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想い人

高校一年の時に書いた話を直してみた。


赤い紅い夕暮れの時間帯に一人の少年は突然姿を消した。


赤い血の水溜りだけを残して。


それは、ある一人の少年に大きな傷をつけ


ある一人の少女に幸せをもたらした出来事だった。


壊れていたのは少女?


それとも……。




 ミーンミーンと鳴く蝉の声。


 教室の窓際に席がある俺にとってその声はすこし、うるさく感じた。


 学校の近くに森があるせいだなと思うが、こればかりはどうしようもない。


なんてくだらないことを考えていたのが原因で、黒板に書かれていく文字を写す気が無くなってしまう。


 蝉の声がうるさいから集中が切れたんだと心の中でもっともな理由をつけてから、持っていたシャーペンを広げていたノートの上においた。


 夏はどうも何もしたくなくなる。


 ボーッと外の景色を横目で見ながら早く終わらないかなと思っていると、タイミングよくブーブーと机に入れていたケータイが振るえた。


俺はついため息をはいてしまった。


メールを送ってきたのは俺より前に座っているはずの友人 岩鏡陸 だったからだ。


 ケータイを先生にばれないように開いてからメールの内容を見てみる。



「今日さ、放課後に旧校舎行ってみない? 面白い噂聞いてさ。ほかの人も誘ってみるけどお前は強制参加な。


りっくんより」



 いつもは絵文字や顔文字をいやというほど使っているのに陸もばれるのは嫌なのか時間をかけていないだろ黒文字のシンプルなメールだった。


最後の名前は、基本、無視すればいい。




 そのメールが俺達の日常の終わりを告げることになる始まりだったと誰が気づけただろうか。


勿論、そのときの俺は気づけるはずもなく



「はいはい、了解了解。部活あるから遅くなるけど、それくらい許せよ」



いつもなら止めるはずのことに簡単にうなずいてしまった。


 放課後になり、教室を出ていく俺と教室で何人かに声をかけている陸。


もしかしたら、知らない奴まで集まるかもな。


そう思いながら部室に急いだ。




 結局、部活が終わったのが遅かったためか俺が旧校舎に行ったときにはもうすでに三人の姿しかなかった。


「あー…、やっと来たよ」


俺が来たことに一番初めに気づいたのは、こげ茶色の短い髪の可愛らしい外見をした少女だった。


男子にモテそうな外見だと会うたびに思ってしまう。


そんな外見の少女は、なんと陸の幼馴染兼彼女だという。


名前は 八手椿 。


 八手の言葉に長い時間待たせていたことを知る。


「悪い。部活の先輩に絡まれていたから遅くなった」


言い訳みたいに聞こえるだろうと思いながら、遅れてきた理由を苦笑いしながら伝える。


すると、八手は理解したように「どんまい」

と言ってくれた。


俺の部活事情をよくご存知で。


だが、そんな彼女の隣で陸は泣き真似をしながら


「恭ってば俺との約束より先輩をとったのね。私、悲しい!」


そんなことを言い始める。


その悪ふざけに、心の中で「こいつ、まじで鬱陶しい」と思ってしまったのは当たり前の反応だと思っておく。


「あの、この人は?」


 そんな中で八手の服を少し引っ張りながら聞く知らない女の子。


いまどき珍しいみつあみで眼鏡のいかにも優等生ですという姿に、こんな格好の人まだいるんだな、と思いながらすこし興味が惹かれた。


陸達との会話のせいでうっかり忘れていたけど。


と、言うか気づいてなかった。


