談義と陰謀
あの夜の会話の後から、雪人の周囲には毎日女の影がついて回った。
と言っても何のことは無い。ただ妹の冬音が図書館のあたりに頻繁に出没するようになったというだけだ。
氷魔法の研究書類を持って。
「だからイメージとしては風の魔法で冷却するのには扇風機のような冷風をイメージするのか、それとも気圧をあげて水を融点を上昇させるイメージなのかどっちなんだ?」
「そこらへんは使う氷の温度と強度によってまちまちに魔法が構築されてますね。大体、氷の礫を牽制程度に放つんだったら扇風機的なイメージでも問題ない事が多いですが、もっと温度を下げるとなると風ではなくて風と水を利用した気化熱のイメージで水蒸気を拡散させていく方が楽ですね」
「じゃあ、基本的には水の魔力に変換する方が風に変換するよりも多いのか?」
「いえ。どちらかというと風の魔法で空間に存在する水の分布を常に意識して操作しておくことの方が氷魔法では必要な工程と言えると思います。実際にやってみた訓練の感覚ではそちらのように既に存在する水と風をうまく利用しないと、氷を大量に出すことはできませんでした」
「氷の方が密度が小さいんだから魔力で水を出すよりも楽そうに見えるんだが、そこらへんは?」
「体積的には楽ですが、神経を使う分、氷は使いたくないですね」
これが初日の会話。
これが一週間後の戦闘訓練の前日になると、
「氷を利用した真空状態からの氷結界魔法アイシクル・プリズンはやっぱり使いどころが限られてくるな」
「まあ、相手に火魔法の使い手が居れば上級魔法の集中で突破されてしまいますからね」
「そこんとこは氷の密度を風の気圧操作の応用で圧縮する操作を加えることができないか?」
「どちらかというと、そうやって圧縮したときの方が耐久性は落ちますが?」
「一昨日創った局所型冷却魔法フリーズポイントでアイシクル・プリズンの要となる柱のみを普通の氷にして、他のところは空気の入ってない質のいい氷を圧縮して強く作るんだよ。そうしておくことで、鉄筋をいれたコンクリートの壁に近い感じの氷壁を生成するんだ」
「それならいっそのこと柱となる空間は氷を作らず、真空の冷たい冷気のみを詰めておけば魔力の消費も緩やかですし、衝撃を緩衝できる構造に氷を編み込む感じが再現できるのでは?」
「ハンマー系はそれでいこう。問題は斬撃・貫通系統の攻撃だな」
「そこは武器が貫いたところを氷が侵食して掴み取る感じで。冷気の方にはより風のイメージを優先しておけば不可能ではないかと」
「冬音! お前は天才か!?」
「いえいえ。それほどでもありません。兄さんの発想の連鎖にはかないませんよ」
こんな感じになっている。
たまにあるハイテンションになってしまうような冬音の発想に、雪人が興奮して冬音の頭をなでて、それに満足そうに鼻を鳴らす冬音の様子は、つい一週間前まで疎遠だったと言われても誰も信じないだろう。
雪人の好奇心体質と冬音の天性の魔法の才は恐ろしく相性が良かった。雪人は雪人で、無能ゆえの魔力感知能力を最大限に発揮し、それをもって冬音の氷魔法の魔力の無駄や流れの悪い部分を指摘できるし、冬音も冬音で雪人の発想と想像のみでしか実現できなかった魔法を再現、改良できる才能もあった。
あまりにも相性のいい二人の性質によって、ここ最近冬音は新しい魔法の開発という、上級魔法を習得した宮廷魔導士たちが年に一回行えればいいところの偉業を、ここ三日間で数十種類と行っている。それは勿論細かい理論などは王宮側には伝わっていないが、その異常なほどの成長率には魔導士、騎士を含めあらゆる人間が三回は聞き直したという噂もある。
このように冬音がだんだんと人間の限界を突破する勢いで魔法を習得していく中で、雪人にも格段の成長が見ることができた。
無能が一体どんな成長ができるというのかというと、ズバリその魔力感知の範囲の拡大と深度の増大だ。
一般に、魔力というのは生命力の余剰分が血液の中に溜まり、その血液の所有者に自由に扱える擬似的な生命力のことを指す。
故に、生命力が魔力に変換しない雪人にとっては、自分の血液という容器のみが存在することでどんな存在の放った魔力であろうとも、それを感知することが可能だった。
例えるならば、鳥の羽毛と鋼鉄の塊。風が強くなくては風の動きが分からない鉄とは違い、それがいかなる小さな風であろうとしっかりと揺れることで風の存在を感知できる羽毛のように、魔力無しの無能は超高精度の魔力探知が可能だったのだ。
