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その頃の勇者達(前)

 一話の予定が……長くなったので二話に分けます。とは言えまだ書き切れてないんですが。もしかすると雪人の旅に出るのは二十話よりも遅れるかもしれません…

 

 雷が奔る。


 目の前に手をまっすぐ伸ばして掲げていた少年から、昼日中の辺りを明るく照らし出す一条の閃光が放たれる。かつての日本では”神鳴り”と呼ばれ恐れられた自然界の脅威は、まさに神速で一直線に突き進むも、軌道上にその動きを遮るように現れた氷の壁に直進を完全に防がれる。


 バチィィという音とともに、目標に到達できず行き場を失った雷は辺りに散らばりそのまま姿を消していく。しかしそれを生み出した少年は諦めずに、地面から雷を湧き出させるイメージで魔力を編み上げる。

 だが、雷を起こす前に眼前の少女からいくつもの氷の礫が飛んでくる。

 しかもご丁寧に回転をかけて貫通力と速度が増してあった。


「――――っち!」


 魔法を編み上げる為に使っていた魔力を身体能力の強化に回し、礫を左右に動いて躱していく少年。しかし、上手く流してはいてもその間に近づいてきた少女に距離を詰められてしまう。


 風の魔法を気圧を操作するように扱うことで身体を軽くし、雷までとはいかないにしても、迅速な抜刀からの刺突を放ってくる少女。そのような風の魔法の使い方は少年にはまねできない代物だ。


 とは言えそれは、少年の魔法の方が劣ることを意味するのではない。単純に使っている風の性質が違うだけだ。少年は幅広のブロードソードを引き抜いて、自分の風の魔法の性質を十分に活かした動きの補助を行い、踏み込みの後押しをさせる。


 ともに風の魔法を使いながらも性質が違う二者の邂逅はされど、全くの互角だった。


 魔力の強化を限界まで行い、身体に風を纏うことで神速の攻撃を放つ少年。

 魔力の強化よりも風の魔法の使用を重視し、気圧操作で重さの調整をしながら打ち合う少女。


 速く重い少年の一撃を少女がやんわりと受け止め、鋭くひらめく少女の一撃を少年が身体を捌いて躱す。まさに一進一退の攻防で、どちらもお互いを倒しきれない。


 埒が明かないと思ったのか、少年は新たに土の魔法を発動。土の礫を牽制に放ち、少女の動きを制限して戦いを有利に進めようとする。

 対する少女は慌てることもなく逆に自ら礫に当たりにいった。


 華奢な体にめり込む数発の礫。少年は相手が躱すだろうという予測に基づく動きをしていたことと、相手がむしろあたりに来たことに対する動揺で、動きに明確な隙ができてしまう。


 それを少女は見逃さず、少年が剣を振りぬくよりも早く、その喉元に刺突剣の切っ先を突きつける。


「私の勝ち」

「僕の負けか」


 そうして二人の子供のハイレベルな戦いは幕を閉じた。

















「でも最後に礫を躱さずに向かってくるとは思わなかったよ。てっきり躱すもんだと思ってたのに」

「まだまだ魔法が甘いですね。あの程度だったら十分に耐え切れました」


 少年は訓練という名の勝負が終わると、少女にそんな愚痴を言った。少年は言葉通り、相手の少女が礫を躱す様に動くと踏んだからこそ牽制を放ったのに、その予想を完全に覆して攻撃してきたことに完全に意表を突かれて敗北したのだ。無謀な特攻に愚痴の一つも言いたくなったのだろう。