「あ、そっか。華は初対面だったね。この人はね 川柳恭 君。陸の友達だよ」


 ご丁寧に八手が俺の自己紹介をしてくれた。


自己紹介とか苦手だから心の中で感謝しておく。


八手から俺の名前を聞き、優等生スタイルの彼女は小さく何かを呟いていた。


何を言ったのかは、聞き取ることはできないほど小声だった。



「陸君の……」


 その後、なぜか一瞬ギロッと睨まれたような気がしたが、気のせいだと思いたい。


女の八手が睨まれるのなら分かるが、俺を睨んだ意味を理解したくないのだ。


そんな疑いは捨ててください。本当に。


そんなことを思いながら


「よろしく」



と手を差し出すと相手も笑いながら俺の手を握り


「よろしく。 荻野華 です」


と言ってくれたので安心した。


仲良くなるつもりはあるらしい。


演技でない、と思いたいだけだが。


「ねぇ」


その一言で、皆が陸の方を向いた。


「自己紹介も終わったし早く入ろうよ」


 一人蚊帳の外だった陸がそう言い扉の前に走っていく。


拗ねた顔を分かりやすく、していたから蚊帳の外が本当に嫌だったのだろう。


そして、扉のドアノブを握ろうとして何かを思い出したように動きを止めた。


「じゃあ、扉を……」


そこで、言葉も途切れる。


俺は、早く開けろよ、と思いながら陸を見ていた。


「恭が開けてね」


だから、ゆっくりとこちらを振り返り、笑顔でそう言葉を続けた時、完全に陸が開けるのだと思っていた俺は「えっ」と声を漏らしてしまう失態をした。


「何で俺が……」


 誤魔化すように文句を言うが拒否権がないことくらい分かっている。


渋々、扉に近づき、俺はドアノブに手をかけた。


 後ろで


「お化け出るかな?」


と言って騒ぐ陸とそれに呆れながらも


「お化けで騒ぐとか子供みたいよ」


と笑いながら言葉を返す八手に微笑ましい気持ちになる。


その中で、荻野は一人黙って監視するかのように俺の様子を見ていた。



今更ながら、いや最初からかもしれない不安だ。


はぁっとため息をはいてから、俺はゆっくり旧校舎の扉を開いた。


 一言で感想を言うのなら、汚いだった。


何年も使われてないせいか埃の臭いが鼻につく。


くもの巣が至るところに存在していることや壊れた建物の一部を見ると、本当に何か出てきそうな気がしてきた。


「わ、私やっぱり外で待ってるわ」


 怖いのか、汚いから行きたくないのか八手が中の様子を見てそう言った。


荻野も同じ思いのようで「私も」と下を向きながら言う。


女子には、耐えられない空間だろうから俺は何も言わずにいた。


「うーん……わかった。俺達だけで行ってくるね」


陸も無理強いするつもりはないのか笑顔で手を振りながら旧校舎に足を踏み入れている。


扉を開けるのためらったくせに一番に入るのかよと思いながら、俺も陸の後に続いて足を踏み入れた。


 結果から言えば旧校舎の中に特に面白いものはなかった。


定番のトイレも食堂も虫や鼠がいただけで、何も起きなかったし、たくさんの教室に入ったが机や椅子は撤去されていて調べるところもない。


「つまらないよー。あの噂やっぱりデマだったのか」


 入ってきた扉の場所に戻る途中に陸がそう呟いた。


ふと、疑問がうかぶ。


「あのさ、その噂ってどんなのなんだ?」



陸が何故そこまで噂にこだわるのか分からず、そう問いかけた。


「あれ? 知らなかったんだ?」


陸はキョトンとした顔で俺を見て、心底驚いたとでも言いそうな声音でそんなことを聞く。


知らないから、聞いてるのだけど……?


