説明と納得と頼み
多分次から普通の話です……ちょっとやりすぎた感があるな。
「――――――というわけで俺が今ここにいる理由っていうのは、俺を誘拐したっていうその狂人どもの所為なんだよな」
「……そうか」
途中、身振り手振りや、イータの正体をばらしたり、皆でおやつを食べたりをして、雪人が適当に話し終えた時、室内は重苦しい雰囲気に包まれた。
雪人が身の上話として話したのは、ウェイン神聖王国の貧しい村に生まれ、無能でありながら生まれて早々に死ぬことなく、長生きできてしまったことに目をつけられ、長寿の原因の調査をするために五歳の時には実験体として奴隷にされて売られてから研究所に送られた。その後、人体実験を繰り返され、十五の時にシュール・ローム内の研究所の結界が突然原因不明の崩壊とともに魔物が襲ってきたのに乗じて森の中に逃げ出して、魔力のみを喰らうイービル・テイターンの近くで一年を過ごす。最近はイービル・テイターンに因縁のある魔王が襲ってきたせいで森の中から出てこざるを得なかったという波乱万丈人生である。
当然嘘であり、お礼をしたいという二人に対して嘘をつくというのは色々と感じ入るものもあったが、ウェイン神聖王国に因縁があるという事と魔王に絡まれたことを復讐しよっかなと考えている事以外の情報、例えば自分が異世界人であるということ等は完全に隠してしまうことにした。各方面に恨みがあったり、因縁があることを話すことについては、どちらも自分のことを死んだものと判断しているだろうし、どうせばれても問題はないと雪人は判断していたが、異世界人関連について話すのはまだ早いと雪人は判断したのである。
まず第一に、異世界人という存在がこの世界にどれほどの脅威を与えてしまうのか未だに判断がついていなかったことが問題だ。ここでいう世界というのは人間や他の種族の創り出した秩序や社会のことでは無い、もっと次元的な意味を内包したほうの世界である。雪人としては異世界人が生き物の作り出した社会とか秩序とかそこらへんに何らかの激甚な変化を与えることに関しては全然心配していない。というかどう考えてもそういうことは起こるだろうと予測しているが、ぶっちゃけどうでもいい。そこらへんの責任なんて自分たちが持つ必要もないし、そもそも自分たちを呼んだのはこちらの世界の膿である奴らがどうにかするべき問題だ。責任とるなら召喚者達がやるべきで、それで解決策がこっちを殺すとかになった時は問答無用で返り討ちことを考えておくくらいにしか雪人が想定しておくこともない。
彼が本当に心配しているのは、世界と世界をつなげる魔法というのが、本当にこの世界事態に何の影響も与えないかということだ。
もし、世界をつなぐ魔法、名前を聞いていなかったので便宜上”世界渡し”としておくと、その魔法に全くの反動がないなんてことは予想がつきにくい。
ただでさえ、物事というのは作用と反作用というものが存在するのだ。それが世界渡しという魔法にだけ存在しないとは考えにくい。
そしてそうして起きる場合の災厄や災害というのは、自分たち異世界人と無関係に起こるものだと考えないほうがいいだろう。最悪、”世界渡し”を受けた自分たちが、何らかの反動を受けるという可能性も捨てきれない。それほどまでに、異世界転移の魔法というのはいまだに解明がまったく進んでいなかった。
雪人が自分たちに何らかの副作用がないかを調べるために、個人的にこっそりと解析した世界渡しは、明らかにこの時代の人間たちの魔法技術の水準を超えていた代物だった。それを考えると、最悪の想像というのが決して誇張でもなければ、杞憂でもないことくらいは想像がつく。もしかすると異世界人という存在を認識すること自体が何らかのトリガーになる可能性も否定できない。ならばどれほど危険か知らないが、シャルクやカシャも少なくとも異世界人であるという認識や、異世界の存在を認識しない方が安全のためにもいいはずだ。