とは言え、色持ちの魔法使いであろうとも、実戦レベルでの初級魔法くらいだったら魔力の扱いに熟練すれば誰にでも感知できる。だから雪人の見つけたのは単に魔法の発生が分かるとか言ったそんなレベルの話ではない。
誰かが魔力を使おうとした時の魔力掌握の余波、大気中に微量に存在する魔力の流れ、そして次に魔力が動くであろう方向の微妙な兆候。そんな微細なものですら、今の雪人には感じられるのだ。
今の彼だったならば、誰かが半径十メートル以内に魔力を使おうかと思った反動で無意識に出る世界への魔力の反動を探知することで、魔法の効果が発現する前に相手を制圧することも可能である。
さらに、世界の魔力の流れというのは、疑似的に世界における生命力の動き――――――いうなれば生物の意思の動きということに近似することもできる。
今はまだ狭い範囲の魔力の感知範囲も。今後鍛えて百メートルくらいに拡大すれば、自分の周囲五メートルの範囲だったらほぼ確実な未来予測を可能とすることができるようになる可能性もあった。
もちろんそれを瞬時に行うには莫大な観測データを必要とするがはっきり言って、魔力なしの無能の能力の拡大は留まるところを知らないようだ。
今でさえ周囲を漂う微小魔力から、自分に向かってくるどんな攻撃でも直前で察知できる高性能なのである。元の世界では、空気の流れを耳でとらえることを「気配を読む」といったが、こちらでは冗談でもなく魔力を読むといったことができる。
また他にも、魔力のあるものならば何でも粉砕できる攻撃方法や、幻惑、隠ぺいの魔法が効かないといった事も理論上は証明できた。基本的にそれらはどんな人間でもすることはできるが、魔力感知に優れている無能でなくては実用することが不可能というだけだったモノだ。
今はまだそれの半分も習得していないが、はっきり言って今後旅をするのならば力はいくらあっても多すぎるということは無いだろう。そう思って研究を重ねていく雪人だったが、今この場において自分がこの世界の常識を完全に崩壊させ、このまま行くと確実に魔王を倒すことができる実力に足をかけ始めていることには気づいていない。
無能という迫害の対象が、魔法という対極の知識を身に着けていくことで、確実にその存在が進化していっていたのだ。
「あの~お二人とも。そんな風に天才同士の会話を進めてないで、明日の準備でもしましょうよ」
そんな声とともに暴走する二人を停止させようとしたのは雪人に会いに最初に図書館を尋ねた日輪である。
彼女も雪人と杖術の約束したため、たびたびこの図書館を訪ねていたのだが、自分にも適性のある水魔法の最先端研究が図書館で進行中という事を確認して、全力の土下座を敢行。その勢いに押された雪人が「実験に協力するのなら別にいい」という発言でここに留まることを了承したというのが彼女がここにいる顛末だ。
ちなみに、これを見た冬音が、「そうか! 勢いで押し込むという方法が!」と呟いて何やら納得したようにうなずいていたが、雪人は怖くなって確認していない。絶対にロクな事ではないと彼の第六感が告げていた。
そうやって納得していた冬音だが、やっぱり二人きりを邪魔されたのが気に障って少々不機嫌になっていたのだが雪人はそこまでは気づかなかった。
ちなみにこの場に騎士がいないのはあまりの常識外れの光景に、次々と精神にダメージを喰らってノックダウンしていった者が続出したからである。一応、この期間中に雪人は本を盗むような様子は無かったのだし、彼の出ていくときに確認すればいいだろうという事で落ち着いた。
そんなわけで今のところは魔法についても近接戦についても三人一緒に学んでいるところなのである。
「何だっけ? 明日の準備って?」
雪人は完全に忘れきった状態で、日輪の方を向いて尋ねる。
すると答えたのは日輪ではなく、冬音だった。
「兄さん。忘れたんですか? 一週間前に私の遠征戦闘訓練に付き合うって約束したじゃないですか。それが確か、王様のところに話が行ったときに、他の異世界人も参加する大規模な訓練になるっていうくらいに話が大きくなったんですよ」
確かにそんなことを冬音からは頼まれていたが、雪人としては後半の方は聞いた覚えがない。
「他にも? どういうことだ?」
