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雪人&魔樹 対 魔王

遅れましたが投稿します

 攻撃に予備動作も集中によるタイムラグも要らない。それが雪人の学んだ武術の動きだ。


 雪人が攻撃に時間差がないのには理由がある。それは何故かというと、いかなる状況下においても常に体勢の平衡を保ち、どんな時に攻撃されても小揺るぎもしない安定感を保つことで、すぐさま相手の攻撃に反応し、一瞬で相手の息の根を刈ることができるという動きを可能にしているからだ。


 雪人がこの境地に達したのは、彼に武術を教えた師匠の動きを見て、何故体勢の平衡を保つことですぐに動けて攻撃力も高いのかという理屈を研究した経験によるところが大きい。


 平衡を保って強くなる理由としては主に二つ


 一個目は衝撃への構造的な耐久力の問題である。


 まず大前提であるが、いかなる人間も身体自体の強度はそんなに高くない。人体を局所的に凶器として使えるように長い間鍛えた人間は少々異なるが、基本的に人間の体というのは構造的強度によって支えられている。


 この事実は直感的な気づきによるものであったが、雪人としてはまず間違いないという確信があった。そうでもなければ、タンスの角に足の小指をぶつけたくらいですぐに骨折した、なんて事例が報告されるわけがない。それに身体を支えている骨というのもうまく体の重さを分散して身体を支えるように組み立てられているだけで、しっかりと力を集中すれば骨自体をぽっきり折ることはそんなに難しくない。


 なので人間の体で威力というものを生み出す時は、体の強度や重さに頼りきりというよりも技を究めた方がはるかにいいのである。自分の重さや体の強度、筋力に頼った力任せな一撃よりも、自分の重心の置き方や身体の姿勢といった要素を一つ一つ調節して、ある方向に最も安定するように体勢を整え、それによって相手を攻撃する、といった流れがある攻撃方法が一番威力は上がるのだ。まあ、打撃に限った話だったが。


 例えば、両足を前後に開いて重心を少々後ろに下げながら腕を体の線に沿って前に出せば、打撃の衝撃を腕だけではなく全身を使って抑え込める。反動を抑え込んだ分だけダメージは相手に届くし、もしそこで身体ごと突き入れるような感じで攻撃すれば、それは全身の重量を使った攻撃の勢いを拳の一撃に収束したというに等しい。


 相手がすごい速さで向かってきたのにカウンターを撃ってその分のダメージを上乗せしても、こちらは態勢を崩すことすらないのだ。


 なので、いかなる体勢でも平衡をとって衝撃に備えられるということは、すなわち、あらゆる状況下で強力な攻撃を放てる準備ができているという事だ。強くないわけがない。


 勿論、とっさにどのような体勢で攻撃するのか、または、防御を選ぶのか、はたまた回避を選んでうまく重心を攻撃に乗せて飛びずさるのがいいのか、そこにはいくつもの解答がある。そこらへんの選択の正しさが才能とか強さとか言った次元につながる一歩であると雪人は認識していたが、基本的にいつでも強力な攻撃を出せるというのは一つの強さであることに異論はない。


 二つ目は、エネルギー保存則的な考え方だ。


 これはつまり「安定した体勢」という状態が最も自分が所持している位置エネルギーが高く、「攻撃の時の不安定な体勢」が位置エネルギーを最も運動エネルギーに変換しているのではないかという考え方である。

 科学で原子の結合エネルギーの考え方をヘスの法則で学んでいたときに思い付いたのだが……要は、安定していた時は自分の維持に使うエネルギーは小さいが、不安定な時は使うエネルギーが大きいという事に近いと考えたのだ。


 まあ、動きの勢いとか向きとかでいろいろ変化するが、要は完全にエネルギーを蓄積した体勢の安定している状態からが次の動きを発展しやすいという事を言っているだけである。

 

 山の高いところ低いところへと水が流れ落ちるように、平衡をとり安定した姿勢が一番高い頂で攻撃の為の不安定な姿勢が一番低い平野であると考えると、案外腑に落ちたものだ。 

 そのまま実践して、自分のことを頂上の高い山であり自分の動きがその川の流れとイメージしたときの動きのキレの比は以前とは比べ物にならなかった。


 意識の差だろうと言ってしまえばそれまでだったが。





 そんな雪人は今、必要の無いはずの構えをとり、最高調の緊張のまま目の前の敵と対峙していた。

 いや、目の前というと少々おかしい。なぜなら相手は空中に浮かんでいたのだから。


 だがそんな些細な言葉の食い違いなどまるで気にならないほどの圧迫感が雪人を襲っている。今の緊張した彼はその違いを指摘されてもいつもとは違う気の効かない答えしか返すことはできないだろう。