 しかし少女は少年が納得していないことを悟ると、すぐに自分の土魔法の当たったところを見せようとする。

 しかし、少年はいきなり服を脱ごうとし始めたように見える少女に慌ててやめるように言う。


「わ、わ――――! ちょ、綾辻さん! いきなり服を脱ごうとするなんて何考えてんの!」

「? 別に脱ごうとはしてないよ。来條らいじょう君は魔法の構築と威力が甘いって言っても信じてないようだったから」

「それが一体服を脱ぐのにどんな関係があるっていうのさ!?」

「こういう事」


 少女―――冬音は結局、服をたくし上げて土の礫が最も当たった腹部を見せるのではなく、袖をまくるようにして腕の打撲を見せる。そこは青痣が出来ているものだとばかり思っていた少年の予想を裏切って、シミ一つない真っ白な肌が広がっていた。


「え……確かに僕のストーンバレットが当たったはずなのに何で……」


 少年―――来條一馬らいじょうかずまは呆けたような声を上げる。

 彼の言ったように確かに彼の魔法で打撃を加えたはずの箇所は完全に治癒し、打撲の跡どころか掠り傷一つない。

 そんなことがあり得るわけが――――と一馬が一人思考のるつぼにハマっている間に、冬音が服を戻して種明かしをした。


「私は常時、水魔法による強化魔法で体内の抵抗力とか新陳代謝とか強度をあげてます。だから罠もない小技程度の魔法だったら回避する必要も無い」

「水属性にはそんな魔法があるのか。いったいどんな魔法なんだい?」

「……流石に早々には言えないけれど」

「ん? ああ、ごめん。マナー違反だった」


 一馬が気になったことを深く考えもせず口に出すが、この世界では魔法の使用方法についての質問はマナー違反である。それを指摘された一馬は素直に退いた。


「でもまあ、二属性ダブルの使い方を教えてくれただけでも本来は返しきれない恩だよね。別々のイメージで一つの事象を顕現するこの魔法の使い方のイメージを聞いてなかったら”雷属性”なんて使える気がしなかったよ」

「……私の助言は兄さんが言っていたことをそのまま応用したに過ぎない代物ですよ」


 一馬の話を変えるために使った感謝の言葉に暗い言葉を返した冬音を見て、一馬は「しまった」といった表情を浮かべる。

 

「いや、そうはいってもやっぱり綾辻さんの才能だって凄いと思うよ。だって本来は一度に同属性の魔法一つしか行使できないところを、たった一か月半で同時に二つ実戦で使えるようにしてあったんだし」


 一馬の言っていることも間違いではない。通常、一人の二属性持だぶるちが魔法を使用するときに、すぐに二つの属性を融合した固有属性を使えるようになる人間は少ない。というか、固有属性を使いこなせていない二属性ダブルの方が圧倒的他者である。

 

 ここで少々一般論の話をしよう。通常この世界では属性への適性は、上位二属性または下位四属性の内の一つと相場が決まっているが、稀に下位の四属性からいずれかの二つ以上に適性を持った多属性マルチという存在がいる。

 多属性マルチは非情に数が少なく、人間という生き物の二千年は続いている長い歴史の期間で見ても、比較的多い二属性ダブルですら総人口千人に満たないし、三属性トリプルなんて百人に満たない。全属性クアドラプルなんて御伽噺の”大賢者”と呼ばれる人族の世界最強の魔法使いしか持っていた記録がない。

 そうして数が少ないと、一つ、重大な問題が発生する。


 技術が発達しないのだ。


 歴史を振り返ってみても、二属性ダブルを必要とする固有属性である「氷」「雷」「鋼」「木」、三属性トリプルを必要とする「塵」「星」、四属性クアドラプルを必要とする「創造」など実に強力な魔法の存在が確認されていたが、それを持った人間が完全に自分の固有属性を使いこなせたという事実は確認されていない。


 むしろ、生涯にわたって固有属性の魔法を一度も使うことなく下位四属性の魔法に終始した人物もいるくらい、固有属性は使用が難しい。これは固有属性を使うのに属性の配分が難しいというのももちろん理由であったが、多属性マルチの数自体が少ないことで魔法の正しい習得の仕方という事が確立されていなかったからというのが一番の要因だ。


