適性検査
「おい綾辻! お前一体どういうつもりだよ!」
「は?」
今はこちらの適性を測るための”永年水晶”という貴重な魔法道具を国王に準備してもらっている間、こちらはそれを待って、王の間からその控室に待機しているところだ。
そうして案内された控室にはクッキーの様な見た目の味がケーキに近い不思議な食べ物と、鮮やかな緑色をしたオレンジジュースの様な飲み物が準備されており、皆それぞれが思い思いにソファーに腰かけてくつろぐことができるようになっていた。
一時は異世界人同士お互いに話すこともありましょうという判断らしいが、扉の外の門番の聞き耳と幾人かの間諜の視線もあるので、こちらの状態を知りたいといったところだろうと判断。ならば情報を漏らさないためにも神経を休めるためにも、雪人が目を閉じてソファーに大きく体重をかけて両手を組み、脱力したふりをしていたところに突然そんな声がかけられたというわけだ。
自分に絡んでくる迷惑な人物は誰だ? と思ってそちらを見ると、似非リーダー大寺なんちゃらがハーレム二人を連れて何やら憤慨したように顔を赤くして仁王立ちしている。
構う価値なし。そう結論付けて再び脱力の姿勢に戻ろうとすると、「おい! 話を聞け!」と体を揺さぶろうとして手を伸ばされる。迷惑かつ自分が苦労する原因になった人物には触られたくないのでさっと立ち上がり、自然体のままに半眼の目で対峙する。突然の雪人の行動にうろたえた大寺だったが、すぐに体勢を立て直しこちらに言いがかりをつけてくる。
曰く、「困っているこの世界の人たちを無条件で助けようとは思わないのか」
「はあ?」
「何言ってるんだお前」という副音声が聞こえてきそうなほどの多分の呆れを含んだ声に、馬鹿にしたと思われたのかより一層ひどく詰ってくる大寺。
別に雪人は大寺を馬鹿にしたのではなく、日頃から優越感に浸った視線を向けてくること以外、何のかかわりもなかった大寺にわざわざそんなお人よし丸出しのセリフを言われるとは思っていなかったというだけだ。
今まで雪人が周囲から無視を受けているといった状況は、好奇心のままに再び誰かを傷つけることを恐れた雪人が望んで作った状況でもあった。だからと言って、それを今まで見逃してこちらを馬鹿にしてきていた人間の、まるで聖人君子にでもなれというような論理を聞いたら流石に腹も立つ。まさに関わりたくないというのが本音で無視したい気分でいっぱいだが、どうやら相手はそれで退いてくれそうもない。
そう言えば、自分に文句があるのなら後から言えとか言ってたな、とかつての自分を振り返りながら仕方なく対処方法を考える。
取り敢えず絡んできた相手の状態の把握のため、ぎゃいぎゃい騒いでいるのを完璧に無視し、こいつらもそうなのか? と思って後ろの二人の少女の様子を窺う。
嘉納とか言われていた短髪の活動的な雰囲気を纏っている少女の方は勝気な目でこちらを睨んでいるが、神宮司とか言った長髪のおとなしそうな人物の方は何やら目で申し訳なさそうに謝っている。
はて? 自分は不干渉の対象として無関心の対象だったはずだが一体何をこちらに遠慮しているのか。疑問には思ったがこうして実害をこうむっている以上、謝罪に対する斟酌はない。それに大寺の行動には多分に文句もあったので、さっさと叩き潰すことにする。
「大寺。俺は今までお前のことをそこまで認識したことは無かったが、状況判断もできないという無能の判定を今ここで付けておくことにする」
「何だと?」
激昂し、拳を握りしめている大寺に対し、あくまでも面倒そうなのっそりとした口調を崩さず、焦るな焦るなとゆっくりと語りかけていく雪人。
