鏡の向こう
昔、書いたやつ
海岸沿いの今にも崩れ落ちそうな崖の上にクオは、母親に唯一渡されたボールペンの長さくらいあるボイスレコーダーを片手に座り込んでいた。
崖の下から吹いてくる風に身を震わせながらクオは、どうして自分はこんなところにいるのだったかを思い出そうとした。
だが、思い出そうとした記憶だけ靄がかかっているみたいに実態を掴めない。
思い出せないのなら仕方ないかとクオはすぐに考えるのを止めて、手の中にあるボイスレコーダーをペン回しの要領でくるくると回す。
さすがに、こんな場所では他にすることはない。
死にたいのなら寝ることを選択肢に入れることもできるだろうがクオは自殺志願者ではないので、することも少なくなる。
ペン回しは一度、綺麗に回れば後は同じように回すだけのクオにとっては単純な行為だ。
幼なじみのノエルはすぐに諦めるかもしれない。
いや、ノエルは必死に真似しようとするかも、と思う。
マックは絶対に邪魔してくる。
仲良しだった幼なじみや同級生を思い出しながらボイスレコーダーを回して暇潰しをしていた時、偶然、昨日降った雨のせいでできた水溜まりにピジョンブラッドのような濃い赤い髪が映っていることに気づく。
それを横目に見て、ふふ、と笑みをこぼした。
その姿は親に嫌われたクオの鏡の向こう側の自分。
相手もクオの視線に気付いているはずなのに、視線が交わらなかった。
「……別に、怒ってないよ?」
水溜まりを覗き込みながらクオが呟くと、ようやくリアムはクオの方を見た。
久しぶりに喋ったからか、声が掠れて数度咳をしてしまったクオの様子を心配しているリアムに「大丈夫」とだけ返す。
相手は安心したのか小さく息を吐いてから、キッとクオを睨んだ。
「謝らないから」
「だって、悪いのはあいつらの方だ」
「お前だって、限界だっただろ」
「だから」
その言葉の合間合間にクオは微笑みながら「うん」とだけ相づちを打つ。
「……分かってるよ。お前が俺を心配してくれたこと。だから、泣くな」
その言葉に体を強ばらせたリアムは、さっきより力強くクオを睨み、半ば叫ぶように言った。
「俺が泣くわけねぇだろうが、死ね!」
その暴言を笑いながら聞き流し、クオは呟く。
「これから、どこ行くの」
ぴったりと水溜まりに体をくっつけて、リアムの肩にもたれ掛かるような体勢になる。
そうすると安心して眠くなってきたクオは、一度大きく欠伸をした。
「……別に。どこでもいい」
リアムも眠そうに目を擦りながら、答える。
「そう」と返事をしたとき、指先に当たった固い物の感触にボイスレコーダーがあったことを思い出した。
それを特に何も考えず、クオはスイッチをいれた。
聞こえてきたのは、愛の言葉。
「I love you more than words can say.(言葉にならないくらい好き)」
「You're the most important person to me.(あなたは私にとって一番大切な人)」
「Be happy together.(一緒に幸せになろう)」
その言葉を聞いて、何故か涙がこぼれ落ちた。
鏡のように自分の姿が映るような場所が、違う世界の自分と繋がっているって設定