 魔力に秀でた魔族は適性といった概念のない個人または種族に由来する”特化魔法”を使い、魔法を生み出すことに致命的に適性の無い魔力の性質をしている獣人族は適性を重視しない”魔闘技”を重視する、この世界の”龍”を崇拝し信奉する竜人族は龍の加護を受けた特殊な龍属性魔法”龍脈法”を身に着けており、精霊はそもそも自分の属性しか適性を持たない。

 なので、他種族でも複数属性を混ぜた固有属性は技術として発展していなかった。


 話を戻すと、そんな魔法の習得が確立していない状況で氷の上級魔法を完全にマスターした冬音の才能は確かに素晴らしいものがあるだろう。


 故に、一馬が冬音を褒めた選択は間違いではなかった。

 もし、彼女が雪人に対してコンプレックスを感じていたのなら。


「違いますよ来條君。私の才能なんて最低限の媒体とか元手みたいなものです。本当に凄いのは固有属性の魔法の編み上げ方を、魔法も使えない身で完全に分解、解析し、それを極めて使いやすく改良した兄さんの能力です。私の魔法の使い方でもし非凡なところがあるとすればすべて兄さんの助言のおかげなんですよ。ですから私の才能自体はそこまでじゃあないんです」

「そ、そうかい……」


 実際に固有魔法で氷を生み出す時に、風と水の魔力を混ぜ合わせるのではなく、魔力で作った水を気化熱で冷やすようなイメージで風を起こして氷を作るという手法を伝授したのは雪人である。


 彼は、魔法というものが生命力が元になった魔力で構成されている以上、魔法自体が一つの「意思ある生き物」に近いと考え、魔力を混ぜるというのが「天敵の生き物同士を同じ籠に入れるような愚挙」だと認識した。そう考えたうえで、魔力を混ぜるのではなく魔法の効果を限定的に発揮することで固有属性を生み出すのが最も容易であると考えたのだ。


 この手法は即時性に難はあれど、魔力の配分を習得するうえで恐ろしく有用であった。それに即時性に難がある以上に、難易度が格段に落ちていて、遅延発動、多数同時発動といった多彩なバリエーションに富んでいた。


 その効果たるや、一か月雷を生成すらできなかった一馬が一週間で雷の初級魔法を撃てるようになるまでである。故に冬音はその有用性をしっかりと一馬に認識してもらおうと熱弁し、一馬は一馬で兄への劣等感から落ち込んでいると思っていた為、冬音のいきなりのテンションについていけていない。


 二人の会話に温度差が生まれたのも仕方のないことなのかもしれない。


「まあ、そこまで凄い人物なら尚のこと行方を調べないとね。前払いでもらった報酬分の努力をすることは約束するよ」

「結果も出してくれないと困るんですが」

「勿論全力は尽くす」

 

 一馬はそう言って、いつまでも続きそうな冬音の演説を打ち切った。

 冬音も打ち切られた話をつづける様子もなく、ひどく冷静に一馬に再確認をした。

 この一か月間。冬音もひたすら鍛え続けていたわけでは無い。


 雪人が行方を眩ました一か月前。冬音は雪人の行方が分からなくなって王宮にいったん戻ったその日にこの国の”勇者”となることを王様に伝えた。

 別に魔王に恨みが出たわけでも、王様たちを憐れんで義憤に駆られたわけでもない。

 単純に、打算だ。


 まず第一に雪人が生きているとしたらどこにいるかわからないという事が問題である。仮に雪人が人族のウェイン神聖王国と獣族サーヴァの間にかかる魔の森「ファーロット」で生き延びていたとしよう。

 そうした場合、一つ問題がある。

 それは、ファーロットでは人間と獣人がお互いに一度に入れる人数が厳密に決められているという事だ。


 彼が森の中で消息を絶った以上、こちらの国は森の中に入れる人数の内、一人分の枠を使えないのだ。そう考えれば、この国にとって雪人の存在は邪魔なものでしかない。早々に雪人は死亡したとして捜索を打ち切るだろう。