俺は意味がわからなく、何故そんな顔をされないといけないのだと顔をしかめて陸の顔を見た。


すると陸はなぜか慌てたように


「いやだって、噂の事知っているから来たのかと思っていたから」


と、手をぶんぶんと顔の前で振りながら言った。


俺が噂とかに興味なんてないこと知ってるよな? 知っててそんなことを言うのか、と陸の頭を心配する。



そもそも


「…強制参加って言ったのは誰だよ」


そんな陸を見ているとつい本音が漏れてしまった。


部活終わった後急いできたんだから自分が言ったことくらい忘れんなよな。


て意味をこめて言ったつもりなのに


「え?なんか言った?」


そんな思いは陸には聞こえてなかったらしい。


首をかしげてそう言う姿に怒りを通り越して呆れを感じる。


「……もういいや。それで噂って?」


なんかこれ以上話をしていると入り口に戻るまで会話が進まない気がするので話を戻す。


陸はまた、きょとんとした顔をしてから目線を上に上げて言った。


「えーと…?何の噂だっけ…。ああ、旧校舎の話だったよな」


「忘れんなよ、バカ」



 そんな短時間で忘れたのかと呆れたように俺が言うと陸は苦笑いをした。


「ごめんって。それて噂なんだけど


旧校舎に幽霊が出るとか、誰もいないはずの旧校舎から物音が聞こえるとか。定番だよね。ほかにもたくさんあったけど


一番は旧校舎の霊につかまると誰もその人のことを覚えてないとか」


いつもより真面目顔で言うからどんな噂があるかと思ったら、ある意味期待を裏切らないような話にため息を吐く。


「どこの小説の話だよ。現実にそんなことあるわけないだろ」


つい口調がきつくなってしまう。


だが、これは仕方ないことだとも思う。


誰でもこんな話を聞いたらそう言いたくなる……はずだ。


断言できないのが、少し痛い。


陸は、そんな俺を見ながら心底残念そうな顔をする。


「夢がないなー、恭は。ありえないことだから面白いんだよ」


俺にむかって陸は心底呆れたと言わんばかりにそう言った。


「小説なら、どんな話でも大歓迎だが、現実で起こる非現実的なことは信じれないだけだ」


夢がなくて悪かったなと眉間にしわをよせて陸を見るが陸はそれを無視して言葉を続ける。



「そ・れ・に…幽霊の噂の半分以上は女の子だって話だし。男が気になるのは当然だよ」



意味のわからないことを大きな声で断言されて、こちらが戸惑う。


いや、そこを誇らしげに言うな。かっこ悪いだけだ。


そんな注意するような言葉が口から出そうになって慌てて言葉を飲み込む。


そんなことを言うと陸が何をしだすかわからないからだ。


前の「ドキドキりっくんの彼女自慢」の二の舞を踏むものか。


 そんな俺の思いなんて知らずに陸は事細かに説明しだす。


手をぶんぶんと振り回しながら語る陸のその姿に俺のほうが恥ずかしくなっていた。


子どもか、お前は。


「おかっぱの文学少女とかツインテールのバレー部の女の子とか。保健室の長髪美女とか。

一番多い噂がね、肩にかかるくらいのみつあみに眼鏡の女の子の話かな。

昔の優等生みたいな、そんな姿なんだけど顔だけはっきり見る人がいないらしいんだよ」


 陸の話を半分聞き流しながら陸の数歩前を歩いていると、ひとつの疑問にたどりつく。


陸の話の内容の中で一つあまりにも彼女の姿に似ているような女の子の話があった。


陸に冗談半分で言おうかと悩んでいると突然陸の声が聞こえなくなる。


「お前、それだとただの女好きみたいに聞こえるんだが」


話終わったのかと後ろを振り向きながら、そう言って俺は目を見開いた。


後ろにいるはずの陸の姿がそこになかったからだ。


「陸?」


名前を呼んでも返事は返ってこない。


回りを見渡しながら、ふと床にこびりついた血を見つけて青ざめる。


「…陸?おい、隠れてるんだろ!出てこいよ」


声をだしながら回りを見渡しても陸が出てくる気配はない。


怪我をしているのかもしれないと思うと焦って、冷静に考えるとができなくなっていた。


頭のすみで

来るときこんなのなかったよな?

こんな血の量の水溜まりができる怪我をして本当に生きているのか?


と、冷静な俺が呟く。


「…探さないと」


自分に言い聞かせるようにそう言う。


その一言を声に出していたか、心の中で言ったのかもわからないほど混乱しながら走り出そうとした。




そのとき


「あんたなんかに彼は見つけられないわよ」


彼女の声が俺の耳元で聞こえた。


 振り向こうとした俺に気づいたのか彼女が俺の体をがっちりと拘束し、俺は後ろを振り返ることができなくなる。


首に左腕が巻き付き、右腕が腰あたりに巻き付いている。


ぎりぎりと力強く、締め付けてくるその腕の力は女のものではない。


そのことに恐怖を抱き、どうにか逃げ出せないかと考え始める。


そんな俺のことなど興味がないかのように彼女は俺の耳元で狂った愛を語りだした。


「そもそもあんたみたいなのが彼に……××君に近づくのすらいけないのよ。

だって私のほうが彼のこと、知ってるのに。

好きなものも、嫌いなものも、苦手なことも、朝食べたものだって、どこから体を洗うかだって、寝る前にすることだって、誰とよく話すかも、よく寄り道する場所も……全部全部私のほうが知ってるのに」


