序章
ある薬を開発していた研究チームの一人が姿を消した。
成人して間もない、研究チームの中ではまだまだ若僧扱いされる年齢ながら、薬の開発において、既に複数の研究結果を残していた研究員である。
彼の研究結果である薬と未発表の研究結果が無くなっていることから、この研究員が姿を消す事件は、本人の意思による失踪であるとも、利害や怨念による誘拐または、殺害の可能性があるとも考えられている。
しかし、姿を消した研究員と同じ研究チームに所属していた彼の友人は、そのいずれも信じなかった。
姿を消した研究員と友人は、もう長い付き合いになる。
そのため、友人は姿を消した研究員が薬の開発に恐れをなして失踪するような奴でも、簡単に誘拐されたり、殺されたりするような間抜けでもないことを知っていたのだ。
頭のいい彼が何も残さずにいなくなるとは思えず、警察に彼の私室に入る許可を貰い、彼が姿を消してから初めて足を踏み入れる。
警察が幾度も調査をしに来た彼の私室は、彼がいたときと同じ雰囲気を不思議と保っていた。
彼が文句を言いながらも使っている彼の幼馴染が作った木の机に近づき、机の上に置かれている意味のない資料が入っているファイルを手に取る。
中身の少なくなったファイルは、想像以上に軽かった。
「……あれ?」
ファイルを手に取ったことで、ファイルの下に隠れていたノートの存在に気づく。
警察や他の人が回収していないことから、重要なことが書いているものではないようだ。
ファイルを机の上に戻し、そのノートを手に取る。
「こんなノート、見たことない」
研究チームが一緒だったこともあり、研究結果をメモしていたノートを見せて貰うことはあったが、所々色のはげた薄紫色のノートは初めて見るものだった。
もしかしたら、このノートに彼の手がかりがあるかもしれないと思い、ノートのページを捲る。
ノートの中は、彼と遊びで考えた暗号文で埋め尽くされていた。