表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/44

その後の魔王

先にこっちですね。

 赤くぼんやりとした光を纏った黒い一点が、空を一直線に飛んでいた。

 空を颯爽と切り裂くように飛ぶ快感はいかほどばかりか予想もつかない。ただ今回は黒点とみえる一人の男は常にはある空を裂くその快感に顔を喜ばせてはおらず、何故か苦しげに顔を歪めていた。

 言わずもがな。魔王サタンである。


「あー。あー。後味悪ィなぁ」


 右手には光り輝く流麗なロングソードを持ち、空を飛んでいくその表情にはいつも空を飛ぶ時とは違い、苦い表情が浮かび上がっている。一応、彼の目的であった「魔樹の殺害」と「魔剣「聖剣」の回収」は上手くいった。だから彼の心に影を落としているのはそれらのことではない。


 彼の心に影を落とすのは、魔樹を殺す時に戦った一人の無能のことだ。


 最初は自分の見間違いかと思った。まず第一にシュール・ロームという森自体が普通の肉体強度の人間では耐え切れない危険な場所である。そこに人が住んでいるという時点で驚きだったし、その人間というのが体の弱いことで知られている無能というのも驚きだった。


 魔王の知る無能というのは空気中の魔力にすぐに当てられ、体の調子が簡単に崩れてしまう砂糖細工のお菓子よりも脆い存在だった。当然、魔力制御が適当な魔王は近くにいるだけで害となってしまうので近寄ることは出来ない。短命で、体の強い魔族の子供ですら十になるかならないかで大半が死んでしまう。


 なのに、あの魔樹の近くにいた無能はどう見ても十代後半だった。そう考えると、あの無能がいかに規格外だったのかよくわかる。


 さらに、加減していたとはいえ魔王の放った魔法を魔力も使わないで真っ二つに切るなどすれば、それはもう無能ではなく異常といっていい。実際に魔力を使わずに魔法を切れるなんて存在は「剣聖」くらいのものだろう。 


 そのことに興味を覚えて話してみれば、魔王に向かって何故襲ってきたのかなどという事を聞いてきた。

 長らく人間と戦争していたせいで、魔族だと認識されればすぐに悪であると判断され、戦いになってきたというのに、少年にはそういった感情の動きは無かったようだった。


 その後もいくらか揺さぶりをかけてみたが、普通に不発して挙句の果てには自分とは異なる種族の魔樹を友人扱いする始末。魔王は今までになく、目の前の人間に興味を惹かれた。


 今まで魔王は、自分たち魔族の力を恐れて倦厭した人間や恐れを狂気に変えてこちらを迫害した人間、神を僭称するゼクスというものを崇めた人間集団といった負の感情に染まった人間しか見てこなかった。


 これはウェイン神聖王国の人間が全てが全てというわけではなく、不幸にも魔王が自分の人格形成期に会ったことがあるのが、そう言った「人間の屑」と呼ばれる国の上層部の息のかかったものばかりだったのだ。当然、幼き日の彼はそんな少数の人間だけを見て、人間という種族に反感を抱く。


 その後、なんとか自由を手に入れた彼がまだ当時は国の関係がうまくいっていたウェイン神聖王国を旅してまわって、個々人では高潔といえるだけの人間もいることを知った。だがその数は、全体に比べてしまえばあまりに少ない。もともとが強い力を持つ魔族と弱い人間では、弱い人間は大多数がこちらに恐怖心を持つようになるというのも当然の流れだったのかもしれないが、そんな事実は幼き日に誘拐されて改造されて捻くれた魔王にとって、何の気休めにもならない。


 だから彼は完全に人間という存在を切り捨てていた。そして三年前、当時既に魔国の頂点の一人、憤怒ラースを司る魔人から名前と翼を継承して国の最高権力者の一人であったサタンが再三やめるように警告したにもかかわらず、ゼクスという存在に頼って、魔族を誘拐し解剖するといった悪逆非道を行い続けた人間たちに遂に我慢の限界を迎え戦争を開始した。


 あの時の判断は今でも間違っていないと思っている。自分が何とか相手の尻尾を掴んで、誘拐された少女を助けに行ったとき、少女は体の半分を解剖され、その状態で痛覚実験という名目で雷を流されていた。

