一年後の神聖王国
遅れました。そして短いです。すみません。
短編の方を先に上げようと思ったら、なんと二万字を超えても終わりませんでした。諦めて普通にこっちをあげとく事にしました
暗く、日の当たらない牢屋の中。魔国に存在している幻想種の一つ、精神体であるレイスという魔物が今にも出てきそうな陰気な気配に満ちたその空間には、今まで重大な犯罪を犯してきた凶悪犯や政治犯、そして解剖されるために誘拐されるといった表に出せない囚人たちのこびりついた死臭が漂い、そこに訪れる生者に不吉と死の運命を擦り付けようとしているようだ。
そんな牢の一角、一つの大きな部屋の中に、ぽつんと一人だけ囚人の姿があった。
両手両足は鎖につながれ体を壁から吊り下げるようにして拘束され、壁に背中を、地に膝をつけて項垂れている男。半年近くにわたる拘束により元は短かった髪の毛は瞳を容易く隠すほどに伸び、ぼさぼさの頭とそこかしこにできている鞭で叩かれて出来たミミズ腫れが出来ている。長きに渡る拘束が男から生き物の持つ生気という生気を奪いつくしたような衰えを感じさせる。食事は日に一回、それも粗末なパンとコップ一杯の水のみ、そしてその食事すらも時折来ないことがあり、代わりに拷問のように毎日与えられる苦痛と苦行は増すばかりである。
強く空間を光らせる光魔法フラッシュをギリギリまで近づいた眼前で展開され、明滅する光に意識を強制覚醒されれば眠ることすら許されない。恐らく、ここ十日間でまともに睡眠をとれたのは三時間にも満たない。
常人ならば容易く精神が崩壊するような状況で、だが、その伸びた前髪に隠れた瞳には不屈を表す輝きが宿っており、牢獄に閉じ込められた男が未だに自分の生存を諦めていないことが容易に伝わった。
この程度の苦難、今までに何度経験したことか。かつて一人の忠誠を誓った主の命に従って、龍の協力を取り付けに聖域に臨んだことも、獣人たちの盟約を取り付けるために自身の剣技を披露して剣聖と刃を合わせたことも、洪水の被害を防ぐために精霊に協力を申し出に大陸の南へと使者として向かったことも数限りない経験が、今の彼を支えている。勿論その中でも、いずれの時も持ち続けた自身の主への忠誠によって乗り越えたという自負こそが最も大きな柱だった。
そこまで考えてガイルは声も出さずに少々皮肉気に笑った。いかなる時も冷静に自分の主が民を正しい方向に導けると信じて行動してきた経験は、一事が万事自分の剣をささげた相手への信頼があってこそで、その当人に自分が牢屋に入れられてしまった今となってはそれもどうしようもない事であることに、内心気づいていたからだ。
「第一……まさか死んだか?」
牢屋の眼前の方から聞こえてきたのは、同じく牢屋に入れられた第七位の序列騎士。先の戦争で誰にも負けることが無い魔族、六天将の一人「絶対勝者」ルシファー・プライドとの戦いにおいて、見事町の住人を守り抜き、一時的とはいえ戦線を盛り返した武勲をたてたことで、一躍時の人となった英雄ハルヴェルト。平民であり魔力適性が無いというハンデがありながらも、その有り余る魔力を利用した魔闘技を使い多大な戦果を上げ、故に序列騎士に抜擢された異例の人物。
「……早々には死なん。だが、喋る体力も惜しんだほうがいい」
大戦力となるその彼ですら、今はこうやって牢屋の中に閉じ込められているのは、一重に王の決定に逆らったからだ。
異世界人の召喚からおよそ半年。召喚された異世界人たちの約半数で国王直属の戦闘組織、勇王兵団が組織され、国王の勅命のみに従う強力な軍事力としてウェイン王国の力の一端を占めた。瞬く間に上級魔法を習得してしまったその才能に始まり、個々人の魔力適性と魔法への並々ならぬ造詣。ついでにいくつかの兵器を作れる知識と、新しく出来た「銃」という種類の個人で携行できる強力な武器の量産も伴って、人類史上類を見ない大戦力となったのだ。そうして直接的な武力のみに置いてはこの国のあらゆる戦力を凌駕する勇王兵団をその手に治めた国王は、あろうことか彼らのことを王都の守備戦力としてのみの運用を行い、今まで王都を守護してきたすべての騎士、騎士団に地方と辺境の任務を与えたのだ。
いくら何でもそれは拙いとガイル以下序列騎士の面々は国王に嘆願した。既存の戦力に対する扱いを急激に一変させてしまえば、今まで得を得ていた貴族と騎士が黙ってはいない。特に、例え勇者といえども短期間で王都を守る任務を奪われてしまったとなれば、今まで以上に国が荒れる。せめて少数精鋭という名目を立てて、国王派の勢力を残しておく必要があるとさんざんに説いた。
他に、勇者たちに実戦経験を積ませる必要もあると様々な理由を話したのだが、遂に聞き入れられることは無く、最後まで抵抗した形になったガイル以下、何人かの序列騎士は政治的権力を剥奪され、幽閉されてしまった。
「体力を惜しんで、情報の共有を怠ってどうするよ……あんたの方が俺より強いのは周知の事実だ。肉体的な意味じゃなくて、頭の回転とか機転とかそういった意味でな。だったら少しでも頭の働く今のうちに方向性でも考えておかないと不味いだろう」
「情報の共有か……ふっ、この状況でそれをやってどこまで予想がつくだろうか。今のウェイン王国の先行きの予想など、誰にも出来んだろう」
「そうじゃなくてさ……ゼクス教の奴らのことだよ。あいつらがもしかすると国王様に何らかの呪を掛けている可能性が否定できない」
「何?」
