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強さに憧れる少年

番外というかなんというか……つなぎ回でしょうか?

「豚汁が食いたい」


 雪人は日課となっている日の当たる場所での昼寝から覚めた後、一番最初に感じたことを言ってみた。

 

「豚汁?」


 偶々近くにいて編み物をしていたシャルクが、雪人の呟きに反応して聞き返してきた。

 雪人はそんなシャルクに対し、向き合うために寝転んでいた体を起こす。

 すると、子供の悪戯によって乗っけられていたこの葉が地面に落ちて風に流れていく。それを何となく目で追いかけながら、短く豚汁について説明した。


「豚汁っていうのは……そうだな。取り敢えず大根とか人参とか豚肉とか色々具材をいれた鍋だな。こっちじゃ食材があるかどうかわからないが、いくつもの素材の旨みが混ざり合っていい感じの美味しさのある料理だ」


 雪人は時折思い出す様に首を捻りながら記憶を掘り起し、自分の覚えている範囲で豚汁という料理について話してみる。

 シャルクはそれを聞いて、自分の料理の知識の中で雪人の言ったような料理を考えた後、該当するような料理が無いことに気付いて、素直に首を振った。


「へえ……そんなのがあるんだ。似た料理名でハートン・スープっていうのは聞いたことあったけど知らなかった。でもよく知ってたね。つい最近まで研究所に捕まってたんでしょう?」


 雪人はそれを聞いて、一瞬だけピシッと固まる。そういえば自分が異世界から来たことは隠していたことをすっかり忘れていた。


 内心はだらだらと冷や汗を流しながら、言葉を紡ぐ。


「えっーとあれだ。図書館に連日行っているときに偶然読んだ料理本の中で見つけたんだ。発祥はどこの料理か覚えてないが、多分エルフか山に住んでる熊の獣人の特産品だろう」

「ふむふむ……本を借りに行こうかな?」


 やばい。雪人は自分の背中に冷や汗が流れるのを知覚した。このままではシャルクが図書館に向かい、豚汁なる料理が載った資料が無いことがばれてしまう可能性がある。


「材料については俺が覚えているし、今回はわざわざ本を借りに行かなくてもいいだろう。どうだ? 今日の晩飯に一緒に作らないか?」

「う~ん~。ホントは材料とか調理手順とかあらかじめ聞いときたいんだけど」

「まあ、材料もすぐに集めないといけないし、さっさと行こう」

「あ、ちょっと、分かったから背中を押さないでよ」


 渋るシャルクの背中を押して、雪人は話を逸らすことに成功した。

















「これとこれとあとは……これはどう思う?」


 見た目がほうれん草のような野草と大根に似た大きな根っこが食べられる部分である野菜を、道場から持ってきた籠に入れ、芋らしきコロコロした野菜を手に取ってシャルクに見せて様子を窺う。


 するとシャルクは首を振り、その野菜がしっかりとふかして食べる以外の食べ方が無いことを伝えて雪人に棚に戻す様に告げる。


 それを残念そうにしながらも、次なる豚汁の具材を探して並べられた異世界食材の間を歩いて行く二人。小さな町に見合った客の少ない小さな街中の狭い店内では、二人とも肩を寄せ合うというくらいまでは無いにしても、寄り添って歩かないと動けないほどには窮屈であった。


 普通に店内に二人で入ると、若者の青春じゃのう、というような生暖かい瞳で店主の竜人の老人に見られたのだが、彼らは特にそれをムキになって否定することもしない。


 何故かといえば、雪人は特にシャルクほどの子供を意識することは無いし、シャルクとしてもここ最近の雪人との付き合いから、雪人という人間をまともな常識の範囲にある男として認識していないので、雪人を男として殊更に意識することもないという事実をお互いに認識していたからである。


