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03


「梓のこと、だよね」


 その言葉に秋は頷きながら、飴玉の包装紙を破いて口に含む。


甘いものが好きではない秋のためのコーヒー味の飴玉は、幼馴染がわざわざ秋のために、送ってくるものだった。


その飴玉を口に含んだまま、秋は言葉を紡ぐ。


「……梓君はさ、人との触れ合いが不慣れなんだと思う」


 突然言われた言葉に、返事が浮かばず、黙ったまま秋の言葉を聞く。


秋は気にした様子もなく、言葉を続けた。


「話しかけるたびに、返事が出来なくて涙目になってる。頭を撫でようと手を伸ばしたら、びくつく。目だって、一度も合ったことがない。オモチャに話しかける時は大丈夫なのに、人になると本当に駄目になるみたい」



まだ、話しかけたことがない俺とは違い、秋は梓に話しかけたことがあるようだ。


新しく病棟に来る患者には、すぐに話しかけに行く秋の行動に感服する。


秋は、梓と話したことを思い出しているのか、視線を少し上に固定しながら、小さな声で呟いた。


「……親のせい、かな……」


そう言ってから、秋は口の中飴玉を噛み砕く。


ガリッと飴玉を噛み砕いた音が小さく聞こえた。


自分の言いたいことだけ言って、自己完結のように話を終わらせるのは秋の悪い癖だ。


ガリガリッと飴玉を噛み砕く音を響かせながら、何も言おうとしない秋から視線を逸らす。


何を言えばいいのか考えながら、視線を彷徨わせていると、机の上に置いているファイルが目に入った。


「紫の花咲病は」


机の上に置いているファイルを手に取り、花咲病のページを探しながら、俺は特に考えも無く言葉を続ける。


「どうして発病すると思う?」


紫の花咲病の資料を見つけ、その資料を右手でなぞる。


俺の言葉が予想外だったのか、秋は不思議そうな声音で言った。


「発病する原因なんてあるの? 研究結果?」


紫の花咲病が開花した状態で無理矢理笑っている、痛々しい昔の患者の写真を撫でながら、俺は首を横に振る。


「いいや、自説。研究する時間が勿体ないらしいから、調べたことはない」


俺の言葉の何が嫌だったのか、秋は怒ったような声音で「ふーん」と短く相槌を打つだけで、黙ってしまった。


その様子を不思議に思いながら、写真の下に書かれている文字をなぞり、前々から考えていたことを頭の中で整理しつつ、言葉にしてみる。


「例えば、身体的虐待、性的虐待、育児放棄、情緒的虐待、いじめ、喝上げ、殺害、強盗、放火、喧嘩、事故」


途中で言うのを止めたからか、秋が「何それ、呪文?」と意味の分からない言葉の羅列に苦笑したのが雰囲気で分かった。


ファイルから、秋の方に視線を移し、「の場面を見たことがある人」と言葉を付け加えれば、秋は俺が言いたいことが分かったらしく、曖昧に笑いながら言った。


「見たくない、と思い込む故に罹ったって言いたいのか」


その言葉に俺は微笑みながら、頷く。説明が下手だから、言葉が少なくても理解してくれる友人に感謝だ。


そう思いながら笑っていると、秋が「あのさ」と前置きしてから、問いかけてきた。


「その理由なら、紫の花咲病は理解できなくもないけど。……じゃあ、黄や桃の理由は?」


その問いかけは、半ば予想していたものだった。ファイルを閉じ、机の上に戻しながら答える。


「黄は声に対するコンプレックスとかトラウマ。話すことが駄目な子が多いし。桃は、紫の人達が見る事だったのを実際に体験したトラウマ。身内へのコンプレックスとか。自身への嫌悪感が強いのは、そのせいだと思う。……まあ、無理矢理な考えだって分かっているけどね」


 俺の言葉に「確かに、無理矢理だよね」と笑いながら言った秋は、俺の言葉を聞いて何かを思い出したのか、小さく「あ」と声を漏らした。その言葉に、今度は俺が首を傾げて問いかけた。