 彼の横では同じく警戒したイービル・テイターンが魔王の魔力を感知して根っこや枝を伸ばし始めているものの、その動きにいつものような貪欲さはない。

 いつものように捕食対象を狙う動きではなく、自分を守るために魔王を攻撃しようとするかのように根っこの先は鋭く尖り魔王に無数の武器を向けている。あの莫大な魔力を内包するイービル・テイターンでさえも魔王は脅威という事か。

 確かに魔王から感じられる魔力の量は、魔樹のそれを僅かにとはいえ上回っている。警戒も無理はない。


 とは言え、彼にとって余裕というのは苦しい状況でも自ら作るものである。余裕なくしていかに格上に勝とうというのかという考えの下、緊張程度では雪人は行動も言動も抑えることはしない。


 なので口調に緊張を全く見せず、雪人は質問の後に言葉をつなぐ。


「名前に魔王とかいう仰々しい前置き要らねえよ。ただのハゲでいいだろ……お前みたいに森を焼き払うような魔法ぶっ放す奴は禿げちまえ」

「なんてこと言いやがる! んなこといって俺の髪の毛が将来なくなったら責任とれんのか!? 最近娘との距離が遠くなってきてるのに、禿げたことでますます距離が遠くなったらどうしてくれる!!」

「知るか。俺の友人に手を出してきた時点でお前は敵。敵の不幸を喜ぶのが戦いだろ?」

「下衆か!?」


 思いの他、自称魔王はノリがいい。内包している魔力量からの圧迫感に反比例した威圧感のない言動は話が脱線するような阿保さ加減に満ちている。

 馬鹿馬鹿しくなる軽い口調の応酬の後も、雪人の緊張も警戒も緩めることは無かったが、代わりに幾ばくかの精神的余裕を得ることに成功する。


 そうして落ち着いたことで友人である魔樹を狙ってきたことに対する怒りの再燃も感じながら、状況を把握するための駆け引きを開始する。

 まずは理由を聞いてみる。


「下衆も何も、いきなり森林火災を巻き起こそうとする馬鹿が何を言ってる。第一どういう理屈であんな危ない炎を撃ってきたんだ? 俺らはあんたに敵対行動をとった覚えは無いぞ。態々こっちに攻撃をしかける意味が分からん」

「俺が魔王であんたが人間だっていうのは理由にならないか?」

「……そうだとしたらお前は随分つまんないな。敵対の理由くらい自分で決めろよ」

「面白いこと言う小僧だな。俺が自分の意思で人間を敵に回してないとでも?」


 戦いを仕掛けてきた以上お互いに対等である、という意識の下に雪人が魔王と話しているとどうやら魔王の気に障ったらしい。瞬間、軽い口調も変わり、身体から発せられる「魔圧」が変化して周囲の空気が一変した。口を開くにも苦労するような凄まじい重圧に、長い年月を経た怒りが感じられる。


 だがしかし「人間だから攻撃する」なんて怒りと憎しみでこちらに攻撃されても、自分にとってはいい迷惑でしかない。もともと自分はこちらの世界に無関係の異世界人。この世界の人間とは違い生き物作った社会への責任など無いので、人族の責任だとか糾弾されてもどうでもいい。


 そもそも、その人族のリーダーである王様が今の自分の敵である。どうせあちらさんはこちらを庇護対象として認識していないし、保証も裏切ってきている。知識の大部分は召喚ゆうかいの慰謝料だと取引という認識なので、特にこちらの人間社会から恩恵を受けたわけでもない。言うなれば、魔王の言う「人間」というウェイン神聖王国の集団に自分は属していない。


 だから今自分の目の前にいるのはただの敵だ。自分勝手な理由でこちらを滅ぼそうとしてくる身勝手な異世界の超存在。その一人。

 故に雪人は屈しない。彼の好奇心という意思を妨げる存在ものに負けてやる気は毛頭ない。

 憎しみで動いている存在には何を言っても無駄である。そう思ってどうせ戦うのならば冷静さを失わせてやろうと思いっ切り馬鹿にした口調で吐き捨てる。


「はっ。何が理由か知らないが、どうせ生き物の争う理由なんてどこも似たり寄ったりだ。そして最終的に「何々っていう種族だから」なんて理由で争ってるのは、個人を見ないただの愚者か何かを盲信する狂信者連中だ。どいつもこいつもそんな押し付けこっちにするんじゃねえよ。こっちは生きていくだけで精一杯だっていうのに」


