談作戦で呆れて帰ってもらうことは失敗だったか。とりあえずカオスな会話の状況を元に戻すために「ゴホン」と一つ咳払いをしてから雪人は神宮司にここに来た用件を尋ねた。


 勿論、雪人は時間がないので、彼女にはさっさと帰ってほしいからだ。


「で、お前何でここに来たんだ?」


 雪人の今更感の強い質問に神宮司は居心地が悪そうにこちらに近づいてくる。


「えーっとですね……。三日前は迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 ちょうど雪人の座っている椅子の前の机の横までくると、そう言って勢いよく頭を下げた神宮司。意味の分からない雪人が何言ってんだコイツという目で神宮司を見ると、その視線を受けて焦ったように神宮司は自分の行動の原因を語り出す。


「あの三日前に翔也君が暴走したのを止められなかったじゃないですか。それを謝っておこうと思ってこの三日間探していたんですが綾辻君が見つからなくてですね……こんな風に遅くなってしまいましたが謝罪に来ようと思ってここまで来ました」


「翔也って誰だっけ?」

「あんた忘れてんですか? 最初に勇者になった少年ですよ」 


 神宮司に聞こえないように雪人はナシアスに確認する。そうして雪人が物思いにふけっている間に「勇者様にいたってはそれはそれはお気の毒に、こいつはずっと図書館に入り浸ってましたからね」とかいってこちらを裏切るナイアスはほっぽっといて雪人は神宮司の発言の意図を読み取っていく。


 Q、どうして来たか? A、自分に謝るため


 どこかおかしくないか?


「いったい何でお前が謝りに来るんだ? あの時俺に絡んできたのは大寺の意思だったんだろう? 実害があったのはあいつの行動だけでお前は特に何も俺にしてきてないじゃないか」

「え? いやそこが普通は悪いと思うところだと思うんですけど…… 自分がどうにか翔也君を止めておけば綾辻君も嫌な思いはしませんでしたし」

「へ?」

「あれ?」


 どうやら神宮司と俺との間には考え方に根本的な違いがあるようだ。


 俺は実害の無い敵意であればどうでもいいので気にしない。実害がなければどうでもいいというのももちろんあるが、それ以上に好奇心がそそられないからだ。

 それに何もしてないというだけの神宮司に八つ当たりするほど、俺は不快感を感じていない。


 だが、それでも神宮司は自分がどうにかできたかもしれないというだけで、こちらに謝ろうと思ったらしい。


 恐らく人としての思考では神宮司はお人よしや考えすぎと言われる部類だが、特に誰かに嫌悪を抱かれるのではなく、むしろ好感を持ってもらえるタイプの行動理念だろう。


 つまり俺が非情で感情を理解できない個人主義者で、あっちが善良な人間だったという事だな。

 納得すれば話は早い。


「別にそんなこと気にするな。俺にはあのくらいよくある。俺は気にしてない」

「ですが……」

「あんまりしつこいと服をひん剥くぞ」

「は、はい」

「雪人……君はどこまで外道だい?」

「黙れロリコン」


 それで会話を打ち切り、雪人は再び本の世界に没頭する。


 パラパラと一冊を読み終わり、二冊目もそんな調子で消化する。本を読むのは嫌いではなく、むしろ研究とかが好きな部類に入るので、このくらいの文章量は別に苦ではない。


 三冊目……をパラパラめくっているのだがどうも本が読みにくい。原因は分かっていたので雪人は眉間に皺を寄せてから横を向く。

 そこには彼の読書の邪魔の原因であるこちらを見てくる神宮司がいた。


「おいB。集中できない。こっちを見るな」

「だからBじゃありません! でも綾辻君、本をそんなに早くめくってちゃんと理解できてるのかな~って」

「俺の読書はお前の心配することじゃないな」

「うう、そうですが」


 取り付く島の無い対応でこれで神宮司も帰るだろうと、読書に戻る雪人。しかし、そんな会話をつづけたがる退屈を持て余した変態ナシアスがここにはいたのだった。


「大丈夫ですよ勇者様。雪人の変態は自分が同じように疑問を持って質問した時もサラサラと本の内容を正解していった天才君ですから」

「そうなんですか?」

「はい。無能というハンデがあっても、その特徴を利用してひたすら勉学に励む姿はそこいらの司書さんや研究職の人たちのいい奮起剤になってますよ。今のところここにきている人たちの中では無能はでていけとかいう奴は、彼の努力を知らない貴族か頭の固い騎士くらいしかいないほどになりました」


 なんだそれは。雪人は自分の知らなかった副産物に呆れかえる。ここの奴らは単純な奴ばかりなのかと。


 この時の雪人は知らなかったが、実は無能の中にもランクというものがあった。魔法への適性がない人間が無能と呼ばれ、その中でも魔力すらない人間はまさに最底辺と位置づけられていた。


 彼は魔力というのが生命力の余剰分が血液に宿ったもので、それを戦闘時にうまく扱うことで、筋力を上げたり、肉体を硬化するということができる事は学んでいたが、それが及ぼす社会的な立場の影響までは考え付いていなかったのだ。


 つまりここに来る者達は、不幸にも異世界から召喚された最弱な雪人があまりにも哀れに見えて、最弱という事実に全く屈せず努力する姿を見て応援したくなったというのが真相である。


 研究者の無能の排斥という意識についてはどうなったのかという疑問に関していえば、魔力が多少あろうとも無能の方が魔力のよどみを感知しやすいという特性があったために魔法の進歩のために助手として無能を雇う研究者が多いという事実があった。

 それゆえに差別は騎士や貴族のように無能と蔑んで突き放すだけの彼らよりは排斥の意識は低かったのだ。


 ついでに彼の好奇心質問攻め体質も、自制して話さないようにしておけば相手には分からない。


「おいナイアス。教官に言っとくぞ」


 とりあえず雪人は謎の暴露を繰り広げるナイアスを封じる。そのセリフで完全に沈黙したナイアスに満足し、再び読書に戻る。

 今度こそ、面倒なやり取りは起こらずに雪人は本を読み終わった。


「よし。じゃあ食堂に行くぞナイアス」

「本当ですか! よっしゃあ!!」

「はい。行きましょう!」

「ん? なんでBも来るつもりになってるんだ?」


 そう言うと、最早呼ばれ方については諦めたのか神宮司はしょぼんとした仕草をしながら「一緒に食事を食べてはいけませんか?」と上目づかい聞いてくる。


 今話題の勇者の一人を食堂に連れていけば当然注目を浴びてしまう。目立ちたくない雪人はもちろん嫌だと返事をしようと思ったのだが、それより先に変態ナイアスが了承の返事をしてしまう。


「本当ですか!? よかったです」と言ってはしゃぐ姿を突き崩す真似をするのは流石に人としてどうなんだろうかという事を考えてしまった時点で雪人の負け。


 どうせ土にしか特性の無いナイアス魔法だけでは自分の知りたいことを知りつくすことはできなかったし、魔法の習得の話とか興味があった。そこらへんで我慢すればいいかと自分を納得させて深く考えずに食堂に向かうことした。


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