龍音祭への切符
気分的には新章開始です。でも竜人国からはまだ出ない
トコトコという古典的な音がする。
この音はどうやら馬車を引く馬の蹄が地面にぶつかって立てるのではなく、車輪が回る時に何かに引っかかって鳴る音らしいということは馬車に乗っている最中に確認した。といってもその何かというのが一体何なのかは目視して確認していないし、誰かに聞いたわけでもないので確実な情報とは言えないが。
ただ音の発生源からして、何となく、こっちの方から響いているなと分かったから判断しただけの事であり、そうやって暇をつぶさないといけないほどには、馬車の旅も退屈であるということである。
「まさかここまで退屈な旅路になるとは……村を出るときは想像してなかったんだけどな」
ぼんやりと空を見つめながら呟く雪人。空を流れる雲をのんびりと眺めては、あの形はアイスに似てるといった感想を浮かべ久しぶりにアイスを食べたいと思ったり、そもそもこのファンタジー世界では雲というのは水滴の塊ということでいいのだろうかという疑問を持ってはどうにか正体を観測しようと目を凝らしては届かないといった、自分から見ても退屈しのぎにしかならない無駄な努力をしながら馬車の後方で胡坐を書いて座り込んでいる。
やっぱり実際に調べようと思ったら自分の場合は観測器具を集めないとだめだろう。いや、もしかするとこの世界では光魔法を使ってレンズの役割を果たすものがあるかもしれないのでそこまで観測用の道具が発達していないかもしれないと考えれば、まずは望遠鏡を作るための集光実験から行わないといけないかもしれない。魔力というものが存在する以上、向こうの世界とこっちの世界の光が同一の特性を発揮するということは確実ではないわけで、特性においてどのような点が一致するのか、それとも乖離点がどのように存在し、無視できない要因として存在するのかを思考実験を行っては予想を組み立てていく。
というか今まで疑問に持たなかったが、こっちの世界である程度言語が続くというのはどういうことなのかを自分なりに研究する必要があるのかもしれない。もしかすると世界間転移には雪人や使用者であった王様、王女、魔導士たちの予想もしない性質が含まれている可能性もある。
肉体の性能実験と戦闘経験、技術のすり合わせはこの一年間嫌というほど行ったことであるし、ここ数週間で竜人族に限っていえば、社会的知識において早々疑問を抱かせないほどには知識も蓄えた。そろそろ魔力というこの世界に存在する物質の性質や特性の研究だけでなく、その存在の根幹を追求するためにも元の世界との比較実験を行う時期に差し掛かったのかもしれない。
とそんな風に雪人が思考の渦の中に浸っていると、頭上に黒い影が。
逆光なので顔は見えないが、背後からこちらの顔を覗き込んでいることくらい影形と気配でわかる。
一応感じられる魔力によっても判別できなくもなかったが、それよりも確実にその正体を示す証拠が眼前にあった。
「む、形のいい撫でやすそうな理想的な猫耳……シャルクか。どうした?」
「あ、あんたは私を耳で認識してるのか……」
頭に当たる部分に猫耳を発見し、それがシャルクであることを確認した雪人。かつて日本において数々の猫をその手中に置き、撫でまくっては癒し癒されしてきた彼にとってそれがシルエットだけであろうとも、猫耳の優劣を判別することなどあまりに容易い。
「俺は猫耳だけで人物判定をできるからな。それがいくら兄姉弟妹の似通った耳であろうとも、見分ける自信は十分にあるぞ」
「なにそれ……もっと他のところで判断してよって本当に視線が猫耳に集中してる! 人族なのに耳だけで個人を判定できるなんてあんた変態なの!?」
「失礼な。俺以外にも出来そうな奴には心当たりがあるぞ」
「嫌だ! 何か聞きたくない!」
