フリージアの花言葉
フリージアの花言葉:憧れ
気味悪い絵を見た。テレビの何かの特集だった気がするが、何の特集だったか覚えていない。
その絵だけが今でも頭の中に残っている。
その絵は、光のない目をした子供がどこかの家の窓の前に立っている絵だった。
幼い子供の後ろに描かれた少し大きな目の窓には黒い無数の手が子供の周りを中心に窓に張り付いているみたいな感じで描かれていた。
リアルに描かれていたせいか本当に気味が悪くて、でも目を逸らすことはできなかった。
呪いの絵の一つだとテレビの司会者か誰かが言っていた記憶がある。
その絵を見たとき感じたのは気味の悪さとそんな絵を描ける人への羨望。
それから恐怖とほんの少しだけの興奮だった。
いろんな色を使い分けて描かれてあったその絵を見ながら僕は確かに描いた人に対して憧れた。
それが呪いの絵と呼ばれている気味の悪いものでもあるにもかかわらずだ。
僕は絵を描くことが好きだった。
絵を描くことが好きというよりはただ、色が好きだった。
赤色、青色、黄色、白色、紫色、緑色、茶色、黄緑色、黒色、灰色、桃色、橙色、金色、銀色、銀鼠色、紺色、肌色、水色、赤紫色、山吹色、黄土色、鼠色、小麦色、栗色、薔薇色、群青色、桜色、杜若色、草色、桔梗色、芥子色、柿色、杏色、小豆色、青竹色、若竹色、真紅、薄紅色、砂色、卵色、蒲公英色、土色、鉄色、鉄黒色、鉄紺色、向日葵色、藍色、茜色、菖蒲色、黄丹色、勝色、樺色、生成色、朽葉色、琥珀色、桜色、錆色、珊瑚色、墨色、菫色。
満遍なくどんな色も好きだった。
幼い頃、芸大に通っていた従兄弟に会うたびにいろんな絵を見せられ、その絵についての魅力を熱弁されていた頃から絵を描くために必要な色が好きだった。
それと同時にその頃から画家という職業の人にも憧れを抱いた。
あか色を使うと言っても、そんなあかの中にもたくさんの種類があって、色が異なって見えるのに絵を描ける人はそれの違いをわかりながら使い分けられる。そんな人たちに憧れた。
だから、呪いの絵と紹介されたそれに僕は完全に惹きつけられたのは仕方ないことだったと思う。
ジョット・フラ=アンジュリコ・レオナルド=ダ=ヴィンチらが描いた最後の晩餐もミケランジェロのアダムの創造もラファエロの大公の聖母も他の画家が描いた絵も忘れるくらいその時、その絵に魅了されたのだ。
一つのことに集中するとその他のことを忘れてしまうのは僕の悪い癖である。
その時もそうなっていた。
テレビの中で皆がその絵に対して恐怖だったり、気味悪がったりしているのにもかかわらず、自分も確かにその絵に対して恐怖したにもかかわらず、あの絵をじっと穴が開くんじゃないかと言うくらい熱心に見続けていた。
その絵を思い出せと言われたらはっきりと思い出せるほどに真剣に見続けた。
そのテレビ番組が終わると、僕はいてもたってもいられないくらいに頭の中で色が浮かび上がってきた。
赤、赤黒い色が。
僕は自分の部屋の隣にある二階の僕の物であふれている物置に駆け込んだ。
物置の隅のほうにおいてあるスケッチブックを手に取ると私はその色をどうにか形にしようとした。
色鉛筆で、絵の具で、他にもいろいろ試しながら描いていく。
だけど、何枚も描き続けてもなぜか中途半端な絵になる。
何かが、足りなかった。その何かが何なのか僕にはわからなくて、苛々して、衝動的にその絵を破いてしまった。
ちりぢりばらばらになった紙をゴミ箱に落とす。
赤黒い色と白がとても綺麗なコントラストだと思いながらそのゴミ箱から目を逸らした。