 時折雪人が不用意に近づくせいでシャルクが赤面することもあるが、それはまた別の理屈。


 結果として、二人はごく自然な雰囲気で買い物を行い、ごく自然な動作でお互いを気遣っているという見るものが見れば夫婦と見えなくもないコンビネーションを発揮して、それを見ていた人達にさらに生暖かい目で見られるという悪循環? に陥っていた。


 そうして視線を集めて買い物をしていると、子供たちが集団で店の前の土道を走って行った。

 そうして比較的体力があって余裕のあった少年一人がこちらを見つけたらしい。


「あ! 雪人! シャルク先生も!」

「え? ホント?」

「ホントだ~。いた~」


 子供たちが狭い店内に向かって一目散に駆けてくる。あんなものがこの狭い店内の中に入ってきてしまえば暑苦しいこと間違いなしである。それに気付いたシャルクと雪人は素早くアイコンタクトを取り、互いの意思を確認する。結果、雪人が外の子供を店の外で迎え撃ち、シャルクが商品を買って出ることと相成った。


 そうと決まれば話は早い。腰に差していたイータをすらりと引き抜き、じゃれついてくる子供たちの首根っこに触手の先を引っ掛けるようにして持ち上げるのを頼んでみる。快く了承してくれたイータはそのまま言われた通りに触手を動かし、子供たちを地面からほんの数センチほど浮かばせた。


 今までに何度かやってきた子供たちの空中遊泳を行い、イータも子供たちも楽しんでいる好循環な関係だが、それを片手で支えている雪人の腕には凄い負荷がかかっている。


 まあ、単純に子供の体重を一人三十キロと仮定して、それが今は五人いるので百五十キロ。プラスアルファでイータの重さも支えている右手には、途方もない重さがかかっている。


 だが、その程度で泣き言を言うほどに鈍ってはいない。最近は、イータによって体にいくつか避雷針代わりの触手を刺してもらい、体内に大量の魔力を流し込んでは体に負荷をかけるという特訓に付き合ってもらっているのだ。いくら雪人がスピードタイプの筋肉のつき方をさせていても、百五十キロくらいは耐えられるように鍛えている。

 

 半ば年長者の意地を使って平気な顔をしながらシャルクが商品を買って出てくるまで待っておく。幸いにも、雪人が年長者の見栄をあえなく手放してしまう二歩手前くらいでシャルクは荷物を抱えて出てきてくれたので、雪人はほっと息を吐き、残っていた左腕で彼女から食材の半分を受け取った。


 その間にイータに頼んで、子供たちを地面にゆっくりと下ろしておいてもらう。こっそりとイータを鞘に戻し、力を入れすぎて痙攣しかける右腕を袖に隠して、道場の方に向かって歩いて行く。


 勿論、好奇心旺盛で、なんだかんだで面倒見のいい雪人と普通に優しいシャルクの二人を前にして、子供たちが二人をそのままにしておくわけがない。ここぞとばかりに、今日の予定を質問攻めしてくる。


「ねえねえ二人して何やってたの?」

「買い物」

「一体なになに?」

「汁物」

「それ食べていい?」

「却下」

「ねえ雪人。もうちょっと丁寧に返事をしてあげてもいいと思うんだけど……」

「面倒だろう。というか毎度毎度寄ってくるなガキンチョども。お前らの娯楽がこの村に少ないからってこっちに群がるな」

「「「「「えー」」」」」

「どうせ雪人暇じゃない」

「おいシャルク。誰が暇だって? 俺はこの後短時間で肉を狩りに行かないといけないから暇は無いんだよ。分かったらのけ。歩きにくい」


 五人の子供が群がれば、歩きにくいことこの上ない。ついでにこうまで子供が多いとうるさいので、出来れば他のところに興味を持ってどこかへ行ってくれるといいなあと適当に返事をしたのが不味かった。彼の肉を狩りに行く発言を聞いた子供たちの目が、今まで以上に光りだす。


