白の町
十色の町 2
二章 白の町
外は雪で覆われ、見渡す限りが白だった。
その色の無さに驚いて、口をぽかりと開ける。
勿論、建物も白い。
だから、どこからが雪で、どこからが建物なのか遠くから見れば分からなかった。
自分の町とは違う風景に戸惑いと物珍しさを抱きながら、辺りを確認するように見る。
真っ白な町の風景に紫と黒は目立つみたいで、周りを見ていると何人かの町の人と目が合った。
マキちゃんは僕が興味を持っていることに安心したのか、息を吐き出した後、一瞬だけ笑ったように見えた。
見えただけで本当に笑ったのかは分からない。
「今日は、マザーの友達の家に泊まることになっているから」
周りを見渡しながら歩いている僕とは違い、自分の町のように落ち着いた雰囲気のマキちゃんの言葉に首を傾げる。
「友達?」
その疑問にマキちゃんは、「正確にはマザーの友達の一人暮らししている息子さんの家」と訂正を入れる。
それは本当に大丈夫なのかとは、言えなかった。
真っ白な道を歩きながら、目的地まで向かう。
マキちゃんは迷う様子も無く、前を歩き続けているが、僕なら数分で迷子になる気がした。
それほどまでに、白い世界は分かりにくい。
境界線が曖昧なのだ。
しかも、雪で覆われているところもあるから、本当の道や建物がどこにあるのか分からない。
「着いたよ」
ぐるぐると同じ場著を歩いているような気持ちになりかけていた時、タイミングよく到着を知らされる。
「ここ?」
目の前にあるのは普通の一軒家だ。
一人暮らしをしていると言っていたからマンションを想像していたので驚く。
真っ白な家の玄関のドアノブだけ存在を主張するように薄い水色をしていた。
インターホンのような便利なものは無く、マキちゃんは玄関の扉を強く叩きながら来客が来たことを知らせる。
五回ほど叩いたところで、中から急いで此方に駆け寄ってくる音が聞こえた。
その音を聞いたマキちゃんと二人、玄関から少し離れた場所で相手が出てくるのを待つ。
「どちら様ですか?」
中から出てきたのは、水色の髪をした年上だろう男の人だった。
当然、白髪の人が出てくると思っていたので驚く。
相手は此方が何かを言う前に、納得したように頷いて中に入るよう促した。
中は暖かく、着ていたダウンジャケット脱ぎながら、そっと息を吐く。正直、自分の町より寒いとは思わなかった。
マキちゃんもコートを脱いで、家の中の暖かさに安心しているのが分かった。
水色の髪をした男の人は、此方を観察するように、じっと見てから、言葉を発した。
「カヨさんの息子さんとその友人であっているな?」
その言葉に二人揃って頷く。
それを確認すると男の人は、安心したように笑った。
「私の名前はナシオ。この国の騎士団に所属している」
その言葉に首をかしげたのは僕だけだった。
マキちゃんは凄いですねと賞賛の言葉を言っているから、当たり前のことなのだろうか。
「町ではなく、国の仕事をしている人って本当にいるんだ」
基本的に町の外に出ることがない紫の町の住人は、誰しもが町の仕事に就く。
だから、国の仕事をする町の人は片手で数えられるくらいしかいない。
だから国に仕えると言ったナシオさんの言葉に驚いたのだ。僕の独り言にマキちゃんは笑いながら呟く。
「……基本的に自分の町のこと以外、興味の無いからね。紫の町の人達は」
その言葉にナシオさんは、わけが分からないというように首を傾げながら、マキちゃんと僕を見ながら言った。
「国に仕える以外の仕事があることの方が、私には不思議だ」
その言葉にマキちゃんは楽しそうに笑い声を漏らした。
どこに笑う要素があったのか分からず、ナシオさんと一緒に首を傾げた。
僕たちの様子を見て、マキちゃんは更に笑う。
笑いすぎて、むせていた。ナシオさんは笑い続けるマキちゃんがいい加減に鬱陶しくなったのか、マキちゃんの頭を叩く。
「そんな風に、大きな口を開けながら笑うのははしたないぞ。それに、理由も無く笑うのは失礼だと思うが?」
