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弱い虫

 大きな、アラームの音が聞こえて目を開けた。

 普段と同じように近くにある電子置時計を手に取ろうと左腕を伸ばした時、見覚えのない白が目に映る。昨日、医者に巻かれた包帯だと気づくのに少しの時間がかかった。ぐ、と左手の指を曲げてみれば包帯の巻かれた左手首から痛みを感じた。それが夢でないことの確かな証だった。


 だるくて重く感じる体をなんとか起こして回りを見渡せば、部屋の惨状が薄暗い闇の中でも見えた。ぐちゃぐちゃに放り出された教科書やノート。バラバラに切り裂かれた部活の皆で撮った写真。昨日、着ていた制服も普段使っている鞄も使っていない鞄も床の上に散らばっている。唯一、何もされてなかったのは部屋の隅っこの方に積み上げられている小説や漫画だけだった。一昨日と同じ状態である。

 昨日の自分が、本や教科書やノートに何もしてなくて良かった、と安堵する。ぐちゃぐちゃに放り出された教科書やノートはページや表紙が折れているが使える状態だと分かる。昨日の記憶が朧気で不安になっていたが、ちゃんと限度を理解するだけ理性があったようで安心した。

 遠くの方で、誰かの車の音がした。もう皆、動きだし始めたのかと思うとため息しかでない。

「……しんどい」

 頭も身体も悲鳴をあげるように痛みを訴えたが、無視して起き上がる。

 小説や漫画が積み上げられたその横に人形のように体を投げ出して座り込んでいたもう一人の自分が、ゆるりと頭だけを起こしてこちらを見た。

『そんなこと、言ってないで早く支度すれば?』

 その言葉を聞きながら自分はその場から動けなかった。傷が左手首だけだから身体がちゃんと動くことぐらい分かっている。それでも、動けなかった。

『遅刻する気?』

嘲るような顔で、もう一人の自分が言葉を続ける。

「……だるい」

 それを無視して、背中から後ろに倒れる。柔らかい掛け布団に体が沈んでいった。左手首は、動かすたびに相変わらず痛みを訴えている。

『そんなんで良いと思ってるの?』

「分かってる、駄目ってことくらい」

右手で目を覆うように顔を隠す。もう一人の自分の表情が見えなくなった。

『弱虫。本当は、怖いくせに』

『強がって、溜め込んで、何か良いことでもあった?』

『友達だって言ってるのに信用できないの?』

『彼女は私を助けてくれないけど、立てるように支えてくれるのに』


「うるさい!!!」


 枕を振り上げて、叩きつけた。ばんっと音が部屋の中で反響する。


『そうやって逃げるんだ』

いつの間に現れたのか、けらけらと声をあげながら『彼女』が笑った。


ひ、と息を飲む。彼女はそんな自分を見ながら尚更、笑っていた。


『私のことを信じれないって目を反らして、相談することを躊躇して、曖昧な笑みを浮かべて助かったって思ったの?』


「うるさい、うるさい、うるさい」


耳に手を当てて首を何度も横に振る。『彼女』は、そんな私を冷たい目で見ていた。


『弱虫』


そう言い捨てて、もう一人の自分も、『彼女』も見えなくなった。


布団に突っ伏して、私は笑みを浮かべて呟く。


「知ってる」



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