第一次遭遇
何故か投稿
何か、身体の表面を生ぬるいものが動く感覚があった。
そんなものを感じて、ふと、闇の中で目を覚ます。
意識を覚醒させてしばらくの間は自分の状況が分からなかったが、すぐに自分が崖から転落した事を思い出し、あの後自分はどうなったのかの確認をしようと、身体を起こそうとした。
しかし、起きれない。
なんで――――――と疑問に思い、闇に慣れた目で自分に見える範囲を確認すると、雪人に何らかの木の根っこが絡みついていた。
全身に。
「おわっ!?」
思わず雪人が全力で起き上がろうとするも、絡みついた根っこは自分から離れる気配がない。力を込めても、うまく自分の体を拘束するように動いてくるのでじたばたしてもただ複雑に絡まってくるだけだた。
十秒で飽きて、二十秒で抵抗を止め、三十秒でそういや自分が重傷だったことを思い出す。というかさっきの墜落は百パーセント死亡だったはずなのに、なんで生きてるんだ? と首をひねって身を起こし、今度こそ全身の状態を確認すると……
全裸だった。
「は?」
雪人は自分の間違いを信じて、もう一度確認するも見まごう事なき全裸である。服はあちこちに溶け残った残骸のような布の破片が散らばっているだけで、身体の表面をそのまま木の根っこが覆っているのだ。通りで根っこの感触がここまで感じられるわけだ、とどこか他人事のように感じた。
自分の服がないのは空中でもそんなことお構いなしなあの原生動物が自分を食おうとしてきたからだろう。スライムはそのまま体内に残っていた俺を、崖から落ちた衝撃で離したかあるいは弾けたかというところか。ちょうどスライムが緩衝材になったと思えば崖から落ちたのに生きていることも不思議ではない。
ただ、そうだとしてもあのスライムは体が二つにはじけたくらいでは死なないと思うのだ。少なくとも森の外の、ウェイン国ではしっかりと核を潰さないと再生を続けるのがスライムだった。それならば、自分がなぜ今までスライムの再来襲を受けていないのかという事に疑問が残る。
本当にちぎれ飛んで死滅したのか、それとも雪人を一時的に見失ってそのまま何処かへ行ったのか。いずれにせよ、身動きのできない今の状態では雪人は俎板の上の鯉状態。さっさとこの木の根から解放してほしいと自分の魔力知覚に集中し、木の様子を探る。
ん? 魔力知覚?
「……なんで魔力感知ができるんだ……?」
雪人は自分が周囲の魔力を感知することができるように戻っていることに疑問を覚えた。つい先ほど自分が気絶する前までは、まるで感知対象が大きすぎて測り切れない測定機械のように魔力感知器官もマヒしっぱなしだったのに。
理由も分からぬままに再生した自分の能力を使って、周囲の魔力を測り、今度こそ絶句。周囲の大気中には一切の魔力は無く、ちょうど木の根っこがある地面の上あたりまでは微細な魔力の残滓もない。その木の大本といえば、まるでここいら一帯の魔力を全て食い尽くしたかのように恐ろしい魔力密度を誇っている。人間国の城にいた宮廷魔導士や序列騎士の魔力をみんな集めて凝縮してもまだ足りない。恐ろしく膨大な魔力を秘めた大樹である。
ついでに言うと、そんな大樹に全身が捕まっているのは結構やばいんじゃないかと思ったが、観察しているとすぐにその木の正体は分かった。
魔力知覚によって、高さ約五十メートル地点上空で一匹の飛行型の魔物が大樹の枝にからめとられてその魔力を吸収されていく。魔力を吸われた魔物は、そのまま木が手放して地上に落下。雪人から数メートル遠いところに落下した。
ただでさえ魔力を全て吸われるというのは命の危険のある行為だ。さらにこの森で魔力を吸われてしまえば、すぐに空気中の異常な魔力を受けて絶命してしまうのだろう。鳥型魔物はピクリとも動く気配がない。
自分よりも大きい鳥があっさりと死んでいるという事実に、雪人はこれは死んだなとあきらめに似た感情を感じる。
短い人生だったぜ。
「っておい!! 何ギャグに走ってる! 落ち着け俺!」
どうやら自分はずいぶんと動揺しているらしい。いつもならば絶対に思わないような思考回路になっていることを自覚して、冷静になろうと声を出して自分を戒める。
恐らくこの樹はウェイン神聖王国で隠されていた歴史の初期の実験の産物。その中でも周りの魔力を貪欲に喰らい続け、無限に成長していくという最悪の失敗作「イービル・テイターン」の大本だろう。
あらゆる生物に宿る魔力も、空気中にばら撒かれている魔力も、すべてがこの樹の栄養素に変化するという恐ろしく悪食で頑丈な樹。自律意識はあるのか不明だが、そのテリトリーに入った生物や植物を捕獲するらしい。しかも偏食家で、魔力以外のものは食べないという特性を持っている。
そのため、周囲には魔力の影響を受けない普通の生態系が育ち、魔物などの姿もない。
一見、一番の安全地帯に見えるが、実はこの森で一番危険なのがこの樹の存在である。