自分が関与する時点で、もしかしたら不味いのではないかと思ったりもするのだが、そこらへんは既に諦めている。どちらかというと気休め程度のお守りのようなものだ。
よって、現段階でどんな効果を持っているかわからない異世界人という情報を教えることはできない。そんな風に思考の世界に没頭して、今度は異世界転移魔法について思考実験を行い始めて脱線を始める雪人。彼がしばらく黙っているとロクなことを考えずに妙な方向に向かうことは、カシャもシャルクも短い時間で悟っていたので、雪人がぼーっとしていることに気付くとすぐに口を開いた。
「事情は分かった。君の無能にも関わらずその実力であるという事実からして、まるっきり真実ではないということもないだろう。念の為、その森の中の研究所というのを確認出来れば、ほぼ百パーセントの確率で身分証明を新しく発行できる。勿論保証人には私がなろう。というわけで身元の問題は解決したといってもいいんだが……」
「何かお礼としてほしいものは無いの?」
先ほどまで呆けていたカシャの慌てた言葉とシャルクの率直な質問に、雪人も意識をこちらの世界に戻す。そういえば何かそんなことを言われていたな、と思い出した雪人は、それならと自分の願いを素直に話すことにした。
「確かお礼としてなんでも叶えてくれるんだよな?」
「え、えっと、出来れば私にできることで……欲を言えば優しく……」
念の為何回かシャルクに確認すると、シャルクはもごもごと口ごもりながら返事をする。後半は呂律が怪しすぎて雪人の耳に聞こえていなかったが、正直前半だけでも内容に齟齬は無い。
「じゃあ決めた。ここにしばらくいさせてくれ。対価は取り敢えず何かで払うから」
「「え?」」
それを聞いていたカシャもシャルクも雪人の想定外の言葉に驚愕の声を上げる。が、雪人は「あれ?」と首をかしげると、
「……え? だってお礼を聞いてくれるんだろう? だったら俺の頼みとしては「俺が外の世界について慣れる間、常識やら金銭の稼ぎ方を教えてほしい」ということで住み込み雇用を希望するんだが……もしかしてダメか? ちゃんと働くぞ? これでも腕には多少の自信がある。……ここは道場だということだし、それなりに多流派の組手の相手としても役に立つと思ったんだが」
「「いやいやいやいや」」
そういって自分の売り込みを始めた雪人に対し、二人から同時にツッコミが入る。雪人はさっぱり意味が分からず首をかしげるままだったが、二人はお互いに視線を合わせて、今度はカシャの方が雪人に話してきた。
「えっと、君は話を聞く限り、五歳から社会に触れていなくて、町の仕組みとかそういったことに関してよく分かっていないんだろう? 私個人としても、この町の”竜化”できる顔役の一竜人としても、誇りと礼儀を重んじる者として社会的には赤子にも等しい君をここでいきなりほっぽり出すなんて恥知らずな行為をする気が無かったんだよ。君の願いを聞いた後に、ここにしばらくの間滞在しないかどうかということを尋ねようと思ってたんだ。だからそれじゃ君に対するお礼にならない。ついでに言えば、しばらくの間はそんな風に無理に働いてもらう必要もないよ」
「それに、そのことは残念だけど助けてもらった私じゃなくて、この道場の持ち主の師匠じゃないとできないことだし……助けてもらったのは私だから出来れば私個人で他にできることを教えてほしいと思って」
「……随分と俺に都合が良過ぎないか?」
自分の頼みをほぼ無条件でかなえてもらえるという状況に、雪人が疑問に思ったが、
「別にこちらにも意図はあるさ。君のおかげでシュール・ロームの中の人族の作った違法研究所の正体が分かったんだし、何より弟子を助けてくれた恩人じゃないか。まあ、助けたというにはシャルクは自業自得の割合が多すぎる気もするが、結果は一緒だ。ついでに言えば、君みたいに世間のことを全く知らない様子の人間が一人で外に出た時に、一体どんな問題が町で起こってそれを私が解決しないといけなくなるのかが恐ろしいからという理由もある」
「ぶっちゃけるな、おい……」