「ねえねえ。それってもしかして山に行くの?」

「馬鹿。今の時期は山に肉になる動物はほとんど居ないじゃないか。だったらきっと森の方だよ」

「ってことはシュール・ローム!? あの森の中に雪人は行くの?」

「私たちも見たい!」

「連れてって――――――!」

「おわ!? いきなりうるさくなったぞ!?」


 先ほどまでに倍する音量の増大に、雪人は顔を顰め、シャルクは眉間に手を添えた。

 連れてってと連呼する子供たちの様子を見て、いまいち状況が掴めない雪人はシャルクに顔を近づけて小声で彼らがここまで意欲を持つ理由を聞いた。


「なあ。なんでこいつら森に行くと俺が言ったらこんなに元気になったんだ?」


 ひそひそと周りに聞こえない様に耳元で囁くと、シャルクも同様にひそひそと声を返してくれた。 


「あんたが森に行くっていったからよ。子供たちは山とか川までは大人と一緒に行けることになっているけど、森の中は連れて行ってもらうことが無いからね。やっぱりシュール・ロームは危険だってことで」

「じゃあここは連れていかない方がいいな」

「そうね」

「なあなあ雪人―――」

「無理だ無理だ。森の中に行くのは諦めろ」 


 シャルクとの密談を交わした後、子供たちに向かって連れて行くのは無理だという言葉を返す。だからと言ってすぐにいうことを聞いてくれるかというとそうでもない。子供たちは散々にごね始める。


「そんなこと言わずに連れてってよ」

「これでも最近は薬草の見分け方とか知ってて役に立つんだからな!」

「駄目?」

「いや、駄目なものは駄目だからな。これは別に面倒とかそういう問題で理由で断っているんじゃないからな」

「あれ、雪人の兄貴。一体どうしたんですか?」


 雪人とシャルクで森の中に連れていけない理由を解いていると、後ろから完全な禿頭の男に声を掛けられた。

 声の主は、シャルクを踏み台にカシャに絡もうとした竜人の阿呆二人の片割れ、頬に鱗のある人相の悪い男、カムチだった。


 謝罪の為に土下座しに来た後、ここしばらくの間自分たちの流派である劉術道場を出禁になり、ライバルである流術道場の雑用係兼多流派相手の試合相手として奉仕活動をしに来たことで、面識というか最近では良く話す様になってきた一人である。


 彼の話し方は、周囲の人物に舐められない様にするための虚勢だったらしく、この手下的な口調には最初の高飛車な話し方を知るものとして違和感しかなかったが、そもそもこいつらはよく分からない面倒くさい奴らなので特に深く悩むことはしなかった。


 無論のこと、謝罪に来た当初は最初の頃は、色々と鬱陶しかったし、反省したといわれても信じられるわけが無かったので、結構酷な仕事やらきつい仕事ばかりを押し付けながら、どういう反応をするのかを注意深く観察していたのだが、特に嫌味な言動をとることも何か物に八つ当たりすることもなく、普通に借りてきた猫のようにおとなしかった。まあ普通に考えても早々に不満などは漏らさないかと、取り敢えず二人を朝稽古の相手に指名して、ボコボコにしてみたこともあったのだが、単純に雪人が強いということで尊敬を受ける結果に終わるだけだった。


 取り敢えず現在は経過観察。一応、シャルクに対しても物腰は低いし、イータに対しても頭を下げるようなので、今の雪人はそこまで阿呆二人を疑ってはいなかった。


 ちなみにカシャに対しては、見た瞬間に直立不動になっている。軍隊式で「敬礼!」とか叫んだら、普通に従うんじゃないかと思うほどにカシャに対しての畏怖がありありと見える一幕だった。


 そんな彼らは最近は、森の中の異変の調査をしている組織の中で裏方の資料をまとめたりする作業をさせられているという話だったが、どうやら資料作成のために図書館から見本を取ってきていたらしい。手には何かの分厚い書類が握られている。