 憤怒の魔王の怒りよりもなお苛烈に、雪人は魔王に宣言する。

 その言葉は弱音を吐いてるように聞こえても、その声には弱気は無い。あるのは、圧倒的強者に対しても自らの我を貫いてみせるという強い意思。


 魔王はそれを見て何を思ったのか。予想に反し、怒りの魔圧を抑えて再び雪人に声をかける。


「アンタはどうやらこの世の種族争いに興味がないらしいな……まあ、こんな魔境で隠遁するように暮らしてたら当たり前か。しかもどうやら無能のようだな。ならば引け。俺が用があるのはそっちで俺を喰らおうと枝を伸ばす悪魔の樹だけだ」


 そのセリフには今度こそ本当に聞き捨てならなかった。思わず声を荒げる雪人。


「何が悪魔の樹だ。精々が食い意地の張ったガキだろこいつは。それに言っとくと俺にとっては無能だから、無力だからっていうんじゃこっちが退く理由には足りないし、何よりこいつには恩がある。最初に助けてもらった恩がな。ついでに情もあるし、そんな俺は友人を見捨てて逃げる気は無いんだよ。俺は昔、自分にそう決めたんでね」


 思い返すのはかつての情景。誰かと友達になりたくて、誰かの近しい人になりたくて、ひたすら内面に踏み込もうとしたせいで周りから隔絶された幼き絶望。


 故に彼が自分に決めた幼き頃の雪人の誓い。周りから隔絶を受けた自分に、それでもいつか誰かが自分を顧みてくれたなら、全力でその誰かを守ろうという願い。


 まさか友人が人ではなく魔樹で、しかも異世界の樹というのは想像していなかったが。


 ただまあ、人種や種族の違い程度では雪人の意思を曲げることはできない。それを木刀を構え直すという態度で示したことで、雪人が決して退かないと悟ったのか魔王は一度目をつぶり天を仰ぎ一拍。


 今度は怒りの無い、純粋で強烈な、まるで火を思い起こさせる魔力の迸りとともにこちらに宣言してきた。


「……ならせめて、苦しむ暇もなく消してやるよ!!」

「どうだかな。こいつを消される前にお前を叩き斬ってやるさ!!」


 両者は激突した。

















 雪人はまずいくつか自分の持っていた暗器や短剣を一直線または弧を描くように投擲し、イービル・テイターンの伸ばしていた根っこや枝を介して全力で魔王のところまで駆け上がろうとした。


 彼が魔王に近づこうとした理由は簡単で、彼の持つあらゆる技の中で唯一魔王への有効な対抗手段が木刀による剣撃しかなかったからだ。

 今の雪人は、一年間魔物の蠢く森の中で戦ったのに比例した暗器や小型武器を所持している。

 主に、カマキリナイフの新品や蟹の鋏を研いだ投げナイフ、サボテンの極細の針やハリネズミ、蜂の毒針など、実に多彩な武器を仕込んでいる。


 だがしかし、先ほど魔王が使った火球のように超高温の魔法に対しては、魔力の流れの歪なところにこちらの攻撃を当て、魔法を誘爆させるといった戦い方をすることはできない。

 何故なら魔力の流れに衝撃を与える前に、武器が融解してしまうからだ。


 となると攻撃が通じる可能性があるのは、イービル・テイターンの木刀という魔力に高い効率で衝撃を加えられる武器の特性を活かした斬撃範囲拡張型の「疑似魔剣技」による一撃のみ。八か月前は地面の地盤を緩くするということくらいしか効果を出せなかったが、四か月弱経った今ではそれなりに威力も上がっている。逆に言うと、周囲の魔力を歪めて放つことで火球との直接的な接触を必要としないその剣技以外では、高密度の火球には一切攻撃が通用しないだろう。


 火球という魔法の初歩の初歩に攻撃のほとんどを封印された雪人は、木刀の攻撃しか選択肢は存在しなかったのだ。これだけで遥かな実力差が窺えるも雪人の顔に悲壮感はない。

 