強い力で叩かれたからか、頭を抑えながら蹲るマキちゃんにナシオさんはくどくどとお説教をし始める。
近くにいるから見えてないのだろうか。
蹲っているマキちゃんは笑いをこらえようと唇を噛んでいた。
それでも、笑うのは我慢できなかったのか、ニヤニヤと言う表現が似合う表情を浮かべている。
「……二度目の過ちは犯してはいけない。分かっているのか?」
ナシオさんは、もう一度頭を叩いてため息を吐く。
今度はそこまで強い力ではなかったのかマキちゃんは痛がった様子は無い。
漸く笑うのを止めたマキちゃんは、申し訳なさそうな表情を作りながらナシオさんに謝罪をする。
長年一緒にいたからか、まったく反省していないのが分かって複雑だった。
「すみません。違う町というだけで、ここまで違っているのが面白くてつい」
その言葉にナシオさんは眉を寄せて、マキちゃんを見た。
そんな反応をされると分かっていたのか、マキちゃんは綺麗に微笑んだ後、「おじゃまします」と勝手に中に入っていた。
その後をナシオさんが追いかける。
僕もナシオさんの後からついて行った。
マキちゃんは豪華な装飾で飾り付けられたリビングにある白いソファーに座る。
失礼な態度ではないのだろうかとナシオさんを見たが、ナシオさんは気にした様子を見せず、マキちゃんの前に置いてある一人かけようのソファーに腰を下ろした。
僕も恐る恐るマキちゃんの隣に腰を下ろす。
全員が座ったのを確認すると、マキちゃんは僕を指差して、さっき笑った理由の説明をし始めた。
急に、指差すのは対処に困るから止めて欲しい。
「こいつは秋国にある紫の町出身です。秋の国は紫のほかに赤、黄、橙の町があります。秋国が大きいのは町が多いからだと言う人もいたりしますが、冬国の隣の春国には桃の町しかないのに二番目に大きい国なので、その考えは間違えです。秋国の左隣が冬国になります。一番、秋に近いのは俺の町である黒の町です。黒の町の斜め左にあるのが今いる白の町です」
ナシオさんと僕はマキちゃんの言葉に頷く。
国や町がどこにあるのかはおおよそだったら誰でも分かるのに、どうして国の説明からするのだろうか。
そう疑問に思いながらも、マキちゃんの説明に口は出さない。
「国は違うけれど、町としては他の町に比べて近い場所にあります。だけど、紫の町と白の町では考え方が似ているようで、まるっきり違っています」
マキちゃんは僕を指差していた手を下ろし、手を組みながら言葉を続ける。
「まずは、紫の町。この町は、ゲームやアトラクションが好きなため、町全体が一つのアトラクションであり、クリアするべきゲーム要素を含んでいます。国に忠誠を誓うことは無く、自分の町が一番という考えが一般的と言うよりは、ゲームの中で設定された場所以外いけないのと同じで、町から出ることはバグだと考えています。バグと言うのは、システムの欠陥のことだと思ってください。友情や恋愛、果ては働き先まで好感度をあげるためのゲームと同じです。勿論、自分の持っている特技や趣味でさえ、スキルとして扱います」
当たり前のことだと思っていたことだから、紫の町を強調されて驚く。
ナシオさんもマキちゃんの説明を聞きながら、驚いたように目を見開いていた。
「本当に、そんな町があるのか?」
小さく呟かれた言葉に、マキちゃんは笑いながら頷く。
ナシオさんが呟いた言葉の意味をうまく把握できていない僕とは違い、マキちゃんは白の町のことを分かっているからナシオさんの言葉の意味を理解できるのだと思う。
「次は白の町のことですね。この町は、王族が集まる銀の町が隣にあるため、騎士や爵位持ちが多い町です。どこの町よりも国に忠誠を誓っており、全ての行動が国のため。男は外で戦うために生まれ、女は家を守るためにいる。自分の命は国のためにあり、自分の知識は国を助けるためにある。白と言う色も自分の意思が穢れのない思いだから、神から与えられたものだと思っている人もいるみたいだ」