「どうしたもこうしたもあるか。ガキンチョ共が俺が食料を狩りに行くのにつれて行けってうるさいんだよ……お前確か今森の中の調査隊の一人だろう? こいつらにしっかりと駄目だって説得してやってくれ」


 カムチは調査隊の一人であるし、そもそも強面で子供からは怖がられている。ならばこいつの意見を利用すれば子供たちも引くだろうと雪人はカムチに話を振った。

 

――――――しかし雪人は、カムチという男の頭の悪さを見誤っていた。


「え。……はい、分かりました。と言っても今の森は、入って三百メートルの範囲を見たんですが、いつもよりも魔力濃度が少なくなっていて、近くの山とか川とあまり遜色ないレベルの安全度だってつい最近認定されたので、別に駄目というわけじゃないようですが」

「「「「「本当!?」」」」」

「あんた、なんでこのタイミングでそんな希望を持たせる発言をするかなぁ……」

「……お前、馬鹿だろう。分かっててやったのか? ええ?」

「え、ちょっとどうしたんですか? シャルクさんに雪人の兄貴も。二人ともいきなり妙な動き何かして」


 何か危険とか言って拒否しようとしていた矢先に、この状況。実はこの男はやっぱり自分を逆恨みしているのではないかと雪人は頭を痛めて蹲り、シャルクは空を仰いだのだった。


 この瞬間、子供たちとの危険なピクニックが決定した。

















 子供を納得させるだけの理由もなくなり森のピクニックは決定したが、やはり著しく危険な場所に子供を五人も連れていくのに、戦える人間が少ないのは問題だろうと、引率の人間に雪人、シャルク、カムチ、他にもう一人の阿呆ホムラに、何故かカシャとロウロウもついて来ることになった


 本当は行き当たりばったりな森の引率など引き受けることもなかったが、今の安全な時期にこの森の魔物たちがいかに危険であり、世界には想像もし得ない存在がいくつも存在するということを、最近の山への引率で緩んでしまった子供の意識を正すのにもちょうどいいとの判断のことで、過剰ともいえる戦力の投入を条件に許可が下りてしまった。


 というか、許可を下す側が一緒に来ている時点で色々と論ずるのが無駄である気がする。


 それでもなんとか断ろうと思えば断れないこともなかったが、好奇心を満たしたいといわれてしまえば、常日頃から自分の好奇心を満たすために結構好き勝手生活している自覚のある雪人にとって、それを拒否するのは抵抗がありすぎた。


 そういうわけで、先行雪人、前衛カシャとシャルク、中衛に阿呆二人、殿にロウロウで、真ん中に子供を守るようにして森の中を警戒しながら進んでいた。


「確かに魔力の濃度が幾分も少ないな……本当にここはあの森か?」

「確かに雪人の言う通りよね。私が一人で入った時よりも体が幾分も動きやすいわ。……些か動きやすすぎるのも不気味なくらい」

「戦力的には十全な状態のこの森の中を踏破できるだけの実力を持っている集団が居るんだからそこまで不安になる必要も無さそうだが……これはあんまり長居したくない。妙に静かで不気味すぎる」

「問題は無いと思っていたが、やっぱり判断が早計だった気もするな。取り敢えずは何もないことを祈ろうか」


 シャルクやカシャも口々に今の森の状態を論評し、他の戦闘要員もできるだけすぐに魔物を倒して森を出ることで決定する。


 子供たちはその決定に少々不満げではあったが、そもそもがこの森に入るのも年齢的に少々早い。そこまで文句を言うこともなく、素直に聞き入れてくれた。


 そうと決まれば話は早い。早急に森の中から出るために雪人は透視クレヤボイヤンスを全力発動。周囲五十メートルの範囲の魔力を大雑把に把握して、近くにいる魔物の中で三十メートルほど先にいる最も近い魔物のいる場所をめざし方向を変え、あっという間に肉となる魔物を見つけ出した。