 ネットワークの発達していない世界で、情報網も世渡りの知識も持たない冬音が、国家の援助なしに雪人を見つけることは限りなく不可能に近い。


 なので冬音は、雪人の風貌に「似た」人間の情報を収集する代わりに、魔王討伐に参加するということを決定したのだ。


 こうしておけば、仮に国が雪人の捜索を打ち切っても雪人の情報が入ってくるかもしれない。

 全冒険者ギルドへの依頼という莫大な費用はすべて国の負担として契約した。彼女ほど優秀な人材であったらしばらくすればAランク冒険者にもなれただろうが、それ以上に時間が惜しかった。


 なぜなら雪人は無能なのだ。この世界で最弱。そして同時に最も忌避される者の称号。彼がこの世界で生きていくのは異世界人の誰よりも難しい。今ここで、自分のできる限りの最善手を尽くしておかなければ、もう二度と雪人には会えないかもしれない。


 ようやく話し始めることができたのにもう二度と会うこともできないなんて、そんなのは嫌だ。

 これが冬音が勇者になった理由であり、彼女の戦う理由だ。


 そうしてすぐにでも雪人を見つけるために、雪人から教わったことで他人に教えてもいいと思われることを教えておくことで勇者や兵士の中に味方を作ったり、情報網を新しく構築するのが最近の彼女の日課であった。


「とはいってもまだまだ数が足りない……」


 最終的に雪人は森の中で消息を絶ったと王国側からは通知されたが、実際はどうだったのだろうか。同じ時期に消息を絶った序列騎士の一人も合わせて、王国側には結構な陰謀がありそうだ。


 少なくとも自分の魔法を打ち破り、序列一位の騎士の使った「魔闘技」という技術を完全に習得しないことには、自分の安全も完全には保証できないだろう。


「……よし! 次の訓練だ!」

「ええ!? ちょ、僕も!?」


 そのまま冬音は抵抗する一馬を引きずって再び訓練に戻るのだった。

















 合成魔法の嵐が周囲を吹き荒れた。

 まるでそこに暴虐の化身と言われる伝説上の生物「巨人」が現れ、暴れまくったかのように、地上にあった建物は根こそぎ吹き飛んでいく。


 集団合成三属性複合魔法”テンペスト”

 

 火と水と風の三種類の属性を合わせることで完成するこの世界の人族の最大の武器の一つ。

 そこまで個人の能力が高くない人族が、それでも魔物や他種族といった敵と対抗できるように作った古からの魔法戦闘技術。

 魔法適性の異なる複数人の魔法士が協力して複合的な魔術を作り出す技術であり、疑似的に二属性ダブル三属性トリプルの属性を再現した代物でもある。


 主に九人の上級魔導士から多い時では三十人くらいの魔導士を動員して発動するはずの上級魔法を、異世界人の二人と筆頭宮廷魔導士の一人が、たったの三人で発動していた。


「な、なんて威力だ……」


 それを見ていた複数の兵士や騎士の内、まだまだ魔族の脅威を知らない騎士見習いは呆然としたように声を上げる。


 魔法の効果を終了し、周囲の被害状況や今しがたの魔法の威力を確認していた筆頭宮廷魔導士ロックは、その声を聞いて嘆きと呆れの両方が半々くらいのため息を吐いた。

 

 嘆きは、このくらいの威力の魔法は上級魔族であったらいともあっさりとできる人物がいるというのに、今の騎士見習いがそのことを全く知らない様子である事。

 呆れは、そんな特大の被害を一か月程度魔法を学ぶことでできるようになってしまった二人の勇者と呼ばれる少女に対してだ。


 いくら自分が補佐して、複合魔法の発動労力を三分の一の減らしていたとはいえ、この才能は何なのだろうと少々理不尽なものを感じずにはいられなかった。

 