ぺたんと耳を伏せるシャルクの猫耳を見て、そういえばここ一年間は猫を撫でてないなあ、なんてつい最近シャルクにセクハラしたことなどすっかり忘れ、ついつい耳を凝視する。それはもうねちっこくじっと凝視する雪人の視線は、戦いの際に相手を観察する視線もかくやといった熱心さに溢れており、最早通報されてもおかしくないレベルだ。
これが現代社会で言ったら耳を視姦するただの変態なのだが、彼個人としてはシャルクに対する印象としては女性というよりも猫としての認識が強いので特にそのことに気付く様子もない。やはりファーストコンタクトが不味かったのか、落ち着いたように見せようと背伸びするシャルクの姿はどうしても子猫が必死に背伸びして頑張るようにしか幻視えないのが問題なのだろう。
かといってそれでシャルクが照れていることくらいは簡単にわかるので、それ以上からかうのも悪いかと思って視線を耳から逸らして瞳に移す。揺れる瞳に、何処か赤い頬。犯罪でも犯したかのような気分になり、居心地も多少は悪くなるが自業自得なのですぐに諦めた。
「それで? どうしたんだ俺に話しかけに来たりして。何か問題でも起こったのか」
雪人はシャルクから視線を逸らすことなく質問する。今も馬車は一定の速度で進んでおり、聞こえてくるトコトコという音も等間隔で聞こえてくる。これ以上ないほどに馬車は問題なく旅路を進んでおり、今現在馬車に乗っている以外に雪人もシャルクもやることが無い以上、馬車に問題が無ければシャルクが話しかけてこないといけない問題も起こってはいないはずなのだが。
その呑気な思考が伝わったのかシャルクはすぐに顔の照れを直し、雪人の疑問に返事をする。
「別に問題は起こってないけど、そろそろ魔物も出現率の高いちょっとした危険地帯に入るし、伝えておこうと思って」
「あれ? もうそんなところまで来たのか? 随分と早い……というか俺がぼんやりしすぎたのか」
まだちょっと声が震えていた事にはツッコミをいれずに、シャルクからもたらされる情報に考察をいれる。今通っている場所は竜人族の僻地であるために、同族意識の高い竜人族ではそうそう簡単に盗賊などの犯罪者も発生せず、他の色々と素行の悪い輩もそんなに来ないので、護衛として一応の身分がある雪人も担当する時間でなければのんびりと時間を過ごせたのだが、低級とは言え草原にも魔物は居る。
地面の中に潜んでいるスライムだったり、葦の高い草陰に潜む角の生えた兎のような動物であったり、昆虫型の見るからにバッタにしか見えない節足動物だったり、強くはないが生理的嫌悪感か相手にするのが面倒な上に、こっちの荷物を食料と見做すような本当に厄介な生き物たちが居るのである。
二番角の町の周囲では特にそう言った魔物たちも勢力が強いわけでは無いのだが、馬車で三十分も進めばだんだんとそういう姿も見えてくる。
今も雪人の感知範囲の中で、五十匹ほどの魔物たちが互いに食べたり食べられたりの食物連鎖がおこっていた。
「分かった。護衛として雇われている以上は、その分だけしっかりと準備しとく。ありがとな。ついでに耳を撫でさせてくれれば文句もないんだが」
そういって雪人はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、手をワキワキさせて耳の方に近づけようとすると、シャルクはいつかの惨劇を思い出し顔を真っ赤にする。
「誰が触らせるもんですか。この変態!」
シャルクはそう叫ぶと、顔を真っ赤にして馬車の前方に逃げていった。
残った雪人は純情というかあまりにもお約束なシャルクの反応にしばらくくつくつと笑っている。
その背後に黒々と呻く影が。
「くくくくくく……あの真っ赤な顔。からかいがいがあって結構結構。って何だ? 後ろの方が何か妙に暗く……」
雪人が自分から日光を遮る方向を見れば、そこにはうねうねと動く黒の触手の影がある。
言わずと知れた雪人の相棒のイータである。相棒であり、仲間であり、友であり、恩人であるので常に雪人とイータは仲が良く行動を共にするのだが、何やら様子がおかしい。
怒りに似た感情がこちらに向けて発散されているがこれは……嫌悪と義憤?