 魔力の動きから、恐らくは熊の魔物であろうという雪人の予測は的中し、向かった先でいたのは炎を吐く大熊であるレッドグリズリーである。

 

 発達した筋肉と厚い脂肪におおわれた肉体は非常に打撃を通しにくい耐久力と攻撃力に優れた厄介な敵だ。素早さはそれほどでもないが、それを補うためか吐く炎にはこちらの体がマヒするだけの揮発性の毒が含まれていて、まともに戦えば苦戦は必至である。


 それを知っているロウロウたち劉術の方の武道家たちは体を緊張させ、子供たちもレッドグリズリーの威圧を受けて、森がいかに危険であるのかを身をもって実感したが、残りの三人は至って気楽に構えている。


 ただでさえ基礎能力では劣りそうな魔物相手にまともに戦う気など毛頭ない雪人については特に緊張する理由がないし、そんな雪人が負けることなどはなから考えていない二人にとっては、ここは雪人を信じて任せておけばいいだけの話である。実に気楽に、三人はそれぞれに行動を開始した。


 こちらを注意深く見てくるレッドグリズリーの腕の届く間合いの少々先から、雪人はイータの柄に右手を添えて、左手一本でくいくいと挑発した。


 流石にそこですぐにこちらに向かって激昂して来るほど、相手の知能も低くは無かった。反応が無いと悟った雪人は、つまらなさそうな表情をして左手を内から外に閃かせて手に持っていた薄い紙を回転させて投げた。正体は新陳代謝で生え変わったイータの触手を原料にしたメンコ。狙いはこちらを見るレッドグリズリーの両目。


 薄い平面の攻撃であるそれを、レッドグリズリーは自慢の腕で払うのではなく、高熱の火で焼き尽くすことを選択する。しかしその攻撃は雪人の予測の範囲内だ。線では無く点の攻撃に近い投擲。しかも狙いが眼球だと分かれば、生物は本能的に確実に攻撃を潰せる手段を選択したくなるもの。知能が高いといっても所詮は魔物であるから尚更にその傾向は強い。


 毒を含むどす黒い赤は空間を染め、メンコを焼きつくした勢いそのままに雪人たちの立つ方に殺到する。

 それはむしろ熊にとっては悪手だ。雪人は自分の思い通りに相手が行動してくれたことに心の中で歓喜しながら、向かってくる炎に対し、抜き放ち様に一度。斬り戻しに一度の計二回の高速斬撃を放ち、上手い具合に炎の魔力の核を切り裂いて、暴発させる。


 奇剣術”転飛燕ころばしのとり” 魔法を構成する魔力の中核となる部分を崩す様にして斬撃を放ち、魔力のバランスを崩すことでもって引き起こされる魔力の暴発。魔力を纏った状態であれば、魔法を形作る中核構造に掠るだけでも起こる爆発なのだが、雪人はそれを構造の弱いところを正確に狙って斬ることで引き起こした。


 一度目の斬撃が与える影響を計算し、二度目の斬撃で止めを刺す雪人の使う中でも一、二を争う超精密剣技であり、今のところ毎日三時間はこの練習に費やすも、実戦で成功したのは未だに十数回だ。最近はほとんど成功していたのだが、それでもこのレベルの技になると一抹の不安がよぎるものである。


 ただ、これが成功したときの相手に与える影響は大きい。なにせ、魔力もなく魔法を防げるはずもないのに、雪人は相手の攻撃を防げるのだ。レッドグリズリーが目の前の暴発に一瞬目をやられて、次に前方を見た時には、雪人の姿はそこにはない。