「だってそうだろう? 魔王の討伐というなんとも危険そうな依頼を、自分が力を持っているかも分からない状態でどこの誰とも知れない人物から受けることを即答し、戦闘経験もないのに魔王を殺そうという重大なことを決定するなんて、少なくとも冷静な判断とは言えないだろう。しかも、こちらが何の情報も持っていなくて、正当性を判断できない時点で、一方からの話だけを聞いて頼みを聞こうなんていう判断をしたのは浅慮でしかない。メディアリテラシーという言葉を聞いたことは無いか? 情報がほとんどない中での判断はほぼ百パーセント間違っているぞ。俺は召喚された後に最低限確認しておきたい事柄を確認しておいたに過ぎないだけだ。文句を言われる筋合いはない」
まあ、今後次第でこちらの扱いなど容易に変えてくるだろうが。追い詰められた人間ほど怖いものは無いのだと雪人が考えている前で、大寺は体をプルプルと震わせて部屋の空気が震えるほどの声を張り上げる。
「だとしてもお前俺たちは異世界から来たということで他の人にはない力があるんだぞ!! それを役に立てようとか思わないのか!?」
「思わないな」
「なッ――――――」
あまりにも早い即答に大寺が絶句して、さらに何かを言い募るとする前に先制して雪人が言葉を並べ立てる。
「まず第一に、自分たちに本当にそんな力が宿っているのかという事。第二に、力が宿っていても、魔法という概念の知らない世界で生きてきた自分たちが、この世界の魔族という最低でも十数年は習熟しているであろう存在に通用するほどの魔法を使えるようになるのかという事。第三に、もしかしたら俺たちは何かの例外で力が無いかもしれないという可能性。それに、状況だけ見れば彼らは俺たちを元の世界からいきなり誘拐したという見方もできるし、力があったとしてもそれを使うときには俺たちは生き物の命を奪うことになるんだぞ。彼らの為に役立てたいかという事を決定するのは個人の判断に委ねられてしかるべきだろう。
それに本当に分かっているのか? 勇者になるという事はこの世界に生きている存在を一方的に殺すという事だぞ。もしかしたらこの世界では魔族にも人を襲う理由があってそれを解決しないと何も終わらないかもしれないのに。この世界に魔法がある限り、俺たちの世界の理屈ではない何かがあってもおかしくは無い。
最後に、俺たちのいた地球にも危険な相手をそのまま滅ぼしてしまえといった発想で自分が滅びた国だっていくつもある。この世に単純な正義と悪はほとんど存在しない。だというのにすぐに王様の話だけを信じて決断したお前の考えをこちらに押し付けてくるんじゃない」
これで話は終わりだ。そう告げて広い部屋の中で大寺のいない方向に歩いて行く雪人。大寺は血管が切れるんじゃないかと言いたくなるような形相で震えていたが、「俺はお前を絶対に認めないからな!!」というと雪人と反対方向に足音荒く歩いて行く。
だが、そう言われても雪人としてはどんな障害を越えてでも誰かのために魔王を殺すなんて事を考える気にはならない。そもそもこの世界の戦争事情もよく知らないのにどうしてここで決断できるのか。雪人にはその考え方こそ理解できなかった。
「長らくお待たせしました。準備が整ったのでもう一度王の間においで下さい」
自分たちを呼びに来たメイドさんに従って、再び城の広い廊下を集団でぞろぞろと歩いて行く生徒一行。幾人かのアホ男子はメイドさんの姿に鼻の下を伸ばし、また幾人かはこれからのことにワクワクした面持ちで歩いている。
時間が経過したことでこの状況が安全だと錯覚するようになってきている困惑していた生徒たち。他にこれから魔法の力が目覚めると聞いて、はしゃぎまくる一部の男子。その中でも極少数の人間は何やら思案した顔つきの者もいたので、仮に共闘することになった時の為にリスクの計算ができて、得の為だったらこっちの味方をしそうな人物に目星をつけておく。
その中には先ほどこちらに噛みついてきた大寺の取り巻きの神宮司、王様に意見して震えていた香林もいたが、ここら辺は除外と判断する。
そうして周りの様子を探っていくと気になることがあった。
まず、自分の知らない顔がいくつもあるという事。
雪人のいた中学はそこまで学年の人数は多くなく、自分たちの代はおよそ百五十人ほどであったはずだ。いくら自分が排斥を受けていようと二年間ほど同じ学校にいれば自ずと同学年くらいは分かるようになる。
