女の子と男の人
プライベッターに載せてたやつ
1.「なんて嘘ですわ」
おにいさま。
そう呼んでいた声は幼さと甘さを含んでいたはずだった。
おねだりをするような、嬉しさを隠すような、そんな風に自分を呼んでいたはずだ。
おにいさま。
花のような笑みを浮かべて、二つにくくった長い髪を揺らして、自分よりも小さな手で僕の手を握って、名を呼んでくれた彼女はどこにいってしまったのだろうか。
「お久しぶりですね。お兄様」
肩まで短くなった髪。
表情が分かりにくい前髪の長さ。
いやらしい大人の笑み。
冷たさを含んだ目。
他人だと線引きされるような距離。
そして何よりも昔の彼女と違うのは、服の下から覗く切ったような傷の多さだろうか。
「お兄様、私……彼と死ぬことにしましたの」
そう彼女は人には見えないものの腕に抱きつきながら言うのだ。
僕と会わない時間の中で彼女はなにに魅入られてしまったのだろうか。
2.「君のそばにいたい」
がんっと近くの椅子が音をたてて倒れたのは彼が蹴ったからだと、足を元に戻した彼が私の手を握った時にようやく気がついた。
ぼろっと目の前を歪めていた涙が溢れて、彼の顔が見える。
「俺なら……そんな顔させないのに」
私よりも傷ついた顔をした彼が、耐え切れないというように声を出す。
ぎゅっと祈るように私の手を握り込みながら、私を見る彼に、なんで、どうして、と心の中で叫ぶ。
意味が理解できないで混乱している。
冷静に返事をする余裕なんてまるでなかった。
「俺ならずっとあんたの側にいる。例え、あんたの側からいなくなるにしたって、そんな風にあんたを泣かせたりしない。……違う……そもそもあんたを一人にしたりなんかしない。だって、俺は……あんたには笑ってて欲しいんだ」
鼻と喉の奥が痛くて、口の中が乾いて、目頭があつくて視界がまた滲んで歪んだ。
ぼろぼろと零れて落ちる涙を拭うことができなくて、何とか涙を止めようとしているのに涙は止まらない。
ひっくひっくと喉が痙攣しているのが分かる。
締まって痛む喉から搾り出すように声を出そうとして失敗した。
彼はぽんぽんっと私の手を優しく叩いてから、何も言わずに手にキスをして笑ってから、祈りを吐くように言葉を口にする。
「俺じゃダメなのか、俺がいいって言ってくれないか?」
彼の瞳からも、ぼろっと涙が落ちたような気がした。
3.「嫉妬」
自分が嫉妬することなんてないと思っていた。
自分のことを愛していると頬を染めて、涙目になりながらも、こちらをじっと見ながら言った彼の言葉を信じていない時がなかったし、そんな風に考えることなんてないと思っていた。
だって、嫉妬するのは彼を信じてないということじゃないか。
だけど、今目の前で見知った女の人と話している彼を見てモヤモヤとした気持ちを抱いている。
知らない女の人ではないのだ。
彼女が彼に恋愛感情を抱くわけがないと分かっているのに、こんなにもぐしゃぐしゃにかき回されているかのような気持ち悪さを抱いている。
「なんでだろ」
ぎゅっと彼からもらったネックレスを服の上から握る。
なんでか、泣きそうだった。
彼の泣き虫がうつったのだろうか。