ナシオさんは、当たり前のことだろうと言いたげな雰囲気を身にまとわせながら頷いている。
僕は紫の町とは違い、白の町の説明に現実味が無く、本当のことを言っているのか疑ってしまった。
紫の町の説明を聞いていた時は、驚きと興味が勝っていたナシオさんも、僕と同じように自分の町の説明を聞いている時は少し嬉しそうだった。
マキちゃんは、そんな様子のナシオさんを見て、少し言いよどんでから、言葉を声に出した。
「だから、不思議なんです。他の町の色を持っているナシオさんが」
その言葉にナシオさんは、何も言わず笑うだけで答える。
マキちゃんの瞳が不愉快そうに歪められた。
もしかしたら、苛立ちのまま殴るかも知れないと恐怖したが、マキちゃんはさっきの言った言葉が嘘だったかのように話題を元に戻して、話を続ける。
「紫の町の人は生きる中での中心が自分なのに対して、白い町の人の生きる中で中心にあるのは国なのが既に、二つの町の違いだけど、本当の違いは……」
マキちゃんの言葉が途中で途切れる。
話の途中で寝そうになるなんて、駄目だと分かっていても船の中で寝ていなかったから、眠さに勝てそうに無い。
ソファーの肘掛にもたれかかるように、体が傾く。
目蓋がゆるゆると下りてきて、目の前が真っ黒になった。
二人の話し声が聞こえるが何て言っているのかは分からない。
そのまま、僕の意識は闇の中に落ちた。
手のひらで口元を隠しながら笑っている、目の前に座っている黒を見る。
眠り込んでしまった紫を横目に、彼の手のひらで隠された口元の笑みに不快感を抱く。
彼の笑い方は馬鹿にされているように感じるから、嫌いだ。
彼は、私が不快感を抱いているのに気づくと、すぐに笑うのを止めて、此方を見る。
「船の中でも緊張して寝れてなかったようだから、寝かせてくれるとありがたいけど」
その言葉に、黙って頷く。
顔を見た時から疲労しているのが分かっていたから、休ませてやりたいと思うのは当然だ。
それは、別にかまわない。ここで断って得することはない。
「……綺麗な水色ですよね、その髪」
さっきとは違い、羨ましげに呟かれた言葉に眉を寄せる。
こんな髪が綺麗だなんておかしい。本当に綺麗なのは白い髪を持ったこの町の人達のほうだ。
「そんな睨まないでください。馬鹿にしているわけではないので。だって、貴方はこの町の人達が持っている髪色と瞳の色が逆になっただけなのだし。片方の目だけですが」
口元を上げるだけの笑みに、ぐっと手を握る。
彼は分かっているのだ。
私の母親が青の町の住人であることも、この白く見える瞳に殆ど視力が無いことも。
「そんなに警戒しないでください。俺はただ純粋に知りたいだけなので。目が見えないということでどんな感情を抱いてきたのか、とかね」
本当に嫌なガキだ。自分の言葉が、どんな影響を与えるのかも教えられてきたのだろうか。
それとも、黒の町の住人は全員こんな奴らばかりなのだろうか。
「他の町に行くことになっても、黒の町だけは行きたくないな」
ポツリッと本音を漏らす。
その言葉を聞いた黒は怒り出すと思っていたが、にこやかに微笑みながら言った。
「その方が良いかもね。あの町は、知識を求めてきたプライドや他の町に対する優越感を抱いている奴らが少なからずいるから」
その言葉に、疑問が生まれる。
彼のサングラス越しの瞳が、悲しそうにゆがんだように見えたからだ。気のせいだろうが。
「お前にとって、黒の町は大事ではないのか」
頭に浮かんだ疑問を、そのまま口に出す。
彼は、へたくそな笑みを浮かべながら答えた。
彼らが来て、初めて本当の彼の姿を見たような気がする。
「俺にとって黒の町は、誇るべき場所であり、知識を満たす場所であり、大切な故郷であり、自分の無知がどれだけ恥ずかしいことか教えてくれた場所であり……差別されるためだけの場所だ」
ずれたサングラスの隙間から、青い瞳が此方を見ていた。