なのに自分の知っている顔が思いのほか少なく、知らない顔ばかりある。ついでに言えば、履いているスリッパの色も三色に分かれている。これはつまり、雪人の通う学校は学年で履物の色が違うので、ここにいる生徒たちが違う学年から無作為に集められたということになる。
これが何を意味するのか知らないが、召喚とやらは同じ場所にいた人間を呼び寄せるだけではないらしい。もしかすると他に召喚された人物がいてもどこかに飛ばされたとかの可能性もあるかもしれない。
調べなければいけないことをまた一つ確認して、王の間に到着。中に入るとそこには華麗な金の部屋にそぐわない、無骨な鉄の巨大な機械が部屋の五分の一ほどを埋めていた。
もともとが巨大な部屋だったので機械のことをあまり大きくは感じないが、大きさで言ったら学校の一クラス分くらいはありそうだ。鉄板で周辺を覆っている有様は戦車のような兵器を思い起こさせる重厚な雰囲気を放っており、内部では何かが稼働しているような機械音がここまで聞こえる。その機械の中央には左右を精密な金属の塊の複合体が覆い、透明で清澄な水晶がそこだけぽつんと存在している。
何やらちぐはぐな印象を受ける機械だったがどうやらこれが測定器らしい。ふと機械の側面を見るとコピー機の様な端末もついていて、そこに白衣をきた研究者らしき人物が複数人立っていた。
異世界でも研究者は白衣なんだろうか。とどこかずれたことを考えながら、王様の発言を待つ。
「お待たせして申し訳ない。では早速一人一人順番に中央にある水晶に手をかざしてもらいたい」との王様のゴーサインを確認して、まずは似非リーダー大寺が前に進み出る。
彼はすでに勇者になることが決まっているので最初に能力を測ることに特にもめることもない。前に進み出ていった大寺が緊張した様子で機械の内部に少し入り、ゆっくりと水晶に手をかざす。
すると水晶は最初に微弱に光り始めたかと思うと、強烈な白い光を放ち始め、すぐにその場の人間は手で光から目を庇うか、細めるかをすることになった。驚きに手を離した大寺が数歩後ずさると、王様が大寺の近くに寄っていく。
「おめでとう勇者よ! そなたには光の魔法の適性がある」
なんでも光の属性は回復、援護、攻撃において他の種類の属性に比べても上位に位置するらしい。そう王様から説明を受けて喜びに顔を緩める大寺。
続く嘉納、神宮司が水晶に手をかざすとそれぞれ水晶に炎のような揺らめきと、水をたたえたような澄んだ光が発生し、それぞれ火と水に適性があることが分かった。
一つの適性しかないのは少々異世界人というものもそんなに強くないのでは? と思ったが、水晶の発光の様子が強ければ強いほど能力が高いらしい。つまり強く発光した三人は十分な素質を持っていることが証明されたというわけだ。
それに属性は一人につき一つ存在するというのがセオリーとのことで、三人に説明する王様の話を聞くと、二つ以上の属性を持つ人間は稀なんだとか。
王様の説明が続く中、残りの生徒たちも前の方から順番に水晶の測定を受けていく。
最も多く出た赤、青、緑、黄、そのいずれかの色がそれぞれ火、水、風、地の基本四適性を現し、まれに出る白、黒、が光と闇の上位二適性らしい。
そうしてみていくと先ほど雪人が疑問を持った顔が水晶の方に近づいていく姿が見えた。
小さな背筋をピンと伸ばして歩いて行く姿、腰にかかるほどの長い黒髪、きめ細かく成長期のにきびなどの無い白い肌。間違いなくそれは雪人の妹、綾辻冬音だった。
まさかこちらに来ているとは、と雪人は驚きを禁じ得ない。自分はどうでもいいと思うだろうが、冬音を失った両親はつらいだろう。少なくとも両親を恨んではいなかったのでその心中を察し、残念がることは出来た。
情もそこまでなかったので、深く同情することもしなかったが。