「あれ? 雪人君は聞いてなかったんですか? 確か王様が三日前くらいになってそんなことを勇者になった人たちと自立を考えている人たちの両方に通達してきましたよ。なんでもこれに参加して、合格ラインの実力を示せなかったら自立の方は認めてもらえないそうです」
勇者の方は失格でも特には何もないんですけどねと締めくくる日輪。雪人としてはそんな関門のことなど寝耳に水である。
せっかく二週間という本来の予測期間の半分で知識を詰め込んだというのに、そんな厄介な状況になっているとか正直聞きたくなかったというのが本音である。
「なんだ? それじゃあ明日の試験とやらは冬音だけじゃないってことか? 本当に嫌になってきたな」
「いやまあ雪人君はそう言うかもしれませんが、一応王様もちゃんと実力がついているのかどうかという事を確認しておきたかったという事なのではないでしょうか?」
「兄さんも少しは本気を出しておくべき時が来たという事」
「え? 冬音ちゃん。まだ今までの訓練で雪人君は本気を出したことがないんですか? 魔法も魔力もなしであれだけ強いのに?」
「勿論。兄さんの本気なら城も揺れる」
「……俺をお前らのような人外と一緒にするな。というかそしたら他の勇者についても参加者についても俺は知らないんだがなんか調べておいた方がいいことはあるか?」
その雪人の質問には、じゃれあっていた日輪も冬音も二人して首をひねって考え込む。
戦力的には彼の実力は異世界人たちに勝るレベルであるのでまだまだ問題はない。行く場所の知識や一緒に行く人などの情報は確実に必要だが、それ以外でもしあるとしたら。
「……武器?」
「あ!!」
冬音の疑問形の言葉に、日輪も大きく声を上げる。
今のところ図書館で研究したり、訓練場で訓練していたから気づくことは無かったが、雪人は自分の武器を持っていない。日輪は杖を、冬音は細剣を持っているというのに雪人だけは何も持っていないのだ。
ちなみに冬音が細剣なのは、彼女の体格で振るうにはその類いの武器の方が相性が良く、本人にも剣の才能があったからである。それを知った日輪は「天才っていいな……」とどこか遠くを見ていたことを付記しておく。
「そうですよ!! 雪人君武器がないじゃないですか! どうしましょう!?」
「いや武器って言ってもなあ……俺は生半可な慣れてない武器を使うくらいだったら素手の方が強いしな」
「え?」「ふへ?」
「ん?」
おかしな声を上げる二人に対し、疑問符を上げる雪人。
勿論二人としては素手の方が強いなんて言った雪人に対する疑問が渦巻いていたが、雪人本人はそこまでおかしいと思っていないようだった。
疑念を共有した二人は視線を合わせると、日輪が冬音に視線で会話の主導権を譲り渡す。受け取った冬音は代表して雪人に質問した。
「兄さん。素手の方が強いっていうのは一体どういうこと?」
そんなに驚くことか? と首をかしげながらも雪人は説明した。
「俺が基本的に使っていたのは刀だったんだよな。そうすると刀を振るえない間合いにおいての戦いでも後れを取らないようにって素手の戦い方も教わったんだよ。だから俺は刀術と体術が一番得意っちゃあ得意なんだ。素手で瓦を割れるようにさせられたしな」
それを聞いて二人は同時に、はあ、とため息をつく。いくら雪人でもこれが呆れを現しているくらいのことは分かった。
「おい。別にいいじゃないか。武器を用意しなくても済む分経済的なんだぞ。ただまあ今回は直接触ったら危ない魔物もいるし、棍を使おうと思ってはいるが」
「いやあ。流石に素手で瓦割りとかちょっと凄すぎて逆に引きますね」
「兄さんは一体何を目指してそんな技術を」
口々に言われる声に、ぶぜんとした表情を隠さないまま、雪人は声を上げてこの話を終了させたのだった。
――――――同刻、某森の中で。
翌日には、勇者となるべく修業を積んでいる異世界人の生徒たちの来る訓練予定地で、蠢く二つの人影が。
「しかしいいんですか? こんなことをしちゃって」
「問題ない。国王様のご判断だ」
的確に訓練予定の場所に二つの魔法陣を書いていく二つの人影はそんなことを話しながら、夜陰にまぎれて誰にも見られず、ひっそりと罠を仕掛けていく。
たった一人の人物に焦点を当てた罠。これでもかというほどに貴重で高価な材料をつかって魔法陣を丁寧に書いていく二人の人影はふと、言葉を漏らす。
「しかしまったく……これほどの準備をしてまで捕まえようとする無能って一体何なんだろうな……」
その言葉は夜の空に消えていって誰の耳にもとまることは無かった。