「おい……イータ。今のは冗談だからな? 別に本気でシャルクにセクハラしようと思ったわけじゃなってうわうちっ!!」
雪人の必死の言い訳も通用せず、イータは雪人に襲い掛かった。
彼女が義憤四割嫉妬六割で雪人を拘束する間は、シャルクの身に危険は訪れなかった。
その後十分間。イータが満足するまで雪人が捕まった馬車の中は、実に平和であった。
「りゅうおんさい?」
雪人がつい最近やってきた二人の劉術馬鹿―――ホムラとカムチと共に日課の鍛錬を行って、その休憩時間になってシャルクが唐突に雪人に話を持ち掛けてきた。
この二人の劉術馬鹿は三人して髪の毛を剃ってきたロウロウが謝罪に来た時に「迷惑をかけたお詫びにこいつらをしばらくの間、適当に使ってほしい」と差し出してきたあの馬鹿二人である。
最初の頃は、教育は既に済んでいたのか表向きは暴れる様子は無かったが、腹の中では自分よりもこちらの方を弱いと認識しているのがありありと伝わってきて、それがこちらに対する横柄な態度の原因につながっているというある意味ではとても分かりやすい二人だった。だがしかし、しばらくの間、共に訓練を重ねれば、おのずと見えてくる人柄もある。
要はこの二人は自分よりも強い存在は無条件で敬うという馬鹿であり、自分よりも弱いものを見下す超ダメな馬鹿だったのだ。性格上の欠点を矯正してやる義理もないが、こういった面倒事を押し付けてきた格好になるロウロウに復讐するには、こいつらをまともに鍛えなおした後の馬鹿二人に奴の考えに真っ向から逆らう竜人の数を増やす様に指示しておくのが一番効果が高い上に、一番楽であるとの判断の下接触を増やしたのは雪人の心の中にある秘密である。
二人の言によれば、劉術道場は師範がしっかりしていない分、自分がしっかりしなくてはとロウロウを反面教師にしている竜人が大半で、彼らは数少ないロウロウ派? といってもいい輩だったらしい。幼いころに危ないところをロウロウに救われ、今の今まで何の疑問も無くロウロウについて行っていたらしいが、そろそろ自分を顧みるべきかもしれないと目下鍛えまくるところらしい。
少々どころじゃなく遅い決心だなと感じたが、そんなことは言わなかった。態々水を差さなくても、本人たちが十分に承知していることだったからだ。
「うん、龍音祭。竜人族たちの崇拝の対象「龍」におとの「音」、それに祭りって書いて「龍音祭」と読む竜人国一の祭りが約一か月後に心臓の都市であるんだけど、一緒に行ってみない?」
疲労で倒れる竜人二人をほっといて、シャルクと雪人は会話を進める。月に二回来る行商人の来訪日は既に明日に迫っており、それに合わせて旅に出ようと準備していたところに持ち込まれたシャルクの突然の話は確かに雪人にとって渡りに船となる提案であり、そんなものがあるというのだったら是非とも一度見てみたいのが心情というものだ。
とは言え、聞くことはちゃんと聞いとかなければ返事もできないのである。半ば以上賛成に心は揺れていたが、できるだけ詳しい情報を聞いておくことにした。
「まず大前提として龍音祭って一体どんな祭り何だ? 一応村の本は大体読破したはずなんだが」
「ああ……そうね。雪人は図書館にあった情報しか知らないのか。じゃあ知らなくても不思議じゃないかも。龍音祭っていうのは、竜人達の尊敬する龍へ捧げる舞と音楽を奏でる祭りのことで、結構昔からある祭りだったらしいわ。竜人たちの中でも最強の武人が竜の秘宝とも言われる龍笛の音に合わせて舞い、その踊りを奉じることでまた一年の龍の加護を祈る儀式で、何百年も前から続けられている儀式ってことだけど、それで本当に龍の加護を得ているのかは不明だって」
「まあ、実際にそれが本当でも不明ってしておくだろうな」
もし仮にそれが龍の加護を続けさせるものだと明言すれば、竜人に何らかの怨みを持った輩に儀式を滅茶苦茶にされかねないし、加護を続けさせるものでないといえば祭り自体の存在意義に関わる。この祭りを決行した竜人達にとってその事実を不明としておくのは苦渋の決断だったのかもしれない。
まあ雪人の立場としては要するに楽しければ何でもいいじゃんということなので、そこまで内心を慮ったりすることは無いが。
「で、祭りってのはどのくらい続くんだ? まさか一日で終わるってわけじゃないと思うんだが」
「う~んと、龍音祭は年ごとに開催される日数が違うんだよね。それもこれもすべては龍音祭におけるメインの一つ、最強戦士決定戦が開催されるのが問題なんだけど……」
「なんだそれ」
聞いてみると龍音祭というのはどうやら結構複雑な祭りらしい。
