Liebe
放課後、部活も終わりの時間になって夕焼けが教室を彩っている。
その教室には俺ともう一人。
一年生の時、たまたま隣の席になったことから友人になった安藤の姿。
俺は先生に押し付けられた用事を終わらせた後、肌身離さず持っているタロットカードを教室に忘れたことに気付いて教室に戻ったのだが、誰もいないと思っていた教室に安藤がいたのに驚き、教室の扉を開けて足を止めた。
安藤は誰に対しても優しい性格とそれなりに整った顔立ちで一部の女子に人気がある。
大口を開けて笑うことはなく上品に微笑むところとか、美術部というのも女子の間ではポイントが高いらしい。
彼女が短いサイクルで変わるとか、性格が悪いとか、そういった整った顔立ちの人特有の嫉妬を含んだような噂はなく、女子だけでなく男子の中でも嫌う奴は少ない。
だから、同じクラスにならなかった二年の時も、見かけては話す程度仲良くしていた。
三年生になっても同じクラスにはならず、どうして彼がこの教室にいるのだろうか、と思いながら止めていた足を動かして教室の中に入る。
もしかしたら待ち合わせでもしているのかもしれない、と自分の中で結論付けてから自分の席に行こうとした。
「雪ちゃん?」
教室に入ったことで物音に気付いた安藤が窓の外を見ていた視線を此方に向けて俺の姿を確認すると、微笑みながら俺の名前を呼んだ。
自分の席に行こうとしていた足を止めて安藤の方を見る。
「どうかしたのかい? 安藤くん」
安藤が話しかけてきたのに微笑みながら答える。
話しかけないのも不自然だと思っていたから、彼から話しかけてくれたことに感謝しながら彼に近づいた。
「あ、えっと……」
彼は少し戸惑ったように目を彷徨わせてから、顔色を窺うように此方を見る。
「うん、大丈夫だから、落ち着いて話したらいいよ」
その言葉に彼は安心したように微笑んでから、目を伏せながら話し出す。
「この前はありがとう。雪ちゃんのお蔭で生田くんも部活に来るようになって、本当に感謝している。それと……」
話の途中で彼は言いにくそうに言葉を切って此方を見てから、首を横に振ってから違う話題を口に出す。
「それよりも雪ちゃんは、どうして教室に? 部活に入ってなかったでしょう?」
急に話題を変えられたから言いにくそうだった言葉の後を聞き出す切掛けを失い、彼の問いかけに答えるしか選択がなくなった。
「忘れ物をして、それを取りに来たんだよ。ちょっと待っていてくれ。取りに行ってくる」
一番後ろの廊下から数えて二列目の席の方を見ながらそう言ってから、彼に背を向けて、自分の席に向かって歩き出す。
背中に安藤の視線を感じながら、自分の机の中を覗き見た。
だけど、机の中に入っていると思っていたタロットカードは何度確認してもそこにはなかった。
「あれ?」
零れ落ちた焦りの声に、安藤が「どうしたの?」と言いながら近づいてくる。
「いや、ここに忘れたのではなかったらしい。机の中は空っぽだ」
後ろを振り返って安藤に言う。
彼の手前ということもあり、表情を取り繕いながらも、内心は焦りと苛立ちで安藤のことを気に掛ける余裕もなかった。
彼が何かを決意したような表情を浮かべて、此方を見ていることに気が付いたのは彼に「……忘れ物って、もしかしてこれのこと?」と問いかけられてからだ。
彼の手の上には俺が探していたタロットカードが乗せられている。
「どうして、君が?」
廊下に落としたとかなら彼が持っていても不思議には思わないが、俺は教室に、具体的に言うなら机の中に忘れて行ったのだ。
彼が持っているのは可笑しい。
「……どうしても、雪ちゃんに逃げられたくなくて」
彼は俺のタロットカードを両手で握りながら、顔を伏せてそう言う。
その言葉の意味が分からず、俺は首を傾げながら言った。
「僕が君の相談ごとを投げ出すことなんてなかっただろ? それなのに逃げ出すことを考えるということは、それだけ難しい相談事なのかい?」
純粋に俺にはできないと思われたから彼がそう言ったと思った俺は本心からそう言った。
彼はその言葉に首を横に振り、「相談じゃないんだ」と呟くように答えた。
「相談じゃない?」
繰り返して確認する俺の言葉に答えることはせず、彼はバッと勢いよく顔を上げて、此方を見ながら少し大きな声で言った。
「一年の時から好きでした。付き合ってください」
「…………え?」
その言葉に俺は驚き、目を見開いて彼を見ることしかできなかった。