 先ほどまで姿のあった雪人が見えないことに動揺するレッドグリズリー。今の爆発で死んだのだろうかと疑問に思った瞬間に、右側から飛翔してくる物体に気付く。


 それを獣の動体視力で気づいたレッドグリズリーは、自慢の剛腕で跳ね返す。それは実に見事な反応速度だったが、残念なことにそれは雪人の武器である蟷螂とうろうだった。突然の攻撃を打ち払って伸び切った右腕は既にこれ以上の変化を行うことは出来ない、いわば死に腕。先ほどの爆炎に乗じて自分の隠れる方向とは逆方向に投げていた蟷螂をイータの触手で引きよせてもらうのと同時に、グリズリーの左後方から不意打ちでその死に腕にイータをまっすぐに振り下ろす。


 しばらく魔力の多い魔物を喰らっておらず、先ほどの魔法もあえて食べない様に告げられていたイータにとっては歓喜すべきご馳走である。上腕部分から敵の腕を斬り落とすとともに、魔力をごっそりと啜られたグリズリーは、恐怖と怒りのないまぜになった反応で残った左腕を振り回してくる。


 ただしそれは、右腕を失った直後ということもあって、完全にバランスを崩してからの一閃だ。振り向きざまに右上から振り下ろされる左腕に、雪人は恐れる様子もなく踏み込んで、イータの柄での一撃を胴体に加える。


 不安定な重心にうまく打ち込んだ一撃は奇剣術”透徹” 物理的な衝撃では無く、魔力による衝撃の伝播をより意識した打ち方により、レッドグリズリーのような物理耐久力に優れた敵でも有効にダメージを与える技術。


 流れるような雪人の追撃に、たたらを踏んでよろめく熊。勢いの失った左腕の攻撃をかがみこんで躱し、いつの間にやら抜いていた二本目の蟷螂で敵の足を裂く。右手一本で振るった刃はその機能を十全に発揮され、剛毛におおわれている熊の腱を易々と断ち切った。


 森の中の凸凹な地面を踏みしめるだけのしっかりとした両足を片方とはいえ失った熊に残ったのは、もう戦闘では無くただの作業である。無理やりな体勢で繰り出される勢いのない熊の攻撃では、敵の体内を流れる魔力の中でもいくつかの流れの収束点を順手で握ったイータに啜らせて、生物的な弱点である腱や神経を逆手に構えた蟷螂で斬っていく鬼神のごとき雪人を止めるだけの術は無い。イータの刺突と蟷螂の斬撃を組み合わせて行われる舞にも似た優雅な攻撃は、たちまちのうちに熊の腕を断ち、足を穿ち、胴体に傷をつけて戦闘力を削いでいく。


 レッドグリズリーもなんとか雪人の攻撃と攻撃の合間の隙を見つけて動こうとするのだが、五感をフルに使って相手の攻撃を予測し、さらに敵の攻撃の初動を見切る時見ときみを利用した雪人の先の先をとてもではないが掻い潜れない。あっという間に体中の魔力を奪われ、血液を失って体力を消失し、止めに首を裂かれて心臓を一突きされた。


 噴水のように首からは血が噴き出し、完全に絶命するレッドグリズリー。そして雪人は左手に握ったイータをグイッと下ろして、ぐらり、と倒れ落ちそうになるレッドグリズリーの巨体を上に引き上げる。それは舞の途中にいくつも熊の体に巻き付けておいた、イータの触手を鋼線のようにより合わせた太い綱によるものだ。いつの間にやら巻き付けていた縄を上にあった木の枝に引っ掛けておくことで、さながら井戸のところにある滑車のように持ち上げたのだ。


 なんで持ち上げたのかというと、その方が後処理の面から見ても血抜きがしやすいからである。先ほどからの攻撃で腕も足も落としていたので、両手を使えば引き上げられないほどの重さでもない。レッドグリズリーを逆さまに釣り上げた後は、肉を新鮮なうちに持って帰るために、魔力抜きもできるイータを形状変化してナイフのような長さの短刀になってもらい、熊の解体を行った。