 勿論その考えが読めない魔王でもない。もともと雪人のことは無能だと分かっている魔王にとって、雪人が接近戦に持ち込もうとするのは予想がついていたはずだ。


 フレイムウォール。たったそれだけの詠唱で、投げられた数々の武器とイービル・テイターンの攻撃をまとめて焼き尽くして高速で動く、炎の壁を作り出す。魔王の周囲は彼を中心とした高速回転する炎の壁に遮られ、こちらからあちらを見通すことは叶わなくなった。

 

 だがそんなことでは雪人の攻撃は止められない。魔王に近づく途中の足場でいくつも放っておいた魔力の流れを歪ませる斬撃の向きを計算し、最終的に魔王の目の前で大きなゆがみとなるように斬撃を調整して放つ。計八個の斬撃を合わせ、一拍遅れて魔王の眼前に作った一つの大きな歪みは、通常の斬撃とは違い、ゆっくりと前に進んで炎の壁に激突した。


 歪みはまるで皮をむくようにするすると回転する炎の壁をほどく。雪人がその先にいた無防備な魔王に全力で攻撃を仕掛けようと樹の枝の一つで深くしゃがみ、イービル・テイターンが足場の枝をしならせるのに合わせてばねのように魔王の元に跳躍する。一瞬で姿を消した雪人が狙うはあらゆる生物の弱点、首と喉。


 しかし、雪人と魔樹のコンビプレーの一撃を他愛もないとでもいうように魔王は余裕たっぷりに背中の翼六枚により強い魔力を流し込んだ。


 そしてそれだけで辺りに熱波と爆風が吹き荒れる


「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅう!!」


 前方からの急激な風の圧力に肺から空気とともに声を漏らしながら、空中で魔王の周りにイービル・テイターンが配置した枝に移ろうとした雪人は、再び魔樹の本体の方に吹き飛ばされる。

 魔王が今行ったのは、自分の翼に魔力を通して強い熱を発生させて周囲の空気を膨張させただけ。たったそれだけで前方へ跳躍していたのを巻き戻されるなど、一体どれほどの熱量か。 


 恐らくは強い怒りを具現化したかのような炎を操るが故に、魔王は憤怒ラースを名乗っているのだろう。魔王の魔法を解除して背中にある翼に魔力感知を行えば翼をはためかせて「飛んでいる」のではなく、翼の周囲の空気だけを暖めてそのまま熱を逃がさないように翼の中に閉じ込めることで「浮いている」という事が読み取れる。


 魔族の頂点である魔王の「固有魔法」というものがまさかこんな単純な炎だけという事もあるまい。熱量の空間分布の操作、飛行能力、即時魔法展開、そして巨大熱量の放出。一体これ以上の何がこの魔王の能力の本質なのか。雪人は魔樹のひときわ大きい枝の上に立ち、次の攻撃を見極めるためにも全神経を魔王に向けて警戒する。


 故に対応が間に合った。魔王の超加速の一撃に。


「――――っらあ!」

「――――っ!?」 


 掛け声と共に放たれたのは右回し蹴り。何の変哲もない普通の蹴りは、全身が熱に包まれているせいで当たらなくとも凶器になる。雪人は直前にそれに合わせるようにして右に跳んでいたが、そんなことが問題にならないレベルで魔王は早かった。


 早すぎた。


 防御のために木刀を体の左に構え、右方へ全力で跳躍をしたというのに、魔王の放つ熱気で空間が揺らぐほどの右の蹴りは、それを無視するかのように距離を詰めてくる。尋常ではない熱量が体に近づき、自分の体の表面と強靭な魔物の装備でさえもが焼け焦げていくのを、走馬灯のような時間遅延現象の中、雪人ははっきり認識し、次の瞬間その場から消えた。


 ヒュンッと、人体が飛んだ時に起こるはずのないありえない風切音とともに雪人は森の中の木々に地面と水平に吹き飛んでいく。運よくというべきか、雪人は木々の葉っぱの生えている辺りにぶつかっていったために、身体が弾けるというようなことは無かったが、そのまま半径三十メートルはある安全地帯を抜け出して飛んで行ってしまう。


 魔王は自分を襲うイービル・テイターンの攻撃を周囲の熱気で焼き払い、遠方に飛んでいった雪人が魔の森の木に激突して動かなくなったのを確認して、ようやく一息つく。


 本当は、自分の炎壁を突破されるとは夢にも思っていなかった。


 雪人のあの返答は自分の人間に対する憎しみを忘れさせるような高潔さに溢れていたから魔法の一つでも適当に撃って殺さずに戦闘不能に追い込もうと思ったのに、初めの動きからしておかしかった。


