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第二章:緋の騎士、紅の虹

 はっと見上げた聖良の目に映ったのは、真紅の鬣をなびかせる朱色の馬と、それに跨る紅い髪の騎士。その左手には紅い刀身から風に舞う花弁を思わせる火の粉を散らす剣が握り締められている。

 さっきの一閃で半数の荒鷲を仕留め、残りはニ、三十匹になっていた。

緋尊ひのみこと……あのかたは、レン殿!」

蒼氷が意外であったことのように呟く。

「レンって、あの人のことですよね?」

 聖良は朱夏と顔を見合わせると、朱夏は頷いた。

「当代緋尊、綜蓮そう れん。もちろん、聖良と同じ四天士の一人じゃ」

「シテンシ?」

 朱夏は四天士についての説明をしていなかったことに気付く。

「四天士というのは、生まれつき特殊な色の髪と瞳を持ち、特殊な力を持つ者のこと。星来もあちらでは髪と瞳が蒼かったろう? 同じように見た通り、蓮は緋の髪と瞳を持つ」

 蓮は馬で宙を馳駆し、なおも荒鷲と対峙する。荒鷲から発せられる殺気をものともしない。寧ろ、跳ね除けているように感じられる。その跡、正確には剣の跡に紅い帯、あるいは虹のような軌跡が描かれている。

「あれは?」

紅虹ぐこう華焔刀かえんとうの主力能力じゃ。対象が剣に触れなくとも、あの軌跡に触れれば斬れる」

 蓮が赤い馬を駆ってこちらに近寄る。

「怪我は」

 凛とした、その声。風と共に火の花弁と緋の髪がなびく。

「あ、えっと……ないです。大丈夫です」

「なら、いい。朱夏。蒼氷。ここは頼む」

 終始荒鷲達を見据えていた蓮の依頼に、朱夏と蒼氷は頷く。蓮はそれを気配で確認すると、再び馬を駆って荒鷲に立ち向かっていく。

 ギィア、と一羽が不気味に鳴くと、五羽が蓮に向かって突撃する。蓮は鼻で笑うほど余裕の表情で剣を振り抜き、前方に華焔刀で鮮やかな紅虹の弧の描く。勢いで止まれない荒鷲は紅虹に触れ、接触部から斬れて落ちていった。

「すごい……」

 戦い慣れている。それも相当。だから、あれだけの荒鷲を目の前にしても笑っていられるんだろう。こういう戦いは、あの術で無理矢理戦わされた時のことを除いてやったことがない聖良でも、そう直感できる。

 蓮は足元に落ち行く荒鷲の見下ろし、再び剣を構えた。その直後、喧嘩を売られたように思った荒鷲が十羽前後、蓮に向かって飛行する。

 さっと突くように剣の鋒を向けると、鋒から炎が渦を巻きながら現れ、瞬時に荒鷲を囲み燃やし尽した。聖良には立ち向かうことができなかったほど恐れていた荒鷲を、蓮と言う人は軽々と退治している。

 すると蓮は何を思ったか、馬を地に下ろし、自分自身も馬から降りて怒鳴る。

「どうした。魔物の分際で怖気づいたか」

 荒鷲は蓮に鼻で笑われていることがわかったのか、一羽を上空に残し、一羽が下降してくる。

 蓮は右腕を上げる。馬には離れていろ、という合図だったらしく、馬は蓮の側を離れていく。相手は空を飛ぶ荒鷲。強い力を持っているといえど、こちらは地しか移動できず、明らかに荒鷲より移動速度が遅い、蓮。

「無茶です! どうして……!」

 聖良はあまりにも無謀な行為に思わず叫んだ。対する蓮は落ち着いた様子で、こう返す。

「無茶と言うのは、自分の力量以上のことをすることさ。見てなって」

 刹那、辺りの空気を蓮が支配してしまったように、全て止めてしまうほど引き締まり、緊張感で満たされた。

 まず一羽目が速度を急激に上げて突っ込む。蓮は難なく身を葉のように翻してひらりとかわし、その回転を利用して荒鷲の足を斬り落とし、腹を裂く。その時に血が蓮の右頬に付着したが、本人は聖良と違って気にしていないようだ。

 二羽目が食い殺さんと嘴を開ける。蓮は怯まず、その挑戦に応えるようにその口に剣を押しこんだ。蓮が前進を押さえているのか、荒鷲が前進を止めたのか、荒鷲の動きが止まる。すると、剣を引き抜いて隙を作らず横に一閃、薙ぎ払った。

 休む間もなく、二羽が同時に同じ方向から下降する。それでも慌てる気配すら見せずに蓮は身構えた。

 ギリギリまで接近させると、その瞬間に荒鷲の嘴を踏み台に少し跳ぶ。二羽の間で舞うように八の字を描きながら剣を払うと、二匹の片翼が同時に斬り落とされる。着地すると、蓮は翼を斬り落とされ飛行できないこと、出血量から死ぬことを知っているように、止めは刺さずに見下ろすだけ。いや、その理由は他にもあった。

 聖良が蓮の強さに見惚れていると、頭上で荒鷲が一羽、巨大な影を落としながら通過した。蓮はとっさに振り向き、一刀両断する。蓮は頭上を荒鷲が通過し、聖良がやっと気付く前から接近に気付いていたのだ。残るは、上空に残るあと一羽。他に比べ体が大きい。群れのリーダーであることは間違いない。