 自分も幼いころには「神童」と持て囃され、その風魔法への才能をいかんなく発揮し、多くの功績を上げて、自信と実力とともに魔導士の極限ともいえる筆頭宮廷魔導士に二十代後半の若さでついた才能ある人間である。その年は三十を超えてもうそろそろ四十になりそうないいおっさんであるが、その短い年月のうちに、ここまで自分の常識を破壊されることになろうとはこの地位についたときには考えたことがなかった。

 

 たったの一か月半で個人の単純な属性魔法であれば上級魔法まで使いこなす実力を身に着け、その上で複合魔法という繊細な技術を拙いところがあれ発動させるという非常識は、かつて彼が六百年の魔法史の中でも間違いなく天才と呼ばれるに足る知啓姫ちけいひめに魔法を教えることになった時でさえ感じたことは無かった。今、目の前でともに魔法を発動した灼天炎姫と水月の魔導姫を眺めて深く嘆息した。


 勿論彼らが召喚した異世界人たちに何やら嫉妬めいたことを感じるのは筋違いではあるが、幼き日より両親を失って、孤児院の時代から必死に働きながら勉強して、ようやく王立の魔法学校に入学したと思えば、課題やレポートという名の教授の虐めや貴族の虐めを受けまくった彼である。それでも必死に努力して今の地位についた彼にとって、ここまで明確な差を見せつけられると少々堪えるものがある。


 彼女たちが想像よりも強くなるのが早いというのはいいことじゃないかと自分を慰めてみても、やっぱり胸に去来する風のような虚しさは去ってはいかなかった。

 とは言え自分はそんな寂寥感を感じて落ち込んでいられる立場でも年齢でもない。早速「年の離れた」「天才」「少女」という苦手属性三つを持った相手に話しかけていく。


「お二人とも疲れや痛みといった症状はありませんか?」


 よく王宮の侍女たち(メイド)には渋くていい声と評される柔らかな声で二人の少女を気遣うロック。彼も一緒に魔法を使った以上、二人の調子は複合魔法時における魔力共感減少である程度把握できていたが念の為の確認は必要である。


 幸いにして、帰ってきた言葉は「大丈夫ですよ」「……大丈夫」というセリフだった。

 灼天炎姫は水月と比べ、相当に疲れているようだったが。

 

「信じられない……ロックさんはともかく、日輪が魔法を行使しても全然疲れていないなんて」


 喜咲が疲労で息も絶え絶えといった様子で絞り出した言葉には、全く同じ時期から魔法を始めたはずの少女が、自分よりも魔力を消費する部分を担当したというのに普通に立っている姿に対する驚きがあった。


 まさにそこはロックも同様の気持ちにされたところである。合成魔法テンペストは一番魔力消費が多い担当が水と風だ。

 水の担当だった日輪が、疲れる素振りも見せないというのは少々どころではない異常である。

 とは言え、彼女にも言い分がありそうだ。


「疲れていないわけではないですよ。今だって総魔力量の三十パーセントは使いましたし、一度に使う魔力の量としては破格の消費です。……私がこうして動けているのは単純に無駄を省いた魔力の効率的運用法を教えてもらっていたからです」


