私と桜ノ宮くん
町の外れにある廃校になったまま放置された学校に忍び込んで、私と彼は対面していた。
二週間ぶりに顔を合わせた彼は、切れ長の目の下にはくっきりとした隈を作り、血色のよかった健康的な肌が病み上がりかと思う青白い肌になっている。
体の線を隠すためなのか、ぶかぶかの上着を着ているが、二週間前よりも痩せているのが隠せていない。
黒曜石の眼球がすがるようにじっと此方を見ているが、何も話そうとはしない。
静かな空間は、酷く気まずい。
手を後ろで組み、顔を伏せて彼の顔を見ないようにして彼が話すのを待つ。
遠くで聞こえる子どものはしゃぐ声が、どこか遠くの世界みたいに思った。
「藤宮さん」
彼が、息を吐くように小さく呟いた。
漸く、言葉を発した彼を窺うように見る。
彼は服の裾を指先で弄りながら、それ以上何も言おうとしなくなった。
何だか、じれったいと思い始めた私は唇を一度噛んでから口を開く。
「わざわざ友達に頼んで、こんな場所に呼び出すなんて、何の用かな? 桜ノ宮くん」
彼はその言葉を聞いて、怯えたように目を彷徨わせてから手を強く握った。
どうして、そんなに怯えるのか分からず、首を傾げる。
クラスで話している彼はもっと明るくて自信に満ちているように見えていたのに、今の彼はまったくの別人のようだ。
「……ごめん」
「……違う、謝って欲しいわけじゃあない。どうして呼び出したのか聞きたいの」
苛々する。
彼がはっきりしないから余計に。
どうして、怯えるの? どうして、すがるような目で見るの? どうして、私だけそんな態度なの? どうして、が積み重なって不安になる。
「ごめん」
また、謝った彼の態度に我慢の限界がきた。
元々、私は短気なのだ。苛々と不安を両方抱えて我慢できるほど大人でもない。
「私、貴方みたいな人、嫌い!」
勢いに任せて、思ったことをぶつける。
すぐにしまった、と思ったが、相手を思いやるほど余裕がなく、心の中で自分に対しての言い訳ばかりを考えていた。
ガタンッと何かが地面に落ちた音で、漸く彼の方を見た。
彼はうまく息を吸うことができていないのか、背中を丸めてその場にしゃがみ込み、右手で心臓辺りの服を力強く握りながら肩を大きく上下させ、苦しそうに呼吸を繰り返していた。
パクパクと死にかけの魚のように喘ぐ姿は弱弱しく見えて、そのまま死ぬかもしれないと恐怖する。
「桜ノ宮くん?」
急に過呼吸になった彼に近寄って背中を撫でてようと駆け寄る。
過呼吸の人を見るのは初めてではないが、自分しかいない状況というのは初めてだった。
だから、余計に焦る。
彼の横にしゃがみ、背中に手をあてる。
背中に手があたったからか彼は、私が傍に来たことに気付いて、顔を上げて此方を見た。
呼吸ができていない苦しさからか、涙の膜が彼の瞳の中にあるのが見える。
「ご、めん。き、らわ、ないで」
こぼれ出た一筋の涙が、天井の蛍光灯の光を受けて、きらきらと輝くのを見ながら、私は頷いていた。
このまま、首を横に振ると彼は死んでしまいそうだったから。
その返事に嬉しそうな顔をして笑った彼の顔をひっぱたきたくなったが、その思考をすぐに頭から削除した。
だんだん、落ち着いてくる彼の呼吸に安心しているフリをしながら、私は彼の背中を撫で続けた。
好きな人に拒絶されると息ができなくなる桜ノ宮くんと、そんな彼を鬱陶しいと思いながらも拒絶しきれない主人公。