 それを見ていたカムチとホムラ。それにロウロウと子供五人はあまりの鮮やかな雪人の手並みにポカンと口を開けている。子供たちを流れ弾から守るために念の為構えていたカシャとシャルクは呆れたような雰囲気を醸し出している。


 そんな視線を黙殺し、てきぱきと熊を解体して必要な部分だけを取り出すにには五分もかからなかった。
















「鍋料理”熊汁”の完成を祝って!」

「「「「「「「「カンパ~い」」」」」」」」


 カシャにシャルク作ってくれるのに協力してくれた他の流術門下生。相変わらず人のいないところで鍛冶屋を開いていたところを引っ張ってきたミル。子供たちとその親も合わせて、全員で作った豚汁風の鍋”熊汁”と命名した料理は思いのほか短時間で作り上げることができた。


 色々な材料を集めて作った汁物をメインに、おにぎりや焼いた串肉をおかずにしてみんなで思い思いに料理を楽しんでいる。


 一応、護衛を手伝ったということでカムチ、ホムラ両名にも熊汁を分け与えていたが、彼らは既に他の喧騒が聞こえないほどにがっついている。


 あまりの食いつきっぷりに、いつもは彼らに対し隔意を感じている村人たちも彼らの必死な様子を見て笑い合っている。


 このままでは自分が食事に満足する前に奴らに食われかねないと感じた雪人は、周囲の様子を見るのもそこそこに早速自分も汁椀に口をつける。


「うめえ~~!! やっぱりこのいくつもの素材から作られる自然そのままの旨み! レッドグリズリーの肉を早めに解体して叩きまくったことで豚肉以上の油と柔らかさをえたこのしゃぶしゃぶ風の肉! やっぱり取りに行ってよかった!」


 彼が大げさといってもいいくらいに叫んでみると、酒の入った一部の大人からは「アンタのいうことももっともだ!」「今度から毎日作ってくれよ、雪人シェフ!」といった怒鳴り声が飛んでくる。


「五月蠅いわ! 自分でやれや!」と夜の熱気に当てられてから、妙に陽気に叫び返して、他の肉串や野菜を焼いたものを口に運んでは咀嚼していく。アツアツの料理は口の中が火傷しそうになるほどだったが、それがまたいい。


 こっちの世界の熊は美味しいのかどうか分からなかったが、うまい具合に臭みやらなんやらも飛ばせているし、今回の仕事は完璧だろう。


「美味い!」「美味しい」とみんなが口々に言う中で、ふと、雪人は子供たちの内、一人の少年があまり食が進んでいないところを発見する。


 雪人はその少年の名前を知っていた。


「おいコム。どうした? 食わないのか?」


 彼に一番多い頻度で絡んでくる少年の意外なまでの小食な様子に、雪人は心配半分、興味半分で近づいた。常ならば元気いっぱいにこちらに絡んできて、雪人を辟易させる少年が元気がないというよりも何かを考えているように見える姿は珍しい。一体どんな悩みがあるのか聞いてみたくなった。


「うん……雪人あのさ、魔物って怖かったんだね」

「あれ? もしかして生きてる魔物を見たのは初めてだったのか?」


 コムはそれに対し、神妙な表情で首を振る。魔物の姿を直視して、あまりの恐怖に食べられなくでもなったのだろうかと疑問に思っていると、コムは再び話し出した。


「なんかさ、今まで山とか川で見てきた生き物は皆魔物っていっても火は吐かないし毒も出さないから、頑張って罠を仕掛けたり、隠れたりすれば逃げ切ることはできるって思ってたんだ。でも今回、シュール・ロームの中に入ってから見たあの熊の魔物は、もうそういう次元じゃないってはっきりわかったんだ……」