「とりあえず、あの一羽で処理はどうにかなるか」

 聖良にとっては意味のわからない言葉を呟くと、蓮は地に華焔刀をドッと突き立てた。荒鷲の方は武器を破棄したと思い込み、その機会を逃さぬように下降する。

 動き出しを見計らい、蓮は華焔刀を目の前に、両腕を広げて早口で唱える。

「幽暗より生まれし、異形を成す者よ――」

 紅い風が渦を成し、華焔刀を取り巻く。それを受けて蓮の緋の髪が色と輝きを増す。

「地に陰、天に陽。以って世を界とす」

 カッ、と刀身が紅く、鋭く光ると両手にその光が集結していく。

「願わくば、その者を代償に、在るべき事象へと導き給え――」

 目にも止まらぬ速さで印を結び、その指に向かってきた荒鷲の嘴の先端に触れ、動きを止める。そして、とどめの一声。

急急如律令きゅうきゅうじょりつりょう!」

 蓮が持てる力を注ぎ込むように叫んだ。

 すると、景色の代わりに紅く眩しい光が弾け、突風が辺りを支配する。

 聖良にはもちろん、何が起こったのか少しも、いや、全くわからない。わかったことといえば、眩しさのあまりに目を瞑った。それでも光が眩しすぎるのか、目を閉じた暗闇も明るかった。

 しばらくして、と言ってもどれほど時が経ったのかわからないが、光が落ち着くと、聖良は目を開けた。蓮に向かってきていた荒鷲の姿がなくなっていた。

蓮は地に刺さっている華焔刀を抜くと、馬も蓮のもとへ戻ってきて、聖良達に歩み寄る。その時、気持ちにも余裕ができたので初めて蓮と馬の詳しい容姿を認めることができた。

 蓮は見たところ二十代前後で、セミロングの緋の髪と同じ色の瞳が似合う、綺麗な人だった。体つきもあんな軽々と荒鷲を斬っていたのに、魔物に少し攻撃されただけで折れてしまいそうなほど華奢。でも、その細身はしっかりしている。

 蓮が左手に持っている剣も聖良の碧瑠刀と負けじ劣らず美しい。デザインは碧瑠刀と酷似していて、刀身は青い碧瑠刀に対し、燃えるような赤いルビーのようなものでできている。その柄には紅い勾玉が穴から紐が通され、しっかりくくりつけられている。

 蓮の隣に付き添うように四本足で立つ馬は、額に揺らめく炎を思わせる一本の角を持つところから、馬と言うより麒麟かユニコーン。鬣は炎が燃えるように真紅に煌き、胴体はやはり朱色。

「何でこちらに来ることも烽鳥ほうちょうで知らせてくれなかったんだ。華焔刀で送ることくらい息をするほど容易いことだったのに」

「いや、急いでおったのでの。それに李雪こそ最後の戦い方はなんじゃ。何代振りかの有能な緋尊を失うと思ったぞえ」

「いいじゃないか。久しぶりに刀身だけで戦ってみたくてね」

 蓮は華焔刀を腰にさしていた金の鳳凰の彫刻が施された紅い鞘に収めた。

「第一、私が軍で何と呼ばれているか、お忘れかな?」

「まったく。お前は昔からそうじゃったな」

「ま、全て元通りになったんだからいいじゃないか」

 元通りに、と蓮に言われて聖良は初めて気が付いた。校舎が、いやそれ以外も荒鷲に破壊されたものが全て元通りになっていた。それに荒鷲の遺体や血も全く見受けられない。まるで時が巻き戻されたように。

「李雪。そうやって事を済ませようとするでない」

「……あの」

 聖良が二人の口論を止めるように口を挟む。

「李雪、って……あの、この方は蓮さん、ですよね?」

「あ、そうだった。ごめんね。ややこしくて」

 蓮は微笑むと、傍らに立っていた馬の方を見遣る。

「こちらの麒麟は牡だから麒。名前は緋炎ひえん。そして私の姓は綜、名は李雪りせつあざなは蓮」

「字? 中国男子が成人後につけられる呼び名のことですか?」

 うん、と蓮は頷く。どうやらこちらの世界のことも知っているらしい。

「高天原では男女関係無く成人後に呼び名としてつけられる。それでも李雪を使うのは朱夏を含めて二人いるけど。聖良も向こうじゃ二十歳なんだから、そのうち字をつけられるんじゃないかな」

「そうですか……て、え?」

 不可解なことに気付く。蓮の前で蒼氷も朱夏も聖良の名を呼んでいないのに、おまけに初対面なのにどうして知っているのだろう。

「えっと、字で呼ぶんですよね?」

「一般的にはそうじゃな」

「あの、蓮さんは……」

 聖良に呼ばれた蓮は、一層にこやかに微笑む。

「聖良。私が言ったこと、もう忘れた?」

「え? さっきって……」

 風で乱れた髪を、蓮は手で軽く払う。

「だから言ったじゃないか




『七緒、でいい』って」

「……はい?」

 聖良は目を丸くした。何がなんだかわからなくなった。その言葉を言ったのは、七緒先輩。でも高天原の人が七緒先輩を知っているわけじゃない。――まさか。

「どう? ……あ、そうか。容姿が違うからね。じゃあ」

 蓮は目を瞑り、静かに息を吐くと、風が微かに起こる。するとみるみるうちに緋の髪は熱された鉄が冷めていくように黒くなっていく。目を開けると瞳も日本人のそれになっていて、顔つきは七緒そのものに変わっていた。

「うそ……言葉遣いとか」

「高天原では将軍職をやっているからね。緋尊でいる時はどうもその時の言葉遣いになっちゃって、ね。今度から改善に努めようかな」

 驚いて気が動転している聖良に対し、蓮……七緒はその状況を楽しんでいたことは明らかだった。

「初めまして、と一応言っておく。綜蓮としてお目にかかるのは初めてのことだからね」


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