 ロックはそれに聞き覚えがあった。確か、最近行方不明になった無能が魔力の運用の無駄を的確に指摘することで異世界人の二人の魔法技能を急激に成長させたのだと。


「それはやはり図書館に籠っていたあの少年に?」

「そうですが……ロックさんも雪人君を知っているんですか?」


 ロックも無能の少年、雪人は何度か見たことがあった。と言っても図書館に資料を取りに行った際、熱心に本を読んでいるところを見かけただけだが。


「ええ……彼のように熱心に魔法を学んでいた風景は最近は見なくなりましたからよく覚えています。私もかつてはあのように一人で勉強をしたものです」

「そうなんですか? ロックさんは勉強なんてやらなくても魔法を習得できたと思っていたので意外です」

「まあ、宮廷魔導士にそう言う側面を持った人間がいないとは言い切れませんが、私は普通に努力型の魔導士です。幸いにして、努力で伸びる人間だったこともありましたが」

「そうでしたか……」


 年の離れた少女との会話は、慣れていないロックには少々荷が重かったらしく、そこで会話も途切れてしまった。

 娘でもいればまた違ったのだろうが、生憎とロックは独身である。


「その効率のいい魔力運用というのは随分と洗練されています。このままいけば、一年以内に合成魔法の感覚を上手く身に着けられると思いますよ」

「やっぱりまだまだでしたか」


 ロックの評価に落ち込んだ様子の日輪と喜咲だったが、それでも言わないといけない。

 なにせ、合成魔法テンペストの威力は、まだ半分も発揮できていないのだ。


「神聖剣の勇者様ももうそろそろ前衛に必須な技術「魔闘技」を習得されるようですし、魔法の研究において非凡な才能を発揮する異世界人の方もいます。四年もないとはいえ、そんなに焦る必要はありません。むしろここで基礎をしっかりと固めておいた方がいいのです」

「それなら安心ね」

「焦っても仕方ないですか……」


 地面に寝っ転がっていた喜咲の方は満足したように声を出したが、日輪の方は不満げな様子を隠しきれていない。

 喜咲がそれに気づいて、目ざとく反応する。


「日輪。あんたが魔法の矯正を一緒にやってくれた男の子が心配なのも分かるけど、そんなに焦っても見つかるもんじゃないわよ。ここはおとなしく王様たちの情報網を信じましょう」


 喜咲は、日輪が雪人が居なくなってから冬音と同じ要請を王国側に伝えていたことを知っている。建前上、魔法を使うときの魔力運用を一番詳しく指摘できる人材の救出と銘打っていたが、実質が魔法を教えてくれた少年の安否を心配してというのは誰の目にも明らかだった。


 それも仕方のないことなのかもしれない。向こうの世界では、幼馴染であった自分と翔也以外には、この大和撫子の典型のような見た目の美少女に丁寧に話しかける人間はおれど、軽口もたたける気安い関係というのを構築できた人間はいなかったのだから。


 皆が皆、日輪の前では「真面目に話さないと」というよくわかんない圧迫感に当てられて、彼女は自分たち以外で普通に話すことはできなかった。

 気楽に話そうにも、皆日輪の纏う落ち着いた雰囲気に萎縮してしまったのだ


 あの翔也でさえ、「日輪が幼馴染じゃなかったら、話すのにも緊張していただろうな」なんて言う始末。

 本来は活発に笑ったりするのが好きな少女が、少しづつ周りの影響を受けておとなしくなっていく姿を見て、心を痛めどうにかしようと思っても、既に幼馴染という立場を確立していた喜咲にはどうにもできなかった。


 そんなところで現れたのが、彼女のことを軽く扱うことのできる雪人である。今まで気軽な人間関係というものを他者との間に築き上げることのできなかった日輪にとって、彼の軽い扱いは体験したことの無かったものなのだろう。


 喜咲が見ている限りは、気安さというよりもどうでもいいや的な面倒臭さの方が多かったようだが、日輪はそういった雪人の駄目な一面のお蔭で昔の活発さを取り戻してきた。


 今彼女がどんな心境なのかを図る術は、幼馴染として長い間一緒にいた喜咲にも存在しなかったが、雪人が彼女にとってある種の特別になりつつあるのは推測できた。


 もし万が一、雪人のことを好きだとか言ったら全力で日輪を止めようとは思うが。

 主に、雪人と日輪の温度差から。


「そう……ですね」

 

 納得していない様子ではあったが、これで彼女も少しは落ち着くだろう。

 

 ロックはそれを見て、「やっぱり思春期の少女というのは分からんなあ」と理解を放棄して二人の少女に今の魔法の改善点を伝えていくのだった。




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