彼女はそう言いながら、左腕ゆっくりと動かし、左手をちょうど首の中心あたりに持ってくる。


左手が優しい手つきで俺の首をなぜた。


ぞくっと冷たい何かが背筋を通り抜けたような感触を抱く。


それだけで、叫びだしそうになった。


恐怖が俺を支配しそうになるのを振り払うために、俺は自分の手を強く握りしめる。


聞きたいことも、言いたいこともあった。


さっきからずっと疑問だったこと。


「××ってだれ、だよ」


自分で発したはずの言葉がノイズがかったようにうまく聞こえない。


まるで、その名を言うのを本能が拒否しているようだった。


声が震えていたのが自分でもわかったけど彼女は気にすることなく、その質問に答えてくれる。


首を撫でていた左手が首を押さえつけやすいような形で止まった。


「××はね、私の大切で大好きで愛しい恋人よ。

すこし気持ちのすれ違いで××は違う女と付き合いだしちゃって結ばれなかったんだけど××はちゃんと帰ってきてくれた。

あの時と同じ姿で私を迎えに来てくれたのよ!」



叫びに近い声でそう言い切った彼女に、俺は彼女と同じような叫び声で言い返した。



「陸は、お前が待っていた奴じゃない! 勘違いであいつを拐うな!」


 俺がそう言い切ると彼女は黙りこみ何も言葉を返そうとしなかった。


静寂があたりに広がる。


それを壊したのは彼女の方だった。


「……勘違い? 私が彼を間違えるはずない。変なこと言わないでくれる? ようやく会えたのよ? 失礼だわ」


苛立ったような声音と首を締め付け始める左手に、しまったと後悔する。



下手に刺激してしまった自分を恥じても、状況はかわらない。


「だからだからだからだからだからね? ずっとずっとずっとあの人を待ってたんだから」



ぐぐっと力強く首を締め付ける手を引きはなそうと足掻くが何もかわらない。


苦しくて、息ができなくて意識が落ち始めた。


最後に聞こえたのは


「私達の愛の邪魔なんてさせないから」


狂ったように笑う彼女の声だった。


その声を聞きながら俺は意識を失った。




 次に目が覚めたとき俺はベッドの上で眠っている状態だった。


最初はどこにいるかわからずにいたけど白い部屋は幼い頃、何度か見ていた病室だとわかる。


 ゆっくりと体を起こすと頭がずきりと痛んだ。


どこかで頭を打ったのかと考えたが、そんな記憶はない。


痛む頭に手を当てながら思い出そうと目を閉じた時、誰かの笑い声が聞こえた気がした。


聞き覚えのあるその声が誰のものかを思い出すのに少しかかり、完全に思い出したときに体から血の気が引いていく感覚を味わった。


一人の空間のせいか、それともあのことを思い出したからか頭の中をかき回されたような気持ち悪さが俺を襲う。


体が正常に動くことが不思議に思うほど、自分は混乱していた。


一人でいたくない。


心の中で何度もその言葉を繰り返した。


そんな俺の思いが届いたのか、ガラッと部屋の扉が開いた。


ゆっくりとした動作で目を向けるとそこにいたのは八手だった。



「きょ、う……。やっと起きたんだ」



 花のブーケを手に安心したように言う八手に長いこと眠ったままだったことがわかった。


涙目になっている彼女の様子から、ずいぶんと心配をかけていたのだと気づく。


「八手…ごめん。心配かけた」


今にも泣きそうになっている八手に、本当に心配かけただと思うと謝罪の言葉しかでてこない。



「いいよ、べつに。

…それよりなんで他人行儀なの? いつもみたいに椿って呼んでよね。なんかあんたから名字で呼ばれると変な気分になる」



目を擦りながら、花のブーケを花瓶の横において俺の目の前にたった八手がそう言った。



「は?」



自分でも間抜けな声がでたと思ったがそんなことを気にしている場合ではないくらい戸惑っていた。


それはどうしてか、というと俺は八手を一回も名前で呼んだことがないからだった。


そもそも、俺と八手が話しをするのは陸が三人以上で何かをしたがる時くらいのものだ。


知り合いという言葉が一番あっていた気がする。


それなのに、どうして急に名前で呼べ等と言うのだろうか。


意味がわからなくて、頭を抱えてうずくまりたくなった。