いつもなら、どれだけ頭に浮かぶ色が形にならなくても破ったことはなかったのに、と舌打ちをする。
その舌打ちは半分ほど無意識だった。
今でも、その時の色を形にできなくてほとんど忘れてしまおうと思いかけている。
時々、ふと思い出すけど、もう描こうとは思わなくなっていたからだ。
それはもう自分の中で諦めていると言っても間違っていなかった。
どうしようもないことに何時までも囚われていても意味がないと思ったからの判断でもあった。
でも、そんな風に思っていたときある絵に出合った。
真紅と紅、紅赤、トマトレッド、シグナルレッド、カーマイン、コチニールレッド、ストロベリーを使って描かれた曼殊沙華と黒、墨色、スレートグレイ、チャコールグレイ、鉄黒、ランプブラックで描かれたカラスが白い空を飛び回る絵で、どうしてかその絵を見たとき自分の中で諦めていた色を形にされたような気分になった。
それぐらいその絵は僕の心に残った。
その絵に出合ったのは従兄弟の家に久々に足を踏み入れた日のことだった。
久しぶりに会っても、何日も会い続けてもほとんど挨拶だけで会話が終わってしまう僕たちは挨拶が終わった後は、従兄弟の部屋で絵を見るのが常だった。
従兄弟の部屋に久しぶりに足を踏み入れても何も感じなかったのだが、前来たときとは明らかに違うところがあってつい踏み入れた足が止まる。
従兄弟の部屋の真ん中に描き途中なのかたくさんの色が残っているパレットと太さの違う筆と一緒に大きな画用紙があったからだ。
それを部屋に踏み込んでから見たせいか、従兄弟の部屋に本当に入って良いのかと不安になった。作業中ならあまり勝手に入られていい気分はしないものだとわかっているからだ。
僕がそこから動けないでいるのに気付いたのか従兄弟がどこか自慢げに
「こっち来て見てみな。すごく絵、上手いから。友達が描いたものなんだけど、見るくらいなら何も言わない、と思う」
そう言った。
最後のほうは濁しながら言っていたせいか聞き取りづらかったけど、とにかくその絵を見てもいいと許可を出せれたのにひどく安心して部屋に入る。
近くでその絵を見たときの驚きは今でも覚えている気がする。
「な?上手いだろ?」
従兄弟の言葉に無言で何回も頷いた記憶がある。
その後に従兄弟がその絵についての説明をしてくれたがほぼ聞き流していた。
それだけその絵を目に焼き付けようとしていたんだろうと思う。
驚くほど自分の中の色を描いた人に興味を持った。普段、あまり人にかかわろうとしない自分が、だ。
「この人ってどこに住んでるの?途中ってことはまたここに来るんだよね?」
従兄弟の話をさえぎるように聞けば、従兄弟は呆れたようにため息を吐いてから、それでも質問には答えてくれる。
多分、僕がまったく話を聞いていなかったことに対してのため息だと思う。
それでも、律儀に答えてくれる従兄弟は僕の性格をよくわかっていると思った。
「家はここから遠いから多分、遊びに行けないと思うぞ。んで、ここに来るかって質問には、一応はいって答えとく」
「なんで、一応?」
従兄弟の曖昧な返事に少し苛々しながら聞く。
答えたことに対してもう少し感謝しろと愚痴るように言ってから従兄弟は嫌な笑みを浮かべて僕が聞き返した言葉に答えた。
「だってそれ描いたやつ、今この家にいるからな」
その言葉を聞いた瞬間、従兄弟に居場所を教えろとせがんだのは当たり前だった。
それくらいあの絵に出合ったことは奇跡に近くて、あれだけ僕の中の色を形にできた人を知らなかった。
初めて、画家でもない人に焦がれるくらいに、あの絵は僕の心を奪ったのだ。
昔、部活で書いたやつ