そんなことを感じていた雪人の目の前で、緊張の様子を見せず水晶に手をかざす冬音。雪人は同じ家にいながら冬音がどんな人物なのかを知っていることは少なく、なんかいつも遠くから無表情で見られていることくらいしか知らないので、彼女がこういう時も緊張しないだけなのか、はたまた緊張を隠しきっているのかの判断はつかなかった。
何とも曖昧な表情の雪人の視線の先で、冬音の手をかざした水晶に変化があった。しかしそれは前述の六色の内のどれかではなく、黄色に近い薄い水色という不思議な色が漏れてきていた。
今までにない反応の仕方に、疑問を感じる雪人。それはあちらの少女も同じようで、僅かに自分の結果に動揺するのが見てとれる。
水晶の光が収まってきたところで王女様の方が声を上げた。
「素晴らしいですわ! まさか二属性。しかも固有属性とは!」
その言葉に困惑した様子の冬音に王女は詳しく先ほどの光について説明していく。
なんでも二属性適性を仮に持っている人物の場合、その二つの適性を表す色が混じり合った色になるらしい。
そういう時は色だけでは判断しにくいが、正確に測る測定器のデータを見るとどうやら冬音は水と風の属性持ちらしい。それを合わせると氷属性を実現することができるというのがどうやら固有属性という言葉の正体のようだ。
思わぬ身内チート現象に、場は騒然となり始める。雪人としては、冬音の属性よりも、水と風でどうやって氷を作るのかの方が遥かに気になったが、王様の「静まれ」という鶴の一声で場はどうにか静まっていく。
さっき聞いた話では二属性適性は千人中一人くらいの割合しかいないということだった。しかしそれが異世界人にまであてはまるとは思えない。そこらへんどうなっているんだろうか。また悩んでいる雪人の前で再び測定は進行していく。
冬音は順番的に十五人目ほどだったので、残っていた人物は後半分よりちょっと多いくらい。そうして測定を受けていく生徒たちは、強く水晶が反応するものばかりだったがいずれの生徒も適性は四属性の内のどれかといったところである。のちに一人、風と地の適性で雷の二属性適正の少年がいたことくらいしか特筆して述べることは無かった。
一体何故、風と地で雷になるのか。電気抵抗的なものを弄ったりするんだろうかとか金属を使ったりするんだろうかとか考えたりしたが、雪人にはさっぱり分からなかった。
恐らく三十五人目――――――自分の前だった香林が風の適性を出したところで、最後に雪人の順番が回ってきた。別に最後になる予定は無かったのだが、後ろにいて観察と考察に熱中していた雪人は自然と最後になっていた。
何やら全員に注目されているのが分かる。最後になって目立ってしまった以上は仕方がないと思うが、平素では受けたことのない大量の視線というのはかなりウザったかった。面倒だ、はあ。といった様子で歩いて行く雪人の様子をみて、それを見ていた人たちは雪人の緊張のかけらもない大物ぶりとその態度からくる期待の大きさにゴクリと唾をのむ。
一部の男子生徒は忌々しそうに睨みつけていたが。
めんどくさそうな表情で水晶に近づいていく雪人。しかしその眼には油断は無い。
水晶がどういったものなのかわからないが、あの両隣にある金属の塊は十分に脅威となりうる危険性を秘めている。何しろ身長百七十はある雪人が手を伸ばしても半分を超えた高さくらいにしかならないのだ。
内心、ハエ取り草みたいに噛みついてこられないことを祈りつつ、気負いのない動作で水晶に手をかざす雪人。
しかし、いくら待ってもいつまでたっても水晶は反応しなかった。
光を出す兆候の揺らぎのようなものがこれっぽっちも起こらない。手を水晶にペタッとくっつけて見てもさっぱりだ。まさかここにきてこのタイミングで壊れたのかと雪人が疑っていると、外についていた端末の方からはピーッという甲高い音がした。
そして続く研究員たちの驚愕の声。
「彼は……「無能者」です!」
………………なんだそれは。
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