半分くらいは冗談だと分かるニヤつきとともに話される言葉の数々には、雪人も納得できる理由があった。というかむしろ、不審に思った雪人が安心して納得できるように理由を話したという感じがする。
こちらの不審を見透かしたうえで完全に納得させる理由を出し、しかも自分の親切を押し売りするという手腕を見て、雪人としては釈然としないものを感じた。が、自分にとってはこれ以上ない申し出なので素直に受けておくことにした。
「じゃあ、ありがとうな。というわけで早速で悪いんだが、俺の部屋を準備してもらえるとありがたいんだが。イータ以外の武器の手入れを……」
「ちょ――っと待った!! だから私にできるお礼は何かない!?」
雪人がお礼を告げて、自分の部屋を用意してもらおうとイータを左手に席を立つと、丁度彼の右側にいたシャルクが彼の右手にガバッと飛びついて引き留める。不意を突く行動に体勢を崩すこともしない筋力は流石であったが、別に対人スキルに優れているわけでもないので精神の方は動揺してしまう。
「い、いや、別にないけど……」
「そう言わず!! 小間使いでも教師でも付き人でもなんでもいいから!!」
「……なんでそんなに必死なんだよ……」
何かいきなりの必死な様子に調子が狂うなあ、と思い、視線でカシャに助けを求める。
すると彼女は「おやおや」とでも言いたそうな瞳に浮かべていたおもしろげな光を即座に消し、真剣な表情に戻って雪人に顔を向けた。
「雪人君。君が嫌でなければ何か彼女にお礼を催促してやってくれないか? 君は知らないかもしれないが、獣人には代々伝わる「命の恩にはなんとしても報いよ」という言葉があるんだ。シャルクも反省しているし、今後は一切勘違いして雪人君を襲うようなまねはしない様にさせるから、彼女の行為を気にしていないというのだったら何か願いを一つ、頼んでやってくれないか?」
「……面倒だな。その格言」
そう呟いて、雪人は自分の右腕に縋りついてくる少女に視線を戻す。
最初に遭遇した時から思っていたのだが、シャルクの容姿は恐ろしく優れている。向こう側が透けるような白い髪に、蒼天を切り取ったような青い瞳。肌の色はずっと室内に籠っていたんじゃないかと思うくらいに白いのにも関わらず、絶えず彼女の周りからあふれ出る闊達な雰囲気のおかげでそれを病的とまで感じることは無い。むしろ艶めかしいと感じるまでの人の方が多いだろうし、白い肌の色が感情を反映してすぐに変わることと日頃の強気な態度のギャップは、一部の人間を簡単にノックアウトして彼女を庇護したい感情にさせてしまうだろう。
純粋で清純な少女。まさにシャルクはそのイメージを体現しているといえる。
基本的に自分の興味好奇心しか行動の原動力にしない上に、そのために手段を一切選ばずとも罪悪感をさほど感じない雪人にすらも、最初に悪だくみをしたことに対する強い罪悪感なんてものを感じさせるほどの逸材でもある。それが雪人がシャルクを遠ざけたい一因であるので、さっさとお礼とやらを頼んでまとわりつかれるのを止めてほしいのだが、ここで適当なことを言っても納得すまい。どうしたものかと悩んでしまう。
ちなみに、人間というのは悩んでいる間に自分に素直に身近な欲求に従ってしまう癖というものがある。
そしてシャルクにとっては不幸なことに、今の雪人にとっての身近な欲求というのは、猫の耳に触れて癒されるということだった。
そもそも、人付き合いを極力避けていた彼にとって、淋しさを紛らわせるために一緒にいた生き物というのは猫とか犬とかそこらへんのもので、特に彼に懐いたのは猫であった。
寂しいときとか、結構な頻度で慰めてもらったこともある。お礼とばかりに雪人は猫の耳とかを撫でる技術を磨いてマッサージをしている時期もあったくらいだ。
という本人以外知りえない情報を持ったまま、自然と彼の左手はシャルクの白い毛並みに包まれた猫科の生き物を思わせる耳へと伸びていた。
フワフワ、フサフサ。
「あっ……」
「……」