 あれを見れば、もう自分たちは人間という狂気の種族に付き合う事も近づくこともできない。怒りに突き動かされるままに残りの六人の大罪を背負う者達をまとめ上げ、ヴァルデラ魔国の王として自分は君臨することになったのだ。


 幸いにも、他の大罪の者達も流石にくるっていくウェイン神聖王国の上層部にはもうどうしようもないと見切りをつけて俺に協力してくれた。そうでなければ、種族の中では未だ若輩者の自分が国をまとめるなんてことはできなかっただろう。


 とは言え彼らは魔王サタンほどに人間不信ではないようだったが。


 そんな種族の対立を長年見させられてきた魔王にとって、種族を全く気にしない無能は最大限のカルチャーショックだった。


 だからかもしれない。最初に無能を蹴った時に、魔法の威力を手加減したのは。

 でも結局は、魔王は無能の人間を殺してしまった。


「あんな奴だったら例え人間でも殺すことは無かったんじゃないかなー」


 魔王はずっとそれを後悔している。

  

 そもそも彼が魔樹を殺そうと思ったのは、周りを食い尽くさんばかりに成長して、いずれは魔族という種族の脅威になりうる可能性があったからだ。


 もし、捕食魔力量を減らすか吸った魔力を世界に還元できるか出来たならば、魔王がとった行動も変わっただろう。しかし、何度も魔法衛星で魔力の分布を調査して分かったことといえば、捕食魔力は常に増大を続け吸った魔力は封印につぎ込まれるので世界に循環しないこと。

 だからこそ魔王は、かつての仲間であったものを殺す必要があった。


 ただ、その魔樹にいつの間にか自我のようなものが芽生えていたのは計算外だった。

 長年自身の欲求に従っていただけの化け物が、他人という存在で生き物に変わっているなんて露とも思わず魔法をぶっぱなしたことは、今回の一幕の最大の失敗だっただろう。


 例え自我が芽生えていようと、自分のせいで対話もできない激昂状態ではどうしようもなかったし、出直そうにも、消耗しないで森の中に来れる機会自体がほとんどないせいでまたの機会なんてものは存在しなかった。

 次は殺せないかもしれないし、そうなったら魔族は滅びるかもしれない。だからあの時の魔王はああするしか方法は無かったのだ。


 だが、それが無能を殺す理由にはならない。

 無能の尋常でない殺気に、魔王は本能的に無能を殺す火属性上級魔法サンブレイクを使ってしまったが、そもそも悪かったのは魔王である。無能に謝罪こそすれ、殺していい理屈などありはしない。


「ぐあああああああああ!!!!!!! 畜生!!」

 

 そうして魔王は、無い頭をひねりながら、ひたすら苦悩を続けるのだった。

















「あ!! 魔王様どこにいってたんですか!! 帰ってきたら姿が見えないから探したんですよ!! 仕事しといてくださいといったじゃないですか!!」


 陰鬱な感情のまま魔王の執務室に帰ってきて、早々に秘書のフルールに文句を言われた魔王。

 サキュバス族の例に漏れずコイツも黙ってれば美女なのにもったいない、と思いながら、気だるげに「これ頼むわ」とだけ告げてフルールに取ってきた聖剣を手渡す。


「は? なんですかこれ? っていうかなんですかこの異常な魔力量!?」

「いろいろあったんだよ。多分、ベル辺りに言っとけばどうにかしてくれるはずだから持ってっといて。俺はそれを回収に行って眠いからもう今日は寝る」

「その色々って一番重要なところですよね!?」


 未だに雪人を殺したことを後悔していた魔王は、今後自分の行動をどうすればいいのか考えたかった。なので自室でしばらくの間一人になろうとしたのだ。


「後で話すさ」


 魔王はそれだけ告げて、自室に続く廊下へと言ってしまった。


 いつもは自分の質問に律儀によく突っ込んできている魔王のノリの良さを利用してその勢いのままにまた仕事に戻そうと思っていたフルールは、あのおちゃらけ魔王が本当に疲れて帰ってしまったことに呆然自失となってしまった。

