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目を見開いて彼を見つめる。
安藤は顔を赤らめ、両手をお腹の上ぐらいの位置で握り、視線彷徨わせている。
そんな彼の様子はいつも相談しに来ている恋をしている女と一緒で、その態度に戸惑ってしまった。
その気持ちを察したのか、安藤は俺の顔を見て悲しそうに笑いながら言う。
「雪ちゃんが戸惑うのも分かるよ? 僕も男で雪ちゃんも男。罰ゲームだとか冗談だと言われて逃げることも考えていたよ。でもね、分かって欲しんだ。僕は本当に君のことが好きだ」
悲しそうな表情で愛の告白をされるというシチュエーション。
しかも、夕方の教室。自分か、安藤かが女だったのなら王道でおあつらえ向きな場面なのだが、ここにいるのは安藤が言った通りどちらも男なのだ。
俺の脳内は混乱のせいで、うまく動いていないような気がする。
考えることを放棄したつもりはないのだが、深く考えていた自信もない。
真剣な目と悲しそうな表情を見てつい頷いてしまった。
「うん……よろしく」
俺が告白の返事をした後、安藤は大きく目を見開いて此方を凝視した後、言葉の意味を理解して顔を熱があるのかというほど真っ赤にし、机や椅子にぶつかり躓きながら走って逃げてしまった。
「……え?」
その様子を見てさっきよりも戸惑い、その背中を見続けることしかできなかった。
何で逃げるのだろうと思うほど人の感情に鈍感ではないのだが、ここで置いて行かれるのは予想していなかった。
「えー……」
逃げ帰ってしまった彼の様子から追いかけて話をすることもできないだろう、と思い俺も帰ることにした。
結局返してもらえなかったタロットカードのことを思い出したのは、自分の部屋のベッドに寝転がる時だった。
次の日の朝、目を覚まして最初に携帯を手に取った。
メールは今相談を受けている人からしかなく、目当ての人が連絡を取ろうとした跡はない。
冷静になって考える時間を与えられるとどうして自分は頷いたのだろうと考えてしまうから、相談者のメールを読み始めた。
そもそも俺は人の相談を受けることはあっても付き合うというのは分からない。
現在高校三年生だが中学の時一、二回友達の延長線で女と付き合ったことがあるだけで、本当に好きになって付き合ったことはなかった。
友達や知り合いに聞けばいいのだろうか、と考えてから相談者のメールの文に「恋愛経験豊富な紺谷さんは」と書いてあり、そういえば自分は友達や知り合いからは恋愛経験豊富だと思われているのだったなと思い出す。
下手なことを言ってイメージを変えれば相談者が減るかもしれない。そ
れは何とかして避けたいな、と思いながらメールの文に返信する文を打ち込んでいく。
何通かメールを返信してから、携帯を手に朝食を食べるために部屋を出た。
お付き合いの情報を得るのはまた今度考えることにしよう。
同じクラスではないから、昼休みまで安藤の姿を見ることはなかった。
登校時間はそもそもお互いに知らないから、当然のことではあった。
「おはよう」
今日は会う機会は放課後ぐらいだろうか、と思いながら食堂に向かうために教室を出た時、後ろから声をかけられる。
振り返って相手を確認する。後ろに立っていたのは安藤だった。
「少しいいかな?」
手に手提げバックを持った安藤には悪いが、食堂に行くつもりだった俺は弁当がない。
食堂に行かなければ昼食抜きだ。
「早く終わるのかい? 食堂に行くつもりだったから、弁当は持ってないんだ」
それを伝えると、どこかほっとしたように安藤は頷いてから言う。
「じゃあ、えっと、美術部の部室行こうか」
その言葉に黙って、返事の代わりに隣に並んだ。




