殺す人を
愛してる
田中さんは殺人犯さんです。
田中さん曰く、殺人犯さんではなく殺人鬼さんらしいのです。
でも、私には違いがよく分かりません。
どう違うのでしょう。
田中さんに聞いてみても、教えてくれませんでした。
田中さんは、いつもカッターナイフを服のポケットの中にいれています。
すぐに人を殺すためらしいのです。
田中さんが持っているカッターナイフの中で同じ物を見たことはありません。
もしかしたら同じ物を使っていたのかもしれませんが、私には分かれませんでした。
私ほど田中さんを見ている人はいないと思いますので、多分一度使ったら、もう使わないのでしょう。
田中さんの瞳の色は水色で、人を殺す時はキラキラした輝きを宿します。
私はその瞳が好きなのですが、なかなか見ることはできません。
田中さんが人を殺すときに出会わないのです。
避けられているように思いますが、諦めません。
田中さんは、人を殺す時が一番幸せそうなので、早く私を殺して欲しいのです。
この前、イヤリングをつけているのを見ました。
ピアスではなくイヤリングだったのはどうしてでしょう。
いつもは何もつけていなかったから、とてもイヤリングが目立っていました。
もしかしたら貰い物なのかもしれません。
田中さんが身に着けていたイヤリングを探しだして、宝石箱の中にいれてあります。
お揃いです。
身につけるのさえおこがましいので、眺めるだけしかしません。
貰い物なら、余計駄目だと思いますし。
私は田中さんに殺してほしいだけで、好きになって欲しいとは思っていません。
田中さんが好きな人からの貰い物を大切にしているなら、私はそれを言われなくても分からないといけません。
田中さんは服に興味がないらしく、いつも黒い長袖と青いジーンズです。
だけど、たまにとてもかっこいい服を着ている時があります。
多分、デートなのでしょう。
今日も、とてもかっこいい服です。
そして、たまたま、本当に偶然にも彼と話す機会を与えられました。
今からとても楽しみです。
「すみません。お待たせしました」
田中さんはポケットに手を入れて、此方を見る。
私は、今日のために買った可愛い白のワンピースとサンダルのせいで田中さんの眼に映っているのがとても恥ずかしく思えました。
「別に、そこまで待ってない」
田中さんは何の感情も含まず、そう言いました。
「そうですか。それならよかったです。では、行きましょうか」
その言葉だけでも、とても嬉しく思えます。
田中さんの手を取り、態々人通りのない道を選んで歩く。
田中さんは周りを見渡しながら、私を見て、何度もため息を吐いていましたが、気にしませんでした。
奥の方に進み、本当に誰も来ないような場所で田中さんの方に振り返る。
田中さんの手を胸のあたりで強く握って私は言いました。
「さあ、私を殺してください」
田中さんは私がそう言うたびに、いつも悲しそうに笑いながら首を横に振るのだった。
田中さんは彼女のことが好きだけど、彼女は人を殺している誰かが好きなだけで、田中さんはそのために人を殺している。