ガイルは疑問の声を上げる。というのも彼の知る限りこのウェイン神聖王国の国王というのは、生半可な呪をかけても、持ち前の魔法抵抗力で大概の魔法は抵抗してしまうし、さらに神代級の国宝である王威を身に纏えば、身の守りは伝説の魔法金属オリハルコンでできたギロチンの刃でさえも首に通らないほどの物理防御と魔法防御を所有できる化け物である。正直言って、実は守られる立場にいるはずの国王が、その防御力のみによって、人間国でも最強の一角を占めているのである。
そんな国王が何らかの精神操作の影響を受けているというのは考えづらい。というよりもあり得ないというのがガイルの考えであり、今の今までその絶対に等しい防御力を考えて、国王が何らかの魔法の影響下という可能性を考えたことは無かった。思わず、声が尖る。
「確かにそう考えれば、私たちを幽閉した後に拷問にかけるといった愚行とした言えないこの意味不明な行動の意図も予想がつくが……状況証拠以外に何らかの根拠はあるのか? なければいくら話しても無駄になる可能性を捨てきれないぞ?」
「根拠というには薄いんだが……半年よりももうちょっと前に、俺は翔也や日輪といった一部の例外を除いて、異世界人で勇者になったことを承諾した者たちの体に流れる魔力に妙な特徴が共通していることに気付いた。度重なる訓練による体の歪みを治すためのマッサージをするときに、何人も診たからこそ気づいたんだが……どの勇者たちも体内を循環して、脳に送られている魔力量がほぼ一緒だったんだ。普通はどう頑張ったって人体の機能的に重要な脳に多くの魔力が送られているはずなのに、送られる魔力の総量で見れば、脳に送られる魔力量は心臓に送られる魔力の数分の一だった。少なくとも、生物として何らかの操作を受けていることは間違いない」
「……それだけ分かれば、確信を得るには十分だろう。何故言わなかった?」
ハルヴェルトの思わぬ詳しい情報に、ガイルは疑問の声を上げる。それだけのことが分かれば調査に出せるだけの説得力が生まれることくらい、この事務が苦手なハルヴェルトにもわかったはずだというのに。
だが、続く言葉でガイルも自分の考えの間違いを思い知らされざるを得なかった。
「誰が味方かも判別しない状況で動けると思うほど俺も警戒心を捨てているわけじゃなかったからな」
「お前がそこまでいうほどか……」
ガイルもハルヴェルトのいうような空気を感じていないわけでは無かった。確かに彼の言う通り、数年前からこの国では何か息苦しくなるような不穏な雰囲気が町を、都市を覆い始めている。
「これが意図して行われていたものだとしたらとてつもなく厄介だ。あの状態の国王様を洗脳とまではいかないけれども、精神誘導を行うことができるなんて並の奴の仕業じゃねえ」
「数年前だ」
「あん?」
ハルヴェルトの会話の最中に、ガイルが言葉を挟み込むようにしていきなり告げる。
「恐らくは数年……いや、場合によると数十年、もっと最悪の可能性を考えれば数百年のスパンで奴らはこれを狙っていたのかもしれない。数年前に、ゼクス教が国の一部として認定される前から、この大陸には何らかの不審な痕跡があったように思える。今の今まで疑問に思ったことが無かったんだが、私が国外に旅に出てから、一つとして私はゼクス教の教会というものを見たことが無い」
「なんだと!?」
もしそれが事実であるのだったら随分と拙い。ゼクス教の教義の一つには、人間至上主義に近い排斥的な考え方も存在していたが、常には豊富な国外の食料やら情報やらをすぐさま手に入れることができる広い手を持った組織であることはハルヴェルトも知っていた。それが国外に拠点を持たないということは、葦と呼ばれるスパイのような存在を大量に囲んでいるということに他ならない。
そのことに思い至ったハルヴェルトは、思わず声を荒げてしまう。
「じゃあアレか!? 奴らの保有する固有戦力は一国を相手取るのに支障がないほどに大量に存在するってことか!? 冗談じゃないぞ! 国の政治の内部にまで侵食されて、この状況で相手の戦力も上だってなったら話にならないぞ!」
「落ち着けハルヴェルト。まだそう決まったわけじゃない」
「だが!」
「序列騎士第七位ハルヴェルト」
対して大きくもないその声には、話を聞くありとあらゆる者を黙らせる覇気が込められていた。
第一序列騎士として、長い間戦い続けてきた男の声は、興奮して焦っていたとは言え、実力では序列騎士でも二位にいるであろうハルヴェルトを一瞬黙らせるだけの力があった。
「落ち着けと言っている」
「あ、ああ」
ガイルの瞳は、今も焦点を結ぶことはできず、物を映すことは無い。だがしかし、ハルヴェルトが繋がれているであろう方向をまっすぐに射抜いているその視線には明確な意思が浮かんでいることがありありと分かる。
「ここで聞いたことを統合すれば、先の未来がどうなるかということも大体は予想が着く。後はその情報がどれほど正しいかを確かめることとその状況をどこまでひっくり返せるかだけが問題だ」
「だけってお前……」
呆れたように告げるハルヴェルトの声に、ガイルは自分の今まで戦ってきた年月を思い浮かべ、
「なあに、この程度。今まで何度も経験してきた。今更こんなんじゃ、盤をひっくり返して反則を使うほどでもない」
そう言って、泥臭い笑みを浮かべた。
勇者さんの方は顔見せだけ。そろそろ毎日投稿を復活していきたいと思います。
……といっても、今週はまだてす……いや、いける!