思考に没頭してどことなく焦点の合わない瞳のまま、無表情にシャルクの耳を撫で始める。シャルクは伸ばしてきた手の意味が分からずに硬直していたらいきなり自分の耳を触ってきたので、抗議しようと思って雪人の顔を窺うが、何の表情も浮かんでいないその顔に言いしれない威圧感を感じて、言葉を出せないままに雪人に撫でられる。
雪人自身、あまり自覚していないが彼の容姿もそれなりに整っており、いかにも「厳しい修行を続けている若者」といった雰囲気と彼の圧力が相まって結構な迫力があるのだ。それに一瞬ひるんで言葉を飲んでしまったシャルクは、すぐに自分の行動が誤っていたことに気付き、後悔した。
初めは弱い、触られているのかどうかも分からないような繊細なタッチから始まり、微風が皮膚を撫でるような細かい表面の毛だけを少しづつ刺激していく。次第にそれは、耳の端の方を揉むような動きに変わり、時折緩急をつけて指の腹で繊細な耳に刺激を加えていく。
耳という器官の構造上、どうしても耳を撫でられれば、その音が鼓膜に響く。
特に猫系の獣人である”白豹”のシャルクにとってはそういった音には敏感だ。
だというのに一体どんな魔法を使ったのか、雪人が撫でていく耳のところからは撫でているときにする指と耳のこすれ合った音がしないのだ。むしろ日頃から聞こえている微細な音の波を遮断してもらったかのように、静かな、本当に静かな世界がシャルクの耳に広がっていた。
このころになるとシャルクの腕も無意識のうちに雪人から離れ、開放された右腕も自然に使ってシャルクの左耳にふんわりと襲い掛かる。ぼーっとした表情でどこ見ているかもわからない雪人が、頬だけでなく首筋まで赤く染めて弛緩しているシャルクの耳をひたすらに撫でていく姿は何処か背徳的な官能を感じさせ、近くにいたカシャもイータも止める前に思考が停止したように動かない。
永遠のような一瞬とはまさにこのことをいうのだろう。雪人が思考に没頭してからおよそ二分。彼はようやく現実へと意識を回帰してきた。
「ん? もしかして、「命の恩にはなんとしても報いよ」って格言があるんだったら、「命の仇は何としても許すな」とかいう格言もあったりするのか?」
いったいどのような思考回路を経た発言なのか。お礼という言葉からは連想されるはずのない台詞が雪人の口をついて出てきた。
意識を現実に戻したことで指の動きは止まり、手持ち無沙汰な左手でイータを掴みなおしている。その一連の動作を夢見心地で見ていたシャルクもようやく正気に戻った。
「え? あ、ありますよ」
「そうなのか? ならそういった獣人国の格言とか知識とかを今後教えてくれればいいさ」
何故か敬語になっていたシャルクの不審な様子に、さしたる疑問も持った様子は無く、頼まれていた「お礼」をシャルクに告げた雪人。
「じゃあ、どこか使ってもいい部屋を教えてくれないか? 荷物というか小さな魔物の素材をいくつか置いておきたい」
そういって、着ていたぶかぶかの服の中からどこからともなく魔物の角や爪や乾いた薬草らしきものを取り出して見せる雪人。カシャはそれを見て、「な、なら二階の一番奥の右手の部屋にしてくれ、そこなら物置になっているから」と声を掛けた。
それを聞いて先に行く雪人。部屋から出ていく途中から、左手に持つイータからは触手がするすると伸び初め、雪人が廊下に姿を消したところでいきなり雪人の悲鳴が上がった。
いったい何が起こっているのか。確かめようにも、体に力が入らないシャルクはそのまま、師匠であるカシャが雪人の後について部屋の外に出ていく姿を見送るしかない。
だがカシャは何を思ったか、部屋を出る前にくるっとシャルクの方を振り返ると、
「シャルク……雪人には気をつけなさい。あれは天性のスケコマシだ。……正直、天然な分だけ性質が悪いとしか思えない。早めに常識を植え付けておきなさい」
それだけ告げて、廊下に出て行ってしまった。
残ったシャルクは口をパクパク開くだけで反論することはできなかった。
一体雪人の身に何があったのか!? 次回、明らかに!!(嘘)