 そのまましばらく時が経ち、ようやくフルールはいつも調子に乗ってる魔王が落ち込んでいるという事実を受け入れた。


「……っは!! こうしてはおれません! どうにかして魔王様を早々に仕事に立ち直らせないと!!」


 フルールは、それが最も得意そうな人物に協力を求めて動き出した。





















 豪奢な一室だった。広い室内、天蓋付きのベッド、芸術に心得の無い人間にも一目で値打ものだと分かる芸術品の数々が、大理石を磨きぬいたテーブルの上に並べられ、壁は植物を模したような紋様型魔法陣を刻み込まれている。

 魔族一のドワーフの建てた王城に、魔族の中でも魔法に関する理解力だけは五指に入る天才が作った結界魔法陣のおかげで、防衛防犯についてはばっちりであり、この部屋に入れるのはサタンとサタンの認めたものだけである。常に命を狙われる危険のあるサタンにとってはここが最も心落ち着く場所だった。


 そこで彼は今、光の入らない様に大きな窓のカーテンを引いた一室で、腕を顔の上に僅かな光も遮るように翳し、世話係のおかげでフカフカになっているベッドの上に力なく横たわっていた。

 

「うあ~。眠い」


 さて、取り敢えず自分はかなり落ち込んでいて思考がまともに働いていないという事を認識した魔王が一番初めに行ったのが、「休む」だった。


 彼も、今まで世界を旅している最中に命の危険があったことも一度や二度ではない。そういう時に限って、一旦休んだリ、思考停止をいれないと自分が潰れてしまうという体験は何度もあった。故に、サタンは休む時は休むことにしている。


 ただ、少々気分が浮上してきたら色々と考え込もうと思ってたのに、今はベッドの魔力にとっ捕まって恐ろしい睡魔と闘い続けているのだった。

  

「……っく! この城のメイドは一体どうなってるんだ……」


 すべてはベッドメイキングしたメイドが悪いと魔王は無責任な責任転嫁をしながら、とうとう夢の世界まであと一歩といったところまで来た。


 唐突に室内に響く声がなければ、そのまま夢の国に飛び出していただろう。


「お父様。自分の眠気を他人のせいにするのはいかがなものかと思いますが」

「!?」


 魔王は即座に体を起こし、声のした方を向く。

 そこには彼の愛娘、一年前に嫉妬エンヴィーの名を継いだレヴィアタンが腰に手を当ててこちらを非難するようにジト目で睨んでいた。


 サタンは約一半年前にゼクスの教信者たちから少女を助け出した。しかし少女は極度の対人恐怖症になっていたため、そんな子供をそのまま放置するというわけにもいかず、親類縁者は皆いなかったようだったので、せめて回復するまでは孤児院などに入れずにこのまま傍に置いておいたほうがいいだろうという判断の下、自分の娘として城に迎え入れていた。


 その後、護身術の為に魔法や戦闘技術を教えたり、彼女の可愛さにノックアウトされたメイド達に炊事洗濯を習いたいとか言い出して、今では魔王よりも魔王の生活のことを理解しているといっても過言ではない。それでいいのか魔王、とか偶に思ったりもするが。


「いつの間に部屋の中に入ってたんだ? 気づかなかったぞ」

「ちっちっち。順序が違います。私がこの部屋に隠れていたら疲れた様子のお父様が入ってきたんです。

「……なんで隠れてたの?」

「乙女の秘密です」


 以前は受けたトラウマのせいで感情の動きを極端に出さない少女だったのに、今はいろいろと自分の仕事を手伝ってたりする超優秀な娘だと思っている。だけどたまに魔王にもよくわかんないことをするようになって、娘の扱いをどうすればいいのかよく分かんなくなってきた。

 今も何故自分の部屋で隠れていたのかさっぱり分からない。ただまあ、自分の信頼している娘が何か魔王の不利益になることをするとは思わないし、最悪裏切られても諦めはつく。


