プロローグ
「……………………」
無機質な空。
データであるはずの澄み渡った青空は溜め息が出るほどに美麗である。
時折春の空気を孕んだ爽やかな風は温かくて気持ちがいい。
――ヒュゥゥゥゥゥゥゥ……。
ずっと寝転がっていれば居眠りしてしまいそうな草原に彼は横たわっていた。
風が芝を刈ったように揃えて並んでいる草を撫でた。
「……………………」
架空の便利なアイテム欄を開き、
今日城下町のCD屋でレンタルしていたばかりのクラシックをレコードにセットする。
トランペットの素晴らしい音や、バイオリンの綺麗な奏でに彼はじっくりと大空を見ていた目を細めた。
――空は、何も言わない。
自分が思い悩んでいるときも何も囁いてくれない、
ただ、無機質に広がっているだけである。
――空は、いろんな事を思い返し、考えさせてくれる。
無機質に広がっているだけでも、必ず何かを生んでくれるものだ。
ずっと思想しているうちにクラシックが止まった。
彼の心に静寂が訪れる。
こんな風になるんならもう少しレンタルしておけば良かった。
いつの間にか閉じていた目を少しだけ開いた。
眼前にはまばゆいばかりの太陽の光が自己主張しているはずだが。
彼は目を見開いていた。
こんなに目を開けていたら失明するのではないかというくらいに。
だが、失明をするどころか逆に目を守ってくれていた。
雲。
それもずっしりと水分を含んだ雨雲が空を覆っていた。
「――――やべッ」
――ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……。
今にも雷属性の攻撃を叩きつけてやろうかと雨雲のなかに轟いた雷鳴が脅しているような気がした。
草原から城下町まで全速力で走って数分だ。
仮想セカイではあるので走って疲れたり、速度が遅くなったりはしない。
ただ、ほんの少しだけ
「MP」(マターポイント)
というゲージが減るだけだ。
また、雨にぬられると70%の確率で
「風邪」
が起こり、仮想セカイで数日間走る速度が遅くなったり、
MPが少しずつ減少したりというペナルティをくらう。
風邪は薬局で売っている万能薬を買えば
『ギュイイイイン』
という効果音のあと一瞬で回復するものだが、
ただいま絶賛金欠中の彼は節約のため
自動回復が出来るMPを消費してまで城下町の宿屋に駆けていくのであった。