なにせ、魔力のあるものは何でも食べるのだ。例えそれが小さな羽虫でも、大きな恐竜型魔物でも何でも引き入れて魔力を喰らう。この森にすむあらゆる魔物は魔力を保持している限り、すべての魔物がこの樹の捕食対象といっても過言ではない。
この情報を研究所内の資料から読んだ雪人が、全力で向かっていた到着先がここである。自分には魔力が宿っていないので、この樹の捕食対象にはなるはずがないという予測の下、逆に一番の安全地帯になると考えて無謀な森への突撃を開始したのだ。
とは言え、まさか崖の下に落ちないといけないとは思わなかった。やっぱり慌てていては失敗も多いという事か。
というか捕食されないと思っていたのに体中に樹の根っこが巻き付いているのは一体どういうことなのか。自分の体の各所に巻き付く樹の根を感じて嘆息する雪人。
どうやら樹は、自分に刺さっていた棘や、毒を魔力に分解して補給しているらしい。そのついでのように自分の傷を癒しているのは一体何故なのか、疑問しか浮かばないが治してくれるのなら良しとする。
ドクターフィッシュに食われるときもこんな微妙な気持ちになるのだろうか。そんなことを考えながら雪人はしばらく続いた樹の蹂躙を受け続けた。
その後、三十分もしないうちに、雪人の体からはイービル・テイターンの根っこが蛇が動くようにするすると離れていった。
「ようやく自由に動けるか……食われなくて本当によかった。というか完全に傷口まで塞いでくれたのは一体何の意図があったんだ……?」
どうやら何らかの意思を持っているらしいことは分かったのだが、この樹が一体どんな意図で自分の負傷を治してくれたのかが分からない。いいところで落ちてくるときに雪人に絡みついていたスライムが美味しかったからそのお礼。悪いところで釣りの餌程度の考えかもしれないが、取り敢えず樹の方にお礼を告げておく。
特に目立って動いたような反応は無かったが、少なくとも自分を救ってくれたのは事実なのだ。今後どこかに行く前に、この樹の餌になる魔物を複数体ほど持ってくるというのが筋だろう。
というかこの森の魔力濃度になれるためには、まだまだ安全地帯が必要な雪人である。王城の方は謝罪を受け取るという名目があったので何をしなくても居候といったことにも罪悪感は無かったが、こちらの安全地帯にいるのならやっぱり何かメリットを提示しないと寝覚めが悪い。
そこで自分のお腹がぐう、となったので、先ほど空から落ちてきた鳥の魔物(魔力抜き)をさっそく料理して食べることにした。
「ふう、うまかったな」
雪人は自分の食べた魔物の肉に深い満足を覚えていた。単純に焼くだけ、捌くだけといったまさに野戦料理だったが、しばらくご飯を食べていなかったこととけがを負った体を再生したことで、その損失分を埋めるためにそこいらに落ちてきた魔物の肉を片っ端から食っていった雪人。最終的に、自分の体積を超えてるんじゃないのかという量を食い切ってしまい、しかも捌いて残った分は保存食にしたり武器に加工したりと忙しい一日を過ごしていた。
今は、途中でやってきて樹に食べられた巨大カマキリの鎌を引きちぎって作った刃物を使い、いろんな魔物をさばく作業がようやく終了したところだ。
この巨大カマキリの鎌は雪人の腕と同じほどの大きさで、重心が少々刀や剣とは違っていて扱いにくかったが、流石魔物の身体の一部。恐ろしくいい切れ味と軽い材質で、使い勝手は異世界に来てから今まで使った直剣や長剣よりも遥かに上だった。しかもそれが二枚。今までの自分だったら甲殻が固すぎて斬ることのできなかった巨大蜘蛛も亀みたいな魔物も引き裂くことが出来そうだ。
そう言えば、蟹みたいな魔物がこちらを襲ってきたこともあった。あれはぜひとも食べてみたいし、今は魔物の毛皮を適当に切った物を身に着けてはいるが、将来的には魔物を解体して服や刃物も作っておきたい。
さて、この森から出ていく前にはやることがたくさんありそうだ。というか結構サバイバルはやった経験があったが、ここまでピンチな状況で行うサバイバルは久しぶりだ。
それにこの樹のことについても気になることがある。いろいろと調べていくのも面白そうだ。
実力をつけなくてはすぐに魔物に食われてしまいそうだし、そもそも魔力を過剰に含んだ食べ物しかないここでは自分を鍛えていかないと生き抜くこともきつそうだ。
そこで雪人はちょうど地面が開けているところに手に持った鎌で一筋の線を引いた。これを一日一回。毎日つけていくことで自分の森に来た日数を確認しようという事だ。
「ここから、三年くらいかけて実力をつけていこうか……とりあえずはこの森くらい攻略できないと世界は旅できそうにないしな」
その頃には自分の体も成長しきっているだろうと予想をつけて、雪人は今後の計画を練っていく。
だが流石に重傷を負った後、どうしても眠気が襲ってきたので「というわけでこれからよろしく」と後ろのイービル・テイターンに声をかけて、その樹の太い枝のところまで登っていき、今日はぐっすり眠ることにした。