「それが見ただけでわかったってことはいいことだろう。世の中には上には上がいるってことだ。慢心すればすぐに足元を掬われるって俺もよく言われたよ」

「でも、見ただけで体が動かなくなって、逃げられなかったら意味が……」

「まあ落ち着け、コム」


 立て続けに話していくコムの口に持っていた肉串を突っ込んで黙らせる。

 間違ってものどに刺さったりしない様に、慎重に冷めた肉串を口に入れた後は、ゆっくりとコムに説明する。


「今回お前たちを連れて行った理由はいくつもあるし、カシャとかロウロウはもしかしたら俺が知らない理由も考えていたのかもしれないが、あまりそこらへんは関係ない。少なくとも俺の伝えたかった一番大切なことは、こういう奴も世界には居るんだからまだまだ退屈に毎日を腐らせるのは早すぎるぞってことだけだ。そんな風にあんまり思いつめなくても、五年もすればお前がレッドグリズリーを見て鼻で笑って逃げられるだけの実力はつくさ。保証してやる。だからそう暗くなるな」

「逃げられるだけなの?」

「やっぱりそこに食いつくか? 男だなお前も。それが嫌だったら戦い方を誰かから学べばいいだろう。この辺境の村でさえ、あんなに強い竜人がいるんだぞ? 全く基礎能力が高い奴らが技を磨くと冗談抜きに洒落にならないよなあ……」


 後半はコムに対してでは無く、どことも知れない虚空に向けて話す様に雪人は呟く。

 脳裏には以前、シャルクと腕相撲をした時の記憶が再生されている。魔力の強化を短期間に集中して最大限の出力で挑んできたシャルクとの激闘は、本当にギリギリで雪人の瞬間出力が上回ったが、今後は一切腕相撲をしないことを誓うくらいには危険な勝負であった。


 少なくとも目の前のコムであれば、そんな雪人に身体能力で匹敵する日もそんなに遠くないだろう。技術的にはまだまだ追いつかれてやる気もしないが。


「じゃあ……雪人が教えてよ。戦い方を」


 そんな風に回想に耽っていると、コムがまっすぐに雪人を見ながら頼んできた。

 目を見れば、それが真面目な思いからくるものかどうか位は十分にわかるというが、少なくとも、そこに稚気や甘えの感情が浮かんでいないことは雪人にも読み取れた。


 ただ、それは残念なことに出来ない相談だった。


「悪いが無理だ。俺はそろそろ他の土地を目指してここを出ていくつもりだからな」


 そろそろ雪人が森から出てきて村に定住を始めてから一か月が経とうとしている。図書館にある本はすべて読み漁り、しばらくの路銀を稼いだ上に、いくつかの武器をミルから買い取る形でもらっている雪人はもうすでにどこかへ行く準備は出来ている。


 この近辺にはなかったのだが、魔人族の集落には鎧蜜蜂の作る堅牢なネストダンジョンが存在し、そこでとれる蜜は極上品という噂だったり、森人であるエルフの住む森の峡谷には完全な円環を描く十四色の虹の橋ができるという話も聞いた。普通であれば、こんな風に居心地のいい場所からどこか危険な場所へ旅に行くことなど考えもつかない人間が多いだろうが、雪人は生憎と普通ではない。彼の生来の好奇心は異常ともいえるほど過剰であり、今なお彼の知りたいことは増え続ける一方だ。


 雪人の拒絶を聞いたコムは、眼に見えて意気消沈する。それでも自分の意思を曲げて、しばらくコムに武術を教えてあげようという気にはならなかった。

 だが代わりに、一つだけ約束をすることにした。


「今度会う時だが……その時までに本気になった俺に一発でも有効な攻撃を打ち込めたらその時に武術でもなんでも教えてやるよ」

「……分かった」


 それ以上の譲歩を引き出すことは出来ないと分かったのか、コムも素直にうなずいて、今度は夕食に思いっ切り齧りついた。


 その凡そ二日後。定期的に来る行商人の往来に合わせ、雪人は二番角の町を後にした。


PCの調子が悪くて書けないんです。期待させといて遅くなってすみませんでした。そろそろ話は次の章に向かいます。

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