だけど、聞きたいことがあったから、頭を抱えてうずくまりたいという気持ちを無視する。


今の状況も気になるが、それより陸のことを聞かないと不安だった。


「……それより、陸は? 一緒じゃないのか?」


 一緒にいる可能性が低いのは分かっているが、そう聞いてしまったのは、現実から目を反らしたかったからだろうか。


そんな俺の質問に八手は首を傾げて、初めて聞いた名前だと言うように「りく?」と呟いた。


本当に分かっていないのが、表情から確認できた。


そんな反応をされると思っていなかった俺は、八手と同じように首を傾げて、彼女を見た。


陸のことを聞いた時、行方不明だと言われると思っていたから、不思議そうに呟く彼女の態度に驚く。



彼女は俺の行動に苦笑してから、話を変えるために少し大きめに声をだして「そう言えばさ」と言った。


その言葉を聞いて、俺は考え込みそうになっていた思考を彼女の話を聞くために消し去る。


彼女は右手を腰に当てて、言葉を続けた。


「大きな物音がしたから、近くにいた先生が見つけてくれたらしいんだけど、なんで旧校舎で血まみれで倒れていたの? 先生はいじめじゃないかって言ってるんだけど、それ本当?」


その言葉に俺は今度こそ考えることを放棄したくなった。


お前も旧校舎の側にいた一人だろ、と言おうとして口を閉じる。


何かがおかしい。

さっきから、会話が噛み合っていない。


言葉にできない何かが八手との間にあるのを感じた。


八手も彼女に何かされたのだろうか。


「ねえ、聞いてる?」


 不思議そうに問いかけてくる八手の顔をじっと見てから、俺は唇に歯をたててから望みをかけるように言った。


「陸に誘われて、あの場所にいたよな? お前も来てただろ?」


その言葉に八手を眉をひそめて言う。


「さっきからりく、りくって言ってるけどさ、それ誰のこと?」


その言葉に、目の前が暗くなるような絶望を感じた。


「八手の幼馴染みで彼氏だろ?」


諦めきれず、半ば叫ぶように言った言葉に八手は、何を言ってるんだと困惑した表情でため息をついて


「記憶の混乱かな?先生に言わないと」


ぼそりとそう呟いた。


小さく呟いた言葉は、俺に聞かせるつもりがなかったのだろうことが分かる。


だけど、どんな言葉でも聞こうと思っていたせいか聞こえてしまった。


彼女が喋るたびに疑問と不安が増え続ける。


頭が痛くなってくる。


まるで、自分が間違っていると言われている気がして嫌だった。


そんな俺の態度をどう思ったのか、八手はもう一度ため息をついてから口を開いた。


「あのさ、誰と間違っているのか知らないけど私に彼氏なんていないから。それに、私の幼馴染みは恭でしょ?」


 彼女が言ったその言葉を聞いて、頭が理解するのを拒む。


だってそこは陸がいるはずの場所のはずなのだ。


それなのに、どうして俺がいる?


おかしい。何もかもがおかしい。


「……嘘だろ、冗談を言うのは止めてくれ」


やっと吐き出した言葉を聞いた八手は苦笑しながら首を振って否定する。


「嘘じゃないよ。こんなことで私が嘘つかないのは知っているでしょう? それにさっきから言っているりくって、誰のこと? 本当に私、知らないのだけど」


八手と話していて感じていた違和感。


それが今、八手の言葉で理解できてしまった。



陸が言っていた旧校舎の噂が、現実となったのだ。


誰も彼を覚えていない。


最初から彼がいなかったかのように。


どんな些細な記憶も彼を残すことはない。


それが荻野華という狂った何かの望み。


「本当に知らないのか」


足掻くようかな再度、問いかけてみる。


八手はやはり苦笑しながら答えた。


「そんな名前の人、知らないよ?」




 陸が言っていた旧校舎の噂。


俺はこんな最悪の方法でそれが真実だったと知ることになった。


りくが連れていかれた今、りくが側にいたというそれを確かめるすべはない。



記憶を持っている俺がおかしいのか、記憶がない回りがおかしいのか、いまだに分からないまま。


「絶対に、連れ戻す」



貴方には無理よ、と彼女が笑った気がした。



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