 魔力強化も行わずに上空にいた自分にグイグイと高速で迫ってきた筋力。足場の悪い中いくつも武器を投擲してきた技量。本来は自分の魔力を媒体にして周囲の魔力を巻き込む魔闘技を、魔力がないのに疑似的に発動する剣術。はっきり言って、最初の火球を切ったという事実を見て警戒していなければ、無能がここまでするなんてという驚きに戦いの最中に動きを止めるという愚行を犯していたかもしれない。

 

 最後の自身の固有魔法の劣化版である火属性加速魔法バースト・コンバスションを使っての蹴りにすら、どういうわけか反応していた。

 恐らくは目には見えていなかったはずの攻撃に、どうにか対応した異常な反応速度。これには魔王といえど驚きを禁じ得ない。

 とは言え、それに見合う身体能力は身についていないようだったため普通に押し込むことができた。いずれ高い身体能力を身に着けるか、偶発的に魔力を得たならば恐ろしい化け物になるとかもしれないと内心冷や汗をかきつつも、今度こそ目の前の魔樹に意識を集中する。


 魔王が意識を戻した方向にいた魔樹は、魔王が身に纏う熱気に枝を焦がされ焼き切られていることが分かっても、怒り狂ったように猛ってこちらに襲い掛かることを止めない。


 雪人を襲ったことに対する怒りの感情を見て、最後に遭遇したとき時とは違う感情を垣間見せる反応に、魔王はこの樹がかつての意識を持っていて、自分はこの樹を殺さずに済むのではないかと希望を持った。


「変われば変わるものだな。悪魔イービル巨大樹テイターン


 だから、説得が通じるのではないかと思ってしまった。

 自分の声が届いていないと分かってはいても声をかけずにはいられなかった。

 彼の一縷の望みは裏切られ、樹は声に反応せずにこちらを攻撃し続ける。


「その反応は思い出したわけじゃないのか? 俺のことはもう覚えていないのか?」


 魔樹は答えず、ただひたすらに魔王を狙う。


 その後もしばらく声をかけ続けて、かつての仲間だったモノにはもう声が届かないことを十二分に思い知らされた魔王。

 彼はウェイン神聖王国の下衆との戦いが終わり、一年間、シュール・ローム深奥のこの樹の下に来られる機会をずっと待っていた。

 かつての仲間を、樹に変えられて聖剣の封印装置にされてしまったなれの果てを、終わらせるために

 

 今しがたの戦闘で見ることのできた感情は、どうやら仲間が意識を取り戻したことで発露したものではない。魔王はようやくそれを悟ると同時に、この樹の本来の自意識が芽生えたという事が、かつての仲間が決して戻らないという結論にも気づいてしまった。


「ギガ・フレイム・ウル・バレット」


 火属性の初級魔法フレイム・バレット。摂氏数百度の炎が渦巻く弾丸を形成し、ねじのような形状を作ることで貫通力を上昇。さらにウルという起句で魔法に込める魔力を圧縮して使用することで威力を上級魔法並にランクアップさせ、弾丸数はギガの名の通り十の九乗召還する。


 それらは空中を赤い光で埋め尽くし、魔王の号令に合わせて一斉にイービル・テイターンに襲い掛かった。


 ズドドドドドドドドドドドド


 まるで見たくない現実に蓋をするように、魔樹の壊れるさまを見えない様に過剰ともいえる魔法で攻撃していく。

 炎の弾丸に、葉は散らされ、枝は砕かれ、幹は穿たれ、樹皮は剥がれる。

 一分もたたないうちに樹はまるで雷が落ちたかのように朽ち果てて、炭化していく。つややかな漆黒の表皮は、煤にまみれてぼやけた黒に染まった。


 秒間に数千万と魔法を撃った後に残った大樹の根元の部分は、残ったのが樹の内部の芯だけという見るも哀れな姿に変貌していた。魔王はその朽ちた後の魔樹の傍、手を伸ばせば届く距離まで近づいて、両腕を肩の上に掲げる。