「じゃあなんで声をかけてこなかったんだ?」


 サタンはどうせ質問しても無駄なことは聞く必要も無いかと、もう一つ疑問に思っていたことを尋ねる

 するレヴィは、どう言おうかな~、と思案した様子を二秒ほどとって質問に答えた。


「どうやらお父様は酷く落ち込んでいられた様子でしたので、そういう時は何もお声を書けない方がよろしいかと思いまして」


 それを聞いたサタンは何と形容していいかわからない。

 娘の気遣いが心にしみたことと娘が気遣いもできる成長を喜ぶのと同時に、自分そこまで情けないのかというショックで立ち直れそうにない。


 父親の威厳でどうにか地面に突っ伏すことだけは堪えたが、それももうそろそろ持っていかれそうである。

 ただかろうじて、お礼は言えた。


「あ、ありがとなレヴィ」

「はいどういたしまして」


 レヴィアタンは、サタンのそんな振り絞る様なお礼に対し、特に疑問を持った風もなく返事をする。

 ただ、その後の行動はサタンの予想を超えていた。


「じゃあ、失礼して、よいしょっと」

「うん? レヴィさん?」


 レヴィアタンはそのままベッドに座るサタンの膝に乗ってきたのだ。いつもはしないレヴィアタンの突然の行動に、困惑を隠せないサタン。

 レヴィアタンはそんな魔王の心境を一顧だにせず、膝に座ったまま、顔だけこちらに向けてきた。

 身長の差の問題で、ちょうど頭一つ分サタンが見下ろす感じになる。


「一体何がしたいんだ?」 


 サタンが突然の行動について質問しても、レヴィアタンは答える素振りを見せない。いったい何を考えているのかさっぱり見通せない翠の瞳でサタンを見つめ、はあ、とため息をつかれた。


「お父様……私の見立てではどうやら何かに迷っておられる様子ですね」

「なっ!?」


 しみじみと言われた台詞にサタンは驚きを隠せない。

 ついに読心術を開眼したのか、わが娘は。とか間抜けに驚いているサタンを無視して、レヴィアタンは話を進める。


「私はお父様の過去をほとんど知りません。今現在の性格や思考回路、判断基準といったものは大方網羅しましたが、どうやってお父様がそういう人間になったのかは分かりませんし、知る気もないです。それはいつかお父様が話したいときに教えてくれるだけでいいと思っています。でも……」


 レヴィアタンはそこで目を伏せる。


「今ここで落ち込んでいる姿を見ると、自分の手に届かないと分かっていてもお父様の助けの一つになりたいと思ってしまいます」


 途方にくれた様に話す愛娘の姿を見て、そう言えばまだレヴィは十三歳だったなとサタンは思った。

 十三歳のサタンといえば、ほとんど何も考えずに本能だけで生きていた気がする。とは言え自分が結構他の考える普通とはかけ離れていることも自覚していたサタンなので、この年代の子供が保護者が落ち込んでいることを心配しているという事はしっかりと伝わった。


 そして同時に、自分が軽々に悩みを外に見せてはいけないことを思い出した。

 

 もう自分は”魔王”なのだ。かつて同胞たちを守るために先頭に立って仲間を立ち上がらせたこの国の最高指導者。

 それがこんな風に自分の悩みで揺らいでいたら誰しも不安になるだろう。


「お前はもうすでに俺の助けになってるよ」


 それならばまずは、この目の前で不安になっている少女の不安を取り除かなくてはいけない。

 そして執務室に戻っていつものように自分の仕事を再開するのだ。魔王は自分がやりたくて選んだ仕事ではないが、選んだ以上は責任が付随する。


 自分はこの国の人間が決して不安に思わない様に玉座に座っていなくてはいけない。


 そういうわけで一応思考の切り替えは上手くいったサタンなのだが、生憎とレヴィアタンがただで逃がしてくれるわけがなかった。


「本当ですか?」

「ホントホント」

「じゃあご褒美に今度お願い聞いてくれますか?」

「別にいいぞ」

「やった! フルールさんと侍従長にも根回ししときますね!!」

「え?」


 秘書フルールと侍従長を巻き込んでまでする頼みって一体……サタンが困惑している最中にレヴィアタンは部屋の外に飛び出していってしまった。


「……できれば簡単なことで満足してくれるといいな……」


 今まで聞かされたお願いの精神的難易度を考えて、魔王は深く嘆息したのだった。



 あ~勇者さんたちの今を書いとくか、雪人君の話を書くか悩んでます……

 勇者たちは今どうしてるんでしょうね……? 気になるけど多分次は雪人です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