龍音祭では、祭りで舞う一人の武人を掛けて、その年ごとに多くの竜人達が最強を決めるために争うらしい。
やはり龍に奉じる踊りである以上、適当な舞ではだめで、最も強く、最も優雅に舞うことのできる竜人を選ぶ必要があるらしいとのこと。
故に祭りの前半には各地において修業をつづけた竜人がこぞって集まり、その中で最強を決めるための戦いを行うということだ。各武術の師範クラスはおろか、開祖、皆伝、新流派の様々な刺客が一気に参加するらしい。
さらに驚くべきことに、この武闘会自体には他種族の参加も認められるらしい。
「いいのかそれで。竜人じゃない奴が優勝したら、そいつが龍に奉じる舞を踊ることになるんじゃないのか?」
「それはそうなんだけど、やっぱり同じ竜人同士の戦いでは番狂わせが無いというか、すべてが予定調和のような形になってこれを見ているであろう龍の方々もつまらないと感じているかもしれないって数代前の企画者たちが考えたみたいでね。この決定がなされる前までは、もうすでに種族内では敵わないとか言われている強すぎる竜人とかがいて、若い竜人達とか結構諦めながら鍛練してた人もいたから一時期は実力の低下とかも心配されてたんだよ。そこに来てこの決定で、やっぱり自分たち以外の種族に舞を躍らせたくは無いって皆必死になったし、それのおかげで竜人全体の質も向上したんだって。一応優勝者は毎年竜人だし」
「なんともまあ、スリルと緊張感溢れる大会になったなあ……」
逆に言えば、だからこそ勝利に意味が生まれるとか思ってそうな気もするが。
「まあ大会参加条件に舞が上手いことが必須だから、最悪、優勝者が舞うことができませんっていうこともないしね。それのせいで獣人とか魔人とか森人とかにも舞を上手くなって、大会に参加して日頃は戦えない強者たちと直接対決を狙う人とかも結構いるみたい」
「なるほどねえ」
では雪人も舞さえ出来れば参加できるのだろうか。そうはいっても自分のアレは舞といっていいのか疑問になるような代物であるし、やろうとは思わないだろうが。
とまあここまで聞けば、もうすでに雪人の天秤はどちらに傾いているか明々白々である。
目下の目的として、一、世界を回る。二、魔王を一発殴る。三、仲間に無事を知らせてついでに王国に復讐する。といった目標はあるが、その道筋が結構あいまいな雪人だ。別に寄り道使用が最終的に間に合えばいいかな~という適当さを発揮し、特段急がなくてもいいかと自分の欲求を優先することにした。
あと一つくらい聞いておこうと思ったのは、やっぱり一緒に行くメンバーの内訳だった。
「一緒って他に誰がいるんだ?」
「大体はこの村の若い人や子供たちや家族連れ。とにかく村を長期間離れても問題の無い人ならほとんど来ると思っても構わないわ。師匠とか劉術の道場の人とかは治安を考えて動けないっていう例外はあるけどね」
「カシャもこれないのか?」
「みたい」
「なのにシャルクは祭りに行けると」
「なのよね」
「いったいどういう風の吹き回しだ?」
「さあ?」
おかしい、と雪人は首を捻る。あの弟子大好き竜人であるカシャともあろうものが、あろうことか自分の弟子だけを心臓の都市という遠い場所までの外出を認めるだろうか。
ましてや、シャルクは確か預かった弟子だということを以前酒の席で管を巻かれて効かされた覚えがある。そんな大事な預かり弟子を自分の手が届かないところへと追いやるのは少々不自然な気もする。
可愛い子には旅をさせよとはいうが、そんなことが出来ないだだ甘な本性を持つのがカシャという女性であり、千尋の谷へ落とすなどまかり間違っても出来そうもないという雪人の認識は甘かったということだろうか。
どういう事情があるのか……とそこまで考えてからやめた。まず第一にカシャにはカシャの考えがあるのだから雪人がそれを壊すような真似をするのもなんだか意味がないというのが一つ。ついでに言えばカシャがシャルクに外出を認めるくらいどうでもいいということに気付いたからが一つである。
要は自分がどうしたいかのかが問題なのかであって、カシャの真意はあまり関係ない。
よって深く考えることはせずに、了承の返事を返すことにした。
そんなわけで、雪人は護衛兼乗客としての旅立ちとなったのである。
その後まさか、あの時のカシャの真意を測り切れていればと後悔する羽目になるとは思わなかった。
最近メインヒロインであるイータさんが前面に出てきていない……!!
ということで次くらいにはイータさんとの協力コンビプレーが見られるようにしたいなあ