 そして両腕に紅の魔力を宿し、そのまま樹の内部に突き込んで二つに裂く。魔王はそのまま内部に右腕を深く突っ込み、そこにある何かを引き出す。


 それは流麗なロングソードだった。


「これが聖剣か?……何ともまあキンキラキンの悪趣味武器なことで」


 柄は金、鍔も金。刀身の輝きを見るに、材質は恐らく、神の金属といわれるほどの魔力伝導率を誇る「オリハルコン」。さらにその金属の上には、いかなる手段で得たのか、「精霊の涙」と呼ばれる液体型魔力媒体による積層の魔法陣が刻まれており、そこから感じられる圧迫感は魔王と呼ばれる強者からしてもなかなかのものである。贅沢に装飾された持ち手は刀身の光り輝く銀色との対比によって際立っており、まるで芸術品のようにも見える。だが、まさにロングソードの名前を言い当てるのにふさわしいおよそ九十センチの刀身は厚みが普通の長剣の半分もないといえるほどの薄さであるにもかかわらず、水平に伸ばしても先の方が曲がることもない。試しに振るってみると、まるで自分がイメージした軌跡をさらに超えて描くために剣が自ら動いたかのように、剣はしなり、刀身の硬度と同じく強靭性と切断力をも示したのだ。


 これがゼクスを奉じる教信者連中の作りだした魔剣銘「聖剣」。剣が魔法によって造られている以上、無条件で魔剣という分類に入るのだが、それに聖剣という名前を付けるのは些か矛盾がある気がする。


 まあもともと聖剣というのは魔法によってつくられた魔剣の一種ではなく、かつての英雄が使ったといわれる五大精霊によって加護を与えられた神聖な唯一武器の名前である。それを神意の名のもとに狂った狂人達が作るのだったらここ辺りが限界だろう。


 とは言え、この剣が今まで魔王の持ったどんな剣よりも強いことは事実。こんなところに残しておけばいかなる火種になるかわかったものではない。剣をあっさりと引き抜いて重心の位置を確かめると、最後に魔樹に引導を渡さんと剣を大きく振りかぶる。


―――――意識を前に向けたそんな隙だらけな背中に、空間を歪ませ、光を曲げ、影を揺らがせる魔力の斬撃が到来した。


「何!?」


 魔王は剣による攻撃を放棄し、一旦向けられた攻撃に対する対応に集中する。

 先ほどの無能は倒したはずだ。いったい誰が――――と攻撃を放った存在を見て絶句。


 それは両腕を折られ、中ほどで砕けて短くなった木刀を口にくわえた雪人であった。

 左腕は先ほどの魔王の蹴りの威力を殺しきれなかったせいで上腕のあたりから無残に折れ曲がり、右腕は木に衝突したときの勢いで肩のあたりからプランと垂れている。全身に走っている細かな裂傷は超速度で木々の葉の中に突入したせいだろう。そこから流れ続ける血など気づかない様子でこちらに前傾姿勢を保ったまま向かってくる速度は神速。怒りに浮かべた形相はまさに鬼。その殺気は油断していた魔王を一瞬引かせるに十分に足りるものだった。


 雪人はそのまま魔王に肉薄し、自分の咥えていた刀身半ばの木刀で魔王の首を刈り取りに来る。獣性に任せた一撃は鋭さこそあれ、魔王という格上の存在に当てるには技巧が足りなかった。


 魔王はギリギリで雪人の攻撃に反応し、翼を広げて空中に逃れる。そのまま地面に立つ雪人を振り返る。


「……大した奴だ。この状況でまだ諦めていないなんて」


 雪人は無能であり両腕が使えなくなっている今、空中に逃れた魔王へ攻撃を当てる術はないはずだ。だというのに魔王に友人である魔樹を傷つけられた怒りを宿した眼には諦めや絶望の色は無く、何としても殺して罪をあがなわせてやるという意気込みに溢れている。


 魔王は、こういう目をした存在が最も危険であると知っていた。何故ならば彼自身が怒りや強い意思で格上の存在を食いちぎってきたからだ。


 だから決して油断せず、遠距離からの魔法の集中攻撃で終わらせる。


 天に右手を掲げて、上空を覆う太陽のごとき火球を生成。大きさに反して熱量は魔樹を殺した時のように多くはないが、人ひとりを殺すには十分な威力。


「サンブレイク」


 そうして地上の太陽は落ちた。





いや~ なんてシーンで幕を引くんでしょう。自分が嫌になりますね。

とは言え、これですでに一万文字弱……できる限り続きを急ぎます。

出来れば明日中に出したいな

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