花咲病:紫
数ある奇病の中でも、花咲病は多く見られる病気の一つである。
現在の時点で分かっていることは、病気にかかると一センチほどの小さな傷が体のどこかにでき、その傷から三センチから五センチほどの花が生えてくることから花咲病と名付けられたこと。
紫は目、黄は喉、桃は体中といったように色によって咲く場所が違うことだ。
勿論、他の奇病と同じように治す術はまだ見つかっていない。
今回の患者は、紫の花咲病にかかった可能性があると言われた患者だ。
花咲病が奇病の中でもかかりやすい病気だといっても、今回「病棟」で保護した患者は、まだ十にもならない年齢で、初めて見たとき、驚いてしまった。
患者の名前は梓と言うらしい。
女のような名前の通り、内気で引っ込み思案な印象を受ける男の子だった。
病棟で保護された梓には使われていない空っぽの三一〇号室が割り当てられる。
一人部屋は可哀想に思えたが、そんなことを言える立場ではないから、思うだけで我慢しておく。
少しの間、心配で彼を気にかけていたが、彼は俺が思っていたより一人部屋を楽しんでいるようだった。
親が家から持ってきたオモチャや本に囲まれて、いつもニコニコ笑っている。
その様子を見て俺は安堵したが、他の患者達には疎ましかったらしく、梓が病棟に来た数日後、梓が大切にしていたオモチャも本も全部、壊されるということが起きた。
泣きながら残骸をかき集めていた様は酷く可哀想だったことを覚えている。
「自業自得なのよ」
俺が病棟に配属されてから最初に仲良くなった患者が、花咲病の担当をしている小林さんにすがり付いて泣いている梓の様子を見ながら、そう呟いたのを聞いた。
その患者は、高校生のときに皮膚が結晶化していく病気にかかり、この病棟に来た患者だ。
進行も早いようで、たった一年で体の半分以上は既に薄橙色の結晶で覆われている。
無事な部分のほうが少ないくらいだ。
そのためか、まだ病気の可能性があるだけの梓を羨んでいるらしい。
梓を見る瞳が嫉妬で染まっているのを俺は知っていた。
「いつもへらへら笑って、何も分かっていない馬鹿な奴。親に甘やかされて生きてきたのだわ。……死んでしまえばいいのに。私の代わりに」
そう言った三日後、その患者は死んだ。
完全に結晶化してしまい、息が止まってしまったらしい。
大小様々な結晶に覆われている患者は、どこまでも綺麗だった。
ガラスケースに入れられた人形の様で。
「あいつのこと……嫌いになろうと頑張ったけど、無理だったよ。先生」
俺だけが、聞くことのできた最後の言葉。
梓に向けた言葉。
その言葉が、頭にこびりついて離れない。
彼女は、梓が羨ましくて妬ましくて憎くて、同時に弟の様に愛したかったと懺悔した。
その言葉の後に続けられた謝罪の言葉を最後に彼女は眠ってしまった。
「ごめん、壊して、ごめんって伝えて」
その言葉を俺が伝えて本当にいいのか迷ってしまい、言うことができないまま時間だけが過ぎる。
「佳樹さ、悩むくらいなら教えてやれば?」
そのことを長年の友人である秋に話せば、そう答えられた。
その言葉に何と言ったか忘れたが、秋は「隠し事って、結構簡単にばれるもんだよ」と俺の言葉に返事を返したことは覚えている。
次の日、梓の病気が可能性から花咲病だと断定された。
そのせいで、言うタイミングを失い、俺は彼女の言葉を伝えることが二度とできなくなった。