「どうかした?」


俺の問いかけに、秋は笑いながら言った。


その言葉の内容は、あまり触れて欲しくなかったことだった。


「そう言えば、上の連中の中に一種の精神病じゃないかって、言ってた奴いたかも知れない。あれ、佳樹の考えと一緒ってことだろ?」


その言葉に、視線を少し逸らしながら俺は「そうだね」と頷く。


その態度で、大体のことを理解した秋がため息を吐いた。


そのため息は、俺が何度も同じことを繰り返していることへの心配か、失望か。

それが分かってしまうから申し訳ない。


「佳樹は馬鹿だよ」


呆れたように呟く秋に、言い返す言葉がなくて黙り込む。


何か言い返して欲しかったのか、俺が黙り込んでからも秋は同じことを少し大きな声で繰り返した。


「馬鹿だ、馬鹿だ。馬鹿すぎる」


その言葉に頷いたら、さらに怒るんだろうな。


そう思いながら、逃げ道を探すように視線を彷徨わせた。


頭の中で話題を探すが、話題に出せる話が少なすぎることに気づき、あまり話題に出したくない話を持ち出すことにした。


「……そう言えば、三〇二号室の子が一人いなくなったって聞いたけど、誰のことなの?」


無理矢理に話題を逸らしすぎたかな、と心の中で思いながら秋の様子を窺う。


秋は仕方がないと今にも言いそうな表情で、俺の無理矢理な話題転換に乗ってくれた。


「湖上南ちゃんだよ。彼女の病気は命の危険があるわけでも日常生活に支障があるわけでもないから、データだけ取らせてもらうって理由で病棟にいたからね」


名前を聞いても顔が曖昧で思い出すことができないのに、彼女の病気のことだけ間違えることなく覚えている自分が嫌になる。


「あの髪の色が変わる子だよね。確かに、他の病気に比べて比較的安全だったけど」


そう言いながら、彼女の顔を思い浮かべようとして失敗する。姿も声も思い出すことはできなかった。


そんな風に彼女のことをうまく思い出せないことなど知らず、秋は俺の言葉に頷きながら言葉を続けた。


「進行の具合でまた呼び出すかもしれないけど、今のところは薬も効いてるらしいから問題ないと思うよ」


秋の言葉に安心する。安全な病気といっても、何が起こるか分からないから少し心配だったのだ。


いまだに思い出せてないが。


「……まあ、病棟外の患者のことを気にしすぎていても仕方ないよ。あんまり考えすぎてると、あの人みたいになるよ」


秋は病棟にいる患者には優しいが、病棟から出て行った人達に対しては少し厳しくなる。


その態度の違いは、外の人達も大切にしていた同僚が辿った末路を恐れているのではなく、元々の気質だから何も言うことが出来ない。去る者は追わず、来る者は拒まずの言葉が合いすぎているから困る。


「うじうじ悩んだって、しょうがないって」


俺が黙ってしまったのを落ち込んでいると勘違いした秋が、元気付けようと少し大きな声でそう言った。


その言葉に笑いながら頷く。


「そうだね。考えても仕方ないよね」


秋は左耳に触れながら、照れるのを誤魔化すように少し早口で言葉を続けた。


「そうだよ。それに、こんな話をするために来たわけじゃないし」


その言葉に驚く。

何の目的もなく来たのだと思っていたのだが、違ったらしい。


「目的あったんだ」


思ったことを口に出すと、秋はぱちくりと目を見開いて言った。


「遊びに来ただけだとでも思ってたのかよ」


その言葉に素直に「ごめん」と謝る。


秋が何の目的もなく遊びに来る方が多くて、目的があったとは考えもしなかった。


俺の言葉に、秋は納得したように頷きながら言う。


「まあ、いつもの行動から考えればそれも仕方ないか」


自覚あったんだ、と言いそうになって慌てて口を閉じる。


これ以上、脱線しないようにと思ったからだ。


秋は、俺が黙り込んだのに気づき、目的を話し出した。


「お前にさ、梓を会わせようと思って。どうせ、遅かれ早かれ会うんだから、今から会っても問題ないだろ。……あ、梓にお前を会わすんじゃなくて、お前に梓を会わせるってとこが、ポイントだから」


話が終わると秋は、ビシッと俺の頭にチョップをして笑った。


その笑みは、何だか子どもっぽい笑みだった。普段、大人っぽいとかクールだとか言われているから、そのギャップが女の人達に好かれる原因の一つだって気づいているのかな。


気づいていないんだろうな、と心の中で思いながら秋を見る。秋は、俺の視線に気づいて不思議そうに首を傾げた。


だが、俺が首を横に振って何でもないと示すと、秋は気にした様子もなく「そう」と呟いてから、部屋から出て行こうとする。


「今から行くんだ、本当に」


立ち上がって、部屋から出て行く秋の背中を追いかけるように俺も部屋から出て行く。


部屋の扉を閉める前に部屋の中を覗いて、入るときまでと違わないか確認してから扉を閉める。


その行動をしている間に、既に姿が見えなくなった秋を追いかけるために早足で廊下を歩いた。


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